黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 少し、感が戻ったかな


23話.玉折④ー黒い火花ー

 その指が放つ瘴気に吐き気がする。

 それは七海は勿論、灰原でさえ普段の無邪気な顔は鳴りを潜め、その額に冷や汗を一滴流していた。

 禍々しい呪いの源、視界が揺れそうになるほどのプレッシャー。

 目の前にあるのは、呪術全盛の世から存在し、今の今まで存在し続けている真の呪物。

 

「宿儺の指、ですか」

 

 それも二本。

 毒を以て毒を制す。本来はこの指が持つ強大な気配を利用して、呪霊を寄らせないように放置していたのだろう。

 信仰が失われ、土地神は呪霊へと堕ち、それに伴い人はこの社を離れ、管理することすらやめてしまった。

 皮肉にも、それによって封印に綻びが生じ、逆に呪霊にとっての餌になってしまっている。

 時間はない。こうしている間にも、箱から解き放たれた指の呪力を求め、呪霊がやって来るだろう。

 

「二本もあるなんて珍しいね」

「どちらにせよ、早く立ち去るのが一番です」

 

 灰原の言葉に、七海はぶっきらぼうにそう返す。

 今も戦闘を楽しんでいる彼女の笑い声と、そして土地神の苦痛の叫びを耳にしながら、目の前の箱に触れる。

 警戒心を強くし、指を持ちながら歩き出した時、「うーん」と訝しげな声がした。

 七海はそれに反応し、振り向く。

 

「でも、なんで今まで無事だったんだろうね」

「…というと?」

「これ、封印が緩んでたのって結構前でしょ?なのに今まで無事って…」

「……」

 

 灰原のその問いに、七海はふと考える。

 宿儺の指は猛毒だ。だが知性のない呪霊がそれを取り込めば、その呪力を自身のものにすることで、知能のない低級呪霊でさえ特級に変貌することがある。

 つまり、呪霊にとっては画期的で、そして簡単に強くなれるお手軽なアイテムのようなもの。

 

(なぜ、今まで無事だった…?)

 

 不完全とはいえ封印されていたから?それとも、偶然誰も手にできなかったから?

 それとも、呪霊がこの場に近寄ることさえ…

 

(……)

 

 ――"偶然"?

 

「…まさか」

 

 それにしてはおかしい。

 そうだ、呪霊にとっては極上の餌。だがそれと同じくいたはずだ。

 そう、ここにはいたではないか、呪霊に堕ちたかつての神が。

 人を災いから守るはずだった、あの神が。

 

「……」

 

 忘れられた神。

 産土神信仰。

 堕ちてしまった守護神。

 

「……なるほど」

 

 七海の脳内で、ある一つの答えが構築された。

 何故今の今まで指が無事だったのか、そしてこの場所に住み着いていた土地神という問題も。

 だが、それを仲間に共有するには既に遅く。

 

『――ア"ッ"!』

 

 一瞬聞こえたうめき声。

 そしてすぐ、切れ味の鋭くなった風が頬を擽った。

 

 縋るように、それは残された使命を守り続けてきた。

 

 呪霊からこの地を守る。たとえ人々に忘れられ、己自身も狩り続けてきた呪霊と、同じ存在へ堕ちようとも。

 それは、本能から目を背け続けてきた。

 

「なっ…!」

 

 驚く七海に目もくれず、"それ"は彼の手に握られていた指のみを狙っていた。

 咄嗟に鉈を振り、反撃をするも難なく躱され、そしてそれの狙い通りに奪われる。

 

「ほう…」

 

 その様子を刀を片手に、彼女はただ何もせず、しかしどこか期待を含ませた目を向けている。

 残された本能というべきか、"彼"は朧げになった知性と呪霊の本能がせめぎ合い、指を外敵から守ってきたのだろう。

 しかし伽藍の暴虐によって、"彼"の中の知性と呪霊の本能の天秤が崩れ、指が持つ魔性の呪力に理性を溶かされた。

 

『ォ、お"オオオ…!』

 

 伽藍の視線が土地神を刺す。

 七海から奪い、手にした宿儺の指二本。それがまるで水に沈むように、土地神の身体に取り込まれていく。

 ズタズタに裂かれた身体は再生し、より強靭に、より鋭く素早く動けるように進化する。

 纏う呪力と強者の気配は、以前とは比べ物にならない程膨大で。

 

 土地神が、真に生まれ変わる。

 

『鬆伜沺螻補?ヲ』

「させんよ」

 

 より禍々しく、より人間に近い身体に進化した土地神。

 それが腕を伸ばし、何かの詠唱を完了させる前に、伽藍の足がめり込んだ。

 轟音を鳴らし、木々が崩壊して土地神が飛ばされる。

 

