黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 理子ちゃん生存ルートです(闇落ちしないとは言ってない)


20話.玉折①ー従者ー

 ――パチパチパチパチパチパチ。

 

「…悟?」

「……傑か」

 

 盤星教本部、星の子の家。

 そこに集う信者たち。それらが皆、笑顔で死体を囲い込み形で、並び立って拍手する異常な光景。

 瀕死の重傷をなんとか、高専に戻ってから家入に治療してもらった夏油は、この人だかりの元凶である、それを見た。

 この部屋の中心で、正に"最強"となった術師――五条悟は立っていた。

 

「…怪我。硝子には会えたんだな」

「あぁ、私は平気…」

 

 そう、言い切る前に夏油は、五条の腕の中で眠る、少女の遺体を見て言葉を止める。

 血が固まり、脱力したその腕には、一切の生気がなく、彼女がもう死んだことを、どうしようもなく表していた。

 涙を流して、帰りたいと、そう願った彼女の、哀れな今の姿。

 ――彼女は、死んだ。

 

「……ッ、悟」

「なぁ、傑」

 

 目を、周りの信者へと向けてから、五条は一言、親友の名前を呟く。

 未だ、興奮と熱が冷めず、どこか浮ついた思考のままなのだろう、反転術式によって癒えた脳と、そして吹っ切った精神。

 天秤のように。このまま傾いて、取り返しのつかないことになる危なさを秘めた、そんな目で。

 五条は、問う。

 

「こいつら、殺すか?」

「……ッ!」

「今なら、何も感じない」

 

 ――何があった…!?

 五条悟という人間を、誰よりも理解していると自負していた夏油だが、今の彼の姿を見て、その自信が揺らぎすらしていた。

 あの傲慢不遜な男が、ここまで無機質な、冷たく無情な目をすることがあったのか。

 彼が言う、「殺す」の意味とその重さを瞬時に理解し、夏油は歯を食いしばる。

 ――彼のこれからは、自分が握っている。

 

「………」

 

 ――パチパチパチパチパチパチパチパチ。

 今も尚、笑顔を絶やさず拍手を続ける信者たち。

 その気味悪く、殺意さえ湧くような醜い在り方に、夏油は顔を顰める。

 ここで、所詮非術師の彼らを殺すのは、簡単なことだ。

 呪力を込めて、適当に腕を振るうだけでいい。

 ――いや、そもそも自分が。

 

「――いや」

 

 なんとか、震えずに言葉を発して、夏油は五条の顔を見て、そしてそう切り出す。

 ――簡単だ。だからこそ、ここで道を踏み外すわけにはいかなかった。

 

「いい、意味がない」

「……意味、ね」

 

 今ここにいるのは、星の子の家の中でも、呪術を知らない真の一般人たち。

 呪術界を知り、あえて非術師の立場に甘えることで、自分たちから身を守る今回の主犯とは違う。

 純粋に、狂った哀れな人間たち。

 

「それ、本当に必要か?」

「…大事なことだ。特に術師にはな」

 

 ――本当に?

 

(…そうだ、これでいい)

 

 もし、私怨に任せて彼らを害せば、これまでの全てが無駄になる。

 自分だけならいい、それに彼を、親友の五条を巻き込むことは、絶対にあってはならない。

 呪術は、非術師を守るためにある。

 

 ――誰の為に?

 

(術師は、非術師を守るため…)

 

 ――()()()

 

「…………」

 

 そこから先は、よく覚えていない。

 目の前で車に積まれる、天内と道中で発見したメイドの――黒井の遺体が、扉が閉まることで見えなくなる。

 しばらくエンジン音が鳴り、そして車が走り出して、それが小さく見えるまで、立ったまま呆けていた。

 

「…ごめん」

 

 何の意味もない。何の価値もないその懺悔。

 それでも、夏油はそれを呟くしかできなかった。

 そうして、しばらく繰り返し謝罪の言葉を漏らす夏油の隣で。

 

