花咲川の風紀委員
「そこのあなた、制服が乱れています。校内では正しい着こなしをーーー…」
春が終わり、桜も完全に散った5月の終わり。花咲川学園の校門前に凛とした声を響かせる女生徒がひとり。
「す、すみません、寝坊しちゃって…。」
「これからは気をつけるように。」
俺のすぐ隣でエメラルドブルーの長い髪を風に靡かせる彼女は、当校の風紀委員筆頭、氷川紗夜である。成績優秀、容姿端麗。秀才という言葉を絵に書いたような彼女は、その勤勉さを持って今日も校内の風紀を取り締まる。
「…ぃさん。 犬飼さん、聞いているの。」
「っ、すまない。考え事をしていた。」
対して、彼女の隣に立つのは、俺こと
「風紀委員が仕事中に考えごとだなんて。気を抜かないでちょうだい。」
…普段は誰に対しても、厳しくも平等な彼女だが、俺には特に言葉の端々に棘がある。それは何故か、至極簡単である。
俺たちが、犬猿の仲だから、ただそれだけである。
始まりなんてもう忘れてしまったが、原因と言えば 「馬が合わなかった」 本当にただそれだけだろう。
俺たちはお互いに風紀委員を任されている。そう、他の生徒によってそれぞれ推薦される形で風紀委員となったのだ。つまりは、2人ともそれだけ堅い性格をしているのである。
しかし、これは裏を返せば我が強いということであり、そんな2人が同じ空間、同じ時間を長く過ごせば、それだけ衝突することも多いのは自明である。
ここまで長々と語ったが、なんてことはない。お互いに意地を張っているうちに仲が悪くなった、それだけの話だ。
「氷川、次は移動教室だぞ。」
「いちいち言われなくても、分かっているわ。」
そういえば、もうひとつ接点があった。それは俺たちが去年から同じクラスで、尚且つ、ずっと隣の席だという点である。
…どうりで仲が悪くなるわけだ。
「犬飼さん、授業は終わりよ。さっさと下校したらどうかしら。」
「いちいち言われなくても分かっている。さっきの仕返しか?」
「そんな女々しいことしないわ。」
わかっている。俺たちはただお互いにつっかかっては、無意味な口論を展開しているだけだ。そこになんの意図も無い。
「じゃあな。」
「えぇ、さようなら。」
そうして形だけの挨拶を交し、俺は教室を出ていく。すると、
「わっ、」
ちょうど教室に入ろうとしていた女生徒と衝突してしまった。幸い転ぶことはなかったが、体格差で相手の方が数歩後ずさる。
「すみません。大丈夫ですか、丸山さん。」
すかさず相手の女生徒、丸山彩に謝罪する。
「大丈夫だよ、ありがとう。犬飼くん。」
彼女は俺たちとおなじ2-Bの生徒で、驚くべきことに現役アイドルである。そして、それ故に仕事で平日の授業を休むこともしばしば。
「これから補習ですか?」
「うん。前のテストお休みしちゃったから。」
「そうですか。大変だとは思いますが、頑張っ「どいてくれないかしら。」」
丸山さんに送るはずの激励のことばを遮って、氷川が後ろから言い放つ。
「…わざわざこちらを通らなくても、急いでいるなら別の扉から出ればどうだ。」
「どうして私があなたに指図されないといけないのかしら。」
先程消えたはずの火種が再燃する。そして、お互いに口論の理由が見つかれば、遠慮なく薪をくべるのが俺たちである。
「えっと、ふ、2人とも…」
「「あ、すみません、丸山さん。 どうぞ入ってください。」」
「え、あ、うん。ありがとう。」
いけない。氷川紗夜との会話で丸山さんの邪魔をしてしまった。なので、ひとまず休戦して丸山さんを教室の中へと迎える。
丸山さんがなかにはいると、再びゴングが鳴る。
「だいたい、最近あなたは気を抜きすぎよ。もっと周りを見たらどうかしら。」
「氷川には言われたくはないな。」
「それはどういう意味かしら。詳しく聞かせてーーーー…」
そうして、俺たちは結局、口論を続けながら昇降口へと向かっていく。
これが俺と氷川紗夜の日常である。
「あの2人。本当は仲いいのかな?」
乾いた笑いを零しながら、ピンクのアイドルは俺たちの背中を見てそう言った。