「再生が早い…いや違うか、私への対策で望んでそう進化したのか」

「…すみません、私のミスです」

「気にするな。お前のおかげで面白いのが見れそうだ」

「…嫌味ですか」

 

 先ほどよりも早く、そして残像すら見えない速度で掴まれながら、七海はそう言葉を返す。

 両脇で抱えられ、身体を浮かせる七海と灰原の重さがあるというのに、伽藍の動きは鈍っていない。

 そうしている間にも、土地神の姿は更に変化していく。

 

「玩具ばかりでは感覚が鈍る。あれは私が相手するとしよう」

「…頼みます」

「物分かりがいいな、実力を弁えてる奴は嫌いじゃないぞ」

 

 絞り出すように言った七海に、伽藍は両腕の拘束を解いて言う。

 相手は伽藍が受肉直後に相手した特級呪霊とは違う、所詮知能のない低級呪霊が宿儺の指によって強化された、そんな下奴とは違うのだ。

 

 元は最低で1級。それが宿儺の指を二本も取り込んだ存在だ。

 

 人間の手のみで構成された身体、全身に刻まれた黒い紋様と、紫色の肉体。

 身に纏う呪力の底知れなさに取り戻した知性、人間とは別系統の法則で成り立つ言語。

 目の前にいるのは間違いなく、特級の中でも上位に君臨するであろう強者。

 

「灰原」

「了解」

 

 彼女たちの間に自分たちが挟まる余地はない。

 二人はそれを理解し、そして距離を離して視線のみを向ける。

 後方の二人に目もくれず、ただ目の前の敵にだけ、あの赤く染まった呪いの目を向けた。

 

「ディナー…の前のおやつ、と言ったところか」

 

 VS元土地神、その呪いあいのゴングが鳴った。

 

 

 

 


 

 

 

 

 最初に動きを見せたのは土地神だった。

 

『繧ォ繧(蟇)』

 

 土地神が、練り上げられた呪力と共に掌印を結ぶ。

 足元に広がる、黒く不気味な液状の呪力、そこから這い出るように、赤と黒に染まる、おどろおどろしい見た目をした蛙の式神が湧きだした。

 人間とそう変わらない大きさと不気味な見た目に、伽藍は興味深そうに声を漏らす。

 

「ほう…」

 

 それと同時に放たれる三本の舌を、首と胸を横に動かすことで回避する。

 遠距離で攻撃してきたのは3匹。しかし召喚された蛙の数は、見たところ9匹といったところか。

 残る6匹は――

 

「まぁ、そうなるか」

 

 特に警戒も驚きも見せず、自分の足元に固まる蛙を見下しながら、伽藍は笑う。

 ()()()()()()そこにいた蛙。それぞれの膂力もなかなかのものだ。本気で呪力強化を施せば大したことはないが、わざわざそれをするつもりは彼女にはない。

 じっと目を凝らし、自分の知覚能力に意識を注ぐ。

 

「となると、最後の1匹は…」

 

 ――上か!

 

 上空で膨張し、質量と殺傷力を高める蛙の気配。

 高所というアドバンテージ、そして拘束までも成功している今、並みの術師ならば危機とはいかずとも、それなりに面倒臭い展開だ。

 

禍津日(マガツヒ)…」

 

 スローモーションに映る視界と景色。

 その中で、彼女の指を鳴らす動きだけが、それ以外の全てを置き去りにした。

 

(ユウ)

 

 彼女の周りが赤く燃える。

 蜘蛛の巣状に張られた液状筋肉、そして呪力特性による高熱によって、肉が焼かれる異臭と不快音が響く。

 

『ギ、ぎ魏…』

「しぶといな」

 

 融は伽藍の作った液状筋肉、それによる"本来は捕縛のみを目的とした"技だ。

 細く、それでいて強く練られた糸を使い、対象を縛り上げるだけの技。だがそれも、伽藍が使えばわけが違う。

 伽藍の莫大な呪力出力と、それに連動して締め上げるその工程にも、彼女の圧倒的な身体能力が加算され、本来は殺傷力のないはずの技にすら致命傷を産む力を与える。

 呪力強化を施し、足元で固まる蛙たちを全て蹴り上げ、それらも全て融で作り出した糸に捕縛され、身体を軋ませながら締め上げられる。

 

「……」

 

 一瞬、こちらに向けて視線を向ける伽藍。

 その姿に困惑と覚えると同時に、七海の耳に言葉が流れ込む。

 

「"顕在(けんざい)"」

 

