「あれ、あんたがハンネマン先生の講習を受けに来るなんて……珍しいこともあるんですね、ジークハルト」
「んだよ、リシテアか。チッ……先生に嵌められたんだよ」
ハンネマンの講習が行われる教室。サボれば即座にべレスにバレるということが解っている以上、受けない訳にはいかなかった為、仕方なく出席したジークハルトに声を掛けたのは
「わ、ホントだ。ジークハルトがいるなんて珍しい!」
「んだよ、悪いか?」
「ううん、全然! 新鮮でビックリしただけ。よろしくね、ジークハルト!」
リシテアとの会話につられてやってきたのは
黒鷲の学級は全体的に魔法が得意な生徒が多いが、リシテアとアネットはそんな
「それにしても、あんたが魔法まで覚えて近距離以外も対応出来るようになると、鷲獅子戦は苦戦しそうですね」
「確かに……! フェリクスくらいの剣術に、魔法まで加わったら手強すぎるよ! ただでさえ模擬戦の時は黒鷲の学級に負けちゃったのに」
「警戒してくれてどうも。模擬戦ではアンタらがいないおかげで魔法戦はウチのものだったからな。鷲獅子戦ではお手柔らかに頼むぜ」
本気半分、適当半分に彼女等の言葉を受け取り、同じく本気と適当を半分ずつに分けた言葉を返す。そもそもジークハルトはアネットのことが少し苦手だった。それは彼女の性格等に問題がある訳では無く、ただただ真面目で努力家、明るい性格というものがジークハルトの少し皮肉屋で荒々しいという性格と合わない、というだけなのだが。
「……つーか他の面子を見ても他学級ばっかじゃねえか。黒鷲の学級でこの講習受ける奴いねえのかよ」
既に席に座っている生徒を見回すと、今回のハンネマンの講習を受けようとしているのは他学級、特に金鹿の学級の生徒が多かった。黒鷲の学級の生徒もちらほらと姿は見えるが、その数は少ない。
「前回のハンネマン先生の講習の時は、黒鷲の学級のメンバーも多く参加していたよ。タイミングの問題なんじゃない?」
「うわっ!? んだよ、リンハルトか。ビビらせんな……」
突然背後から声をかけてきたのは同じ黒鷲の学級の生徒、リンハルト=フォン=ヘヴリングだ。普段は常に眠そうにしている彼だが、今に限って言うならその目はしっかりと醒めているように感じる。その理由は火を見るより明らかだろう。
「そういや、アンタがハンネマン先生の講習を受けるのは当然の話か」
「今回の講習は理学と弓術による実戦想定の話だから、当然とまではいかないけどね。紋章学を交えた話が出るかもって思うと、受ける価値はあると思うよ」
リンハルトは紋章学については非常に強い興味を示しており、基本的に面倒臭がりで居眠りの常習犯である彼が、異様な熱意で取り組む授業もまた紋章学である。ハンネマンは士官学校の教師であると同時に、フォドラを代表する紋章学者である為、リンハルトが講習を受けに来ているのはジークハルトからすれば川に魚が棲んでいることと同じくらいには当然のことだった。
「でも君が受けに来てるとは思わなかったよ。ジークハルトって紋章学も魔法も割と興味無いでしょ。べレス先生の差し金?」
「ご名答だよ全く。……まあ、魔法自体は実戦で使えるようになっておいて損は無えだろ」
「ふーん。君って、カスパルみたいに武功を立てて成り上がりたい、みたいな目標が無さそうのに頑張るよね」
「んだよ、悪いのか?」
「いや別に。悪くないと思うよ」
そう言いながらリンハルトは空いている席に座り、黒魔法の教本等を机に広げる。どうやら本当に今日は寝るつもりは一切無いらしい。
「隣、空いてるけど。ジークハルト座る?」
「ああ、悪いな」
リンハルトに薦められ、彼の隣の席に腰掛け、同じように黒魔法の基礎理論が書かれている教本を広げる。リンハルトの使っているものと比べると状態が良く、如何にジークハルトが普段あまりこの本を開いていないかがよくわかる。
「……ねえ見て、あそこの席」
「うおっ、リンハルトとジークハルトが並んで真面目に講習を受けようとしてる……」
「そうなの。ウチのサボり問題児達の二人が。明日、雨とか降らないわよね?」
──ひそひそと聞こえる黒鷲の学級の級友達の話し声。それを聞いた他学級の生徒達はエーデルガルトの心労に思いを馳せ、苦笑することになった。
