黄泉返りの国家転覆 作:倉庫
次回、本気出します。
七海たちが足を踏み入れた時には、既に駅から歩いて1時間は経っていた。
しかしそれでも、まだ夏の日差しが鋭く強いままで。
木々の隙間から零れる、光の線が顔に触れる度に顔を顰めながら手で傘を作る。
「この辺り…ですか」
長い時が過ぎたのだろう。
目の前にある石階段は、かつては匠の技術で作られたのであろう細かい装飾まで、年月の風化によって見る影もない。
雑草と木の根が絡み合い、目の前の階段はある神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「神社…ですか、しかしこれは…」
七海は口調こそ冷静なものだが、実際その内心は不安で埋め尽くされていた。
隔離された村の中、そこで生まれた信仰と、失われた信仰。
村、信仰、忘れられた神社。
七海と灰原の脳裏に、嫌な予感が浮上する。
「フン、所詮民に忘れられた敗北者だ。どうせ大した力じゃない」
「……」
…が、我先にと歩き出した伽藍の声を聞いて、七海はため息を吐く。
2級案件のはずだ。しかしどう考えても、この先にいるのは厄ネタそのもの。
しかし忘れ去られ、その本質を荒魂へと変えてしまった、神座から引きずり落とされた哀れな敗北者。
足を止めた七海たちに振り返りもせず、伽藍は階段を上っていった。
「…行きますか」
灰原に関しては、よっぽど彼女のことを信頼しているのか、顔に一切の不安を見せずに歩き出す。
七海は不安を捨てきれないまま、灰原に続く形で階段を上った。
「おい」
「…?はい」
何十段もあるそれを上り切り、目の前になんとか最低限の形を保ったままの鳥居を発見し、そして足を止めた。
他ならぬ、伽藍が興味深そうにそれを観察していたから。
「生得領域…それも入り口だ」
「…やはり、この先にいるのは」
「行くぞ」
足を踏み入れる。
そして更にもう一歩、前へ進んだと同時に、伽藍の姿が完全に見えなくなった。
おそらくは、この鳥居がトリガーなのだろう、つまりここを通り抜けた先には――
「行きますか」
「うん!」
七海はそう言って、背負った呪具の鉈を取り出す。
灰原もそれに答えるように返事をしてから、七海と並んで鳥居をくぐる。
――その瞬間、彼らは目を奪われた。
「……っ、これは…!」
暗闇だ。
目を閉じるのとは違う、一切の光も、雑音すらも聞こえない真の静寂。
聞こえるのは己の声と呼吸音、そして隣で動揺する灰原の声。
それ以外は、何も聞こえない。
「…不味い」
七海の術式、十割呪法は対象に7:3で"点"を作り、そこを弱点とする能力。
どんな物質、どんな生物にも弱点を作り出せる強力なもの、だが。
今は、見えない。
「灰原、いますか」
視界を完全に封じられた今、七海の術式は機能しない。
それどころか、先ほどまで聞こえていたはずの、草木が揺れるあの音すらもない。
ソナーなどの手段も通じないだろう、つまり今彼らにとって、唯一頼れるものは――
「いるよ!でも何も見えないけどね!」
「…おそらく、ある一定の距離が離れた場合はこうして会話すらできないのでしょう、今こうしてる間も、伽藍さんの声が聞こえないのがその証拠です」
「おー…つまり今からあの人に近づけばいいのかな?」
「どうやって?今の私たちには、あの人を知覚する手段がない」
呪力探知すらも鈍い。
おそらくはこの生得領域…それの環境効果というべきもののせいだろうか。
本来術師にとっての命綱でもある呪力感知、それすらも封じられている今、今の自分たちは俎板の鯉。
いつ、こうして動けない自分たちに呪霊が襲ってくるかわからない。
「うーん…耳をすませば…」
「……呪力強化を忘れずに、いつ襲い掛かれても大丈夫なように備えておきましょう」
「了解!」
――ゴンッ!
「………」
「今何か聞こえた?」
――ザンッ!
