戦場の白鴉   作:亜梨亜

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赤き谷ザナドの盗賊追討戦──3

 べレスから作戦の変更を告げられたヒューベルト隊は、ベルナデッタ隊が陣取っている狙撃地点のすぐ目の前に布陣し、前線が戦闘に入るのを待っていた。強力ながらも魔力を消耗する為、一度の戦いで使える回数が限られている魔法。恐らく使い切るとするなら、この次に敵が攻めてきた出鼻を挫くタイミングが最適だろう。

 

「……それにしても、作戦の変更ですか。先生はつくづく私達に気を遣っておられるのか、或いは……くくく、舐めているのか」

 

 ヒューベルトは一人、低く笑ってみせた。べレスが「新しい作戦」と銘打って次の戦場の展開を指示したが、ヒューベルトの予想が正しいなら──べレスは最初からここまでの作戦を練っており、敢えて生徒達には話していなかったのだろう。

 初めての実戦で、一手、二手先のことを考えながら行動し、交戦を行った場合……雑念や思考の散乱が起き、余計なダメージを受ける可能性がある。そのためまずは「基本に忠実に戦えばいい」と銘打って、訓練通りの実力を発揮させることを意識したのだろう。そして戦況がこちらの有利に傾いたタイミングで元から用意していた「新しい作戦」を公開し、「この作戦が成功すれば一気に戦闘が終わる」という、今回の課題の──戦闘の終着点を提示した。恐らく全ては生徒が最大限の力を発揮しつつ、誰も大きな負傷をしない為の配慮だろう。果たしてそれは親切心か、教師としての使命感か……或いは生徒は護らなければいけないものだという、何処かで私達を舐めているのか。ヒューベルト程の思慮深い人間だとしても、無表情を貫くべレスの心中を想像することは難しい。

 

「……まあ、我が主の益となっているなら構いませんが」

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 

「先生の予想が正しいなら、前線にほぼ全戦力を注ぎ込むと言っても裏道対策に最低限の人数は見張りに残しておくはずと言っていたわ」

「だろうな。裏抜けを報告される前に速攻で無力化するぞ」

「はい! 先制、奇襲、有利思います!」

 

 西の抜け道に向かう別働隊の三人。先程までの前線と比べると驚く程に静かな道を走り、敵陣の裏を目指す。

 

「……にしても、この裏道を敵は知らねえのか? 冷静に考えたら敵もこっちから兵を差し向けりゃ、俺達も対応せざるを得ねえだろ」

 

 ふと思い立った疑問。ジークハルトは独り言のように呟いてみた。実際、黒鷲の学級(アドラークラッセ)のメンバーは皆基本的に前線を重視し、一つの戦場を主軸として戦っていたのだ。その間に裏道を使って回り込まれ、挟撃をされていた場合、こうも上手く戦運びは出来ていなかっただろう。

 

「それ、私も同じことを思ったの。だからジーク君を迎えに行く途中で先生に聞いてみたんだけど……先生は「前線に生徒達ばかりが出撃しているから、迂闊に裏を攻められない」って言ってたわ」

「生徒ばかりの出撃……当然です。この戦い、私達の課題です。何か問題、ありますか?」

「いや……成程な。それは()()()()()()ってことか」

 

 ドロテアの話を聞き、ジークハルトは盗賊達が裏道を使わなかった理由を理解した。盗賊達は前線に生徒達ばかりが出撃しており、「今までこのザナドの谷まで追い込んできたセイロス騎士団が殆ど出撃していない」という点を不審に感じていたのだ。実際のところは黒鷲の学級の課題であるから殆ど出撃しているのが生徒達なのであるだけだが、盗賊達は「後衛を騎士団が固めている」のだと予想したのだ。その場合、戦力を分散させて挟撃を狙おうとした結果、前線も進まず裏道もセイロス騎士団に壊滅させられるとなると盗賊達からすれば大損だろう。

 

「……まあ実際、もし俺達が突破されたとしても騎士団がなんとかするだろうから、ある意味盗賊共の考えも間違っちゃいねえだろうがな」

「先生のことだから、万が一裏道を使われたとしても対応出来る作戦は用意してそうよね」

「有り得るな」

「ジークハルト、ドロテア、止まってください。この先、敵の気配。迂闊に進む、危険です」

 

