黄泉返りの国家転覆   作:倉庫

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 感想が欲しい!(クソデカ声)めちゃくちゃ喜びますのでどうかお願い致します…


25話.玉折⑥ー贅沢者めー

 崩壊した外殻から姿を見せた二人。

 伽藍のどこか、子供に向ける達観した眼差しと五条のギラついた視線。

 先ほど話していた内容は聞こえなかったものの、"何か"があったのだろうと、その表情が証明していた。

 

「おっかねぇな、あんなのに挟まりたくねぇよ俺」

「同意だね」

 

 轟音、そして吹き荒れる砂嵐。

 五条と伽藍、両者の乾いた笑いに苦笑いを零しながら、日下部と冥冥は観察を続ける。

 

「あいつら、今術式焼き切れてるんだよな?術式なしであれかよ…」

「術式を鍛えるよりも先に、身体を鍛え上げた方がいいというのはあながち間違いじゃないらしいね」

 

 夏油の目に映るその殴り合いは、彼からしても別次元のものだった。

 勿論純粋な武術という点でなら夏油には及ばない、親友のよしみで軽く教えた五条もそうだが、やはり一番異質なのは伽藍の戦法。

 息をつく暇もなく繰り広げられるそれを、日下部たちは勿論歌姫や家入、そして七海たちも冷や汗を流しながら観戦する。

 

 地を這い、相手の関節部分を重点的に狙う。

 目潰し金的、あらゆる危険技も躊躇なく狙い、むしろ自分へのカウンターは一切考慮していない。

 どこまでも攻め、攻撃こそ最大の攻撃。

 

 まるで獣だ。人でありながら野生の戦い方に身を落とす彼女の戦い方に、五条も最初は手を焼いていたことからも、その厄介さがわかるというもの。

 だがそれも――

 

(慣れたか)

 

 五条悟には通じない。

 

「はは、あんな悟久しぶりに見たな」

 

 最後に本気で殴り合ったのはいつだっただろうか。

 訓練の中、決まった型で互いに拳を交え、そして畳の上に倒れたあの日々を思い出す。

 だが不思議なことに、喉からは掠れた声しか出てこなかった。

 

「――ッラァ!!!」

「ハハハハハハハッ!!!」

 

 あの時の笑い声を思い出す。

 目の前で頭を押さえつけられ、すぐに追撃の蹴りを喰らいながら、伽藍は痛みに怯むことなくカウンターを胸に叩きこむ。

 ルールに縛られない全力、むき出しの敵意と削れる肉と血のそれらが、飛沫のように宙を舞う。

 初めて同級生と喧嘩をして、初めて親友が生まれたあの日と同じで――

 

(私は)

 

 ()()()()()()()

 無意識のうちに目を逸らしていた事実、方向性が違うと、彼にはできず自分にはできるという慰めに近いそれ。

 わかっている、比べるだけ愚かなものだ。五条悟という存在、規格外な超常をだ。

 だがどうしても妄想してしまう、もし自分も彼女のように――

 

(…私も)

 

 あの、個の強さを少しでも持っていればと。

 

 

 

 


 

 

 

 

『領域展開』

 

 術式が回復し、再び二人の領域がせめぎ合う。

 結界内に濃縮された無限の情報、ひとたびそれを浴びれば最後、脳は壊され絶命に至る致死の恐怖。

 だが、その程度の恐怖では。

 

「――ははっ!」

 

 ――この闘鬼は止まらない。

 領域の必中効果と術式効果、そして展延による無下限の中和。

 本来一つの術式が領域内限定で効力を変え、その対策のための択すらもが理不尽、それが無下限呪術。

 圧倒的アドバンテージ差、その距離を己の体術、技術を使って死ぬ気で縮める。

 

「こっちだ」

「うげっ」

 

 展延によって無下限を突破され、腕を掴まれた瞬間、顔面に拳を叩き込まれる。

 負けじと腹を蹴り返し、互いに痛み分けに終わってから、再び両者は距離をとる。

 

(チッ、やりづらい)

 

 結界条件、そして付与した術式の精度に呪術の引き算。

 最低限のコスト、最大限のパフォーマンスを老練された技術によって顕在化させる伽藍。

 常人を超越する呪いの才華、数十年の蓄による圧倒的な経験の壁がある筈だった。

 

「…ハッ」

 

 ――嗚呼、それなのにこの男は…!

