黄泉返りの国家転覆 作:倉庫
切断された腕が宙を舞う。
それはまるでお手玉のような軽やかさでありながら、しかし間違いなく加茂の目の前では、人の腕が鮮血を散らしながら舞っていた。
切られたのは二の腕の先まで、伽藍は咄嗟に己の髪で腕を強く結び、止血を行うがその間も少女の連撃は止まらない。
母の腕を切ろうとも、その攻撃は止まらない。
「躊躇いがないな」
「あった方がよかった?」
「いいや、もしもあったら、私はお前に捧げた十数年を無駄だったと後悔するところだった」
「ならよかった、次は左ね」
霞が振るう刀が、再び不気味な効果音と共に斬撃の跡を残す。
一振り、二振りする度に地面がナイフを落としたバターのように切れていき、それを伽藍は紙一重で避けていく。
「試してみろ」と言わんばかりの笑顔で、残った左手を振りながら。
「ふん、後で頭を撫でてやろうか?」
「上等」
母からの挑発、そしてそれを笑いながら受け流して刀を振る。
右下から左へ、再び切り上げるように刀が加速すると、それに負けない速度で身体を捻ることで回避。
まるで舞を披露するかのような軽やかで、しかしその一撃一撃が間違いなく、本気で首を落とす勢いで放たれていることも確か。
右から下へ、袈裟切りの動きが一瞬見えた途端、両者は既に距離を取っており。
同時に、伽藍へ向けて斬撃と衝撃波が放たれた。
「メカ丸!」
「すまん、やっと隙を突けタ」
メカ丸は今も右手を砂埃に向けたまま、霞に謝罪をして再び呪力を込める。
突然のその攻撃に、加茂が声を荒げた。
「おい、メカ丸…」
「躊躇するな加茂、本気でやらないと狩られるのは俺達ダ」
「確かに、今のに躊躇は一切なかった」
そう言って、一歩横に移動する形で避けていた伽藍は興味深そうに視線を向ける。
止血も既に済んでいるおかげか、先ほどよりも流れる血液は少ない。
「やはり、お前はいい目をしているな」
「…機械の身体に言われてもコメントに困るナ」
「そう言うな、私が褒めるのは滅多にないんだぞ…っ!」
「…加茂!」
メカ丸が再び、先ほどと同じ呪力放出によるビームを放とうとした瞬間、伽藍は駆けだした。
一瞬遅れて加茂がそれに反応して動く。
「赤血操術、確か近接戦闘に特化した技があっただろう、使わんのか?」
「言われずとも…!」
赫鱗躍動、それは赤血操術の数ある技の一つ。
赤血操術は術者の血液を自在に操る術式であり、そしてそれは血中成分も例外ではない。
血液そのものの速度もさることながら、昔に比べ遥かに技術と知識が発展した現代だからこそより凶悪に、そして御三家に相応しい相伝として紡がれてきた。
加茂の右目が赤く光る。
「ほう」
呪力強化による恩恵、それはやはり呪力出力が一番効果的なのは確かだが、間違いなく素の身体能力も要となる。
10に2を掛け算して強くするのが呪力強化だとするならば、元の肉体を11や12ならばどうなるか。
差はそこまでない、意味はないと切り捨てるのも一つ、だが間違いなく言えるのは、最後に術師同士の勝敗を分けるのは肉体の強度ということ。
赫鱗躍動による身体能力の強化に重ね掛けして、更に呪力強化によってその速度を上げていく。
同時に。
「ハハッ、いいぞ霞」
音もなく首を襲う斬撃。
霞の放つ"万が一"を考慮しない殺意の一撃。だがそれよりも素早く背を反ることで、その勢いと共に空中で回転してから蹴りで答える。
上下が反転した伽藍の身体と、そして残った左腕が加茂の顔面へ向かって放たれた。
「っメカ丸!」
「"
それを受け止め、加茂が叫ぶとともに右腕を変形させたメカ丸が動き出す。
おそらく狙っていたのだろう、先ほどからずっと、援護したくてもできないよう加茂と直線に並ぶよう、もしくは霞をメカ丸の遠距離攻撃に巻き込めるように立ち回りながら、今も攻撃をいなし続けている。
伽藍が、受けられた左手で強く加茂の手を握り返す。
そしてそれを軸に、今度は空中で横に回転しながら、その刃物の攻撃をいなしてみせた。
「刃物もあるのか、それはいいな」
「猿カ…!?」
「猿か、あいつを思い出すな」
上から叩きつける形で、蹴りを放ちつつ首を捻る。
三度隙を狙って放たれた斬撃をノールックで回避し続けながら、加茂の連撃もいなし続ける。
それも、左手のみで。
「……っ馬鹿な…!」
加茂の身体能力は術師ということもあって常人を遥かに凌駕している。
だがそれでも他の強者に比べると一段劣る、それを補う意味でも赫鱗躍動は強い。
今の加茂は赫鱗躍動によるフィジカル強化、そこに重ね掛けされた呪力強化もあって早い。
――それなのに。
(先ほどからずっと…!ずっと素の身体能力でこれか!?)