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「おっと、鐘が鳴ってしまったな。それでは本日の特別講習は以上とする。皆の今後の糧になるようなことが一つでも見つかれば幸いだ。解散」
修道院に鳴り響く鐘の音は、授業──或いは講習の終わりを意味する。ハンネマンは開いていた本を閉じ、生徒達に講習の終わりを宣言すると、使用していた黒板や資料を片付け始めた。
「やっと終わったか……クソ、思ったより参考になったのがムカつくな」
「参考になったなら良いんじゃないの? 時間を無駄にしなかった訳だし」
よくわからない悪態をつきながら椅子から立ち上がり、大きく身体を伸ばすジークハルト。基本的に理論より実践派である彼はそもそもずっと机の前に座り、書物と睨めっこをしながら筆をとることが好きではない。それでもべレスが半ば無理矢理行かせただけのことはあり、普段の授業では話してくれないような所まで丁寧に解説してくれるハンネマンの講習は為になる部分が多く、ジークハルトは背中を伸ばしつつもその成果に満足していた。
「とは言えどやっぱ座ってんのは性に合わねえな……剣振るついでに今習ったことを試しに行ってみるか」
「えっ……君、もしかしてこの後剣も振って魔法の実践もするつもり?」
「あ? そうだが。座ってばっかじゃ息が詰まるだろ」
ジークハルトの独り言に、リンハルトは思わず心底うんざりしたような顔を見せる。基本的に寝て過ごしており、面倒臭がりを極めているリンハルトにとって、この後更に自らの訓練を行おうとしているジークハルトは変人に見えていた。
「まあいいや、僕は中庭で昼寝をするから。魔法の実践、上手くいくといいね」
そう言い残すとリンハルトは教室を出て中庭へ向かった。ジークハルトも荷物をまとめ、教室を出て訓練所へ向かおうとした──が、教室を出たところでその目論見は一旦外れることとなった。
「ジークハルト、リンハルト。講習お疲れ様。一旦黒鷲の学級の教室に戻ってくれるかな? 今節の課題が決まったから、皆にも共有したいんだ」
講習部屋の前で待っていたのは、ジークハルトをこの講習に参加させた張本人、べレスだった。少し先に出ていたリンハルトもべレスに呼び止められていたらしく、昼寝の目論見は外されていたようだ。
「今節の課題?」
「ええー……それ、今じゃないとダメですか?」
「うん、出来れば早めに共有したい。ちょっと話が……厄介かもしれなくてね」
いつもながら無表情なべレスのせいで、彼女の言う「厄介」がどれ程のものなのかは咄嗟に理解しづらかったが……少なくとも、ジークハルトもリンハルトも、前節の実戦にて彼女の戦でのカンの良さと、模擬戦でのメンバー選定でその対人戦闘の巧者ぶりを実感している。そんなべレスが「厄介」と称するのであれば、それは本当に厄介な課題なのだろう。
「……解った。アンタがそう言うなら」
「了解です。それじゃ、僕らは先に行ってますね」
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黒鷲の学級の教室にジークハルトが到着した頃には、もう殆どの生徒が集まっていた。あとこの場に居ないのは、ジークハルトやリンハルトと同じく、ハンネマンの講習を受けていた生徒と、そしてベルナデッタだけだ。
「んだよ、もう殆ど集まってるってのに……またベルナデッタは引き籠もりか?」
「あら、ジークハルト。早かったのね、訓練所から走って来てくれたのかしら」
「遅ぇ方だろ、殆ど集まってんだから。俺とリンハルトはハンネマン先生の講習を受けてたんだよ」
「なんですって……!? ジークハルトが、講習を……!?」
「おいエーデルガルト、アンタ今俺に喧嘩を売ったのか?」
エーデルガルトにしては非常に珍しく、まるで煽っているかのように大袈裟に驚いてみせる。それ程までにジークハルトが講習を受け、そして真面目に戻ってきたということが普段からすると想像がつかないこと、ということの裏返しでもあるが。或いは、普段サボりの後始末をつけているエーデルガルトだからこそ、そこまで驚いたのかもしれない。