 

「ハハッ!いいぞ!」

 

 ――目の前の化け物はそれすらも。

 伽藍の拳が、五条の拳が。

 互いに互いの頭を潰す勢いで交差し、ぶつかり、火花を上げて空気を切り裂く。

 黄泉返ったことによる肉体の最盛期を手にした伽藍と、恵まれた眼、恵まれた身体能力による純粋な闘争心によるコミュニケーション。

 

 ――ガリガリガリガリ!

 

 その泥臭い殴り合いと同時に、ヂリヂリと目に見える勢いで、あっという間に削られる領域の必中範囲。

 目を見開き、今度は五条が歓喜に叫ぶ。

 

「――ハハハハハッ!」

 

 勿論、削られる勢いが強いのは伽藍の黄泉天蓋であり。

 より強く、押し合い勝負を制したのは無量空処。

 硝子が割れるような、あの結界が崩壊する音が響き渡る。

 

「…っ、クソッ」

 

 両者が領域を展開して13秒後。

 伽藍の必死の抵抗も虚しく、より勢いを強くした無量空処。

 ――それにより、伽藍の黄泉天蓋が崩壊する。

 

「~~~ッ!」

「喰らったな!――無量空処を!」

 

 続けて崩壊した無量空処のこともあり、伽藍が無限の情報を流し込まれた時間は延べ2秒にも満たない。

 異変を感じた瞬間、伽藍は頭部を主軸に精度を度外視した、全力の反転術式を施した。

 襲い掛かる死の予兆、破壊される脳細胞と呪力を生成、頭で反転させる巧妙なプロセス。

 絶命という概念が背に立つその瞬間を、伽藍は死ぬ気で乗り切ろうとした。

 

「ぅぇ…ッ」

 

 襲い掛かる脳へのダメージ、治しきれない負担と不快感に、伽藍は本気で苦しむ声を漏らす。

 なんとか意識は落とさんと血走る眼。だが想像を絶する苦痛と不快感に胃液をぶちまけ、片手で何とか抑えながら立つ。

 まともに格闘戦のできない現状、再び五条の魔の手が襲いかかると思われた。

 だが、そんな無防備な彼女を見ても。

 

「なぁ、お前は」

 

 五条は、動きを止めた伽藍に向かわなかった。

 

パンピー(非術師)に気遣う必要なんてないって言ったよな」

「……あぁ?」

「弱者に気を遣う必要もない、とも言った」

「……」

 

 壁を乗り越え、人知を超越して。

 人間という枠組みの外へ、その身と精神を置いてから感じていたもの。

 五条悟という人間の、心に存在するある価値観。

 

 ――それは、ある線引き。

 

 元から存在していたそれが、一年前のあの日から更に、より強く確固としたものへとなった。

 元から並ぶ者がいなかった現実が、より残酷な現実を見せるように。

 満たされる人間としての心、そして足りない、もっと寄越せと叫び出す、己の中の闘争を求める心。

 

 友と並ぶのとは違う、求めるのは力の発露。

 孤独ではない、友はいる。だがそれとは別にどうしようもなく溢れる力の欲望。

 ――強者故の孤独、強者故の侘しさ。

 

 だから聞きたかった、だから知りたかった。

 誰よりも力と闘争を求め、誰よりも修羅の道を行く彼女なら、力に苦しむ者の思いも理解できるのではと。

 ――彼女なら、この苦しみの答えを示してくれるのではと。

 

「…嗚呼なるほど」

 

