黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 母の日に出す予定だったお話を消化。


じゅじゅさんぽ.家入硝子

 家入硝子の朝は早い。

 伝統を第一に、由緒正しい呪術を扱う京都校とはまた違い、東京校でもそれなりの情報は集まっている。

 一般人の学校であるような、人体について詳しく書かれた本だったり、先人たちの残した、呪術のマニュアルなど。

 戦闘の行えない家入にとっては、これらの情報は、周りから人一倍求められるものだ。

 

「……だる」

 

 担任の姿が見えないことをいいことに、家入はこっそり持ち込んだタバコを咥え、そして煙を吐きながら呟いた。

 家入は術師の中でも珍しい、反転術式の運用、しかも正のエネルギーのアウトプットができる存在だ。

 だからこそ、危険の付きまとう戦闘要員ではなく、救助要員としての活躍を期待され、こうして広い書物の山に閉じこもっている。

 ――しかしそれにしても。

 

「チッ…あいつら遅いな…」

 

 普段自分の周りでバカ騒ぎし、そしてうざいくらいに絡んでくるあの男たち、普段はあれほどうるさいのに、今となっては少し恋しい。

 最強と呼ばれる2人の術師、五条と夏油は今任務に出ている。

 そのため、家入は朝から、今の今までずっと1人だ。

 

「なんだ、今はお前だけか」

「そ、先輩も任務だしね」

「なるほど、歌姫か」

「そーそ…」

 

 唯一手放しで尊敬できる、自分と同じ女の術師、歌姫のことを想いながら、家入は答える。

 ポウッと、タバコの煙を綺麗な輪っか状に吐いて、背中に体重を掛けながら、今の問いに答え。

 ぐらりと、背を傾けた先の――

 

「…は?」

「久しぶりだな、家入」

 

 目の前。

 文字通り目と鼻の先で、首を後ろに傾けたその場所にいた人物。

 それが放つ赤い目の光が、至近距離から注ぎ込まれた。

 そして、恐る恐る聞く。

 

「……マジ?なんでここに?」

「暇だからな、それに現代の知識にも興味がある」

 

 そう言って、丁寧にバランスを崩さないよう、家入の座る椅子を抑えながら、片手に複数の本を支えて、彼女は言う。

 そうしてゆっくり、椅子の角度を元に戻した後、近くにあったもう1つの椅子を持って、家入の隣に置いて、そこに座った。

 

「ふぅん…これが現代のか…」

 

 特徴的な、斜めに切り揃えられた前髪を払い、その美しい銀髪を輝かせて彼女は――伽藍は本に没頭する。

 伽藍が最初に手にしたのは、家入も入学時に軽く読んだ、呪術の基本が書かれた入門書のようなもの。

 丁寧に1枚、ぺらりとページを捲って、その文字を目で追っていく。

 

「…………」

 

 静かに文字の世界に入り込み、そして集中する伽藍の姿を、家入は自分の読書を止めて、それに魅入る。

 彼女のことは知っていたし、それにどのような時代を生きていたかも知らされている。

 呪術全盛に生きた彼女が、現代の言葉で語られる呪術のノウハウに、どのような反応を見せるのか、それが気になったのだ。

 そうして数秒――

 

「あ?」

 

 さてどうなる。と、思った矢先。

 伽藍は途中で、いきなり声を荒げ、ページを捲る動作を止めた。

 

「……おいおい、これが基本だと?何の冗談だ」

 

 バタン!そんな音を立てて、伽藍は不機嫌そうに本を放り投げ、そして額に手を当て、ため息を吐いた。

 そしてギリィ…と、歯軋りを零しながら、言う。

 

「簡易領域……シン陰が今でも残っているのはまだしも、何故他にはない?たかが門外不出の縛りだろう、シン陰にばかり甘えて、自分で作ろうという気概すらないのか?」

「…えっと」

「なぜ彌虚葛籠がない?まさかあれすらもロクに構築できないのか?いやしかしな…だからといって既存のシン陰を…いや待て待て」

「あの……」

「そもそも結界術の基本もなっとらん!天元の補助ありきでの帳など、天元がいなければ何もできない木偶の坊だ!浄界や空性結界はまだしも…シン陰以外の簡易領域の作り方くらい書いたらどうなんだ?落花の情は…及第点か、そもそも結界術に依存しない、純粋な呪力放出という技術を差し引いても、単純な必中領域に対する反撃としてならともかく、必殺の領域に対する手段としてはあまりにも…」

「…………」

 

 ネチネチネチネチネチネチ。

 退化、劣化した現代の呪術を見て、伽藍はやれやれといった態度を隠さずに、文句を吐き続けた。

 しかし、家入はその言葉の中から聞こえる、浄界や空性結界といった、呪術の達人のみが理解できるとされる単語を聞き、伽藍という人間がどの立ち位置にいるかを理解した。

 

