戦場の白鴉   作:亜梨亜

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白雲の章 大樹の節
プロローグ


 

 

 〜〜〜

 

 

 

 ──拝啓、エリザベート=フォン=バーデン姉様

 

 オグマ山脈からの寒風も弱まり、いよいよ一年の始まりを感じる気候となりました。姉様は如何お過ごしでしょうか。

 

 俺はガルグ=マク大修道院の士官学校学生寮にて、姉様のことを考えながら筆をとっています。寮生活にも慣れ、学校生活もそれなりに楽しんで過ごしています。黒鷲の学級のクラスメイトは皆個性に溢れており、毎日賑やかです。

 なので、姉様は心配せず、ゆっくりと体調の快復に努めてください。また折を見て、一度家にも帰れたらと思います。

 

 帝国暦1180年 大樹の節 16日

 ジークハルト=フォン=バーデン──

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 

 黒鷲の学級(アドラークラッセ)の級長であるエーデルガルトは沈痛な面持ちで眉間を押さえていた。

 

()()「彼ら」は授業に出ていないのね……」

 

 ガルグ=マク大修道院に併設された士官学校の制服を優雅に着こなし、級長の証の赤いマントに、足を美しく彩りつつも素肌を隠す赤いタイツを身に纏う白髪の少女、エーデルガルト=フォン=フレスベルグ。透き通った白い肌をほんの少しだけ赤くしているのは、間違いなく恥じらいではなく怒りに近い体温の上昇だろう。

 エーデルガルトが折角の美しい肌に皺を作ってまでため息をついている理由。それは今の時間は黒鷲の学級は座学の授業を受けなければいけない時間であるにも関わらず、「数名の生徒が」教室に姿を見せていないということだ。それも彼女の言葉を借りるなら、「また」である。つまり初めてではないのだ。エーデルガルトは薄紫の瞳で隣に立っている生徒──ヒューベルトにいない生徒の所在を問いただした。

 

「ベルナデッタは?」

「恐らく寮の自室に引き篭っているでしょうな」

「リンハルトは?」

「恐らく……書庫か中庭で昼寝をしているのでしょう」

「ジークハルトは?」

「恐らく……騎士の間か訓練所で剣を振っているでしょう」

「まったく……ヒューベルト、ベルナデッタは私が呼びに行くわ。リンハルトとジークハルトを探してきてくれる?」

「承知しました」

 

 黒鷲の学級の生徒であり、エーデルガルトの従者でもある黒髪の男、ヒューベルト=フォン=ベストラは怪しい笑みを浮かべながらエーデルガルトに恭しくお辞儀をしてみせた。

 

「先生、授業に参加していない生徒を探してきて連れてきます」

 

 既に授業を始めている教師に向かってエーデルガルトはそう言い残すと、ヒューベルトを後ろに従えて学級を飛び出した。

 

「ベルナデッタを引っ張り出したら、私もジークハルトを探すことにするわ。ヒューベルトは先にリンハルトを探して」

「承知しました。ククク……ベルナデッタ殿がそう簡単に出てくるとは思えませんが……」

「何とかするわよ。じゃあヒューベルト、任せたわよ」

「仰せのままに」

 

 

 

 

 ───

 

 

 

 

 訓練所ではガルグ=マク大修道院の擁するセイロス騎士団の騎士たちが、暖かい太陽の下で剣や槍を振るっていた。時たま吹き抜ける涼しい風は彼らの上がった体温には心地良く、正に訓練日和と言えるような気候である。大陸で最も有名とされるセイロス騎士団の名に恥じぬべく、その場にいる全ての騎士たちが真剣に鍛錬に励む。

 そんな中、一人だけ士官学校の制服を着て剣を振る男がいた。金色の髪に碧色の瞳。つり上がった目を今は更に尖らせ、獣すら怯ませるような鋭さで空を睨み、剣を振り下ろす。その気迫や剣筋は、周りで稽古をしているセイロス騎士団の剣筋にも劣らない。或いは着ている服装が士官学校の制服ではなく、騎士団の鎧であったなら、そのまま騎士団の一兵卒と言われても違和感は無いだろう。

 だがしかし、その唯一にして最大の違和感である服装の違い。士官学校の制服であるという一点が、ジークハルトが今ここにいることの不自然さを象徴していた。訓練所自体は騎士団しか使えない、というものではない。ガルグ=マク大修道院の施設である以上、無論士官学校の生徒も自由に使える設備であり、ジークハルト以外にも訓練所を使って稽古をする生徒は多数いる。なんなら武具を使った授業はこの訓練所で行われることもあるくらいだ。

 なら、どうして今この時間、ジークハルトの「制服」という要素が訓練所にて違和感足り得るものになってしまっているのか──それは本来この時間は、士官学校の生徒は各学級の教室にて座学の授業があるはずだから、である。つまりジークハルトは座学の授業をサボって訓練所で剣を振るっているのだ。