『ゥアアアアアアッ!!!』
『うーん少し違う…やはり、すぐ甚爾のようにはいかんな』
「…」
「聞こえたよね?」
灰原の問いに、七海は真っ暗な空間の中で、額に手を置いてため息を吐く。
…わかっていた。というよりかは「どうせこうなるだろう」とは最初から薄々気づいていた。
おそらくはこの領域の呪霊、それの悲鳴と彼女の声が聞こえたと同時に、目の前の暗闇に亀裂が走る。
「…やはりあの人も"そっち側"ですか」
領域が解体され、七海たちの目に光が戻る。
目の前には、おそらく今回の目標であろう、どう見ても2級ではない、最低でも1級レベルはある堕ちた土地神。
かつては人間を守り、力を振るったかつての神は、今こうして地面に這いつくばっていた。
「お前たち、何故鳥居をくぐってからずっと立ったままだったんだ?」
「…?何故それが」
「声は聞こえんかったがな、少なくとも"気配"は感じた」
「……」
さも当然のように言い切った伽藍に対し、七海は呆れと同時に、一種の敬意すらも感じてしまった。
あの世界で、七海たちは呪力感知すらも封じられ、あらゆる感覚器官が麻痺していた。
その中、先ほどのように呑気に会話をしている間ずっと、彼女はこの暗闇の世界で戦っていた。
ふと、七海は彼女が右手に持つ刀に視線を向ける。
むき出しとなった刃、そしてそれから放たれる異様な呪力を。
「いいな。思った以上に使いやすい」
――ゾンッ
伽藍が機嫌よく、片手で軽く振るった瞬間、その呪具が持つ効力が最大限に発揮された。
土地神の身体が、無常に両断される。
『ア"ア"ア"ア"ア"!!』
「クヒッ…いい声だ、唆るな」
ボコボコと切断された身体から肉が溢れ、無数の腕が生成されて牙を剥く。
しかしすぐに、それら全てが伽藍によって細切れにされ、再び痛い悲鳴を上げた。
『~~ッ!』
土地神の呪力が溢れ出す。
一気に何十個もの腕、そして呪力を纏った触手が襲い掛かり、伽藍の目の前を埋め尽くした。
しかし、伽藍の笑みは失われていない。
「阿呆が」
足を開き、伽藍はその場にしゃがみこみ、そして右手に持つ刀、釈魂刀を横に構える。
左手は刃に添え、そして現れる、呪力と"結界術"の反応。
「
その瞬間、彼女の斬撃が前方を埋め尽くした。
「居合、夕月」
彼女にとっては所詮遊び。
呪力放出、そして流れによって作られる抜刀術の加速などしなくても、ただ力を込めて振るうだけでいい。
たったそれだけで、彼女の攻撃は音を置き去りにし、刀は鉄さえも切り刻む。
所詮遊び。彌虚葛籠や領域展開とは違い、いつでも気軽に使えるこれは、彼女にとっては絶好の手加減技なのだ。
『~~~ッ!!』
「簡易領域、抜刀」
――ゾンッ!
再び放たれる、彼女独自のカスタムによって進化した、速度のみを強化した抜刀術。
それによって加速した釈魂刀の斬撃が、再び土地神の身体を魂ごと切り刻む。
『ォオオオオオ!!!!』
「ハハッ…いいなぁお前!もうしばらく遊べそうだ!」
「…行きますか」
そうして土地神を嬲っている伽藍から目を逸らし、七海は灰原を連れて社の方へ向かう。
任務の目標である呪霊、土地神はすぐに死ぬだろう。しかし彼女に任せっきりでは何の意味もない。
そして何より、こういう人の居なくなった場所というのには、十中八九呪術の厄ネタというのが存在するものだ。
「確か…この辺りに…」
七海はその勘を頼りに、社の中で一層強く感じる呪いの気配に向かって、腕を伸ばした。
そして。
「…ッ、これは…」
鍵が壊され、開いたままの扉の中。
その、呪いの気配の正体は、いくら七海でもすぐにわかる。
隣に立つ灰原も、事態の深刻さを理解し、笑みを消してゴクリと喉を鳴らした。
何重にも巻かれ、そして瘴気を放つ"指"が、そこにはあった。
土地神の能力は完全なオリ妄想、七海の術式を徹底的にメタりました。
次回土地神リベンジなるか…?