「お疲れ様。皆よく頑張ってくれたね」
盗賊の征伐を完了し、ガルグ=マク修道院に戻った
「突然の作戦の変更にも咄嗟に対応出来たことも高評価だ。これで次の出撃からは、更に複雑かつ有効な作戦を指示させられそうだ」
「くくく……突然の変更、ですか。先生も人を乗せるのが達者なようですな」
くつくつとヒューベルトが笑ってみせる。彼にとって作戦の変更は予定されていたことだと考えていたが、戦闘終了後にこうやって労うことで、生徒達に「作戦の変更にも対応出来るだけの臨機応変さを身につけている」という成功体験まで与える為だとは想像していなかった。傭兵として戦闘の腕が確かであることは知っていたが、どうやら教師としてのスキルも確からしい。
「ヒューベルト、弓兵を倒す時の魔法でのサポート、助かった。ありがとな」
「おや、貴殿が素直に私に感謝の意を伝えるとは……珍しいこともあるものですな」
「アンタ、俺のことなんだと思ってんだよ……」
そんなヒューベルトに対し戦場でのサポートの礼を言ったジークハルト。言われた側は本気か冗談か驚いた様子ではあったが、その謝意を受けるのは当然というような態度で示した。
「貴殿の剣の腕をあそこでみすみす失いたくなかっただけですよ。無論、私が支援せずとも貴殿の実力なら矢を躱すなど造作もなかったでしょうが……感謝するなら騎士団にもするべきでしょうな。私一人の魔法ではありません」
「そうか。アンタが率いていた騎士団にも礼を言っておく」
「……やけに素直ですね」
「だからなんだと思ってるんだよ、俺のことを」
ただ礼を言っただけで訝しむ級友との関係性に少し頭を悩ませつつも、課題の慰労会と反省会はつつがなく進んでいった。
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「ジークハルト、少しいいか」
その日の夜、ジークハルトが寮の自室で休んでいたところを訪ねてきたのはフェルディナントだった。
「んだよ、フェルディナント。何か用か?」
「ああ。少し君と話がしたくてね……入っても?」
「構わねえが……つくづく珍しいな。アンタが俺に話なんて」
先の訓練の時にも「貴族らしからぬ振る舞いをする君に思うところはある」と言っていた辺り、ジークハルトの想像通り、フェルディナントは自分のことをあまり好ましく考えていない、ということなのだろう。そんな彼がわざわざ夜に寮の自室にまでやってきて「話がしたい」というのは、珍しい気がした。
フェルディナントに椅子を差し出し、自身はベッドの上に腰掛ける。失礼するよ、と一言入れ、フェルディナントはゆっくりと椅子に腰掛けた。
「まずは……今日はすまなかった。君に少し説教じみたようなことを言ってしまったことを詫びさせて欲しい」
「はぁ?」
座りながらではあるが、ゆっくりと、だが深く頭を下げたフェルディナント。ジークハルトは一体何のことを言っているのかが解らず、素っ頓狂な声をあげることしか出来なかった。
「君が前線に合流した時の話だ。貴族として、前を向き続けなければならない、と話しただろう」
「ああ……んなこと話したな、そういや。別に気にしてねえよ、戦場で殺す覚悟が固まってなかったのは確かだ」
「騎士や軍人としてであればそれは頂けないことかもしれないが、人としてならそれは当然のことだろう。それに──君は、騎士団によって捕らえられた盗賊の残党の中に、孤児達がいたことを知っているか」
フェルディナントが発した言葉に、ジークハルトは思わず眉を上げた。盗賊団の中に、孤児達がいたという事実は、ジークハルトは一切知らなかったからだ。
「その様子だと知らなかったか……いや、無理はない。私も偶然見かけ、そこにいた騎士団に聞いて知ったのだ。あの盗賊達は身寄りのない子ども達を、盗賊行為で得た金品で養っていたらしい」
「……じゃあ、アイツらは義賊だったってことか?」
「そうではない。彼等の略奪行為は悪質だったし、裁かれるべくして裁かれる者たちではあっただろう。仮に義賊だったとしても、罪を犯したなら裁かれるべきではあると思うが……私達は、ある意味ではそんな孤児達の親を殺した、ということにもなる」