 

「見つけたわよ、ジークハルト」

 

 訓練所に今ジークハルトがいることが違和感となっているならば、逆に本来今ジークハルトがいなければならない場所──教室に彼がいないこともまた違和感足り得る。教室にてその違和感に気付いた者がいるなら、在るものを在るべき場所へ戻そうとする者がいるのは自然の摂理だ。

 そしてその役目を請け負ったのは級長であるエーデルガルト。彼女はもう一人の引き篭り問題児を無理矢理授業に出席させた後、この訓練所にてもう一人の問題児を連れ戻しに来たのだ。

 ジークハルトはその凛とした彼女の声が聞こえるなり、剣を振る腕を止め、碧色の瞳で声のした方をチラリと見た。声の主が自分の所属する級長であることを視覚でも確認した途端、小さな溜息をつく。

 

「……んだよ、エーデルガルトか」

「私の顔を見て溜息をつくのはやめてくれる? 今は座学の授業を受ける時間よ」

「今やってる授業、紋章学の話だろ? 興味ねぇし、面倒くせぇ」

「興味の有る無しで受ける授業を選り好みしないで。もう……授業に出なさい、ジークハルト」

 

 エーデルガルトの表情に怒りと苛立ちの色が強く出始める。声色は呆れと諦めが入り交じったようなものに近いが……その表情と声で、ジークハルトはなんとなく「ああ、また俺以外にも授業に出てない奴がいるんだな」と想像した。基本的に寮に引き篭り、絶対に外に出ないと豪語するベルナデッタや、ものぐさを極め、常に眠そうに瞼を擦りながらあらゆる場所で昼寝を始めるリンハルト。その二名にジークハルトを足せば、授業サボり魔問題児トリオの完成である。サボらないだけで他にも個性的な問題児が蔓延っている、このクラスの級長をしているエーデルガルトの胃痛は計り知れない。

 

「ん? なんだ、ジークハルト。お前もしかして今授業中だったのか?」

「だったら授業には出ておけ。訓練や稽古も大事だが、勉強も馬鹿にならんぞ」

 

 エーデルガルトとジークハルトの会話に気付いたセイロス騎士団の騎士達が今は士官学校は座学の時間であることに気がつき、優しい口調ながらもエーデルガルトへの助け舟を出す。ジークハルトは誰にも聞こえないように小さく舌打ちをしながら訓練用の剣を納めた。エーデルガルト一人に対してなら幾らでも口答えは出来たが、大人相手に諭すように言われてしまってはどう口答えしても子どもの駄々にしかならない。

 

「懐かしいなぁ。俺達も苦手な授業があったりしたら、なんとかして抜け出したりしていたもんだよ」

「ほら、行ってこいジークハルト。俺達は訓練の時間、お前は勉強の時間だ。また授業が終わったら訓練しに来な。その時は手合わせ頼むよ」

「……ああ。じゃあ後で」

 

 渋々、といった体でジークハルトはエーデルガルトと共に訓練所を後にした。その様子は口答えをしていなくとも駄々をこねたあとの子どものように見えもしたが、もしそんなことを誰かが口走ったらジークハルトの機嫌は奈落まで落ちていくだろう。そもそもその背中を見ることが出来たのはセイロス騎士団の面々だけであり、彼等からみたら士官学校の生徒など皆子どもなのだ(地位や腕っぷしは兎も角)。

 

 エーデルガルトの斜め後ろを歩き続ける。ガルグ=マク大修道院はとても広く、訓練所から教室まではそこそこの距離がある。二人の足音が鳴り響く廊下。規則的な二人分のテンポに、会話という新たな音を先に加えたのはエーデルガルトだった。

 

「貴方、セイロス騎士団の方々と仲がいいのね」

「別に良くはねえよ。よく訓練所で稽古してるから、顔と名前を覚えられてるだけだ」

「そう。授業を抜け出してまで訓練するくらいだもの、確かに顔馴染みになってもおかしくないわね」

「んだよ、授業サボったことに対する嫌味か?」

「そういうつもりじゃないわ」

 

 ただ規則的なメトロノームだけでは寂しかっただけの、他愛もない会話。ただ少しだけ機嫌が宜しくなかったジークハルトからすれば、そのメロディが不協和音に思えてしまい、棘を出してしまっただけである。

 

「……貴方が紋章学の授業を気に入らない理由は解るわ。気に入らないのは紋章学というより──紋章社会そのものが気に入らないのでしょうけど」

「──おい、エーデルガルト。それ以上は言葉を選べよ。場合によっちゃアンタをぶっ飛ばさなきゃ気が済まなくなる」

 

 足音が、止まる。空気の弦が、はち切れんばかりに張り詰められる。ジークハルトの目は剣を振っていた時よりも更に鋭くなり、眼光だけで魔獣の身体に穴を開けられるのではないか、という程の敵意がエーデルガルトの背中に向けられた。それは先程までの小さな会話の中での棘等では無い。明確な敵意、或いは殺意だ。