「…天内?」

 

 その時、五条だけが、何かに気づいたように声を漏らしていた。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「起きろ、小娘」

 

 声が、聞こえた。

 

「……………うぅん…」

 

 まどろみの中、少しずつ覚醒していく意識と共に、天内は瞼を開く。

 

「……えっ」

「フン。どうやら間に合ったようだな」

 

 ――赤。

 目が覚めた途端、目の前に広がるのは、血と暗黒で染まる不気味な空間。

 視覚に訴えてくるような、そんな殺風景なそれと同時に、耳に入る誰かの声。

 この地獄の中央にある、人骨で作られた山の上で、"彼女"は頬杖を突きながら、大胆不敵に笑っていた。

 

「ここは私の生得領域。お前と私の魂が密接な関係になったからこそ、今こうしてお前はここにいる」

「…伽藍、なの?」

「そうか、この姿を見せるのは初めてだったな」

「でも…だってそれ…!」

 

 あの、黎明のように輝く銀髪ではない。夜の闇を具現化したかのような、その()()()()

 服装も違う、あの高専関係者が身に着ける黒のスーツではなく、リネン僧侶を思わせる白の着物を、片肌脱ぎにした独自のスタイルで、伽藍はそこに座っていた。

 ――だがしかし。

 

「嗚呼。この身体も悪くはない、そうだろう?」

「…私、が…いる」

 

 ――目の前にいるのは、間違いなく()()1()()()()()()()()()

 その、片肌脱ぎによって露出した肩と腕、そして綺麗に組まれた、すらりとした細い足は、自分と同じ姿とは思えない、独自の色気を醸し出していた。

 右腕に走る黒の紋様。そして暗闇の中で目立って光る、額に見える第三の目すらも、その装飾はどこか麗しい、妖気すら感じるものに仕上がっている。

 同じ人間であるはずの彼女が、今はどう見てもそうとは思えない、人外じみた異質な気配を醸し出しながら、頬杖を突いた姿勢を変えず、視線を向ける。

 

「お前が目覚めるのを待っていた。記憶はどこまである?」

「ここは…それに私、確か…」

 

 あの、脳を貫く熱い衝撃。

 耳に残る鉄の音、そして最後に見た、自分の頭から噴き出す血液。

 覚えている。そしてすぐに答えにたどり着く、そうだ、自分は。

 ――天内理子は死んだ。…そのはずだった。

 

「言ったろう。ここはあの世ではない、私の生得領域だ」

 

 ザプン!と、一面に広がる赤い水面が破裂し、水飛沫を上げて、伽藍は降り立つ。

 その、額を含めた3つの瞳が、それぞれ独立した動きで視線を向けて、ギョロリと天内に向けて固定される。

 そして一歩、天内の前に近づいて、そして話しかけた。

 

「条件は3つ。それを吞み、そして受け入れるのならば…私がお前の身体を治し、そして()()()()()()()()()

「……えっ?」

 

 さも当然かのように、生き返らせると言い切った彼女に、天内は掠れた声を漏らして反応した。

 生き返らせる、どうやって?それに自分たちは本当に死んだのか?じゃあ今目の前にいる彼女は何なのか…

 疑問が疑問を呼び、そして連鎖して新たに生み出されていく。

 

「私は宿儺ほどではないが、反転術式にはそれなりに自信がある。しかしそれでも精々、身体部位や脳の一部の欠損を修復するのが限界だ」

 

 だが。そう付け足して、伽藍は首を捻ってから言う。

 自分と同じ顔なのに、そこには自分以上の、輝きに満ちた自信があった。

 

「だから私は縛りを設けた。内容は…反転術式のアウトプット。簡単に言えば、他人を治すことができなくなる代わりに、自分を治す時の消費呪力の低下と、治療速度と精度の上昇だ」

 

 しかしそれだと矛盾する。と、伽藍は語る。

 

