戦場の白鴉   作:亜梨亜

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霧中の反乱

 ファーガス神聖王国の南西部、ガスパール領へ向けて進軍する黒鷲の学級(アドラークラッセ)とセイロス騎士団。花冠の節とはいえフォドラ北部の寒冷地が国土となっているファーガスの風は少し冷たく、靄がかった天候も相まって陽の光も差さない中での行軍は生徒達の指先を冷やすのには十分だ。

 

「なあ、ジークハルト。今から向かってるガスパール領ってよ、アッシュの故郷なんだろ?」

「ああ、そうだったかもな」

 

 足を止めずに、隣を歩くジークハルトに話し掛けるカスパル。今向かっているガスパール領を故郷に持ち、今回の鎮圧対象とされているロナート卿を養父として持っているアッシュ=デュラン。青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)の生徒であり、訓練所や騎士の間でカスパルやジークハルトとはよく訓練をする顔馴染みだ。訓練の合間等に、彼が養父であるロナート卿のことを尊敬している話はよく聞いていた。

 

「……今回の課題、アッシュも連れてきてやりたかったな。俺だったらよ、どうしてロナート卿が挙兵したのか、なんでこんなことになってるのか直接聞きたいからよ」

「いや、僕は寧ろアッシュはこの課題に参加しなくて良かったと思うけどね」

「んだよ、リンハルト。聞いてたのか?」

 

 カスパルとジークハルトの会話に割って入ったのはリンハルトだった。先程までは眠そうな目を擦りながら、ふらふらと行軍をしていたというのに、今の言葉にはハッキリとした意思が存在している。

 

「今回の課題は「反乱の鎮圧」だけど、じゃあどうやったら反乱は鎮圧されると思う? 一番手っ取り早いのは敵将の討伐だ。今回で言うとロナート卿を討つことが一番簡単な方法ってことだよ。アッシュがこの作戦に参加していたら、自分の手で尊敬している養父を討たなければいけない可能性だってあるんだ」

「……だとしてもよ、自分が何も知らねえ所で殺されるくらいなら、その手で止めてやりてえって思うもんなんじゃねえのか?」

「もし仮にそうだったとしても、やっぱり僕は参加しない方が良かったと思うよ。ロナート卿を討つだけならまだしも──」

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうだろ、リンハルト」

 

 リンハルトの言葉を遮り、ジークハルトが言葉を続ける。幾ら敵として人間を殺す覚悟を決めたとしても、その相手が顔馴染みだった時、本当にその覚悟を揺らぐことなく斬り伏せることが出来るだろうか。出来たとしても、精神的に大きな負荷がかかることは間違いない。

 

「自分の知らないところで事が終わってしまうのは嫌だ、その気持ちは僕も理解できない訳じゃない。だけど、知らない方が楽に生きられることだってあるんじゃないかな。課題を設定したレア様も、その辺りを考慮してこの課題を青獅子の学級に振らなかったんだと思うよ」

「そうか……なるほどな……よくわかんねえけど、アッシュの為にも中途半端に終わらせちゃいけねえよな!」

「それで話を纏めたつもり? 適当だなぁ」

 

 両手の拳を打ちつけて気合いを入れるカスパルに溜め息をついてみせるリンハルト。二人は幼馴染らしく、その言葉の応酬にも遠慮が無かった。

 

「頼もしいねえ、黒鷲の学級は。よろしく頼むよ」

 

 そんなカスパルの様子を見て、同行している騎士──カトリーヌが豪快に笑った。褐色の肌に金色の髪。真っ白な鎧は澱んだ空気とぐずついた天候の中でもよく目立つほどに眩しい。

 

「つっても、俺等は後詰めなんだろ。いいのかよ、アンタ程の実力者が前に出なくて」

「ははっ、セイロス騎士団は精鋭揃いだからね。ガスパール城で挙兵したっていってもその数は少ない。先遣隊だけで十分鎮圧出来るという見込みだから、アンタら学生に万が一も起きないようにアタシがここにいるのさ」

 

 そう言いながらカトリーヌは腰から提げた武器、雷霆に手を掛ける。英雄の遺産と呼ばれる凄まじい力を持ったそれは、紋章の力を持たなければ扱うことすら出来ない代物だ。ただでさえ他の追随を許さない程の剣の腕を持つ彼女がこの雷霆を振るうとなれば、文字通り一騎当千の力となるだろう。

 

「……まあ、今回は後詰めだ。大きな戦いはもう終わった後だろうし、こいつの出番は無いだろうけどね」

 

 カトリーヌはそう言いながら笑ってみせる。ベルナデッタ辺りに今の発言を聞かせることが出来れば、幾分か静かになってくれるだろうな、とジークハルトはふと考えた。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 ガスパール領は目前、という所まで行軍した黒鷲の学級。だが、元々靄がかった天候が次第に悪化し、辺り一帯を深い霧が覆うようになってしまい、マグドレドにて一旦行軍を中止し、休息をとることになった。

