黄泉返りの国家転覆 作:倉庫
「うん、大分行けるようになったね」
「あっ先生」
「話しかけても問題なしと」
爆薬が炸裂する音、入り乱れる男女の悲鳴。
目の前の刺激的な映像に釘付けになりながらも、虎杖悠仁は言葉を返す。
「前より出力上げたんだけどねぇ、成長早いね」
「押忍っ」
呪術高専地下の一室。
書類上、虎杖は既に少年院で死亡したままであり、生存の真実を知る者は少ない。
その一人が目の前にいる現代最強の術師、五条悟である。
「それじゃ、もう次のステージに進んでもよさそうだね…あぁそれと、もういい時間だしご飯食べに行っておいで」
「えっ?あぁ…なんか時間の感覚狂うんだよな…」
朝起きる、テレビを起動し映画を再生。
そしてじっと、呪骸を手に精神統一と呪力のコントロール。
徹底的に基礎を練り上げるその作業が、今の虎杖の日課であった。
「部屋を出て近くに階段があるから、そこを登ったらすぐわかると思うよ」
「了解!」
ギュルルルルと腹から出たとは思えない轟音をまき散らしながら、虎杖は部屋を飛び出す。
階段を登ると照明のみが光源だった先ほどとは違い、窓から差す日差しが辺りを照らしていた。
「え~っと確か…」
登ったらすぐにわかると、確か彼はそう言っていた。
だから自然と、より強く日差しを受け入れる巨大な窓に視線を移した時だった。
――誰かがいる。
「っと、やべ…」
「………」
ハッと口を抑え、ゆっくりと姿勢を低く、壁に隠れるようにして観察をする。
今の自分は死人であり、今ここで自分の生存がバレるのは少し不味い。
「
――彼女が、こちらへ問いかける。
「そう警戒するな、五条から話は聞いている。食いたいならさっさと食え」
一瞬、その呼ばれ方に身体を震わせたものの、「五条から話は聞いた」という言葉を聞き、虎杖は警戒を解いて近づいた。
まじまじと視線をこちらに向けて「ほう…」と興味深そうな声色で呟いてから、彼女は続ける。
「…随分成長したな」
「え?」
「いや、なんでもない」
斜めに切り揃えられた特徴的な前髪、それに隠れて顔は見えなかったが、彼女の誤魔化す態度からしてふと出てしまった言葉のようだ。
「…あっ!五条先生と知り合いなら知ってるかもっスけど一応…」
「必要ない。虎杖悠仁…宿儺の器」
その時、虎杖は初めて彼女の顔を真正面から見た。
月光のように輝く銀髪の向こうに、まるで血のようにおどろおどろしい輝きを見せる赤い眼。
――恐ろしい?いや違う。
「名前…」
「伽藍。いいから、食うならさっさと食え」
話すのが面倒臭い。そんな態度を隠さずに視線を手元の本に向けた彼女。
ただ何故か、虎杖は目を離すことができなかった。
机の上に置かれた、おそらく五条が用意したであろうコンビニで売られているようなパンやジュース。
それらを手にしながら、虎杖は話す。
「えーっと、伽藍…さん?先生?」
気さくに呼んでもいいのか、それとも畏まった言い方の方がいいのか。
両方の呼び方と可能性を試す問いを選んでみた。
伽藍はぶっきらぼうに返す。
「先生でもさんでも好きに呼べ」
(あっ先生なのは合ってるんだ…)
部屋に充満するコーヒーの深い香り。
あまり専門的な知識はないが、それでもいい豆を使っているのだろうとわかるくらいには、香りと色の全てが高水準。
彼女は、これが好きなのだろうか。
「それどこのコーヒー?美味そう」
「友人からいい豆を送ってもらってな、あとはただ淹れるだけだ」
「へ~」
よく見ると、台所の方に先ほど使ったのであろうドリッパーが置いたままだった。
湯気が発生しているのを見るに、まだ淹れたてで冷めていないのだろう。
「えっと、俺も飲みたいんスけど」
「好きにしろ、あとそのちぐはぐに丁寧な言い回しをしようとするな、普通でいい」
「ハイっス!」