「わかっている、それなら何故自分を生き返らせられるのか…だろう?簡単だ、治すのは確かにお前だが…()()()()()()()()

 

 さらり。天内の耳に手を添えて、そして髪に触れると同時に、伽藍は更に一歩近づく。

 その、赤く輝く呪いの瞳に、じっと魅入られながらも、天内は耳を傾ける。

 

「私とお前は一心同体…お前は私にとって、心地よい"檻"そのものだ。あくまで私は、私の怪我を治すだけ、わかるか?」

 

 それだけではない。そのことは、伽藍という人間を詳しく知らない、天内でもわかることだった。

 何故ここまで、彼女は楽しそうに笑うのか、何故今もこうして、自分に優しく触れるのか。

 

「だが、勘違いはするな」

 

 ぐいっと、突如首を掴まれて、顔を上に向けられる。

 至近距離の、上から覗き込むように見つめる伽藍の、その赤い視線が熱を帯びる。

 ほんの数cm、唇と唇が触れそうになるほどの距離感で、伽藍はその無機質な瞳を注ぎ込む。

 首に添えられた右手と、髪を撫でる左手は、赤い視線の持つ熱とは別に、氷のように冷たかった。

 

「お前に選択肢はない、お前の選択権は私が握る。お前の未来も、価値も…」

 

 夏油の贈った、あの輝くような優しい言葉ではない。

 それは、悪魔の取引だった。

 

「――全ては、私のものだ」

 

 どれほどそうしたのか。

 気が付くと、無理やり支えられていた手が解かれて、自由になった首が、ひりひりと痛みを発していて。

 目の前に、彼女が差し出した右手があった。

 

「条件は3つ。1つは"これからの自分の人生を、私にのみ捧げること"…そして2つ目は"私が許可した内容以外を、口外することは禁ずる"…まぁ、基本はこれでいい」

 

 難解で複雑、他者との間に発生する言葉の縛りを、伽藍はすらすらと音読、そして内容を提示する。

 天内にとって、それらがどのような価値を生むものなのか、どのような意味があるのは理解ができない。

 だが、伽藍という人間の今までが、それらが一切の無駄がないものだと、証明するには充分だった。

 

「最後。3つ目の縛りは簡単だ、基本、身体の所有権はお前優先だが…私がある言葉を使った時のみ例外で、問答無用で"所有権を切り替える"というものだ」

 

 ふむ…そう片手で顎を摩りながら、しばらく考えて。

 

「合言葉は…そうだな、久闊(きゅうかつ)にしよう。"私がこの言葉を使った場合は、無条件に身体を明け渡せ"」

 

 これにより、縛りの内容提示と成立までの一歩手前の状態が完成した。

 ――あとは、天内がこれを受け入れるのみ。

 

「さぁ、起きろ」

 

 右手が動く、それがぴたりと、目の前の彼女の手に触れる。

 天内理子は、この悪魔の取引を――

 

「お前には、やって貰わなければならんことがある」

 

 手を握って、受け入れた。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「と、いうわけだ」

「いや意味わかんねーって、なに?君呪物になる時のあの感覚掴んじゃったの?」

 

 いやいやと、その言葉にツッコミを入れて、羂索はため息を吐いて目を瞑る。

 ぽくぽく。蒸した茶葉と、部屋に広がる畳の匂いが混ざり合って、独特の和やかな雰囲気をこの空間の中に作り出していた。

 部屋の中央に置かれた、茶色の机を囲うような形で、3人…いや、4人は会話を続ける。

 

『しかし"檻"というのも存外悪くない、知識も増えるし、何より新しい身体というのも新鮮だ』

「うおっ…本当におでこから声がする…」

「鏡貸してあげようか?」

 

 ひょいと、天内は目の前で、ニコニコと笑う羂索の手から鏡を借りて、今の自分の顔を見る。

 いつの間にか意識が戻り、こうして再び生を受けた彼女は、興味津々で今の変化を、意識を失い眠っている伽藍の隣で確認していた。

 じっ…と凝視して、しばらくその姿勢のまま固まっていると、再び額に目と口が現れる。

 