「ベルちゃんを引っ張り出してくるのはエーデルちゃんでも苦労するものねえ。きっと最後に先生と一緒に来るんじゃないかしら」
「でしょうな。それにしても先生が「厄介」とまで称した課題……ククク、想像もつきません」
ヒューベルトもやはり、べレスが「厄介」とまで言った課題の内容が気になっていた。否、ヒューベルトだけでは無いだろう。べレスの実力は全員のよく知るところなのだ、誰もがその中身は気になっている。和気藹々と談笑しているように見えて、何処か緊張感が走っているのはその為だ。
「お待たせ。皆揃っているかな? ベルナデッタを連れてきたよ」
「ううっ……ベルのお城が陥落しました……」
──程なくして、生徒達を呼び集めた本人であるべレスが、ベルナデッタを抱えてやってきた。脇に抱えられたベルナデッタは泣きべそをかきながら、どこか諦めた表情で手足をぶらんとさせていた。
「ええ、
「よかった。集まってくれてありがとう、皆。今節──花冠の節の私達の課題が決まった」
「わぶっ」
べレスは改まって生徒達に向き直り、生徒達を集めた目的の話を早速始める──その最中で思わず腕を離され、地面に落とされたベルナデッタの声は虚空へ消えていく。
「私達黒鷲の学級の今節の課題は──セイロス教団に反旗を翻し、挙兵したというロナート卿の鎮圧。……と、言いつつも私達がやるのは後詰めだね。既に先遣隊が鎮圧に向かっている上に、私達にもセイロス騎士団が同行する。同行してくれるのはカトリーヌさん? という、精鋭もいらっしゃるみたいだね」
「カトリーヌさんだと!?」
思わずジークハルトが声を出す。セイロス騎士団でも屈指の剣の腕を持ち、「英雄の遺産」と呼ばれる圧倒的な力を持つ武器の一つ、雷霆を扱う女性だ。ジークハルトも何度か手合わせをしたことがあるが、べレスにも劣らない圧倒的な実力を持っている。
「そう。凄い実力の持ち主らしいから、まあ彼女が同行してくれるなら……作戦失敗なんてことはまあ、滅多なことでも起きない限り無いと思うよ」
「だったらよ、何がそんなに「厄介」だってんだ?」
カスパルが素直な疑問をべレスにぶつける。実際、今までべレスが説明した部分に、厄介だと感じる要素は一つも無かった。寧ろセイロス騎士団の同行、それもカトリーヌがいるとなれば、課題の達成自体は難しいことには思えないのだ。
──カスパルの質問を聞いて、初めてべレスは生徒達の前で無表情を崩した。それは何かを迷っているような、悩んでいるような。眉間に少し皺を寄せ、思案に耽るような表情。べレスが初めて見せた表情に、生徒達は声もなく驚いたが、べレスはそんな生徒達の無音の驚きには気付かない。
「……集めておいてなんだけど、私はまだこのことを君達に説明するべきか、少し悩んでいてね。出撃前にこの話を聞くと、君達は課題に対して萎縮してしまうかもしれない」
「……どういうこと? 師」
べレスの言葉に、エーデルガルトが怪訝そうな顔をする。べレスは頬に手を当ててもう少し考えたような素振りを見せた後、ふぅ、と一つ息を入れて続きを話した。
「いや、先に話しておこうか。ロナート卿は王国の小領主らしくてね、かねてより教団に敵意を示していたらしい」
「ええ、存じておりますよ。ガスパール城に本拠を置き、領民からの信頼も厚い名君ですな。ただ、四年前の「ダスカーの悲劇」にて、事件に関与していた疑いで息子のクリストフ氏を教会に処断されております。それ以来教団への敵意を抱くようになっているのでしょう」
「そこまでは聞いていなかった。詳しいね、ヒューベルト」
べレスの説明に付け加えるヒューベルト。元よりエーデルガルトの側近として、博識で様々な情勢にも詳しい彼だが、帝国の内情だけでなく王国の情報にまで詳しいことは、ジークハルトは知らない事実だった。
「……でも、ヒューベルトの言う通り、ロナート卿が「名君」だとしたら、やっぱり今回の課題は厄介なものになるだろうね」
「…………なるほど。師の言いたいことが解ったわ──確かに、それは厄介ね」
べレスの発言を待つ前に答えに辿り着いたのか、エーデルガルトも苦虫を噛み潰したような表情へと変化する。ヒューベルトもその答えには辿り着いているようだが──彼の表情は相変わらず読めないままだった。