 絶命直前の蛙の姿など見向きもせず、伽藍は言葉を紡ぐ。

 七海はその言葉と、そして練られる呪力の波を観察し、そしてその答えに行きついた。

 あれは、呪詞だ。

 

「"懸河(けんが)"」

 

 ギヂリと、その締め上げる力が強く。

 

「"赤月焔(あかつきほむら)"」

 

 ミヂリと、その糸が更に赤く、より燃えるように光り輝く。

 

(ユウ)

 

 再び指を鳴らした時、上空と地上。それらの場所で囚われていた蛙の全てが崩壊した。

 呪詞の後追い詠唱によって、出力を更に引き上げた融が、蛙たちを切断してもなお勢いを止めず、その矛先を標的に向ける。

 

「禍津日…」

 

 糸がまるで生物のようにうねり、それが今も掌印を結び、再び式神である蛙を召喚しようとしている土地神へ駆けていく。

 

(テン)

『――!』

 

 土地神は、それを両腕を前にして受け止める。

 鋭く、より速度を上げて襲い掛かる赤く染まる刃物を、文字通り肉を切らせて防いで見せた。

 

「…」

 

 再び、彼女はこちらへ振り向く。

 その様子と、そしてこれから彼女が行うであろう呪術の神髄を、七海は余すことなく見つめた。

 

「"糜爛(びらん)"」

 

 右手を包丁に見立て、振り下ろす。

 その仕草を、もし会津の構築術式使いが見れば「彼だ」と確信することだろう。

 

「"毘藍婆(びらんば)"」

 

 そして紡がれる、術式効果を上げるための呪詞。

 

「"(くろがね)摩耗(まもう)"」

 

 伽藍のその動作と同時に、土地神の身体に、深く鋭い線が刻まれた。

 

『~~ッォ"ア"ア"ア"!!』

(テン)

 

 ――見せている。

 禍津日によって作られた液状筋肉と、伽藍の莫大な呪力出力による破壊力が牙を剥く。

 その間、痛みに悶絶する土地神を、ただ何もせず見下している彼女の姿を見ながらそう確信した。

 速度も威力も、彼女にとってはすぐに終わらせられるはずのそれが、現にこうして七海だけでなく、灰原でさえ知覚できるほどに抑えられている。

 何より、土地神の攻撃の全てが彼女にしか向けられていない。

 

(術式対象を彼女のみにする即興の縛り…しかし、それでも術式による効果は置いておいて、単純な必中攻撃すらも呪力強化の差でダメージがほとんどない…)

 

 相手からすればこれほど理不尽なことはないだろう。

 本来視覚や触覚を奪い、まともに戦闘すらできなくなるはずの術式効果すら、何故か彼女には通用しない。いや、効いてはいるが意味がない。

 単純な膂力、そしてアジリティですら遠く及ばない。もし、彼女があの赤い髪と、第三の瞳を開いた本気で勝負していれば――

 同時に。

 

『…!』

 

 より鮮明に、呪霊としての本能に支配された土地神の視界が赤くなる。

 

『……!』

 

 呪霊としての本能、それは人間を害し、人を呪う性。

 人間を食い物にするはずの自分が、あまつさえその人間に弄ばれ、何より手加減すらされている。

 

『譫ッ繧梧惠繧ょアア縺ョ雉代o縺』

 

 傷つけられた自尊心と怒り、そして燃費を無視し、本気であふれ出す呪力。

 辺りの暗闇がより黒く、そして深く染め上げられ、七海の背に冷たい感覚が走った。

 

『――領域展開』

 

 その言葉が紡がれた瞬間、伽藍の顔に歓喜の色が浮かぶ。

 最初から見せていた、あの中途半端で技とも言えないものとは違う、真の強者のみに許された、呪術の極致と呼ぶに相応しい奥義。

 不味いと、七海が手に持つ鉈を振ろうとした瞬間。

 

「シン・陰流」

 

 一瞬でこちらに移動した伽藍が、七海と灰原の前に立つ。

 

「――簡易領域」

 

 伽藍が両腕で印を結び、腰を落とすと同時に領域が抑えられる。

 弱者の領域、しかしそれも使う人間によっては、こうして決して侮れない強者の技の一つに化ける。

 あっという間に展開された簡易領域は、七海だけでなく灰原さえ飲み込み、その身を必中から守っている。

 

「……」

 

 彼女は簡易領域を展開した後、一言も発さずにいた。

 

『……?』

 

 領域展開、そして更に追加で召喚した大量の式神による必中効果が起こる筈が、何も起こらない。

 簡易領域に対する知識の欠如、それによる一瞬のフリーズだったが、何より土地神は伽藍の様子に疑問を感じた。

 その瞳には、失望の色が浮かんでいた。

 