伽藍はずっと
呪力を掛け合わせて行う反転術式もそうだが、今の彼女は文字通り一般人と同じ境地。
銃弾を弾ける鎧もなければ、呪いを祓う矛としての力も宿っていない。
実際先ほどからずっと、攻撃を躱すかいなすかだけでいるのもそうだ。
ずっと、呪力を使わず多対一で有利なままなのだ。
「目は口程に物を言う」
フェイント、しかしそれも読まれる。
完全にできた致命的な隙、肝臓から肺に至るまで全ての弱点を晒した加茂の真下で、伽藍は姿勢を低くしたまま何もしない。
それに焦って蹴りを放つも、その勢いに便乗する形で自ら身体を押し付け、上空へ舞う。
「無理するな、疲れてるだろう」
「それはそちらの方が適切かと」
いくら伽藍の身体能力が優れていようと、呪力強化をしない時点で天と地ほどの差が生まれる。
こうしている間にも、伽藍の方が消耗も激しく、そして呪力による強化の壁によって伽藍の攻撃は通じない。
加茂とメカ丸の近距離での攻撃、そしてそれらによって生まれる隙を全て逃さずに霞が刀を振るう。
攻撃時に限定した呪力の強化、そして身体を最低限に動かしていることでの消耗の少なさ。
加茂やメカ丸の攻めとは違い、今の伽藍の縛り内での戦闘においては、霞が一番の強敵であった。
「はぁ、チッ…」
息切れ。
一瞬だが確かに見えた、疲労とパフォーマンスの低下を表す音。
そしてすぐに、飛び込むように前方へ転がりながら、再び斬撃を避ける。
だがそれによりメカ丸、加茂を巻き込むように立ちまわっていた伽藍の位置が、壊れた。
「…っと」
左腕で地面を殴って身体を支え、すぐに体勢を戻した伽藍の目の前。
呪力と風を帯びた箒と、そしてそれを凌駕する刀から生まれる圧。
「付喪操術…!」
「…っ!」
上空からずっと、隙を狙って息を潜めていた西宮とその隣に立つ霞。
巻き込みを気にしない、最大火力の斬撃が二つ。
伽藍は、跳んだ。
(さて…)
たった数秒の滞空、そして確かに感じる無音の世界。
このまま睨み合いを続けたところで、伽藍が常に不利なまま攻撃をいなすことになる。
せめてもの意趣返し、その攻撃を誘うため、この無防備をわざと曝け出す。
スローモーションに動く世界、最初に動いたのは西宮。
「鎌異断ッ!」
足が地面につく数センチ手前、伽藍の目前に風で作られた斬撃が襲い掛かる。
未だ滞空したまま、呪力強化を施していない今の自分が喰らえば、
それなのに、伽藍の瞳は一切の汚れが存在していない。
ただその目が見るのは。
「――御廚子に比べれば脆弱すぎる」
たった数センチ、されど数センチ。
それだけの距離と落下によって生まれる体重のコントロール、踏み込みという作業を行うには充分すぎた。
一瞬の移動、そして同時に行う半身の構えによって、ギリギリでそれを避けてみせる。
斬撃の威力を上げるため、砂利などが混ざっている影響もあり、伽藍の頬はボロボロだった。
そして、最後――
「――霞ィ!」
「………」
その呪具が放つ気配、そしてそれを持った少女が持つ剥き出しの殺傷能力。
殺意の籠った振り上げられた右腕、しかしそれ以外の身体がまるで、風船を付けたかのように軽やかな動きで。
本来鞘を使って加速させたシンプルな、高速の居合切りが最大の武器である筈のシン・陰流の門下生には似合わないその構え。
棒を握るかのような馴染み具合、まるで歩く時の人体のような、完成されたその動き。
刀を武器ではなく箸に、肉体の一部として馴染むほどにのめり込んだ者が見せる、完全な統一化がそこにはあった。
十数年前、"術師殺し"禪院甚爾を討ち果たした五条、しかし彼が持っていた呪具は死後、ある人物が盗み、私物としていた。
その中の一つ、あらゆる物体の硬度を無視し、魂すらも切り裂く特別な呪具。
――その名は、釈魂刀。
「シン・陰流…」
本来シン・陰流の抜刀術は、刀と鞘の二つがあって成立する。
歯車のように鞘の中で呪力を走らせ、抜刀による速度を上げて切り裂く、どこまでもシンプルで強いそれ。
平安から続くその抜刀術は、しかしあまりにも釈魂刀と相性が悪かった。
簡単なことだ、釈魂刀を収められる鞘などこの世に存在しない。
あまりにも鋭い切れ味、生物に限らず、無生物の魂すらも殺す究極の刃物。
鍔と脛巾を付けたとしても、納刀ならともかく抜刀の度に腕を失う最悪が存在するのだ、しかも剥き出しの殺傷能力は刀身を覆うはずだった持ち主の呪力操作にすら影響を及ぼす。
だが、いつの世にも例外は生まれる。
「居合」