『ほう?鏡越しに見る私はこうなっているのか』

「うぎゃあああっ!?なにこれ!?キモッ!!私の身体どうなってるの!!??」

「おい、一応それは私の片割れだぞ。まぁ宿儺の指換算で…たかが1本分のだが」

「あれっ消えた…」

「あー…だから遺体を食べて魂の補給をしたのね、そりゃ完全体のままがいいか」

 

 同心円状の模様が刻まれた赤色の単眼と、その下に生える形で現れる口。

 その未だ実感の湧かない、自分が"檻"となった事実に驚きながらも、天内はそろりと、それらが先ほどまで生えていた額を手で撫でて、呟く。

 

「てことは…伽藍は2人いるってこと?どっちが本物…というか本体?」

『本体も何も、この弱く別れた方の私も"伽藍"そのものだ。…まぁ、強さに限定してどちらが本物か?という問いなら…勿論"そっち"が本物だ』

「まぁそうなるよねぇ」

 

 今度は額ではなく、天内の右手の甲に、にょきっと口を出して、もう1人の伽藍はそう答える。

 それに「ぴぎゃっ!」と声を出して驚き、ぱちん!と、天内が手の甲を叩いて騒ぎ出したのを見て、羂索は「ところで…」と切り出した。

 

「身体は違っても意識は同じ…天内理子の肉体に意識を傾ければ、本体の意識が消えて動けなくなるってことでいい?」

『その間、私は天内の身体を自由にできるということだ』

「あー、だからそっちの伽藍は寝てるのか」

 

 本体である伽藍が眠れば天内へ、天内の中の伽藍が眠れば本体へ。

 分割した魂による複数体の受肉というイレギュラー、それがこれの原因なのだろう。

 

「君も伽藍で君も伽藍…名前が同じなのはまぁ…一応同一人物だから仕方ないけどさ?あまりにもややこしくないかい?」

『ふむ…それは確かにそうだ、名前変えるか?』

「軽すぎウケる」

 

 あまりにも早すぎるその切り替えに、羂索はどっと笑い出して手を叩く。

 彼女らしいと言えば彼女らしい、どうやらフィクションでよく謳われる、自分VS自分なんてことは起こらなさそうだ。

 羂索は続ける。

 

「いや、どっちかというとコードネームに近い感じかな、それも君じゃなくて…天内理子のね」

「…嗚呼なるほど」

 

 ふむ…と、意識を切り替え腕を組んで考える本体の伽藍と、天内の額から溶けるように消えたもう1人の伽藍。

 それらを交互に眺めた後、羂索は言った。

 

「正直、天内理子の復活は私の予想外だったよ。天元も同化に失敗し、予想外の戦力も手にしたんだ、これを失うのはあまりにも惜しい」

「つまり」

「受肉の影響と小さく分けられた魂のおかげで、答えに行きつく人間は少ないだろうけど…万が一もあるだろう?」

 

 最大の悩みである五条悟、そして夏油傑に彼女の生存がバレるのは面倒臭い。

 なによりその代償の"受肉"というのもかなりグレーなものであり、それに彼女を上手く使いたい羂索にとってもそれは避けたい。

 伽藍はフンと「だろうな」と言わんばかりに息を吐きながら首を傾けた。

 

「そうだな、裏梅のように好きに使うためにも必要か」

「…ん?なんで裏梅が出てくんの??」

「実を言うと宿儺が羨ましくてな。私も欲しかったんだ、裏梅のような従者が」

「えっマジ?」

 

 まさかのカミングアウトを零した伽藍に、羂索は目を見開いて驚きを露わにする。

 それもそうだ。あれほど負けず嫌いで、意地っ張りな彼女が、まさかの「羨ましい」という言葉を使うなんて。

 この驚きも、仕方が無いものだった。

 

