黄泉返りの国家転覆 作:倉庫
術師を殺す。
術師でなくとも強者は殺す。
殺して沈めて、そうして出来上がった骸の山で、ただ退屈そうに腰かける女がいた。
(…あぁこれは)
これは過去の自分だ。
自分が特別だと思いあがり、孤独だと、自分が絶対的強者だと思いあがっていた頃の自分。
その退屈そうな視線も、自分の特別さに付いてこれない者を見下すその視線も、ただただ不快で仕方がない。
(愚かだな)
そうして女は歳を取る。
戦を扇動し、術師を殺し、時に大胆不敵に社を燃やし。
敵なんていない、自分だけが特別だと。
(…本当に)
そして鬼神が誕生する。
人間とは遠くかけ離れたその姿、呪いに愛され、呪いを愛するためだけに生まれたその御形。
掌印を結んだまま、強者を蹂躙する圧倒的な暴。
まるで手足のように、呪具を振り回し4本腕と一体化する舞。
呪詞を絶え間なく詠唱する、その二つ目の口も。
――奪われた、
(嗚呼…本当に)
"呪いの王"は宿儺だけだ。
かつて自分が暴れ、呪いを廻したと思い込んでいた全盛の頃ですら、自分をそう呼ぶものはいなかった。
だが
「…本当に」
忘れられ、風化し、より優れた歴史に埋もれ。
そうして宿儺に隠れ、いつしか伽藍のことを語る人間はいなくなった。
――それがとても。
「――不快だ」
右手を前に、人差し指と中指以外を折りたたみ、残る二本指を向ける。
掌印を結び、呪力を練り上げ、紡ぐのは呪詞。
「"
凝縮された液状筋肉、それがビー玉サイズの禍々しい黒球にへと変貌を遂げる。
質量保存の法則を無視した膨大な量の破壊兵器が、たった数cmの中に押し込められた。
力を込める。
「"
――極ノ番
迸る閃光と衝撃、たったそれだけの詠唱と技で、目の前の空間に穴が空く。
硝子が割れるような音が響き、周りの景色が元に戻ると、伽藍の目の前には消失反応が始まった呪霊の肉体があった。
――やりすぎた。
「くだらん、呪物も回収できずただ不快にさせられただけか」
八つ当たり気味にほんの少しだけ残った液状筋肉を握りつぶして、伽藍は歩き出す。
呪詞による威力の向上が原因なのだろう、よく見れば予め降ろしておいた帳すらも貫通し、ゆっくりとだが崩壊を始めていた。
ため息。
「やはり私が降ろすべきだったな、まさかこの程度の強度とは…」
既に消えた領域、間違いなく非術師にも見えるであろう液状筋肉の閃光、そして崩壊する帳。
顔を真っ青にして慌てる補助監督を後目に、伽藍はある場所へ向かうため、術式による転移の動作に入る。
伽藍は以前から、ある仕事を自ら受け持っており今日がその予定日だった。
薄く笑って。
「見込みのある奴がいればいいが」
楽しみだと、そう言った。
遠隔操作している筈の傀儡、その不変のはずの顔パーツがまるで動いたかのような気さえした。
――そう、目の前で楽しそうに会話をする青と銀のドッペルゲンガーが全ての原因である。
順を追って話そう。時は少し遡り、昼食も終わって軽い休憩時間の途中、自分たちの担当教師である歌姫のある言葉。
『10分後にグラウンド集合、あと覚悟しときなさいよ』
何を覚悟すればいいのか、そもそもその心底同情するといった風の顔はなんなのか。
他のクラスメイトも同じで、普段は見せない彼女のその表情に困惑したまま、ぞろぞろと校舎を出る。
その時にふと、いつもなら一段と目立つであろう、あの青髪のクラスメイトがいない。
「どうした、メカ丸」
「三輪がいなイ、加茂たちは先に行ってくレ」
「わかった」
与幸吉…もといメカ丸はそう言って教室へと足を運ぶ。
踏み込むたびに、ぎしりと木々が軋む音が響き、その拍子に鼻腔を木材の香りが擽る。
東京校と違い、未だ改装の進んでいない箇所は複数あるものの、これはこれで悪くないと思っている。
そうして、普段自分たちが良く使っている教室について。
「三輪、いるか」
「あ、はい!」
にぱー
その時の表情を言葉で表すならばきっとこうだろう。
術師の中でも珍しい、青色の髪に切り揃えられた前髪と、その人を寄せる穏やかな性格。