「フン。やはり現代の呪術は駄目だな…呪術は駄目、となると…」

 

 そう言って席を立ち、再び後ろに立つ本の山の中から、1つ、2つと新たな本を引っ張り出す。

 それらを机の上に、バッと散らして広げた後、目に留まった1つの本を取り出して、それを家入に見せた。

 

「お前、確か医学を学んでいるんだったな」

「えっ?」

 

 椅子を引っ張り、家入の隣にくっつくように配置し、本を広げながら、更に距離を近づける。

 ふわりと、伽藍の髪が舞って、家入の真横に、その顔が置かれる。

 そして、すっと本に描かれた絵に指を這わせて。

 

「どうしてもここがわからん」

「え?あぁ…これは、確か…」

 

 伽藍がそう言って指差したのは、現代で言う高校生がやっと学ぶような内容のもの。

 簡単な臓器の名称、そしてその役割や大きさ、成分や見た目。

 しかし、現代の色で綴られたそれは、伽藍の興味を強く引いたらしい。

 

「――これは、ここ。胸の真ん中あたりの絵だから…」

「なるほど、確かに胴を袈裟切りにした時に…」

 

 非戦闘員というのは、やはり逃れられない、妬みの相手となるものだ。

 呪霊と戦うことは、常に死を背負って、命の価値観や己の肉体を犠牲にする、どうしようもない理不尽との戦い。

 故に、安全圏で作業をする家入のような、非戦闘員は蔑みの的となる。

 ――しかし、彼女は違う。

 

「ねぇ、平安術師さん」

「伽藍でいい、なんだ?」

「なんで私に聞いたの?」

 

 伽藍という人間は、呪術に誇りを持った、五条や夏油と同じ、理外の存在に位置する者。

 五条のように「自分以外は弱い」といった、根底的な平等もそうだが、それとは違う、別の価値観がある。

 家入は、それが気になって仕方なかった。

 

「?お前が医学に詳しいから?」

「でも私は弱いよ、呪霊もロクに祓えないし」

「…?それが?」

 

 まるでおかしいと、伽藍は首を傾げて、家入を下から覗き込む。

 その目には相変わらず、蔑みの色など、どこにもなかった。

 

「人の強さは千差万別。お前は確かに戦えないのだろうが…お前には知識という武器がある、私はお前が弱者だとは思わん」

「……変なの」

「そうか?真の弱者とは、"今の自分に甘える者"だ。お前は違う、お前は私から見ても、充分魅力的だと思うが?」

 

 片手を軸に、顔を傾けたままケラケラと笑いながら、そう言い切る彼女に、家入は呆気に取られて言葉を失う。

 彼女の武勇伝、そして悪い噂を聞いて、どこか理解した風だった今までの自分が、まるで間違いだと殴られたかのようだ。

 伽藍は、続けて語る。

 

「群れで助力し、互いを慰めあうのは弱さだ。だが鍛え上げた者同士が、技術や命を交換し、やり取りすることは弱さじゃない」

「ふーん…」

「だから私はお前を選んだ。では、ご教授願おうか?」

 

 ――変な人。

 俄然として変わらない、家入が伽藍に向ける印象はこれだ。

 残酷なまでに実力主義。しかし、彼女の示す実力は、呪術だけに留まらない。

 人という、人間という存在の意欲を尊重する、変わった価値観。

 ――家入硝子はまだ。

 

「…いいよ、付き合ってあげる」

 

 この時はまだ、彼女を理解できると思っていた。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「…どうした?その花束」

「さっきの任務で貰った」

 

 やっと仕事が終わり、これから一息つけると思った矢先、目の前に現れたこの花束。

 

 ――薔薇。しかも真っ赤に染まる綺麗なものだ。

 

 突如扉をノックする音が聞こえ、何だと扉を開けた家入の前に、突如現れたこの花たちの匂いが、先ほど淹れたコーヒーの匂いと混ざり、少し気味が悪い。

 それらの元凶である花束を、片手で持ったまま、伽藍は首を傾げて問う。

 

「どうした?」

「…誰から貰ったのさ、助けた人から?」

「そうだ、まぁ別に何だという話だが」

 

 伽藍はそう言いながら、きょろきょろと周りに目線を向けて、近くに置いてあったゴミ箱を見つけて、その花を放り投げた。

 ガシャン!と、ゴミ箱が音を立てて倒れ、数枚散ってしまった花弁と共に、地面が汚れる。

 伽藍はゴミ箱に近づいて、落ちた花弁とその他のゴミを、もう一度ゴミ箱に戻して、ガンッ!と思い切りふたを閉めて圧縮した。

 

