黄泉返りの国家転覆 作:倉庫
そしてお待たせしました…これで過去編は終了、次回にじゅじゅさんぽを挟んだ後に本編投下します。
めっちゃ気合いいれます、滅茶苦茶盛り上げるつもりなので、楽しみに待っていて下さい。
ジジジ…
耳鳴りはまだ止まない。止んだと思っても、それがただの勘違いだったかのように、再び頭が割れそうになる。
音。
ジジジ…
今日はずっとこうだった?いや多分、少しだけ止んだ時間があったかもしれない。
わからない、もうこの頭に響く、不快な音が当たり前になったからかもしれない。
あったはずの安息も、本来の自分も思い出せない。
ジジジ…
いや、確かこれが止んだのは…
ジジジ…
水、そこに落ちて――
ジジジ…
沈んだ時。
ジジジ…
――意外と温かい。
●に沈んだ時。
■■■
「魂って何なんだろうな」
「…どうしたの、いきなり」
背中が痛い。
それはそうだ。まともな敷き布もなく、衣服越しとはいえ、砂に寝転ぶのは楽ではない。
痛いのかくすぐったいのか、どちらともいえない不快感。それに顔を顰めながら、少女は聞き返す。
「なんだっけ、あいつらがいつか言ってた…魂を清める?とかそういうの」
「…あぁ、あの寒くてつまらない作業ね」
「あー、あれホント嫌いなんだよな、私もやったけど」
「…なにそれ初耳なんだけど」
それを神聖なる泉と祈りで浄化し、その身を"あの御方"――天元に捧げる儀式。
星漿体という時点で、既にその身は天元と同一、適合者としては何も問題はなく、儀式をする理由がわからない。
それなのに、何故自分はあの儀式で――
「肉体と魂…その関係性はよくわからない…が、無関係ということもないだろうな」
「…どうして」
「私がそうだから」
何が"そう"なのだろう。
少女は何も変わらない、彼女の様子に疑問を抱いて、その横顔を見た。
その表情はいつものとは違う、どこか達観したかような、薄い笑み。
彼女は自分の髪を持ち上げ、月に照らしながら、輝くそれを少女に見せて、言った。
「私は、最初からこんな髪じゃなかった」
「…待って、じゃあなんで」
「お前とは逆だった」
ジジジ…
美しい、そう感じて今まで、ずっと彼女の存在そのものを証明していた髪。
それが偽りだと知ったから?違う、この耳鳴りの正体は――
「人攫いにあったのは」
「それは偶然。前に銀髪の子供が攫われた事件があっただろ?あれとは別だ」
「…そう」
ジジジ…
「祈り?が原因かは知らん。だがあいつらの言う、魂がどうのこうの儀式をやってから、私はこんな髪になった」
「…なん、で」
「だから、私はずっと聞きたかったんだ」
あの、耳鳴りが鳴った場面。
祈りの儀式、水に浸かる時、ある限られた時にだけ、それが一回り激しくなった。
「お前…」
あの、違和感の正体は。
直感。しかしそれを、少女に教えてくれたのは。
「元の髪は何だったんだ?」
魔に染まった、他ならぬ自分の魂。
思い出す。
――意外と温かい
血に沈んだ時。
■■■
「魂は肉体に付随するものです」
肉体は所詮部品。
その本質は、個人がそれぞれ持ちうる魂、そしてその情報のみなのだと。
目の前で、そう喋る召使い、その顏を隠す布が、ゆらゆらと揺れる。
「あの御方に捧げる肉体…そう、肉体は所詮肉体ですが、あの御方なら別なのです」
「……そう」
「だから私たちは最初、あなたを見つけてとても興奮しました。…最初だけは」
あの、美しい銀髪も、少女たちの世界を照らした月もない。
逆戻り。またあの、息苦しくて退屈な、木造と悪意に満ちた屋敷。
銀髪の彼女は、もういない。
「魔に染まったあなたの魂…必死に削ぎ落しました。その影響でしょうね、記憶も髪も変わったのは」