変わり者の多い呪術界において、彼女のような存在は片手で数えるほどしか見たことがない。
その見るだけで無条件に癒される笑顔と、鈴のように可憐な声。本人は知らないが実は引く手あまたであり…
メカ丸は続けて。
「集合時間も近イ、何か探し物カ?」
「うん、いつも使ってる刀なんだけどね…」
「…?腰にあるじゃないカ、それとも今出したところカ?」
「あー、そっちじゃなくて…」
平安から続く呪術の派閥、シン・陰流の門下生であるものの生得術式なし。
しかしその呪具と剣術、簡易領域を貼れる結界術の才能の要素が加わり、同じくシン陰門下生である日下部篤也と同じ域…ということでもある。
だが正直なところ、メカ丸は霞という人間が本当に
天与呪縛による術式効果範囲、そして本来の実力以上の呪力出力を与えられ、更にはそれと噛み合った傀儡操術。
他にも準1級術師はいるにはいるが…そちらは御三家の相伝を引き継いでいたり、任務での功績といった要素がありそこまで疑問には思わない。
――初っ端から好みの女を問いただして来たドルオタの問題児は除くが。
「これ、久しぶりに使おうかなって」
「それも刀…なのカ?」
「うん、普段使ってるのとは違って、こっちはちゃんとした呪具」
「…そうカ」
結構お気に入りなのだと、霞の持ち上げた竹刀袋に似た形のバッグを持ち上げ、笑ってそう言う。
しかしその、布越しに伝わる強烈な呪力と圧力は機械の身体でも充分に知覚できるほどで――
「普段は使わないのカ?それがあれば大抵の呪霊は直ぐに祓えるだろウ」
「あはは…流石ですね~、私の勝手な戒めなの、これに頼り切りだと色々鈍りそうで」
「そうカ」
共に教室を出て、他愛のない会話をしながらグラウンドへ向かう。
本当に他愛のない話だ、昨日は何を食べたか、この前の任務は大変だったとか、この後の予定はとか。
そして、その中でも彼女が唯一頬を更に綻ばせるのは――
「それでね、お母さんがね」
「昔お母さんが」
「お母さんが言うには…」
クラスメイトが全員集まり、かつて一度歓迎会なるものをしたことがある。
天与呪縛で外出できないメカ丸は、ただその様子をモニターから眺めていただけだったのだが、それでもあの空気が好きだった。
女の好みを問われ、その返事に満足できなかったのか、あるドルオタと加茂家の当主候補が軽い喧嘩をしたり。
同じ女の術師仲間として、教師を含む女子メンバーが一丸となって盛り上がったり。
自分に健全な肉体があればと、更に強く渇望した機会だった。
「私、お母さんしかいないんです」
その言葉が妙に、
確かあれは、親の話をしていた時だった。
「あぁでも、血が繋がってるってわけじゃなくて…どっちかというと義理になるのかな」
外国人の親を持ち、俗に言うハーフという存在の少女、西宮桃が始まりだったはず。
その時に一度だけ、彼女のオリジンを知ったのだった。
「呪霊に襲われて、それで私以外皆死んじゃって」
「たまたまお母さんがその時に来て」
「その時に引っ付いてお母さ~ん…って」
少しはにかみながら、彼女はそう語った。
こんなにもよく笑い、こんなにも優しく、他人に笑いかける彼女でさえ、呪いという不幸には抗えないのか。
意味のない憤りすら覚えたメカ丸は、その時から彼女のことが気になった。
何故笑える、何故強くあれる。
彼女のオリジンを知りたくなって、それからよく行動を共にするようになった。
――そして今。
「来たか」
「すまん加茂、遅れタ」
「気にするな、どうやら向こうもまだのようだ」
「ならよかっタ、東堂は任務カ」
校舎を出て、先に待っていたクラスメイトに謝罪をして、メカ丸と霞はグラウンドに着いた。
グラウンドには、歌姫や西宮といったメンバーが先に一か所に纏まって集まっており、少しでも霞と話を続けるために、ゆっくり歩いたことに軽い罪悪感を覚える。
予定よりも少ないが、あんなでも他に替えの効かない優秀な人材であることは間違いないため、仕方のないことなのだろう。
ふと、こめかみを押すクラスメイト――禪院真依に視線を移して。
「…どうしタ」
「いや…なんでもないわ」