「ふむ、梅…そうだ花から取ろう、春と秋……そうだ、桜蘭(おうらん)だ」

「え、そんなアッサリ?私それ名乗らないといけないの?」

「……」

 

 羂索が「えぇ…」と困惑を隠さないまま、目の前で伽藍は「意外といいな」と、噛み締めるように呟いていた。

 その間、まさかのフィクションでよく見ていたコードネームの付与というイベントを経験してしまった天内は、呆然と呟いた。

 

「なんか…これから慣れていくんだろうなぁって思う自分が怖い…」

「あー…まぁいいんじゃない?これから一心同体なんだし」

「…大変ですね、色々」

「…長生きしてるからね」

 

 死んだ目で見つめ合いながら、天内と羂索は互いにはぁー…とため息を吐く。

 お互いに非常識の世界に住む人間だが、一応、一般人の持つ常識というものも理解はしている。

 だからこそわかる。今の自分の状態が、どれほど異常なものなのかを。

 

「伽藍が苦労かけるよ」

「かけられますよ、これから」

 

 昔から知っている、伽藍という人間の奇想天外な行動と。従者という立場に縛り付けられた、天内のこれからを想像して、羂索はそう言葉を贈る。

 天内もそれを既に覚悟していたのか、目の間の指でつまんで、本日何度目かのため息を吐く。

 そして。

 

「あぁ、そうだ伽藍」

「なんだ」

「単刀直入に聞くけど、なんでその身体を手に入れたのさ」

 

 羂索は伽藍にそう聞いて、こてんと首を傾げて返事を待つ。

 天内もその答えが気になるのか、隣に座る伽藍へ視線を向けて反応を待った。

 そうして暫く考え込んで、伽藍は一言返す。

 

「…嫌がらせ?」

 

「は?」

「天元への嫌がらせ?あー…どうせ同化するなら不純物にしてやる…的な」

「…あ、そう……」

 

 絶句。

 それはもちろん羂索だけではなく、天内ですらも同じ反応を見せ、そして口を開けたまま硬直していた。

 …いや、流石にわかってはいる。言葉の通りなのはそうだろうが、彼女の目的はちゃんと他にもあるだろう。

 ただ今はこれしか言わないだけで、必ず何か、彼女はやり遂げるはずで――

 

「ま…まぁ…今はいいや……ところで、身体の所有権とかはどんな感じ?」

「あ、そのことなんですけど…」

 

 話題を変えようと、再び天内に話しかける羂索。

 その問いに答えようと、口を開いた天内だったが。

 ――それより先に、伽藍の口から言葉が紡がれた。

 

「"久闊(きゅうかつ)"」

「たし、か――」

 

 ――ドクン!

 

「…へぇ、なるほど」

「――嗚呼、やはりこの肉体も悪くない」

 

 突如だ。肉体だけでなく、気配や呪力といったあらゆる存在感が、何の前触れもなく、突然ぐるんと変化した。

 眠るように意識を失う伽藍の隣で、パラパラと、殻が破れるような形で天内の目の色が変化し、そして同心円状の赤い目が現れて、ギョロリと視線を周りに向ける。

 肉体こそ天内のものだが、額に生じる第三の目と、全身に刻まれた紋様が、彼女も魔の者であることを明らかにしていた。

 羂索は興味深そうに呟く。

 

「縛りによる肉体所有権の強制切り替え…これなら表に立ってる人格が気絶したとしても、内から声をかければすぐに復帰できるってわけか」

「そういうことだ、見抜くのが早いな」

「…で、()()()()は?」

「あるわけないだろう」

 

 ガタンッ!と甲高い音を立てて、肘で机を突き、天内の身体と顔で、天内らしからぬ狂暴で、自信に満ちた笑みを纏って、桜蘭は言う。

 

「私の縛りは"所有権の切り替え"…切り替えだ、切り替え。ここまで言えば流石にわかるだろう?」

「あー…ズルくない?それ」

「良い良い、この程度は治療代の一部だ」

 