 一瞬、五条の問いに目を丸くした伽藍はしばらく呆けて。

 五条の言わんとすることを理解し、笑って。

 

「お前も、か?」

 

 まるでしょうがないと言うような、心底呆れた表情を見せた。

 

「いつの時代もこうして湧く…何故皆が、揃ってこうも同じ話題を擦るのだろうな」

「…?」

 

 困惑する五条を前に、伽藍は懐かしいと、そう呟いて思い出に浸る。

 伽藍の脳を過ぎるのは、かつて同じ問いを己に投げかけたあの少女。

 絶対的な強者、それ故の孤独。伽藍も同じ孤高の者だと認め、そして同情されたあの過去。

 

「お前は、その答えを知っているだろうに」

 

 諭す、示す、呆れ、失望…

 伽藍の目に映る様々な色の形、だがその中でも――

 

「続きだ」

 

 ――仕方ないと悪戯に笑い。

 伽藍は、再び問いかける。

 

「知りたいのだろう?納得のできる答えが欲しいんだろう?なら見せてやる…」

 

 憎しみの視線、好敵手へ向ける熱。

 今まで向けられたそれとは違う、五条の身体を貫くそれは。

 

「来い、()()

 

 とても、新鮮なものだった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 先ほどの問答の時間で、伽藍の脳は最低限の回復を果たした。

 だがそれでも、まだ癒しきれていない破壊された脳細胞があることは確かであり――

 

「領域…」

「させん」

 

 帝釈天の印を結ぼうと手を動かした五条へ、伽藍は液状筋肉を放出した。

 破壊されたのは結界術を司る脳細胞、呪力操作の延長戦である領域展延、そして術式の発動は難なく行える。

 

「器用なことを…」

 

 五条の手のひら、そして指の長さ全てにピッタリな大きさの専用の拘束具。

 領域展開はおろか術式発動のための手印すらも妨害できるため、術師にとってはこれ以上ない嫌がらせだろう。

 咄嗟に自由な左手で印を発動しようとした隙を、彼女は逃さない。

 

「"糜爛(びらん)" "毘藍婆(びらんば)" "(くろがね)摩耗(まもう)"」

「ッ!」

 

 術式効果を向上させる呪詞、それと同時に六眼が鮮明に解析する、呪力の起こり。

 完成直前の左手の手印を解き、五条は伽藍の攻撃の()()に専念した。

 

「――(テン)

「っぶね!」

 

 凝縮、そして解放。

 だがその瞬間六眼が見破った、液状筋肉による斬撃全てに纏われた領域展延。

 無下限に任せた防御は無意味だろうと五条は把握した。

 

「――(ユウ)

 

 そして今度は詠唱なし。

 直前まで隠された呪力の起こり、それに気を取られて硬直した瞬間、五条の身体を液状筋肉が締め付ける。

 呪力による防御は成功しているとはいえ、こうして動きを止められている事実。

 ――その隙を、彼女が見逃すはずがない。

 

「"顕在(けんざい)" "懸河(けんが)"」

 

 後追いの詠唱、それにより更に拘束力を増した液状筋肉が、五条の身体を蝕んだ。

 

"赤月焔(あかつきほむら)"

 

 

 

 

 伽藍は普段、()()()()()()()を除き、術式によって筋肉しか作らない。

 それは形を自在に変え、あらゆる場面に対応でき、火力も高い故の選択だ。

 骨の創造も弱くはないが、それでも液状筋肉という破格の存在を前にしてはその価値も霞む。

 

 故に、伽藍は縛りを己に課した。

 

 それは元より高性能な液状筋肉を、更に高次元のものへと昇華させるためのダメ押しのようなもの。

 だからこそだろう、伽藍の行うそれは、呪術の世界において非常に画期的で合理的――

 

「五条」

"逆鱗(げきりん)" "接合(せつごう)"

 

 伽藍の得意げな笑みと、同時に嘲笑うように詠唱を続ける()()()()

