戦場の白鴉   作:亜梨亜

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白雲の章 花冠の節
料理当番と新たな方針


 料理当番。その名の通り、寮生活に於いて級友達の食事を作る担当のことであり、ガルグ=マク修道院の士官学校では生徒達が二人ずつ、持ち回りで行うことになっている。

 

 その日の料理当番はジークハルトとドロテアの二人となった……のだが。

 

「おいドロテア! アンタ買ってきた調味料これ全部間違ってるじゃねえか!」

「あら、そうだったかしら? でも食べられれば何でも大丈夫でしょ」

「大丈夫な訳無ぇだろ、誰がシャーベットに唐辛子ぶっかけて食べると思ってんだ!? チッ、もういい。今ある材料とアンタが買ってきた調味料でメニューを考え直す」

 

 黒鷲の学級(アドラークラッセ)内では知る人ぞ知る事実。ドロテアの料理センスは壊滅的なのだ。対するジークハルトは料理は寧ろ得意な方ではある為何とかなっているのだが、味に無頓着かつ、料理のイロハは疎か基本すら怪しいドロテアに対し、大いに頭を抱えなければいけない事態となってしまった。

 

「こっちの野菜炒めに辛味を効かせて……使う予定だった獣肉は……」

「ジーク君って、意外と料理が得意なのよねぇ」

「そりゃどうも。アンタと料理当番になったのが俺で良かったよ、これでカスパルなんかと組まれた日にゃ食えたもんが出てこなかった気すらする……とりあえずそこのトマト切ってくれるか」

 

 昔から病弱だった姉を元気付ける為、使用人に手伝って貰いながら様々な料理を作り、食べさせていたジークハルト。結果として士官学校のメンバーの中では、彼が料理当番の日は「当たり」だという認識になりつつある。

 だが、今日に限っては「大ハズレ」であるドロテアがペアである為、寮生達は興味と多少の不安で盛り上がっていた。青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)のシルヴァンや、金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)のクロードは「今日のご飯は美味いのか不味いのか」で賭けを行っている程である。

 

「ジーク君、トマトがグシャグシャになっちゃったわ」

「ナイフをどう使えばトマトが破裂するような事態になるのか教えて貰ってもいいか!? ああクソ、解った! 俺が切るからアンタは皿を並べてくれ!」

 

 最早簡単な作業すらさせるまいと、なるべくドロテアを台所に入れない作戦を実行し始めるジークハルト。ドロテアは少し不満そうに、だが或いは戦場よりも切羽詰まった表情で叫ぶジークハルトを見て、渋々その意見に従った。

 

「料理が苦手って奴は何人か見たことがあるが……ドロテア、アンタ程壊滅的な奴は初めて見た」

「どういうことよ。しょうがないじゃない、私ここに来るまで料理なんてしたことなかったもの」

「だとしても限度があるだろ……」

 

 口を動かしつつも、トマトを綺麗に切り、他の野菜に手を伸ばすジークハルト。その手際は先程ドロテアがナイフを使っていた時とは比べ物にならない。

 

「というか、ジーク君こそ料理が得意なのが意外だわ。お家じゃ作ってくれる人がいるんじゃないの? 貴族様って」

「いるにはいるな。俺は趣味で作っていただけだ」

「ふぅん、ジーク君も趣味があるんですね。剣を振ることが生き甲斐なんだと思ってたわ」

 

 皿を並べ終わり、ジークハルトの横でキャベツを切り始めるドロテア。その手つきは明らかに慣れていない人間のそれで、指先を切らないか少し冷や冷やする。

 

「……その手つきを見るだけで、アンタが本当に料理をしてこなかったのが解るな」

「歌姫をしていた頃は、常にご馳走される側だったから。豪華な食事を沢山食べさせてもらったのよ」

 

 なるほどな、と一言返しながら切った野菜を木のボウルに入れていく。トマトはサラダ用、今ドロテアが切っているキャベツは野菜炒め用だ。

 

「私、食事の時間がこんなに楽しいって思えたのはここに来て初めてだったのよ。ミッテルフランク歌劇団にいたころは、沢山の有力貴族が私に気に入られようと、豪勢な食事を用意してくれたけど、覚えているのは味よりも退屈な口説き文句ばかり。修道院に来てからの食事は本当に楽しいわ」

「そりゃ結構なことだな。アンタが美味そうに飯を食ってる時も「この味が好きだった気がする」って曖昧に言ってたのは、そもそも食事に対して興味が薄かったからか」

 