「…渡したやつも報われないな」

「その場で捨てなかっただけありがたく思え、それに花は腹の足しにもならん」

「…あのさぁ」

 

 無惨に潰れた花たちを見て、家入はため息を吐きながらコーヒーを飲む。

 あれから10年、だがその年月では、彼女の歪んだ心を矯正するには至らなかった。

 いや、最初から彼女は変わっていない、彼女はずっと昔から、この価値観と目のまま。

 いっそのこと、人の心を理解できない化け物ならば、どれほどよかったのだろう。

 

「…なんだ?」

「別に」

 

 人の心を理解している、理解し尊重できるからこそ、彼女の歪さが悍ましい。

 ソシオパスに近いだろうか、どこか自分の持つ感情にさえ、達観した別視点を持つ彼女の心。

 未だ理解が及ばない、彼女のそれを考え、再びコーヒーを淹れ直そうとした家入だが。

 

「あ、あの…」

 

 ふと、鈴が転がるような声が響き渡る。

 その声に反応し、家入は扉の方を見て、そして「あぁ」と、話しかけた。

 そして伽藍も、その新たな存在に目を向ける。

 

「霞、元気そうでよかった」

「家入先生も、元気そうで何よりです」

 

 血は繋がっていない、しかし母と瓜二つ。

 その、斜めに切り揃えられた特徴的な前髪と、青に輝く長髪。

 家入はどうぞと、手で案内をする形で、少女を部屋に招き入れる。

 少女、霞は手を後ろに、何かを隠しながら歩いてきて。

 

「あ、お母さん…その」

「…?」

「えっと、今日はその…」

 

 もじもじと、何とか言葉を続けようと試行錯誤をする霞の後ろで、揺れる赤い花を見て、家入は全てを悟った。

 そうだ、今日は彼女にとっても関わりのある日。だからこそ、霞は今日このタイミングでやって来たのだろう。

 クラスメイトの前では、気恥ずかしくてできないから。

 

「今日、母の日でしょ?だから…はいっ」

 

 そう、顔を真っ赤にして差し出した、赤く鮮やかに光る花。

 カーネーションと呼ばれる、母によく贈られるその花が、伽藍に向けて花開く。

 それを見て、伽藍はしばらく考え込み、そして聞く。

 

「それは、お前が私にか?」

「…うん」

「私の為か?」

「……うん」

「そうか」

 

 ひょいと、伽藍は霞の手からカーネーションを取り、そしてその匂いを嗅ぐ。

 「花か…」と、呟いて、再びその匂いを嗅いで、それを上から、下から眺める。

 そうしてしばらく、くるくるとそれを回転させて、観察してから、言った。

 

「悪くないな、礼を言う」

「…!そっか」

 

 返事はぶっきらぼうだったものの、その言葉に偽りはない。

 その、どこか薄っすらとだが、嬉しそうな雰囲気を察知して、家入は顔を顰める。

 霞はその言葉と行動を見て、満足そうに笑った後、すぐに家入の方に向かって、頭を下げて。

 

「じゃあ、失礼しましたっ」

「元気でな」

 

 楽しそうに、廊下で1回転しながら駆け出す霞の後ろ姿を見て、家入は微笑ましいものを見るように笑う。

 育ての親が育ての親なだけあって、彼女の教育には少し懸念があった。が、どうやら心配はいらないようだ。

 そして、今もカーネーションを持ったまま、興味深そうに観察を続ける伽藍を見て。

 

「母の日には、よくカーネーションを贈るものだそうだ」

「そうか」

「あの子も緊張しただろう、だが喜んでもらえて良かった」

 

 家入は、目の前でそう返す伽藍に、どこか冷たいものを見る視線で、そう話しかける。

 研究者にも似た、あの無機物のような静かさを孕んだ、冷たい視線。

 ――彼女のタチの悪いところはここだ。

 

「感謝の気持ちか…あいつがわざわざこれを選んだのだろう?」

 

 そう言って、嬉しそうに笑う伽藍は、そのカーネーションを上に掲げ、そして再び回転させて呟く。

 

「感謝…ふむ、娘からというのはこんな感じか、いいな」

 

 満足そうに、笑ってそう呟いて。

 

「あいつが花をか…それに贈り物、そうか。まぁ…」

 

 伽藍は、そのカーネーションを強く握りしめた後。

 

「やはり嬉しいものだな」

 

 それを、燃やして灰にした。




 宿儺と違って人の愛は理解できてないけど、それ以外は理解してる(できてない)なオリ主。
 ちゃんと自分のために用意してくれたっていうのも、嬉しいって思う気持ちも理解はしてるけどすぐポイする(花は邪魔だから)。
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