両足を地に付けた居合でも、しゃがんだ状態から放つ居合の斬撃でもない。
簡単なこと、簡単であると同時に、道を進んだ者が皆後にできなくなるその境地。
必要な力だけ、必要な時必要な量それを使って身体を動かす、武具を躍らせる、たったそれだけのこと。
この世に全身を使って、全力で箸を握る者など存在しないから。
釈魂刀、その能力である硬度を無視して切り裂く異能。しかしその効果を十二分に発揮するためには、無生物の魂すら観測できる目が必要となる。
無生物の魂、それは常人、術師ですら到達できるものはごく僅か。
そして同時に、それを観測できる者は――
「ナイスよ」
伽藍は霞の斬撃を防げない。
当然だ、呪力強化を施しても防げるかわからない、それほどに硬度無視というのは強力だから。
同時に避けるのもそれに匹敵するほどに厳しいとも理解していた、遠距離はともかく、中距離において本物の釈魂刀が放つ斬撃はほぼ絶対。
空気を、空間すら捻じ曲げるほどの異端な力を、今の伽藍が避けられる確証はない。
――だが、彼女たちはそれを信じた。
「…ははっ」
凝縮された時間の中、伽藍は想定よりも離れた距離を走る斬撃を横目に見る。
だがその背後で、ただ笑顔で伽藍の背中に拳銃を向けるのは――
「禪院真依…!」
「じゃあね」
人間を殺す本来の威力と用途を持った実弾。
それが、伽藍に向けて放たれ。
それが、霞の釈魂刀に当たった。
「ッな…!」
霞は真依が拳銃を向けた時点で、再び斬撃を放とうとしていた。
それは確信、信頼とも呼ぶべき予感のようなもの、そして伽藍は、母は娘の期待を裏切らなかった。
「うっそ…!?」
「ドンマイ!」
身体を回転させ、辺りに血液をまき散らしながら伽藍は叫ぶ。
よく見ると頬は赤く色づいており、その瞳は落ち着きを忘れて不気味に揺れ動いていた、おそらくハイになっているのだろう。
一瞬残像が残る程の回転、そして背中から撃ち抜いたはずのそれが、不自然な軌道変化と共に、運よく釈魂刀にぶつかる?いいやこれは…!
ありえない、しかし同時にそれしか考えられず、その現実に真依は叫んだ。
「弾丸を身体で滑らせた…!」
「正っ解っ!」
不意打ちで襲い掛かる弾丸の衝撃で、霞の身体は今も硬直したまま。
そして空中できりもみ回転を続ける釈魂刀に向かって手を伸ばし、そして跳び出す。
「――はは」
刀身のことなど一切恐れず、一発で柄を握って満足そうに笑う。
そして降り立つと共に、伽藍は左腕を振り上げ、釈魂刀を使って斬撃を飛ばす。
勿論、その威力は霞と同じ――
「…やっぱあんた滅茶苦茶よ」
「実弾は正直驚いた、一応先に言っておいたが…まぁ杞憂だったな」
「フン、あんたはどうせ死なないでしょ」
数メートル離れているはずの真依に向かって、寸分の狂いなく拳銃の先端のみに当たるように調整され放たれた斬撃。
こうして会話をしている途中で、やっと伽藍の背中と切り落とされた右腕から、反転術式を使っている証拠である白い煙が発生していた。
つまり今の斬撃も、呪力強化を施さずにしてみせたということで。
「うーん…届かなかった」
未だ痺れの取れない右手を摩りながら、霞は不満げにそう呟く。
伽藍はそんな彼女の頭に右手を伸ばし、途中で切り替え左手を頭に乗せた。
「以前より切れ味も頻度もよくなっていた、その調子だ」
「…今右引っ込めた?嫌がらせか何か??」
「さぁ?結局切り落とせなかった左腕がなんだって?うん?」
「ぐぐぐ…」
本当に悔しいのだろう、目を><の形にして、両腕をブンブン振り回す霞の姿を、メカ丸は静かに見守っていた。
やはり、ちぐはぐなのだ。
「三輪があそこまでやるとは…メカ丸は知っていたのか」
「…いヤ」
あの、純粋に親に甘える少女の姿も。
普段学校で見せる、優しく笑顔溢れる姿も。
先ほど、メカ丸たちでさえ息が詰まる程の、あの殺傷能力も。
「…何故だろうナ」
いつかは知ることが叶うのだろうか。
呪術界とは不釣り合いの、花が咲くような優しい笑顔。
何故そのままでいれる、何故そこまで強くあれる。
何故、そこまで人を愛せる。
そして何故、本気になって親を殺しに行ける。
わからない。
わからないからこそ恐ろしく、だがそれ以上に彼女を知りたい。
彼女が見る世界、そして彼女を構成した何かと、そんな彼女が愛する母。
歳の近い女子と仲良くするにはどうすればいいか、メカ丸はあるドルオタに悟られず、その知識を得るためにはどうするかを内心で考えた。
無生物の魂ってなんだよ(哲学)