 過去、何度かドロテアとも級友として一緒に食事をしたことがあるジークハルトは、ドロテアの味に対する感想を思い出していた。良くも悪くも積極的に意見を出し、こと男性相手に於いてはアプローチも大胆な彼女が、味に対しては「好きだったような」という曖昧な意見を出していたことに、少なからず違和感を覚えていた。

 

「じゃ、もう少し自分の好みの味をはっきりと覚えたら、アンタの料理も改善されるかもな。要は自分の中で理想や完成形がイメージ出来てないってことだろ」

 

 調味料の買い出しを間違え、危うく冷たくて甘いシャーベットに唐辛子をかける羽目になりそうになったとしても、「食べられれば」という味への無頓着さ。それは或いは自らの好みを正確に把握出来ていないが故では無いかと予想したジークハルトは、軽い気持ちでドロテアにそんな言葉を投げ掛ける。

 それを聞いたドロテアは目を輝かせた。

 

「じゃあ、ジーク君が私の好きな味を見つけてくれる? 今もこんなに手際が良いんだもの、きっと沢山素敵な料理を作れるのよね」

「はぁ? なんで俺がそんなこと……」

「そして私の作った料理をジーク君に食べてもらって、何が足りないのか教えてもらうの!」

「ちょっと待て、アンタ俺を殺す気か!?」

「あら、元歌姫の級友の手料理を独り占め出来るなんて、素敵だと思いません?」

 

 ドロテアの提案はジークハルトにとっては非常に面倒かつ、今後上達する見込みがあったとしても……少なくとも現時点では壊滅的な彼女の料理を食べ続けなくてはならないという地獄のようなものだった。迫り来る舌の死滅の恐怖に悪寒が走り、半ば本気で青ざめながら異議を唱える。

 思わず料理の手すら止め、なんとか自らの命を守る為に反論しようとした瞬間、厨房に新たな風が吹き込んだ。

 

「よっ、料理当番のお二人さん。随分盛り上がってるなぁ、外まで会話が漏れてたぜ」

「あら、クロード君? まだ料理は出来ていないわよ」

「知ってるさ、ちょっと小腹が空いちまって、つまみ食いをしに来ただけだよ」

 

 やってきたのは金鹿の学級の級長、クロード=フォン=リーガン。少し意地悪そうな笑みを浮かべながら食料庫に置いてあるリンゴを一つ掴み、そのままシャクリと音を立てて頬張る。

 

「それにしても面白そうな話をしていたなあ。いいじゃないかジークハルト、料理くらい教えてやっても」

「クロード、アンタ簡単に言うけどな……」

 

 話を聞いていたらしいクロードはどうやらドロテア側の味方らしく、ジークハルトは反論せざるを得ない相手が一人増えたことに内心で舌を打つ。しかも相手は士官学校随一の口の上手さを誇る策略家だ。

 クロードはゆっくりとジークハルトに近付き、耳元で囁く。

 

「お前が犠牲になってくれれば、今後ドロテアが料理当番の時に皆が地獄に落ちなくて済むんだ。頼むよジークハルト、俺達のために尊い犠牲となってくれ」

 

「ふざけんな!!」

 

 言われたのが戦場ではなく厨房だったのは不幸中の幸いだったのだろうか、それでもジークハルトは思わず叫ばずにはいられなかった。

 

 結局、ドロテアの輝いた瞳とクロードの口八丁に丸め込まれ、ジークハルトはドロテアに料理を教えることを渋々受け入れることとなった。

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 

「ジークハルトは、意外と座学の成績も良いよね。特に魔法の基礎理論に関しては黒鷲の学級でも高い水準にある」

 

 それは個別指導で傭兵仕込みの剣術を教わっていた時、突然べレスに言われたことだった。

 ジークハルトは興味が無い授業を抜け出し、勝手に鍛錬を行うことが多い為、級友からも「座学はからきしだが、その分実技で補っている」という評価を受けることが多い。だが実際は紋章学や信仰の評価が低いだけで、寧ろ座学の成績は黒鷲の学級の中では上位層なのだ。

 

「姉に教養や魔法の基礎は教えてもらったからな。別に苦手意識は無えよ」

「なるほどね。ふむ……折角ここまで魔法の基礎が出来ているなら、いっその事黒魔法を実戦レベルまで鍛えてみるのはどう? 白兵戦では剣術、中距離戦では黒魔法……という具合に、使い分けることが出来たら、私も作戦を立てる時にすごく助かる」