「…あぁ」
「しかしもう用済みです」
一転。今まで随分よくしていたくせに、まるで汚らわしいものを見るかのように、顔を顰めて見下す彼女。
布で顔は見えないが、その顔がどのように変形しているかは、その声の抑揚で分かる。
「その点、彼女は素晴らしかったですね。何せ私たちが必死で育てたあなたより…資格をお持ちでした」
「…資格、か」
「えぇ、とても光栄なことに。あなたと違って」
「…くだらん」
「あなたと違って」
二度、まるで親が子に言い聞かせるように、まるで戒めるように。
「同化は果たされました…あとは好きなようにしてくださいな、失格者さん」
「…そう、か」
少女の約束。
結局それは果たされなかった。いやむしろ、勝負が成立していない。
同化をさせず自分を守る、確かにそれは守られたが、少女はそんなことを願ってはいない。
「私の勝負はどうなる」
「はぁ?なにを…」
「答えろ。私は天元と同化する予定だった、それを防ぐのが私の――」
「あははははははは!!!」
笑う。
「勝負?何を言ってるんですか?まさか本気で、同化を断れるとでも?」
哂う。
「全くこれだから…頭の方も魔にやられたのですか?いい機会なので教えてあげましょう…」
嗤う。
「天元様は偉大な御方…自身の危機を防ぐため、その程度の不都合はねじ伏せられます」
「………」
「あの御方は…作ったのですよ、運命を。因果を!」
誰が、どのように生きようと関係ない。
それを嫌がろうと、それを静かに受け入れようと、そこに対した差は存在しない。
己の勝負は、天元の手によって意味の無いものへ成り下がられた。
「己と星漿体…そして六眼に結び付く因果。あなたたちが愚かにも、結んだ約束や勝負など知ったことではありません」
「…」
「勝負なんて、成立していなかったのですよ」
――私を助けてくれる?
"それ"を言った時、まだ少女の魂は戻らず、少女とは言えない別の何かだった時。
あの時、それを言った時の心境はどうだったか、何を望んで、何を求めてそれを言ったのか?
――嗚呼、そうだ勝負だ。
「…くだらん」
あの、子供だから成立した約束。
子供だからこそ、真実に気付けず結んだ誓約。
だがその実態は、所詮定められた因果の下で作られたもの、故に何の意味もない。
「お前も…」
相変わらずの、顔も見えないこの召使い。
気配はまだある。どうやら同化が果たされご機嫌なのか、屋敷内に全員が集まっているらしい。
「私も…」
いいように扱われ、危うく本来の自分を殺されるところだった。
なんて情けない、そしてなんと哀れで醜い、弱者に成り下がった自分。
――そんな自分を愚かにも、助けようとした。
「お前も」
あの、月のように笑う彼女。
だがもういない。彼女はもう天元の、天元そのものと成り、個人としての我は消えた。
――腹が立つ。
「私の勝負を、お前たちは…」
彼女のことなど、もはや今はどうでもいい。
今、少女の心に会った感情は、悲しみでも憎しみでもない。
たった1つ、確固とした感情。
「…不愉快だ」
そして彼女は"それ"を使う。
削れた魂が復元され、そして元に戻ったが故に、再び使えるようになったそれ。
彼女の身体に刻まれた、呪いの力が名を持って、再臨する。
「
魔の者は、こうして再び黄泉返る。
記録 ■■■■年書記
■■■■■属地 ■■村(現・■■■町)
事件概要
星漿体の同化、それを邪魔しようと企む呪詛師の排除。
呪詛師は逃亡。無事同化は成功し、進化は無事止められた。
それと同時に起こった、ある事件。
都も北家の息もかからない、ある山奥に隠された、小さな屋敷で起こった大量殺戮。
