黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 まずはちょっと情報開示。
 すみません、読者の皆様…退屈かもしれないかもしれませんが…どうしても本編のあるシーンのためにも、この章は必要なのです。
 どうかお付き合いください。


想起.星の失格者②ー月と油ー

 夜の闇は贔屓をせず、皆に平等にその暗く、静かな帳を降ろして世界を染める。

 皆平等に、自然の作った河口たちの奏でる、この耳を擽る清涼の音も、耳に安らぎをもたらす。

 そう、平等に。

 

「ふむ、次の満月まであと少しか」

 

 ――平等に。悪人にもその音を響かせて、心を満たす。

 

「これで大体は始末したかな?やはり疲れるね」

 

 ぴちゃり。

 草履が足元に広がる赤い液体に触れて、粘性を含んだ音を響かせる。

 その仕草からは、一切の罪悪感を感じない。

 生気を失い、曇った硝子玉のような目を開いたまま、仰向けになって倒れる人間の死体、それを見つめながら、男は続ける。

 

「赤子を殺すのは本来、心がそれなりに痛めつけられるものだけど…ま、仕方ないね」

 

 目の前には、周りに広がる惨状に気づかないまま、今もなおぐっすりと眠る赤子。

 しかし男が近づいて、その足音と身に纏う、返り血による異臭で意識が覚醒し、視線を向ける。

 人殺しの気配。しかしまだ純粋で、穢れを知らないその赤子は、それには気づけず目をぱちくりとして。

 

「………ぁ、うぅ」

「はぁ…()()さえなければ、まだ可愛げがあったんだけどな」

 

 その、光を吸い込み人を虜にする、宝石のように輝く青い瞳。

 呪術の因果と寵愛によって守られた――六眼と呼ばれる世界の宝が、そこにはあった。

 自身に迫る命の危機、それがわからずきょとんとしたままの、目の前の赤子に手を向けて。

 

「悪いね、じゃあ」

 

 ばしゃっ。

 赤子の身体を包む上等な絹、そしてそれに劣らない、赤子のもちりとした肌と、サラサラの髪。

 それらが赤と臓物で埋められ、鼻から上の部位を完全にねじ切られて、そして絶命する。

 そして再び返り血を浴びて、男はやれやれと首を振った。

 

「全く…これでもう大丈夫かな?本当探すのに苦労したよ、これでここも…」

 

 ――()()()()()も終わりかな?

 そう静かに笑って、手に付いた汚れを布でふき取りながら、男は歩みを続けて目線を上にする。

 月、月だ。己の望む結末と過程、それを成すための下準備。

 完全な円に近いものの、まだ完全ではないその輝きを見て、男は更に顔を歪める。

 

「今の身体では少々…だが背に腹は代えられない、か」

 

 積み重ねられた知識と経験、それらを編んで、求める答えへと突き進む。

 確率なんて話じゃない。だがもし失敗したとしても、それで得た経験と知識すらも、次への糧にすればいい。

 未だ調停と守護を選び、死人のように生きる"あれ"とは違うのだから。

 

「さぁて、どうなるかな」

 

 かたんっ、仕事が終わってできた暇な時間。それをどう消費しようかと悩んでいた男の耳に、それは聞こえた。

 先ほどの衝撃、それによって古くなった、この屋敷の戸が壊れたのだろう、目の前に落ちる、古ぼけた紙束を男は見る。

 

「…ふーん、何が書いてあるかな」

 

 呑気に鼻歌を歌いながら、男は目の前に広がる紙を丁寧に広い、そして片手で持って集めていく。

 そうして6枚ほど集めてから、男は身体の動きを止めて、今手に持っている紙の、その表面に書かれている文字を見て。

 

「…………こ、れは」

 

 心底驚いた顔で、そうしてしばらく口を開けたまま放心を続けた後。

 くっくっくっ…そう愉快そうに笑った後に、天を仰いでげらげらと。

 

「くっはははは!なるほどね!そうだったのか道理で!…君はそこにいたんだね」

 

 そう不敵に、そして懐かしそうに笑う男の額にある、その悪趣味な()()()すらも。

 ――月は、平等に照らしていた。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「お前寒くないのか?」

「…寒いわ、それにお腹も空いたままだし」

「今日も柿を持ってきたんだ、食うか?」

「…食べる」

 