フェルディナントの言葉は、ジークハルトに話し掛けているというよりは、自分自身に言い聞かせているように思えた。その表情は固く、普段の溌剌とした自信家の表情はなりを潜めている。
「私達の行いに間違いは無いと思っている。戦場でも話した通り、彼等を野放しにすれば護るべき臣民に危害が及んでいたかもしれない。たとえその孤児達に恨まれることがあろうとも、赦しはいらない。私にはそれを背負う義務がある」
「……何が言いてえんだよ、アンタまるで俺の部屋を教会の告解室だと思ってねえか?」
「ああ、すまない。つまり何が言いたかったかと言うと……君の「殺さずともどうにか出来るのではないか」という思いも、それは覚悟の一つの形であり、尊重されるべきだったのでは無いかと思ったんだ」
フェルディナントの答えに、ジークハルトは何も言い返せずにいた。戦場に向かう前、べレスに人を殺したことがあるかという問いを投げ掛けた時も。フェルディナントの槍を見て殺せたのかどうかを問うた時も。ジークハルトは「殺さずともなんとかしたい」という覚悟の上でそう聞いた訳ではない。ただただ「人を殺したくない」という思いで、戦場で覚悟が足りなかったが故の質問だったのだ。ただそれだけの事を、フェルディナントは良いように解釈しているに過ぎない。
「……俺は、ただ本当に殺すのを日和っただけだ。アンタの言うような崇高な覚悟も無えよ。だから謝られることなんて無え、悪かった。それに……万が一、盗賊が生きていたとして、孤児達の親が盗賊なんて良いはずが無えよ。修道院で保護されてる方がマシだ」
「──だが、それでもきっとあの子達にとっての親は盗賊達だったんだ。どれだけ堕ちた人間でも、悪党だったとしても、親というものは尊敬せずにはいられないものだろう」
フェルディナントの顔が険しくなる。或いは──自身を重ねているのだろう。フェルディナントの父親であるエーギル公はアドラステア帝国の宰相として国の実権を握っているが、統治しているフリュム領の民からの評判はすこぶる悪い。黒い噂も絶えない、言わばフェルディナントが最も嫌う「貴族らしからぬ」人間ではあるが……それでもフェルディナントは、父親であるエーギル公のことを尊敬しているのかもしれない。
「じゃあ、アンタも俺も、その子ども達からすりゃ大悪党か?」
「そう映るだろう──だが赦しはいらない。私達が背負うべきものだからな。そしてそれを背負う者として、貴族として、私は次期帝国宰相となり、国の舵取りをしていかなければならないんだ」
「話が飛んだな……まあ、世襲のことを考えりゃアンタが宰相になるのはそうだろうけど」
「何も飛んでなどいないさ。盗賊にならざるを得なかった彼等、盗賊行為でなければ養えなかった孤児達、そしてそもそも本当の親を知らない子ども……どれも本当に豊かで幸福な国であれば、その数はもっと少なくなっているだろう。あの盗賊団が、あの孤児達が、今日私達が奪った命こそが、今のフォドラなのだよ。ならば貴族として、エーギル家に産まれた者として成すべきことは、そんなフォドラをより良くしていくこと。そうは思わないか?」
フェルディナントの表情に、一切の迷いや茶化しは存在していなかった。心の底から、そう思って生きている。そんな顔をしていた。恐らく彼は、本気で宰相となり、アドラステア帝国だけでなく、フォドラという人が住む大地をより良い方向に導こうとしているのだろう。
「……立派だし、すげえと思うけどよ。何でそれを俺に言うんだ?」
「私にとって、君はライバルだからだよ。優しい信念を持ち、私と同じくらい…………少し、少しだけ……! 少しだけ、私より戦の才がある君は優秀な貴族と言える。だから私は君に宣言し、君の前で恥ずかしくない貴族であろうとするのだよ!」
「訳わかんねえ……ライバルっつったって俺は宰相を目指すつもりも無えし、そもそもそこに関してはお前の圧勝だろうよ」
フェルディナントの宣言に少したじろぐジークハルト。だが、フェルディナントはそんな反応もどこ吹く風と言わんばかりに胸を張ってみせた。
「だから、君も私に恥じないライバルとして、これからも黒鷲の学級を引っ張りたまえ。エーデルガルトも君のことを評価しているらしいが、私も君はいつか帝国にとって欠かせない存在になると信じているさ!」