 ペトラの一言で、空気が一気に張り詰める。ブリギッドでの狩猟経験が生きているのか、ペトラの危機察知能力と索敵能力の高さは折り紙付きだ。ジークハルトの目には一切敵の姿が見えず、気配すら感じられない。ドロテアも緊張した面持ちをしているが、一体何処から敵の気配がするのかは解っていない様子だった。

 

「全く解んねえが……ペトラが言うならそうなんだろうな。どうする? 先手必勝は間違いないが……」

「見張りをしている敵が弓使いか、魔法を使えるタイプじゃないなら、私のサンダーで先手を打つのが良いんじゃない?」

「だな。俺が先行して敵を視認、武装を大声で叫んでやるよ。近接武器ならドロテアはサンダー、そうじゃなかったら……俺を囮にしてペトラが強襲でどうだ」

「ジークハルト、囮危険です。大丈夫ですか?」

「この中なら俺が一番頑丈だし、一番実戦経験あるんだからそれが一番生存率高ぇだろ。仮に弓兵だとしてもアッシュやイグナーツの方が精度は高いだろうし、いざとなったらドロテアの新技で回復してもらう」

 

 ジークハルトの提案した作戦に、少しだけ不満──というよりは、心配そうな表情をするペトラとドロテア。

 

「本当に大丈夫なの?」

「うるせぇな、他に何か作戦でもあるのか? 時間も無えんだ、無いならさっさと突っ込むぞ」

「そりゃあ、無いですけど……もう、先生の「いつも通りの力」って、ジーク君のいつも通りは確かにそうだけど」

「作戦、了解しました。ジークハルト、注意してください」

「ああ。アンタら二人にも期待してるぜ」

 

 半ば強制的に作戦は決定され、ジークハルトは静かに息を整えて剣を構える。敵を視認するまでは気配を消しながら、慎重に進む。少し後ろから、二人が着いてきているのを感じながら、意識は常に前──

 

 ──見えたのは、二人の盗賊。持っている武器はどちらも斧だ。ジークハルトはそれを視認するや否や、敵が構え始める前に獣の如く駆け出した。

 

「ドロテアっ!! 頼む!!」

 

 そして予定通りドロテアに魔法での攻撃をする合図を出し、驚いている盗賊に一気に突っ込む。

 

「それっ、サンダー!」

「なんだテメェらっ……うおっ!?」

 

 一気に突っ込んできたジークハルトに気を取られ、盗賊達は後ろでドロテアが魔法を唱えたことに一瞬遅れる。落とされた雷に身を焼かれた盗賊二人に向かって鋭く剣を繰り出すジークハルト。一撃目は一人の盗賊の肩を貫き、ニ撃目は斧で防がれたものの姿勢を崩すことには成功した。

 

「あがっ!?」

「クソっ、向こうがやべえ時に攻めてきやがって……!」

 

 深手を負った兵が一人に、もう一人も手傷を負った兵が一人。更に斧という一撃こそ重いものの身軽に動ける剣には弱い武器ということもあり、ジークハルト一人で二人を釘付けにすることは出来た。そして二人がジークハルトに気を取られたその瞬間には──隠れていた三人目がもう勝負を決める準備が整っている。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 足元の岩を足の裏で蹴り、軽やかに空へ飛び上がったペトラ。士官学校の全生徒の中でも指折りの速度を持つ彼女は深手を負った方の盗賊を着地様に斬り伏せ、一撃でその命を刈り取り──返す刀で驚いているもう一人の盗賊の心臓を突き刺した。

 手負いの相手こそ最も危険と解っているが故の、そして狩猟の経験で「狩れる時に必ず狩る」という掟を理解しているが故の、手傷を負った相手を確実に仕留める能力。ペトラの身軽さも相まって、強襲や暗殺に於いて彼女の右に出る者はいない。

 

 一瞬で二つの命を奪った彼女は身体に付着した血を拭いながら、剣を鞘に納めた。

 

「先、進みましょう!」

「アンタすげえな……」

 

 いくら先にドロテアとジークハルトがダメージを与えていたとは言え、いくらジークハルトに敵が釘付けだったとは言え、二人の盗賊を一瞬一撃で葬ったその手腕に思わずジークハルトは舌を巻く。正面から打ち合う試合のようなスタイルで負けることは無いだろうが、実戦での彼女の戦術価値は非常に高いだろう。