 少女たちが出合い、そしてこの関係が成立してから数週間。

 自分がこうして、冷える季節の中でも関係なしに、泉に浸かって祈る様子を、彼女はこうして退屈そうに、静かに観察していた。

 変化も喜びもない、退屈なこの暮らし。

 

「次の満月まであと…どれくらいだ?わからん」

「慰めならもう少し上手くやって、そっちが切り出したんでしょ」

「あー、うん。まぁなんとかなるだろ、別に死ぬわけじゃないらしいぞ?」

「…嘘よ」

「あくまでも合体だからな、意識が消えるわけじゃないしそれに…」

「黙って!」

 

 "天元との同化"

 上手く言葉を伝えようと、銀に輝く髪を指で弄りながら唸る彼女、それが言った同化という儀式。少女はそれがおそろしくて仕方がない。

 適合者…星漿体である自分が天元と一体になり、人身御供そのものになることで、この国の安穏を維持する…それは理解している。

 わかっている。自分がもし、それを放棄して、それでこの国が終わったら無意味だ。

 

「一生そこから出られなくて、そして私が私以外と、合体して1人になる?そんなの…」

「おい」

「嫌よ、私星漿体なんてやめたい!星の資格なんていらない!」

「落ち着け」

 

 声を荒げ、そう叫ぶ少女。だがその様子を見つめる目の前の彼女は、相変わらず己の銀髪を弄ったまま。

 そしてもう一度「うーん…」と唸って、首を傾げてから彼女は言った。

 

「よし、気分転換しよう」

「…………なに、いきなり」

「いいから、もう日没だろう?ならば余計に都合がいい」

「…どこに」

 

 身体を拭いて、泉で冷えた体温を元に戻すため、今着た服の袖を掴んで、彼女は言った。

 そして一度、こちらの顔を覗き込んで、にやりと笑ったあと、少女の手を握って。

 

「どうせまだ時間があるんだ、なら今の内だ」

「ちょっと、だから…」

「いいから」

 

 ぐっと、少女の身体が横転しそうになるほど、身体を傾け、引っ張って走り出す。

 突然のその行動に、少女は目を白黒にして。

 

「えっ!ま、待って…!」

「こっちだ!」

「ちょっ…!もうすぐあいつらが…!」

「問題ない!何故か最近、あいつらは私たちの邪魔をしない!」

 

 山道を沿って、転げそうになるほどに加速を続けて、2人は更に駆け出した。

 少女の手を握ったまま、今も笑って先頭を走る彼女の姿は、まるで何も心配いらないと、そう安心させてくれる。

 走って、息が切れて苦しくなっても、それでも今は、そんなことが気にならないくらいに。

 今、自分は未知への歓喜が湧いているのだと、そう自覚する。

 そうして木々を超えた先、今まで自分がいた場所とは違う、その景色。

 

「…すごい」

 

 森を抜けた先にあった、人だかりと赤い炎。

 炎だけではない、その熱気に加算して、人間の放つ存在感と、その声までが熱を作り出し、そして輝いていた。

 ――熱い、炎。

 

「どうだ?見事だろう?」

「………うん、凄い」

 

 ジジジ…

 耳鳴りが、また少女の頭に響く。

 

「暑いな」

「うん」

「目的地はこの先だ、どうしようか?」

 

 ――まるで月のように。

 控えめに、だけどその抑揚は間違いなく、日に劣らぬ力強さを秘めていた。

 ジジジ…

 

「じゃあ走ろう」

「うん」

 

 ジジジ…

 

「せー…っの!」

 

 走る。

 上空で迸る火花、そして自分たちの身体とそう変わらない、目の前の大人たちの、力強い足。

 それらの間を潜って、そして走って、走って。

 

「っはは…あはは!」

「クク…ッハハハ!」

 

 もう何がおかしいのかわからなくて、そのわからないことが面白くて。

 走って、走り続けてを繰り返して、人だかりを抜けたその先に。

 

「よし――飛び込め!」

「ハハ…はっ?ちょ――!?」

 

 目の前に広がる水面、あの普段浸かる、冷たい泉とは違うもの。

 そこに反射し、目に飛び込む月の形。

 ――満月の、美しい月輪。

 