「そうだね、例を挙げて考えてみようか。ドロテア、君はマヌエラ先生に見出されて、歌劇団で歌姫をすることになったそうだね。マヌエラ先生のことは、やっぱり尊敬しているの?」
「急に何? 勿論、マヌエラ先輩……じゃなくて、先生のことはとても尊敬しているわ」
「じゃあ、マヌエラ先生の命を狙う賊が現れ、目の前でその賊とマヌエラ先生が戦い始めた。ドロテア、君ならどうする?」
「どうするって、そりゃ先輩を守る為に私も戦いますよ……あっ」
そこで、ドロテアも何かに気がついた顔をした。同時にジークハルトもべレスが何を言いたかったのかを理解する。
「……そういうことかよ」
「もう気付いた人も何人かいるみたいだね、そう、領主の挙兵による反乱は──民兵が動員されている場合が多い」
べレスが「厄介」と称した理由。それは課題の難易度云々の話ではなく、「戦う相手」のことだった。
前節での盗賊征伐戦ですら、盗賊という罪人を相手にしても尚、ジークハルトをはじめ生徒達は人を殺すことに躊躇を覚えた。士官学校の生徒として、将来は軍人や騎士になる者が多い為、割り切らなければならないとは言えど、まだ学生である彼等がそれを完璧に割り切ることが出来るとはべレスも思っていなかった。
その上で、次の課題では罪人ですらない、何の罪もない一般市民が、領主を死なせるまいと武器を取り、民兵として生徒達の前に立ち塞がる可能性が存在しているのだ。それを割り切れと言うのは……あまりにも酷なのではないか、とべレスは考えていたのだ。
「勿論、君達がいつか誰かに仕える騎士となったり、傭兵として誰かに雇われたり、或いは国を護る軍人となった時。主君の命令は絶対として、割り切って挙兵された罪もない民兵を斬り伏せなければいけない瞬間は訪れると思う。だけど君達はまだ学生で、未来は広がっているから──正直、これを割り切れと言うのは難しいのかもしれない、とも思っている」
ジークハルトは、そんなべレスの言葉を聞きながら少し意外に思っていた。彼女は常に無表情を貫き、どんな場面でも淡々と話し、淡々と事を進めていた為、ある種何処かで「俺達の先生ではあるが、あくまでも任命された仕事で、教えなければいけないから教えている」というビジネスライクな関係でしかないと考えていた。だが、そんな彼女が初めて表情を崩したのは、生徒達のことを思って悩んでいる表情で、歳もそう変わらないはずの生徒達の未来や心情のことを思って悩んでいるのだと。普段の無表情からは考えられない程、生徒のことを考えていたのだと知らされた。
──そして、そんなべレスの悩みは、有難くもあるが無意味なものでもある。
「何を言う、先生。私達は勿論まだ騎士でも傭兵でも、軍人でも無い。だがガルグ=マク修道院の士官学校の生徒だ。主君の命令が絶対だと言うなら、私達の主君は修道院の大司教であるレア様であり、この黒鷲の学級の担任であるべレス先生に他ならないのだよ」
「つまり、僕達はべレス先生の指示さえあれば、ちゃんと動くってことです。そりゃ勿論、罪もない民兵と戦うのは気が進みませんし、許されるなら書庫で寝ていたいですけど」
「殺す覚悟が無かったのは、偏に俺の覚悟が足りてなかっただけだろ。アンタがそこまで悩む必要は無えよ。リンハルトの言う通り、戦うのは気は進まねえし、実際目の当たりにすりゃ堪えるだろうが……」
ジークハルトをはじめ、生徒達は皆同じ気持ちだった。躊躇いが無いわけでは無い。人を殺すことに対して、慣れが起きていいとも思ってはいない。だが、それでもやらなければいけない。
そんな生徒達の覚悟や表情を見て、べレスは小さな溜め息をついた。そして、ほんの少しだけ安心したような表情を見せる。
「……解った。勿論、民兵は動員されていない可能性もあるからね。ただもし動員されていたとしても──私から君達に言うことは変わらない。あくまでも、無理はしないこと。これは体力的にも、精神的にもね。……明日から課題に向けた訓練も少しずつ行っていこう、様々なパターンを想定した戦術講義も増やしていく。何よりも、自分自身が命を落とさないようにね」
──花冠の節の課題出撃が、近付いていく。