「なんでもない人間はそんな顔をしないと思うのだが」
はああぁぁぁ…と、特大のため息を吐く真依に、隣から憲紀がそう口を挟む。
一体何が彼女をここまで…そんな風に思っていた時だった。
――知らない誰かの呪力反応。
「…?」
敵襲、それはない。
高専結界内では登録された呪霊、術師以外の呪力に反応しサイレンが鳴るようになっている。
つまりこれは高専関係者の呪力、もとい術式であり――
空間に黒いヒビが入る。
「あっ」
隣で一瞬、呆けたような霞の声をメカ丸は聞いた。
たちまちその黒い何かは、人が一人通れるくらいの大きさになって――
「ほう、これは」
銀。
最初に、メカ丸が感じたのはその光だった。
五条悟の白とは違う、あちらが陽光を反射する太陽そのものなら、こちらは月光に近いもの。
輝くその銀髪と、メカ丸が普段見慣れたのとは逆の前髪、そしてその奥で黒く光る真っ赤な瞳。
それが、目の前に。
「歌姫、あの半裸の餓鬼はいないのか?」
「…あいつは任務、残念だけどまた今度ね」
「それは残念、あいつはいい芯を持っていたのだが」
目の前の光景を見て反応は様々。
まずは真依、目の前の彼女の顔、姿を見るなりこれでもかというほどの、あのドルオタと対峙した時にも負けない表情を。
西宮は驚愕。最初にその顔を見てフリーズした後、隣にいる霞と行ったり来たりで視線が落ち着いていない。
加茂も同じく、あまり表情には出ていないが、やはり驚愕の色が浮かんでいた。
――そして。
「お母さん…!?」
「やっぱりカ」
わかっていたという風に、メカ丸はそう言って視線を合わせた。
どこまでも彼女とそっくりで、そして似つかぬ凶悪な気配を持つそれに。
伽藍という人間は、どちらかと言えば裏での方が知名度が高い。
本人が積極的に任務を受けようとする意がなく、完全に自分の趣味、その時の好奇心優先でブラブラと日本各地を飛び回る。
術式のこともあり、一度彼女を逃せば次に捕まえるのは六眼持ちでもないと不可能。
更に極めつけは、寄り道感覚で道中の呪霊、特に呪詛師を狩りまくること。
任務の手続きすらせずに勝手に、しかも後処理もせずに殺す、祓うだけ。
消失反応のある呪霊ならともかく、呪詛師の死体は常に残ったままだ。
その結果朝のニュースで、彼女が殺した呪詛師の死体による山が報道されたことだってある。
とにかく殺す、呪詛師を殺す。
恨みでもあるのかというレベルで呪詛師の集団、個人であろうととにかく積極的に殺しに行く。その結果付いた異名が"二代目術師殺し"
そういうわけで補助監督からは嫌われるし、何より高専関係者は積極的に彼女に関わろうと、そもそも話題に出そうともしない。
その因果か、彼女のことを詳しく知るものは意外と少ないのだが、彼女を表すとしたらこうだろう。
――すなわち究極の野蛮人。
「と、いうのが俺の知る情報ダ」
「…特級というのはやはり皆おかしいのか?」
「可愛さとは無縁…」
霞の母親、更には養子として迎え入れたという情報があれば、いくらメカ丸といえど簡単に情報は入手できる。
ストーカーみたいだと一度自己嫌悪に陥ったことはあるが、別に隠された情報ではなかったので今はこれでいい。
そんなメカ丸の情報を聞いて、真依は舌打ちをして。
「相変わらずねあいつ、来なくていいのに」
「…真依は何があっタ?」
キィィッとでも言いそうなくらいには、しかめっ面をする真依。
メカ丸が聞くと、真依は思い出すようにぽつぽつと語りだした。
「あいつ、禪院家の当主と仲がいいのよ。よく酒を持ってきてどんちゃん騒ぎよ」
「…禪院家の、というと禪院直毘人か?意外だな」
「そのせいで何度夜中に起こされたか!しかも本人はそれを自覚してるのが腹立つ…!」
「…そうか」
――思ったより俗っぽい理由だな。
喉まで出かかったその言葉を、憲紀は流石に我慢した。
だが、それよりも今は…
「相手はどうあれ、特級術師直々に手解きをしてもらえるんだ、全力を尽くそう」
「…………」
「真依?」
「………………………………………わかったわよ」
「長いナ」