その屋敷内は、天井から縁側の裏側にいたるまでが、臓物が染み込む地獄絵図となっていた。
あまりにも荒唐無稽。しかし何故そうなったのか、何故「荒唐無稽」と呼ばれ、忌まわしいものとして扱われているのか。
そこにいた使用人たち、そしてそこで生きていたとされる、星の資格を持った少女たち。
彼女たちはどこに行ったのか。
彼女たちはどのように生きていたのか。
これらの記録は、一切が破棄されている。
■■■
「………クソ」
「おはよう伽藍、随分嫌そうな顔してたけど」
――日。
目を開ければ、あの頃見た満月とは違う、肌を焼くような明るい太陽。
そしてそれを覆うように、寝ている自分を覗き込む、特徴的な前髪と、五条袈裟。
その、胡散臭い顔に安心感を覚えながら、伽藍は話しかける。
「…
「ちょっと野暮用でね、今ちょうど帰ってきたところさ」
「…熱くないのか?」
「あぁ、以外と平気」
一瞬、男の名を呟くときに、その額に残る縫い目を見た後、周りをぐるっと見渡して、そう返す。
あくまでも皮。この旧知の男の名は、今手を組んでいる彼らにはまだ教えない。
あくまでも計画のため、信頼関係など、どこにも無い名前のやり取りだが、例外なのは今いない、白髪の術師を含めた3人のみ。
「真人は?」
「散歩だ、あいつは気分屋だからな」
「なるほど、じゃあまだ時間かかりそうかな」
「羂…夏油、お前漏瑚は?」
この名前は慣れないな。そう心で零しながら、伽藍はこの男に焚き付けられ、無謀に戦いを挑んだ呪霊のことを思い、ニヤニヤと笑う。
どうせ手も足も出せず、仲間に助けられて来るのだろうと予想し、目の前に泳いでやって来た、その仲間の呪霊の頭を撫でながら、言う。
「ぶぅー?」
「…こんな見てくれでなぁ…呪いというのは本当に面白い」
「あ、それ漏瑚の前で言っちゃ駄目だよ、うるさいから」
「はー…面倒臭いなアイツ」
「"真の人間"らしいからねぇ」
目の前の海で、ぷかぷかと漂う赤い呪霊。
蛸のような見た目だが、そのサイズはかなり大きく、愛くるしい見た目とは別の、威圧感を与えてくる。
たとえ呪胎とはいえ、間違いなく特級に区分されるその存在。
「ハッ。よく言うな、呪霊の分際で」
「ぶぅー!ぶぅーーっ!」
「あらら、陀艮怒っちゃった」
陀艮と呼ばれた呪霊が、伽藍の言葉に反応し、声を荒らげて反抗する。
その様子を見ても、2人は何も怖がらず、むしろ面白がってケラケラと笑う。
そして、そんな愛くるしい見た目をしている呪霊が作る、この広々とした空間を、もう一度見渡して。
伽藍は、先程の夢を思い出して。
「…嫌な夢を見た」
そう、不快そうに呟いた様子に。
夏油と呼ばれた男は、目をぱちくりとして。
「珍しい…一体どんな夢を?負けた夢でも見た?」
「それの方がまだマシだ…最初の同化と言えばわかるか?」
「あ、そういう…」
その言葉を聞いて、夏油は顔を歪めて「げぇーっ」と言いそうに、顔と腕の両方で表現して。
その後、どこか彼女らしくない、彼女の気配を察知して。
「…伽藍?」
伽藍は、目の前で変わらずに、ぷかぷか漂う呪霊を見つめ。
その後、彼以外に誰もいない、今のこの状況を把握して、陀艮にも聞こえない、静かな声量で、続けた。
「
「…いいけど、結構長いよ?」
「あぁ、構わん」
「何の話にしようか、契約した術師の話でもする?」
「いいや」
伽藍は、もう一度顔を合わせて。
今までの、あの不快感から目を背けるように、腕を組み直してから。
あの、耐え難い屈辱を忘れるかのように。
「…今は、お前の話が聞きたい」
まるで日のように、輝いた顔を見せて、そう笑って言った。
選ばれたのは月だった。
そして皆様、お待たせしました…次から本編軸に入ります。