 心底楽しそうな声色を出す伽藍本人の口。そしてその額と腕、少量の液状筋肉を纏ったそこに作られた、人工的な発声器官。

 

「避けてみろ」

"双児(そうじ)妖星(ようせい)"

 

 圧縮した液状筋肉、それの方向性を極限まで絞り、ただひたすらに貫通力を高めた技。

 先ほどまでの経験から、おそらくこの技も無下限を破るために領域展延を纏っているのだと理解した。

 故に五条はこの瞬間、無下限のバリアに回す分の呪力すらも防御のために使い、純粋な呪力強化による防御に挑む。

 

「――(ゴウ)

 

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリッ!!!

 片手で防ぎ、反撃の為の手印を結ぼうと考えていた五条の策を嘲笑うかのような破壊力。

 右手の甲を突き破り、そのまま頭を穿たんと前進を続ける液状筋肉を止めるため、五条は残る左手を駆使し何とか力の流れを操作する。

 

「ッてぇ…」

 

 穴のできた右手を見ながら、同時に右腕全体に走る高熱による不快感。

 呪力特性による影響は純粋な呪力強化でも防ぎきれないのもあり、どうしようもなく腹が立つのだ。

 眉を顰める五条に対し、伽藍は再び話し続ける。

 

「1000年前、私にも愛がどうたらとほざいた小娘がいてな」

 

 パキ…プラスチックのような軽やかな音を立てながら、液状筋肉が伽藍の背後で円を作る。

 そしてそれの上下対称の形で再び作られる発声器官。

 試行錯誤を繰り返し、その合理的な構造はある一種の機能美へと進化の道を辿っていた。

 

「ソイツが言うには、私も宿儺と同じよう…圧倒的な力を持つが故に孤独であると、渡り合える者がいない故の苦痛と寂しさを感じているのだと」

 

 ()()()()()()()()

 そう吐き捨てて、伽藍は続ける。

 

「生憎私には理解ができんが、まぁ奴の"言いたいこと"は少しは尊重できるつもりだ、それこそ今の貴様にピッタリでな」

 

 線引きを施すほど、伽藍は他者を愛することもない。

 誰かを愛そうと思うほど、伽藍は良心が残ってもいない。

 

「力の発露を求めたいか、ありのままの自分を受け入れる相手がいないから苦痛を感じる?」

 

 阿呆が。

 その言葉には、彼女が歩んだ人生の渇きが滲み出ていた。

 

「勝手に見限り、諦めの殻に閉じ籠るその様…嗚呼本当に、若いころの自分を見ているようで腹立たしい」

 

 力を求め、名声を求め、暴れて殺して名を轟かせた若かりし頃。

 いつしか肉が落ち、皮が強張りだしたころ、己の年齢を言い訳にしまいと目を逸らしたあの日に、伽藍は人生で二度目の敗北を経験した。

 

 呪いの王、両面宿儺。

 

 必死に挑んだ、そして逃げた。

 いつか勝てる、負けない限り自分は勝てる。そんな自分の自尊心を守るための価値観に逃げて。

 「もし自分が若かったら」なんて思ってしまった瞬間に、伽藍は目の前が真っ赤になった。

 

「力の発露を求めるならば縛りを課せばいい、自ら弱者の舞台に降り立ち、同じ立場からの全力を出せばいいだけだ」

 

 ありのままなどくだらない。

 そんなものは自分を偽る弱者が出す言葉だ。伽藍は黄泉返ってから自らを偽ったつもりは一度もなく、ありのまま、そのままだ。

 

「この世界に、真に孤独な人間などいない。人は誰しも誰かを利用し、されて。そうやってこの世界で呪いは廻る」

「お前はどうなんだよ」

 

 孤独な人間などいない。

 その言葉は誰でもない、五条が一番理解できることだ。

 天上天下、唯我独尊の彼が唯一尊ぶ、そして大切にする友情。

 あの傲慢不遜な戦闘狂の口から、そんな考えが出てきたのには驚いたが。

 