「やっと魅せてくれると思ったのだがな」

 

 少しずつ削られていく簡易領域。

 それに対し、何の危機感や焦りすら見せずに、伽藍は言葉を紡ぐ。

 

「視覚を奪い、触覚を奪う単純で強力な術式…だがここまでお膳立てしてやっても、結局は"必中のみ"の初歩的な領域しか作れないのか」

 

 簡易領域が更に削られる。

 

「まぁ、その再生力は褒めてやろうか。おかげでどれだけ卸しても楽しめる…それだけだがな」

 

 簡易領域が破壊の一歩手前の状態へ。

 

「ッ伽藍さ――」

 

 三人を巻き込むように、普段より広く、そして強度を下げた簡易領域。

 稼げる時間は精々数秒、伽藍は問題ないだろうが。七海、特に灰原にとっては致命傷になりうる。

 焦り、声を出すと同時に、七海は再び目撃する。

 

「せめてもの餞別だ」

 

 土地神を遥かに凌駕する呪力量、そして莫大な呪力出力。

 それと同時に伽藍の両手が、毘沙門天の印を結ぶ。

 

「本気の力と姿は見せん。が、()()()()は見せてやる」

 

 それは、目の前の者とは比べ物にならない、真の意味での呪術の奥義。

 

 

 

 

「領域展開」

 

 

 

 

 赤が、黒を飲み込まんと躍動する。

 間欠泉のように吹きだす血液、そして肉と骨で彩られた社。

 その中央に位置する、蒼く澄んだ巨大な単眼と、周りに散らばる無数の人骨たち。

 

黄泉(よもつ)天蓋(てんがい)

 

 暴威の玉座、再び顕現。

 

 

 

 


 

 

 

 

 伽藍の術式、禍津日による効果は三種類。

 

 捕縛と拘束に優れ、利便性の高い液状筋肉"融"

 収縮と反発を利用し、あらゆる無機物を一撃で粉砕する液状筋肉"吞"

 そしてあらゆる有機物、人間を溶かす――

 

()()()()…!」

 

 呪力と呪力を掛け合わせ、生まれる正のエネルギーを生得術式に流し込むことで生まれる現象。

 そして黄泉天蓋に付与され、必中必殺として機能する効果こそ。

 

 術式反転"(ミソギ)"

 

 術式反転のことは知っていた。だがそれもここまで、高出力のものが存在するとは。

 七海の驚愕を置き去りに、黄泉天蓋がその真価を発揮する。

 かつての交流会とは違う、手加減無用の即死技が、土地神に向けられる。

 

『髮?、ァ』

 

 黄泉天蓋が土地神の領域を塗り替え、その主導権を強奪した瞬間、辺りに糸が張り巡らされた。

 伽藍、そしてその近くに立っていた七海と灰原以外の全て、土地神と大量に召喚された式神たちが、その糸に触れる。

 ドロリと、触れた場所から肉が溶けだす。

 

『――ア"』

 

 黄泉天蓋が領域の主導権を握ると同時に、必中効果範囲内に展開された"融"が、その暴虐を開始する。

 融を起爆剤に、触れた対象…生物の体内に領域を注入することによって、術式反転の効果対象を体内にまで拡張する。

 そして理不尽に理不尽を重ねる、呪詞の後追い詠唱。

 

「"須臾(しゅゆ)霧雨(きりさめ)"」

 

 少し弱く設定しすぎたか。

 そう、いたずらっぽく笑って、伽藍は呪詞を紡ぐ。

 

「"逢魔(おうま)夢境(むきょう)"」

 

 呪詞が紡がれる度に、領域内の赤い光がより強くなっていく。

 溶けていく身体を必死に抑える土地神が、その違和感に気づいた時にはもう遅く。

 

「"(たけ)(まなこ)"」

 

 伽藍の領域は土地神のそれとは違う、必中必殺の領域。

 領域展開と同時に張り巡らされた融に触れたが最後、もはや対象に生きる術はない。

 

「"泡沫(ほうまつ)目覚(めざ)め"」

 

 必中効果範囲内の生物には"禊"

 無生物には"吞"が。

 

 ()()()()()()()()()()

 

「禊」

 

 絶え間なく、浴びせられる。

 

 

 

 

 ――ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッ

 

『ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッッ!!!!!!』

 

 地上を這う式神、空へ逃げた式神。

 伽藍に向かって駆け出した式神、そして地中に隠れていた式神たち。

 それら全てが破裂する。

 

「クヒッ」

 