片手で敬礼のポーズを取りながら、虎杖は相変わらずの態度を取る伽藍にそう返し、台所へ向かった。
既にコーヒーの抽出自体は終わっていたため、後は用意したコップに入れるだけだ。
淹れたてのコーヒーがコップの中で渦を作り、かき回されて香りがより強く放たれる。
そしてすぐ、味見ついでに一口だけ飲んでみてから、虎杖は目を見開いた。
「美味しいな」
嫌いな食べ物や飲み物は特にない。
コーヒーもその一つで、今までの印象としては好きでも嫌いでもない、中間に位置する飲み物だった。
だが、この味を知ってしまうと考えが変わりそうだ。
「おい」
「うおっ!?」
隣から聞こえる声、そして感じる気配と同時に声を張り上げる。
先ほどから声も物音もさせずにいたのにも関わらず、文字通りいつの間にか隣に立っていた。
「よこせ」
「あ、はい」
大人しくドリッパーを差し出すと、返事と同時にひったくられる。
相変わらず興味のなさそうな、冷たい表情を見せる彼女の横顔に、何故か虎杖は目を離せない。
既視感?いやこれは――
「う~ん…」
違和感。
「なぁ、先生」
「…なんだ」
――違和感。
「俺らさ、どこかで会った?」
「さぁな」
違和感の正体は、まだわからない。
どこかで会った、街中?それとも以前学校で?
いや、無意識な勘がそれらの択を拒否している。
「うーん…なんか違和感が…」
チラリと彼女に視線を戻して、気のせいかなと話を切ろうとした時だった。
――頬に指が添えられる。
「ぅえ!?」
「………」
じーっと、先ほどとは打って変わった興味深そうな視線。
目の下、あの日呪いを食してこの世界にやって来た証である傷を撫でる。
「……ここに、か」
その赤い目がより強く、より輝いて光る。
その視線、その好奇心が向けられる真の先――
どろりとした、悪寒の走るそれ。
「!?っとそれじゃ!」
鳥肌の立つ、危険予知にも似たその感覚に従って、虎杖は部屋から飛び出して逃げた。
あの赤い目と、そして上擦った声と狂気を孕んだ気配を必死に頭から消そうとして、ふと虎杖は気づく。
「そういや…」
普段から互いに無干渉。
話すこともなく、興味を向けることもない者ではあるが、妙に静かな彼を思い出し。
「宿儺、何も言わなかったな」
再び、違和感を覚えて歩き出した。
――夢を見る。
渋谷、ハロウィン、塵となった目の前の景色。
まどろみの記憶の中。
『あの女だけはやめとけ』
『悠仁の前で変な話はやめて下さい』
虎杖の記憶に残る中で、まだ強く生命に溢れた祖父の姿。
ドス黒い眼を見せる父の姿。
『お義父さん』
額に刻まれた縫い目。
『…なんの話ですか?』
『お前のことだろう』
――顔が見えない。
『伽藍、そういえばこの子に会うのは久しぶりなんじゃないかい?』
『そうか、最初に会ったのは病院でだったな』
より敵意を強く剥き出しに、目の前の二人を睨みつける祖父の姿。
虚ろな目で、縫い目の付いた彼女へうっとりとした表情を見せる彼の姿。
ただ、"彼女"の姿だけは不鮮明。
『仁、少し貸せ』
視線が揺れて、より強い光が目に差し込んだ。
いつの間にか所有権が変わり、今の自分を抱きかかえているのは彼女らしい。
相変わらず、顔はわからない。
『…可愛くない面だ』
『えー?折角私が産んだのに~』
『黙れ』
熱い手だ。
言葉と態度の冷たさとは裏腹に、彼女の身体が持つ熱は心地よい。
だがその奥に隠れた、敵意の炎による熱さを見抜く。
『おい』
『そう声を荒げるな、赤子を甚振る趣味はない』
『ぅあ…』
赤子特有の柔らかい頬を、器用に抱きながら指で突かれる。
意識がハッキリと、そして記憶の中の景色全てが鮮明になっていく。
『…ハハッなんだ、お前やっぱり』
祖父の姿、母の姿、そして隣に立つ父の姿と――
『
心底愉快だと笑って言う、伽藍の姿。
宿儺ァ…!(フルフルニィ