「がぽっ!」

 

 どぼん!美しく描かれていた月の映像、それが乱れて滅茶苦茶になる音が。

 声が埋もれて、水に溶けて無くなる間にも。

 

(水…沈…)

 

 ジジジ…

 耳鳴りは、止まなかった。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「ぶはっ!いやぁ流石にびっくりしたか?」

「………うん」

「どうした?やっぱり落ち着かないか?」

 

 全身を濡らし、再び水の中で膝を丸め、俯く少女に、彼女は顔を覗き込む形で問う。

 あの後、しばらく水の中で息を止めて、水上を眺めているうちに、一時的に耳鳴りは止んだ。

 だが、今もこうして自分を襲う違和感、そして謎の焦燥感は、治らない。それどころか、再び突然、耳鳴りが再来することもある。

 

「なぁ、いいか」

「…うん」

 

 目線は合わせず、少女は月を見ながらそう答えた。

 対する彼女は、やはり癖なのか、己の銀髪を弄りながら、同じように目線を他に向けて、言う。

 

「私はな、最初お前が同化するって聞いても、可哀想としか思わなかった」

「………死ぬわけじゃないのに?」

「すまん。あれは嘘だった」

 

 ぎちり。そう少女の手を取って、そして強く握りしめながら、彼女は言う。

 

「どうでもよかった。だってお前は他人だし、今も実際、私はお前の名前も知らない」

「うん、私も知らない」

「私は名前がない。気が付いたら人攫いにあって、気が付いたらここにいた」

「………うん」

「私は運が良かったって、中には連れ去られて…肉を剥がれたやつもいるらしい」

「…そう」

 

 ジジジ…

 名前も知らない、血のつながりもない。

 結局どこまでも他人で、そして何の共通点もない。

 だけど、一緒に暮らした数週間で、人は変わる。

 

「私は、お前に消えて欲しくない」

「…えっ?」

「あー…だから、その…あぁもう!つまりだ!」

 

 ばっ!両腕を掴んで、彼女は少女の顔を、より深く覗き込む。

 その時、空を舞って水滴を散らす銀髪が、とても美しいものだと、少女は思った。

 そして、彼女が続けたその言葉に、少女は。

 

「帰ろう!私と一緒に!」

「はっ?」

 

 ――何を馬鹿なことを。

 少女は目の前で、相変わらず楽しそうに笑う彼女に、そう疑問を抱く。

 

「帰る?どこに」

「どこか!」

「…私たち、家ないし」

「私たちがいるところが家だ!つまりここも家!」

「…馬鹿」

 

 わかっていないのか?

 星漿体である自分が役目を放棄すれば、それ即ちこの国の終わり。

 自分の我儘で、数多の人間が犠牲になり、そして息絶える。

 ――それなのに。

 

「…追手が来るよ」

「逃げる!」

「…戦うことになるよ」

「戦いは嫌だ!でも…それでもなんとかする!」

「…本当、馬鹿」

 

 嗚呼…本当に馬鹿だ。

 だけど、今はこの言葉が、彼女の能天気な態度が本当に、嬉しくて仕方ない。

 

「じゃあ、次は私の番ね」

「なに?なんのことだ?」

「勝負よ勝負」

「…はぁ?」

 

 子供の約束。

 だがこの幼く、純粋ゆえの言葉の繋がりが、今ではとても心地が良いもの。

 呪いもない、愛で作られた…縛りではない約束事。

 

「約束よ、そして勝負の内容は…私の同化を防げるか」

「…あぁ」

「私を――助けてくれる?」

 

 何の保証もない、だが今では、この言葉が少女たちの世界の全て。

 空で輝く満月も、今追ってきてるであろう、あの屋敷の召使いたちもいない。

 少女たちだけの、優しい世界。

 

「ああ、約束だな!」

 

 そして彼女は銀の髪を靡かせて、上空で輝く満月にも負けない、白く光る笑顔でそう返して。

 

「えぇ、約束」

 

 対する少女も、それに負けない、日のように力強い笑顔で、答えた。




 次回、全ての種明かしです。
 昨日感想は全然来なかったのに…めっちゃお気に入り増えててびっくらこいた……
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