 しかし、その程度の敵意で怯むほど、次期アドラステア帝国の皇帝候補であるエーデルガルト=フォン=フレスベルグは簡単な女ではない。

 

「別に詮索したいわけじゃないわ。ただバーデン家の長女が突然変異的にマクイルの紋章を宿していた、という話は前から知っていただけ。子爵家であるバーデン家が、その紋章持ちの長女を切り札として有力貴族の仲間入りを果たそうとしていることもね」

「チッ……次期皇帝様は物知りなことで。確かに姉様はマクイルの紋章を持ってる──それも大紋章だ。俺の知る限りでバーデンの一族で紋章を宿していた奴がいるなんて話は知らないから、相当前の世代からの隔世遺伝ってことになるだろうな」

「貴方が紋章学──紋章を嫌っているのは、貴方のお姉様が紋章を宿してしまい、優秀な才覚を持っている筈の貴方が見て貰えず、紋章を持っているだけのお姉様ばかり見られているから。違うかしら?」

 

「──エーデルガルト」

 

 ──敵意、或いは殺意だったものが、完全なる殺意へと変貌した。張り詰めた空気は時が止まったかのように指一本の動きすら赦されない緊張を見せ、その中で空気を震わせるジークハルトの冷たい声だけが静かに、しかしはっきりと響き渡る。

 

 

「俺と姉様を知ったような口を利くんじゃねえよ。言葉を選べっつったよな? 次期皇帝様だかなんだか知らねえが、今この場でぶっ飛ばしても構わねえんだぞ」

 

「──それは困りますな、ジークハルト殿。貴殿のような級友だとしても、エーデルガルト様に危害を及ぼすつもりなら……私が消しますよ」

 

 

 ──張り詰めた空気。止まった時を動かしたのは、今にも絶対零度の世界から溶岩を噴き出しながらエーデルガルトに殺意のままに殴りかかってもいいとまで思わされそうな気迫のジークハルトではなく、勿論そんなジークハルトに背中を向けたままのエーデルガルトでもなく……気配を消していつの間にかジークハルトの数歩後ろに立っていた黒髪の男──エーデルガルトの従者にして二人の級友、ヒューベルトだった。その右手には紫色の魔法陣が展開されており、闇魔法ドーラをいつでも撃ち出せるよう準備が出来ている。その様は、先程の言葉は本当にいつでも実行出来るぞという意思表示の表れであり、ジークハルトもエーデルガルトの為なら彼が手を汚すくらいは平然とやる男であることを理解していた。

 

「やめなさい、ヒューベルト。私にも非があるわ」

「私の目の前にいる獣がエーデルガルト様に向けている剥き出しの殺気。それを見せられた状態でこの威嚇を解くことは出来ません」

「……ジークハルト、貴方のことと貴方のお姉様のことを推測して少し勝手なことを言ったことは謝るわ。殺気を解いてくれる?」

「…………チッ」

 

 ゆっくりと、絶対零度の時間が溶かされていく。ジークハルトの殺気が消えていくと同時に、ヒューベルトの右手も下ろされ、魔法陣は虚空へと消え去った。

 

「それでヒューベルト。リンハルトは?」

「書庫で調べ物をしているところを見つけ、既に教室へ連れて行きました。私が教室に着いた頃にはベルナデッタ殿も授業を受けており、エーデルガルト様とジークハルト殿の姿が見えませんでしたので……訓練所までジークハルト殿を迎えに行くところでした」

 

 やはりベルナデッタとリンハルトもサボっていたのか、とふと脳内が余計なことを考える。エーデルガルトはどうやってあの引き篭りを外に出したのだろうか……? と更に余計なことを考え始めた脳に、もう殺気というリソースはほぼ消えてしまっていた。

 

「急いで教室に戻るわよ、ヒューベルト、ジークハルト。私達まで授業をサボっていることになってしまうわ」

 

 一触即発の空気が緩んだことを確認し、エーデルガルトはまた凛と歩を進める。ジークハルトがその後を追う前にヒューベルトが彼を追い抜いてエーデルガルトの後ろに付き、ジークハルトは二人の背中を追う形となった。

 

 

 ──後にジークハルトはこの時の殺気など、本当に生温いものでしか無かったんだなと痛感することになる。

 そして戯曲の台本は綴られ、間もなく現れるであろう一人の教師をきっかけに歯車はゆっくりと回り始める──

 

 

 

 ファイアーエムブレム風花雪月〜戦場の白鴉〜






 名簿


 ジークハルト・フォン・バーデン(男)

・17歳(帝国暦1161年10月2日誕生日)
・貴族(子爵家)
・174cm
・紋章無し
・趣味:剣を振ること、料理
・好きなもの:姉、鍛錬
・嫌いなもの:紋章、苦いもの
・得意分野:剣術、格闘、理学
・苦手分野:弓、信仰
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