ガシャン!と乱暴に拳銃を取り出し、八つ当たり気味に装填してズカズカと歩き出す。
西宮や憲紀もそれに続き、メカ丸も歩くと同時に、目の前の親子を見やった。
「…そんな顔もするのカ」
同じ笑顔だが、それは普段自分やクラスメイトに向けるのとは違うことがわかる。
笑顔を一切崩さず、ただ楽しそうに親子の会話を楽しんでいるようだ。
「それでね、この前日下部さんが…」
「…あぁ、やっと来たか」
そうして、メカ丸たちが彼女たちの近くに着いて。
それに気づいた彼女は、伽藍はこちらに視線を向ける。
「お前が加茂か」
「はい」
「術式は赤血操術…いいな、悪くない」
一人ずつ、彼女は問いかける。
皆の術式、もしくは等級を聞いて、その答えにうんうんと頷いて何かを考える。
時には面白いと目を輝かせ、時にふぅんと冷めた態度を取ったりとわかりやすい。
そして。
「そうだな、それぞれの実力、術式に合った特訓というのを考えるのも仕事の内…だがな」
――違和感。
一瞬、その会話の中で感じた言い表すことのできない違和感に、メカ丸は嫌な何かを全身で感じた。
ただの会話、しかし何か、何かが…
「術師の勝敗を最後に決めるのは肉体、たとえどれほど呪術に精通してようがいないが、最後はフィジカルが勝敗を決める」
この気配。
いや違う、この違和感は空気だ。
「なら簡単、結局は身体を鍛えれば人間は平等に強くなれる、だろう?だから…」
彼女は笑う。
ただその視線は自分たちにではなく、虚空を見つめているかのように真っ黒で虚ろ。
その一瞬、両腕を広げて彼女が言うと同時に。
「呪力強化はしないでやる。私に一撃を入れろ、勝負は今か」
――霞が、彼女の首を切った。
「…はっ」
いや、避けられた。
刹那。再び繰り広げられる金属による演劇と、全力の親子での鬼ごっこ。
残像が残る勢いで首を捻り、そして後方に跳んだ伽藍を追うように、霞が低姿勢のまま駆け出した。
みるみるうちに距離を離し、あっという間に豆粒のような大きさにまで遠い場所へ。
憲紀、西宮や真依もだが、メカ丸も含めて全員が、今目の前で起こった出来事を理解するのに時間がかかっていた。
その間も、彼女たちは戦っていた。
「――何やってんの!もう練習は始まってるわよ!」
先に混乱を解除し、声を張り上げて歌姫が叫ぶ。
続けて憲紀、その次に西宮とメカ丸が霞後を追うように走り出す。
「及第点、しかし固まって動く癖はいい」
首を左に、背後からの斬撃も簡単に避けてそう笑う。
彼女にとって、今はまだ未熟ではあるが充分磨きがいのある原石…だった評価は更に上へと昇華した。
憲紀が両手を使って照準を合わせる。
「赤血操術…!」
それは御三家、加茂家の相伝であり奥義穿血。
それの初速は音速に至り、たとえ距離が離れていることで効力は充分でなくとも、妨害はできるはず。
そして、人体を穿つ赤のレーザーが放たれた。
「穿血…!」
バシュウッと圧縮されたことによる高音が鳴り、それが前方で争う霞と伽藍の間を通り抜ける。
それにほんの少しだけ驚いた顔を見せて、満足そうに笑った彼女の首へ。
「…ッ!」
――ガギッ
間違いなく隙を突いた…とは言わない。
彼女の反射神経に戦いの経験があれば、この程度の攻撃などとうの昔から予知していたはずだから。
それなのに無抵抗、いやこれは――
「残念」
――伽藍の首、そこに生えたもう一つの口。
それが霞の振るった刀を力強く噛み、そしてバキンッと簡単に折って見せる。
折られ、刀身が半分も残っていないそれを、霞は間髪入れずに投げた。
勿論それも避けられる、しかしその一瞬の隙が、身体を傾けたそのタイミングで。
「…今」
――ゾンッ!
「……………ほう」
空間、無機物有機物を超えた何か、それに干渉したかのような気配を、メカ丸たちは感じていた。
何が起こったか、そもそも今手に持っているその呪具は何なのか、わからないことだらけだが兎に角。
今、霞がしたのは、目の前で起こっていることは――
「悪くないな」
伽藍の右腕が、呆気なく切断された現実だった。
ちなみに呪力出力は
伽藍>越えられない壁>天与呪縛メカ丸です