 笑う。

 

「クヒヒッ…!」

 

 嗤う。

 

「いいぞ!まだくたばってくれるな!」

 

 哂う。

 絶え間なく浴びせられる破壊の雨。

 肉が溶け、血しぶきを散らすその惨劇を見て、七海は言葉を失う。

 土地神も負けじと、反撃のリソースを肉体の再生に注ぎ込んでいるのだろう。

 式神が全滅した後、それらを再召喚することもなく、溶けた肉とを元に戻そうと必死に呪力を垂れ流している。

 しかし今でも土地神が倒れていないのは、その努力が報われたのではなく――

 

「七海、お前の術式は十割呪法といったな」

「…はい」

 

 最低でも倍以上。

 七海の"縛り"によって呪力量を上げたとしても、彼女の壁は高すぎて見えない。

 なによりあれほどの呪力出力、そして術式反転に領域展開を使用してもなお、呪力総量が想像よりも減っていない。

 

「領域というのは千差万別、だがその中でもある違いがあってな。それがオブジェクトの有無だ」

「オブジェクト…この社のようなものですか」

「そうだ」

 

 領域内に存在する建造物(オブジェクト)は、基本的には呪術的には価値のないものとされている。

 あくまでも構築した結界内、そこに生得領域を具現化させることで生まれる"景色"のようなものだからだ。

 唯一、例外があるとするならば――

 

「以前はマニュアル操作だったが、今は融に触れた生物と無生物をトリガーにしたオートマ操作に変えてある。おかげで一度展開さえすれば、領域展延や領域効果とは独立した、肉体に刻まれた術式の運用ができるようになった」

 

 最強(五条)にはまだ届かない。

 最強(宿儺)には、まだ並べない。

 では、あれらに並ぶにはどうすればいい?

 

「…しかしいくら領域に付与された術式があるとはいえ、術式の焼き切れは…」

 

 領域展開後の術式の焼き切れ、五条悟だけではなく、呪いの王たる宿儺でさえ逃れられない代償。

 伽藍の術式の格はそれなりに高い、そして黄泉天蓋を発動し、付与された術式が継続的に発動させている不慣れな技を使った今、すでに術式は焼き切れてしまった。

 今の伽藍に、術式の使用は困難だ。

 

「安心しろ、私は…」

 

 七海の声を遮り、伽藍は右手を握り、その人差し指と中指のみを立てる。

 そして、深く息を吐いた後。

 

「反転術式には自信がある」

 

 ――それを、()()()()()突き刺した。

 

「っ…ぐッ!」

 

 ()()が破壊され、大量の血液があふれ出す。

 その奇行に七海、そしてぼうっとして観察を続けていた灰原が目を見開く。

 伽藍が刺さった指をぐるんと動かし、それと同量の、もしくはそれ以上の反転術式による治癒を意味する煙が噴き出した。

 

「く、クク…()()()…!」

 

 伽藍の頭上に、収縮された赤色の宝石。

 焼き切れているはずの術式使用、七海がそれに驚く。

 同時に、伽藍は胃液と血液を吐きながら掌印、そして出力向上の呪詞を紡ぐ。

 

三雀羅(みじゃくら)

 

 脳が壊され、元に戻り。

 再び破壊、そして再生を繰り返し、伽藍の求める"ある場所"がリセットされる。

 

正鵠(せいこく)

 

 土地神は、逃れる術を持たない。

 

狭間石(はざまいし)

 

 120…130……

 省略されない呪詞と掌印が、術式効果を底上げする。

 

(よい)火祭(ひまつり)

 

 一瞬、瞼の裏に浮かんだあの景色。

 伽藍という人間が、生まれて初めて味わった敗北と、その約束。

 それらを嘲笑うかのように、呪いを籠めた言葉を紡ぐ。

 

水鏡(すいきょう)残花(ざんか)

 

 領域内の環境要因による、術者の全能力強化。

 昇華された儀式、そして底上げされた術式効果の、赤い火花。

 

 その全てが、感覚が鮮明にわかる。

 

 超高密度の穿通の一撃。

 今までも何回か使ったそれ、だが今回は違った。

 脳を破壊したことによる死の間際。より繊細な技術と失敗は許されない命そのものを駒とした賭け。

 思考がスパークし、だがそれ以上に確固とした、ある全能感に支配される。

 

「――(ごく)()(ばん)

 

 放出される赤い波動。

 それがぶつかり、肉を抉り、土地神と領域そのものを飲み込まんとした瞬間。

 

(ムクロ)

 

 黑い火花が、微笑んだ。




 連載20何話にてようやく主人公の技解説ってマ?
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