「満たされる孤独と力の発露を求める心は矛盾するか、それとも…これも愚かだって?」

「尊重したうえで進言してやろう、愛などロクなものじゃない」

 

 再び、伽藍は平安の世で築き上げた価値観を語る。

 

「他者を満たそうとも考えたことはない、満たされるのは私でいい。私を敬い、恐れ、そして愛することが重要であるが故に」

 

 友情も、愛情も。

 共に肩を並べ合い、そして笑いあうのも全ては「自分のため」

 だが友と違い愛は違う。利益と打算で関わり合える友と違い、伽藍にとって愛は妄言。

 

「愛は弱さだ、譲渡は罪だ。原初の欲望…闘争を放棄した臆病者以外は許してやる。だからこそ愛に縋る者は愚かだ」

 

 あの呪いの廻る平安の世で伽藍は呪いの王が全てを蹂躙する光景を見た。

 愛を尊び、そして縋った者からそれを利用され、いいようにされて殺される。

 どれも結局例外はなく、この呪いの世界では、愛ほど弱く要らないものはないと。

 伽藍は、そう結論付けた。

 

「…疲れるだろ、それ」

「愚問だな。私には飽きさせないこの世の中と、変わらず悪趣味な友がいる」

 

 だからこそ、五条と伽藍は真の意味では。

 

「死ぬまで、私は啜り足掻き生き続けるさ」

 

 理解できない間柄であった。

 

 

 

 

「"顕在(けんざい)" "懸河(けんが)" "赤月焔(あかつきほむら)"」

 

 

 蒼による引力、それによる超加速でそれを回避し、五条は再び伽藍と向き合う。

 

「やるな」

 

 だがすぐに、伽藍は片手で印を結びながら五条に向き合う。

 五条が蒼を展開するよりも早く、伽藍はその技を発動させる。

 その背後で、二つの口が()()()動き出した。

 

"糜爛(びらん)" "毘藍婆(びらんば)"

"奈落(ならく)" "五月雨(さみだれ)"

()()――」

 

 (テン)(セツ)

 前代未聞の呪詞の同時多重詠唱による合わせ技。

 それが、五条に牙を剥く。

 

"(くろがね)摩耗(まもう)"

"(いまし)めの熱海(ねっかい)"

「――(ケガレ)

「――(あか)

 

 吞による斬撃を、広範囲を飲み込む折が逃げ場を防いでサポートする。

 だが五条は一瞬の隙を見逃さず、赫による発散に切り替えてそれらを崩壊させた。

 覆しきれない術式の格差、そして五条の反撃は続く。

 

「飛び道具ばっかつまんねぇだろ」

 

 重式の反動で動けない伽藍を、蒼の引力で無理やり引き寄せる。

 なんとか振り切ろうと足を踏み込むも抵抗虚しく、伽藍の身体は五条にいいようにされてしまう。

 

「ぐっ…」

 

 同時に、五条の全力で放たれたボディブロー。

 蒼による引力、五条の呪力強化と体術によって、まるで不意にカウンターを喰らった時に近い不快感が襲い掛かる。

 痛みに慣れた彼女でも顔を顰める技の連続に、負けじと液状筋肉を展開した。

 

(ユウ)

 

 五条の身体ではなく、その周りに展開された液状筋肉。

 どれもが無下限を貫く可能性がある以上、むやみに突っ込むのは得策とは言えないだろう。

 

(でもまぁ)

 

 ――なら近接戦を続けるまで。

 

「"位相(いそう)" "黄昏(たそがれ)"」

 

 先ほどよりも強く、先ほどよりも重く。

 遂に解禁した無下限の呪詞を、五条が詠唱を終わらせようとした時。

 周りに展開された液状筋肉が、球状に圧縮される。

 

「――(ムクロ)

 