 

「ジーク君、待って。貴方今怪我したでしょう」

 

 ペトラに続いて先に進もうとしたジークハルトを呼び止めるドロテア。手負いかつ武器の相性も良かったとは言え、流石に二人を相手に全くの無傷とはいかなかった。

 

「あ? 大丈夫だよ、斧がかすっただけだ」

「大丈夫じゃないわ、斬られたってことでしょ? 放っておくと出血が増えるわよ。ほらっ……ライブ!」

 

 ドロテアの白魔法により、痛みが引くと共に傷口が塞がっていく。

 

「上手いもんだな」

「当然よ、ちゃんと勉強したもの。だけど医学と白魔法は違うのよ、修道院に戻ったらマヌエラ先輩に診てもらってね」

「ああ、解った。手間かけたな、行こうぜ」

 

 改めて三人で先へ向かう。敵の見張りが二人しかいないという時点で、やはり前線にほぼ全戦力が投じられているのだろう。足止めの役割と、報告の役割に分かれることすら出来ない人数であった時点で、もう敵の戦力に余裕が一切無いことは予想できる。自然と三人の足取りは速くなっていく。こちら側が手薄だということは、つまり前線の敵は多いということになる。自分達の働きが上手くいけばいく程、前線で戦う仲間が楽になる。そう思うと急いで挟撃の形を取らねばなるまい、という気持ちが足を速めていった。

 

「ペトラ、敵の気配は?」

「気配、まだありません。もう少し先です!」

「急ぎましょ。先生もいるから心配ないとは思うけど、エーデルちゃん達の為にも頑張らなきゃ」

 

 岩肌を飛び越え踏み越え、軽快に裏道を進む。やがて一気に視界が開けた途端──ペトラの表情が一気に引き締まった。

 

「岩陰、隠れてください! 強敵、近くにいます」

 

 その声と同時に、三人は一斉に近くの岩陰に身を潜める。背中をぴったりと岩につけ、端から少しだけ顔を出して様子を伺う。恐らくは敵の本陣のようなものが見えるが、周りに盗賊がいるようには見えない。だがその奥に──恐らくは盗賊の頭領なのだろう、大柄で筋骨隆々な男が見るからに苛立った表情でそこに座っていた。

 

「……ペトラ、あれか」

「はい。最も強い敵、間違いありません」

「周りに護衛もいなさそうなところを見ると……前線は大変そうね」

「逆に言えばチャンスだろ。ここで俺達がアイツを仕留めりゃ、挟撃云々もやる必要なく俺達の勝ちだ」

「戦果、挙げます!」

 

 岩陰に隠れたまま剣に手を掛けるジークハルトとペトラ。そこに静止をかけたのはドロテアだった。

 

「ちょっと待って。ジーク君、貴方また自分が先に出て私とペトラちゃんに奇襲をかけさせるつもりでしょう?」

「んだよ、悪いのか?」

「悪いわよ。貴方、さっきそれで怪我したの忘れたの? 何度も一人で危険な目には遭わせられません」

「ドロテアの意見、同意です。私とジークハルト、同時に飛び出します。近接連携で翻弄、有効思います」

 

 ペトラもドロテアに乗っかり、代替案を提案する。実際、あの大男が所持している武器も見えた範囲では斧だった。見た目だけで測り切ることは出来ないかもしれないが、あの鈍重そうな見た目と、武装を見る限りでは、黒鷲の学級随一の剣の使い手と、随一の速度を持つ二人での近接連携なら、不利を取ることはまず無いだろう。

 

「さっきみたいな人数差がほぼ無いならまだしも、今度はこっちに人数有利があるのよ? ペトラちゃんとジーク君の二人で動きを止めてくれたら、私が確実にサンダーで仕留められるわ」

「……成程。悪くない作戦か」

「というか貴方が飛び出すよりよっぽどいいわよ」

 

 なんか俺への当たりが強くないか? という言葉を寸前で飲み込んだジークハルト。確かに先の戦いで傷を負ったことは事実であり、それを癒してくれたのはドロテアである。今度は人数有利があるというのも間違いなく、彼女の負担を増やさないという理由でも、ペトラと向かった方が良いだろう。