 

 べレスが出した提案。それは成績を見れば当然の提案であり、実際べレスの言う通り魔法と剣術の両方を扱えるなら、戦場に於いてこの上なく万能な駒として戦えるのは明白だ。

 だが、ジークハルトは首を縦には振らなかった。

 

「……まあ、実際先生の言ったことを、俺も考えなかった訳じゃねえ。だけど変に魔法にも手を出して、剣も魔法も中途半端になるのが嫌で、剣一本でやるって決めてんだ。エーデルガルトも魔法の基礎理論はほぼ理解してるだろうが、アイツも斧一本でやってるだろ」

「ふむ……つまり君が言いたいのは、剣術と魔法、両方を磨き続けられる自信がないってことかな?」

「んだと? ナメんじゃねえよ……!」

 

 べレスとしては煽りのつもりで言ったつもりは無く、完全に無意識だったのだが……逆にそれがジークハルトを焚き付けた。だが売り言葉に買い言葉ですぐに乗せられるほどジークハルトは馬鹿でもない。今すぐにでもべレスに殴り掛かりそうな勢いにはなったものの、ここでこの無表情を極めた教師のペースに乗せられてはいけない。

 

「でも剣術に関しては問題無いんじゃないかな。私がこうやって教えてあげるから、中途半端になることは有り得ないでしょ」

「んなっ……たっ……」

 

 続けてべレスが発した言葉もまた無意識で紡がれたものだったが、それは圧倒的に彼女の教師としての、傭兵としての自信から来る発言だった。だがそれを無表情でさも当然かのように言ってみせたべレスに対して、ジークハルトは思わず言葉を失ってしまった。

 確かに、べレスの剣の腕は学内でも屈指であり、教師陣や騎士団を含めたとしても彼女に匹敵するのは士官学校の武術師範であるイエリッツァくらいだろう。彼女に直接教わる時間を設けて貰えるなら、確かに剣術が中途半端になることは無いだろう。

 

「ジークハルトと同じレベルで剣術に明るい生徒と言えば……青獅子の学級のフェリクスかな。君と彼の成績は本当によく似ているけど、魔法の成績は君の方が遥かに良い。まあその分フェリクスは君の苦手な弓術の成績が良いけれど」

「ああ、実際アイツとはよく手合わせをするし、気も合うとは思ってるよ」

「君がフェリクスと訓練をした時に、「フェリクスより自分の方が剣術が劣っている」と感じたら、その時は一旦剣術に集中してくれていい。そこまでの条件をつけるなら、黒魔法に手を出してみてもいいんじゃない?」

 

 提示された条件を蹴ってまで、べレスの提案を受け入れられないかと言われると、流石にそれはジークハルトもそこまで頑固な訳ではない。実際、定期的にべレスが直接剣術の訓練をつけてくれるなら、それはジークハルトにとって悪くない話ではあるのだ。

 

「……解った、アンタの言う通り、黒魔法の訓練も受けてやる」

「良かった、ありがとう。これで講習が無駄じゃなくなったね」

「……講習?」

 

 べレスの発言に、ジークハルトはほんのりと嫌な予感を感じる。そして恐らく──その予感は的中した。

 

「明日、ハンネマン先生の講習があるのはジークハルトも知っているでしょ? フォドラを代表する学者の特別講習なんて、黒魔法を学ぶには持ってこいでしょ。君の名前、受講希望者に書いておいたから」

「はぁ!? 何勝手に──」

「勝手じゃないよ。教師として()()しておいた。ハンネマン先生は弓術にも明るい方だし、ついでに苦手な弓術も教わっておいで。いい? ジークハルト。明日だよ、サボったらちゃんと私の耳に届くからね」

「んだと!? おい、ちょっと待て先生! 話は終わってねえぞ!」

 

 確実にジークハルトが怒り始めることを理解していたのか、言うだけ言ってべレスはそそくさとその場を後にした。最初から完全にべレスのペースに乗せられていたことを理解したジークハルトは声を荒げて反論の意を示したが、肝心のべレスはもう聞く耳も持たず、そのまま食堂へと消えていってしまった。

 

「クソ……まんまと嵌められたか……」

 

 講習を受けることは凄まじく面倒に感じたが、一応黒魔法を実戦レベルまでというべレスの方針は了承した為、その第一歩としていきなりハンネマンの特別講習が受けられること自体は悪いことでは無い。なんとか自分を納得させ、大きく溜め息をつきながら寮に戻ることにした。

 

 

 

 

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