「あー……わかったわかった。よくわかんねえけどお前に負けるってのも癪だ、これからの課題出撃は全部お前より活躍してやるよ。それでいいんだろ?」
「それだけでは無い! 子爵家とは言え君もアドラステア帝国の貴族なのだ、それらしい振る舞いもしっかりと──」
「ああほら見ろ、面倒くせえな!!」
──フェルディナントの暑苦しい雰囲気に圧されてしまうジークハルト。鬱陶しさこそ感じたが、悪い気分にはならなかった。
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「エリザベートお嬢様、ジークハルト様より御手紙が届いております」
アドラステア帝国西部のとある領地。バーデン子爵家の邸宅の中庭にて、絹の糸のように麗しい金髪を纏め、乳白色のドレスを身にまとった女性──エリザベート=フォン=バーデンは椅子に腰かけ、紅茶を啜っていた。使用人からの声を聞き、明るい表情で立ち上がる。
「ジークから? 嬉しい。いただけるかしら?」
「勿論です。お嬢様宛てですから」
使用人から手紙を受け取り、紅茶を置いていた机の上で封を開ける。手紙を開くとそこに書かれていたのは、幼い頃から見慣れていた、最愛の弟の文字。
──拝啓、エリザベート=フォン=バーデン様
暖かな気候が続き、過ごし易い季節となりました。幼い頃、姉様と外で駆け回って遊んだ日のことを思い出す今日この頃です。姉様は如何お過ごしでしょうか。
「……ふふっ、ジークったら。かしこまった言葉なんて苦手でしょうに。頑張って書いたのね」
──ガルグ=マク修道院での生活にも慣れ、級友達とも良い関係を築くことが出来てきました。新たに黒鷲の学級の担任となった先生も非常に優秀で、学ぶべきことも多く、充実した生活を送っています。
「素敵ね……前に手紙を送ってきた時は、それなりに楽しんでいるって書いていたけど、今は充実しているのね」
──姉様の体調は如何でしょうか。俺が修道院に入学することになった頃から、少しでも快復に向かっているのでしょうか。それだけが心配でなりません。父上は許さないかもしれませんが、折を見て一度家に帰ろうと思っています。姉様に会える日を楽しみにしています。
帝国暦1180年 竪琴の節 16日
ジークハルト=フォン=バーデン
手紙を読み終えると、エリザベートは綺麗に折り畳み、入っていた封筒に丁寧にしまい込む。ふう、と小さく一息をつき、そして紅茶の入ったティーカップに手を伸ばし、口をつけて喉を潤した。
「ジーク……会えるなら、それはそれは素敵なことね」
封筒を胸に抱き、弟が筆を取っていた時の体温を、その残滓を感じ取るかのように握り締めた。暖かな風が中庭に吹き込み、ジークハルトとお揃いの金髪が靡く。
乱れた前髪を指先で整え、ざわめく草木を眺める──ギィ、という音が鳴り、中庭に新たな風が舞い込んだ。開けられた扉から入ってきたのは、ジークハルトやエリザベートと同じ金色の髪を短く切り揃え、壮麗な衣装に身を包んだ男性。
「エリザベート、ここにいたのか」
「……お父様」
アドルフ=フォン=バーデン。ジークハルトとエリザベートの父親であり、アドラステア帝国西方のとある領地を治めるバーデン家の当主でもある。表情を一つも変えず、一枚の封筒を持ってエリザベートの方へ歩いていく。
「体調は問題無いのか? 無理に出歩くな」
「……はい。今日は状態も良く──」
「なら良い。お前は我が一族の切り札だ、それを忘れるな……これは次のお見合い相手の手紙だ。読んでおけ」
紅茶が置かれた机の上に、眉目秀麗な封筒が置かれる。明らかに高価なものと一目で解るそれは、ほぼ間違いなく有力貴族から送られてきているものだろう。
「……お前、その手に持っている手紙はなんだ?」
「これは……ジークからの」
「チッ……ジークハルトか。あのバカ息子、何の為に俺が修道院の士官学校に通わせたと……まあいい。あいつのことは気にするな、エリザベート。お前は自分の体調のことだけを考えていれば良い」
──自分の体調ではなく、家の切り札となることだけを考えていればいい、の間違いでしょう?
そう出かかった言葉を、無表情で飲み込んだ。
「……はい、お父様」
嗚呼、紋章なんて宿したく無かった。