 ぐびっと目の前に置かれた湯呑を手に取り、流し込むようにしてお茶を飲みながら、伽藍は「さて…」と切り出す。

 

「そろそろ、本題に入ろうか」

 

 そして再び降りる硬直。その空気は、今までとは比べ物にならないくらいに、重い。

 

「まずは、"こいつ"の事からだ」

「あぁ」

 

 目の前に置かれた湯呑を手に取り、伽藍はやかんに残っていた余りのお茶を入れながら、話す。

 

「私が求めるのは…羂索、お前に天内の育成を頼みたい」

「ほほう?それはそれは」

 

 カタンッと無造作に置かれたやかんの音と、そして同時に伽藍が湯呑を手にして、お茶を飲みだす音が同時に鳴る。

 羂索の目は、伽藍に対して今も、まっすぐに向けられたままだった。

 

「天元が愚かにも捨て、そして目を背けた、壊れた因果に見放された星漿体…しかも天内の天元への適性は、他に類を見ないレベルだ」

「だから、私たちが使ってやろうと?」

「そうだ、ただでさえ壊れた因果を、星漿体そのものの手によって直接、更にぐちゃぐちゃにできるんだぞ?」

「なるほど、そりゃ確かに面白い」

 

 ごぽぽ…伽藍が持つ、空になった湯呑に向けて、羂索がやかんを傾けながら、まるで悪戯を考えている子供のような表情で、その提案に頷く。

 

「それに、天内理子と五条悟の関係性も…悪くはないしね。いいよ、私のあらゆる結界術のノウハウをお教えしてあげよう」

「助かる」

「じゃあ最後は私」

 

 はいはーいと、調子よく右手を挙げてそう言う羂索に、伽藍の視線が集中する。

 そしてしばらくして、いつの間にか天内の身体から移り、元に戻った伽藍と天内の2つの視線に反応し、羂索は言う。

 

「私は…うん、特にないかな。あとは駆け足で行くだけだよ」

「だろうな」

「えー?」

 

 伽藍はそう言葉を返して、硬く険しかった空気が和んでいった。

 敵は多い、困難の壁も遥かに高い、だがここにいる"4人"を、誰も止めることはできない。

 かくして、千歳を超えた会合は、再び強く結ばれる。

 

「じゃあ、これからもよろしくね」

「嗚呼、改めてよろしく頼む」

 

 そう、この会合を締めくくろうとした時、ピーッ!と、部屋に響き渡る、甲高い機械音。

 羂索が「いっけな~い」とわざとらしく、部屋の扉を開けて鳴き声の元へと駆け出していく。

 そしてその後姿を、伽藍と天内は静かに見つめていた。

 

「…そろそろ飯か」

「そうだね」

 

 鼻腔を擽る、炊けた白米のいい香りが、扉を通ってこちらにもやって来る。

 いつの間にか話に夢中になっていたが、今の時間はちょうど晩飯にはぴったりだ。

 高専関係者からの追及は面倒臭いが、この空腹には逆らえない。

 

「おーい、せっかくだからご飯食べていかない?」

「食う」

 

 即答。

 伽藍はひょいっと、扉の向こうから覗く形でこちらに問いかける羂索にそう答える。

 その隣では、天内が先ほど起こった所有権の強制切り替えがよっぽど不思議だったのか、己の手のひらに向けておずおずとした視線を向けている。

 そしてそんな和気藹々とした空間を、ニコニコと眺める羂索の後ろから、もう1人が冷たい目で見ていた。

 

「…あ」

 

 その人物の正体に気づき、伽藍は「あぁ…」と手をポンッと叩いて納得したあと。

 

「悪いな倭助、しばらく邪魔させてもらうぞ」

「帰れクズ共」

 

 いつかの病院で会ったきりの、あの老人に話しかけ、そしてピシャリと拒絶された。




 虎杖家にお邪魔する平安コンビ。
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