 瞬間、五条の背中に熱塊が押し付けられる。

 

「~~っが!」

 

 詠唱を中断され、威力不十分のままに放たれた蒼。

 ダメージはそれほど、それどころか無量空処に始まり、伽藍は反転術式を多用しすぎたせいか、傷を治す速度が落ち始めている。

 元からの体力の差もあり、五条に万が一はない。

 このまま互いに攻撃を叩き込み、そして反撃を繰り返していくだけ――

 

 

 

 

 そのはずだった。

 

 

 

 

「死ぬなよ、五条」

 

 突如抱きしめられ、目の前には彼女のニヤリとした顔。

 同時に向けられたその声には、偽りのない心配の意があった。

 

「はっ?」

 

 液状筋肉が五条の身体を、そして他ならぬ伽藍の身体を同時に締め付ける。

 同時に六眼が解析を完了し、目の前で起こっている現象の正体を五条に伝えた。

 ――既視感。

 

 伽藍は一年前に()()を見た。

 

 無限に形を変える液状筋肉と、放出の際に工夫を凝らす呪術の計算式。

 だが何かが足りないのだ。真の意味で相手の意表を突く何かが。

 真の意味で、自身の術式を生かすその技を。

 伽藍が最初に言葉を紡ぎ、それに続く形で第二、第三の口から呪詞が紡がれる。

 

「"七堂(しちどう)"」

"末光(ばっこう)"

"降魔(ごうま)転身(てんしん)"

 

 凝縮された時間の中、唱えられた未知の呪詞。

 伽藍の身体を包む赤い稲妻、そして同時に走る悪寒。

 だがその間も、彼女の背後から呪詞は流れ続ける。

 

"摩耶(まや)三業(さんごう)"

"(むく)いの芳年(ほうねん)"

 

 未知という点なら、先ほどまでの呪詞とそう変わらない。

 わからないなら備えるだけ、今までと同じよう、防御に全神経を注ぐだけ。

 では、何故五条はこの詠唱に驚いていたのか、何故つい動きを止めてしまうほどの衝撃を受けたのか。

 それは――

 

「…()()

 

 術式順転、反転を重ね合わせ術式効果を進化させる。

 文字通り、()()()()()()()()の術式発動。

 己の命すらも薪としたことによる恩恵が、その蛮行をより高次元のものへと昇華させた。

 

「―― "火産(ホムスビ)"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前…頭おかしいんじゃねぇのか…!?」

 

 術式反転による人体の蒸発。

 それらをより効率的に、より早く成すために伽藍が生み出したのが火産である。

 圧縮された液状筋肉が自分ごと相手を貫き、壊しながら溶かす…まさに対人間に特化した自爆技。

 防ぎきれなかったダメージと、未だ再生途中の左腕を支えながら、目の前でこの惨状を生み出した本人、伽藍へ信じられないものを見るような目を向けた。

 

「人間、歳を取ると色々なことを経験するようになる」

 

 無量空処から始まった反転術式の長期間使用。

 元から治癒力の落ちた状態であるのにも関わらず、何を考えたのか彼女は本気で自分ごと殺すつもりで自爆を行ったのだ。

 自分の呪力であるはずだが、それでも五条よりも傷は深く、顔の半分は骨が見えており、両腕は未だに欠損したままで治っていない。

 足もそうだ、実際に一番再生が追い付いていないのが下半身であり、それらは液状筋肉で作った義足擬きでなんとか立っている状態。

 立つのもやっとであろう、しかしそれでも彼女は…負けず嫌いであった。

 

「これもいい経験になった、次はもっと威力を上げるか」

「お前マジで死んでも知らねぇぞ…」

 

 五条の心底呆れたといった言葉に、伽藍は壊れた顔が気にならないくらいの、無邪気な笑い一つ返して答えた。

 




 五条(HP60/100)
 伽藍(HP10/100)
くらいです、あとやっぱり呪詞を考えるのは楽しい。
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