 

「……じゃ、ペトラ。お前の指示で突っ込む。近接連携、頼んだぜ」

「ジークハルトとの訓練、お互いの動き知る為、役に立ちました。連携、不安ありません……行きます!」

 

 ペトラが一気に飛び上がり、岩を飛び越えて駆け出した。ジークハルトは一瞬遅らせて駆け出し、ドロテアはそのまま岩陰で魔法を撃ち込むタイミングを伺う。

 

「先手は任せた! 大振りでいい、反撃の斧は俺が止める!」

「了解です、信用します!」

 

「なんだァ!? ガキ共が、あれだけ前線を押しておいて裏から回ってきやがったか! 頭の回るガキ共だぜ……!」

 

 盗賊の頭領は忌々しそうに吐き捨てながら斧を構える。先手を取ったのはペトラだ。鋭く振り上げられた剣が盗賊の首を狙う──も、すぐさま盗賊は後ろにステップし、その一撃を躱してみせた。そして再度踏み込み、大振りのペトラに反撃を加えようとする──

 

「させねえよ!」

 

 ──が、その斧の一撃を横から殴りかかり、軌道を逸らしたジークハルト。その隙にペトラは盗賊の死角に回り込み、今度は少ない動きで斬りかかる。綺麗に斬撃は命中こそしたものの、筋肉の壁に阻まれたのか、手痛い一撃とはいかなかった。それでも痛みを与えることには成功し、盗賊は呻きながらペトラの方に向き直る。その瞬間にジークハルトは敵の右足を勢い良く蹴り抜き、姿勢を崩すことを試みた。だが、やはりその重さと筋肉は伊達では無いらしく、逆にジークハルトの足に痛みが走った。

 

「ウザいんだよ、ガキ共が!」

 

 大振りの一撃で、ジークハルトとペトラを一気に斬り払おうとする盗賊。二人は即座に後ろに飛び退き、その一撃を躱してみせた。

 

「強えな……」

 

 思わずそう呟くが、それでも人数の有利は覆らない。ペトラが相手の視界を切るように動き始めた為、ジークハルトも動きを合わせて撹乱するように動く。盗賊の頭領はどちらから狙うべきか頭を振りながら見定め、そしてペトラの方へ向かっていった。

 盗賊の爪先がペトラの方に向いた瞬間にジークハルトは踏み込み、今度は武器を持っている右肩を狙って突きを繰り出す。盗賊は咄嗟にジークハルトの殺気に反応したのか身体を捻って突きを躱すが、ペトラへの意識が一瞬消えた。その一瞬だけで、ペトラの速度なら一太刀見舞うことが出来る。脇腹に通されたペトラの斬撃。鮮血が飛び散り、盗賊の表情が歪む。

 

「足元、崩します!」

「解った!」

 

 ペトラの言葉を聞き、ジークハルトは両腕で盗賊の右腕を掴む。斧を持つ手を封じられた盗賊は左足に斬撃を繰り出すペトラを封じる術が無い。スラリと斬り裂かれた左足は痛みで力が抜け、大きく姿勢を崩す。重心がズレたその瞬間にジークハルトは力を振り絞り、盗賊の頭領を両腕で背負い、そのまま投げ飛ばした。

 

「んなっ──!?」

 

 投げ飛ばされた盗賊の頭領は背中から岩肌に叩き付けられ、大きなダメージとなる。そしてそれ以上に──黒魔法の格好の的だ。

 

「サンダーっ!!」

「があぁぁぁあっ!?」

 

 天空から落とされる、青白い雷。ドロテアが放ったサンダーは倒れた盗賊を正確に撃ち抜き──或いはその一撃が盗賊の頭領の命を奪い、或いはこの戦いに終止符を打った。

 

「黒鷲の学級、持ち味、魔法の強さです。私達の勝利です!」

「上手くいったわね、ペトラちゃん、ジーク君!」

「流石だぜ、ウチの魔法兵は皆優秀で有難ぇよ」

 

 敵将の撃破が完了。このまま彼等が前線に向かい、この事実を大きく報告すれば、間もなくこの戦闘は終結を迎えるだろう。

 

 ──斯くして、竪琴の節、黒鷲の学級の課題である赤き谷ザナドの盗賊征伐は、無事終了の運びとなった。

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