 

「参ったわね……こうも視界が悪いと中々進めないわ」

「そうねえ、いつの間にか皆とはぐれたりしちゃったら大変だもの。怖くて前にも後ろにも進めなくなっちゃうわ」

「はぐれたら耳をすませばいいんだよ。フェルディナントのうるせえ声がする方に行きゃ解決だ」

「くくく……妙案ですな」

「君達は私のことを何だと思っているんだ!」

 

 束の間の休息ということもあり、生徒達は少し顔を綻ばせて談笑していた。勿論、深い霧の中にいる以上、突然の敵襲が起こる可能性がある為、最低限の緊張感と注意は忘れない。

 一方のべレスは騎士団の面々、そしてカトリーヌ達と現状の確認、そして今後の展望の話をしていた。

 

「この霧じゃ先遣隊の様子を伺うことも出来そうにないね。この辺りはよくこういう霧が発生するの?」

「いや、アタシも詳しいわけじゃないが……ここまで濃い霧は初めて見たな。普段からこうじゃなかったはずだ。運が悪いね」

「運が悪いというより……何か引っ掛かる。注意した方がいいかもしれないね」

「……勿論用心するに越したことは無いし、こんな霧の中じゃ注意するなっていう方が馬鹿馬鹿しいけど……この霧が引っ掛かるっていうのかい? 一応、理由を聞いてもいいかい?」

「勘。傭兵時代のね」

 

 無表情で淡々と言い切ったべレス。勘、という信憑性は薄い根拠だが、至極真面目に言っているように見えるその姿を見て、カトリーヌは一切の茶化しも無く真剣に考え込む表情を見せた。

 

「ジェラルトさんと各地を渡り歩いてきた歴戦の傭兵の勘なら一考の価値はあるかもね……いつでも武器を取れるような準備はしておこうか」

 

 カトリーヌがそう呟いた瞬間、斥候として周囲の探索を行っていた騎士達が慌てた表情で戻ってきた。カトリーヌはその騎士達の顔を見て、恐らくべレスの勘は正しかったことを直感的に理解する。

 

「報告! 敵が接近中です! 避けられません! 敵の兵力が予想以上に多く、霧のせいで騎士団の包囲をすり抜けてきます!」

「おっと……アンタの勘は正しかったって訳か。任務変更だ、総員、戦闘準備にかかれ!」

 

 騎士達の報告と同時にカトリーヌの号令がかかり、騎士団は慌ただしく、だが速やかに戦闘準備を行う。黒鷲の学級の生徒達もカトリーヌの声は聞いていたらしく、一気に緊張が走りつつも準備を始め、そしてベレスの元に集合した。

 

(せんせい)、私達も出撃するのね?」

「勿論。早速だけど今回の作戦を説明する……前に、ヒューベルト。少し君の意見が聞きたい」

「……ほう? 私ですか。貴殿の方からとは珍しい」

 

 指名されたヒューベルトは珍しく、少し驚いたような顔をしてみせる。

 

「この学級で一番魔法に詳しいのは君だと思ってね。手短に聞くよ……この深い霧。黒魔法を使って意図的に発生させることは可能だと思う?」

 

 べレスの質問に対してヒューベルトは──否、黒鷲の学級のほぼ全生徒が目を丸くした。この霧は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。べレスはそんな仮説を立てていたのだ。

 

「ククク、成程。その可能性は考慮すらしていませんでした……結論から言えば可能でしょう。但しここまでの広範囲に及ぶ黒魔法、殺傷能力を持たないとはいえ一人でその魔力を賄うのは現実味がありませんな。恐らくは魔法兵団としての集団詠唱──それもそう遠くない場所で発動しているに違いありません」

 

 もし先生の予想が正しいのであればですが、という言葉でべレスからの質問を結んでみせたヒューベルト。ありがとう、とべレスは返し、同時に少しだけ思案するような素振りを見せ──すぐに生徒達に向き直った。

 

「作戦を発表する。今回はこの視界が悪い霧の中での戦闘だから、何処から敵がやってくるのかを判断するのが非常に難しい。陣形を乱してしまった場合、味方とはぐれる可能性も高い、危険度が高い戦場になってしまっている。そこで今回は学級を大きく三部隊に分け、大人数で多方向を警戒する布陣を敷くことにしよう。前線はカトリーヌさんをはじめとしたセイロス騎士団が切り開く、必ず最前線には出ないこと。いいね?」

 

 べレスの言葉に、全員が固く頷く。その様子を見てべレスは良し、と頷き、部隊分けのメンバー発表に移行する。

 

「第一隊はエーデルガルト、ベルナデッタ、ドロテアを中心に。第二隊はフェルディナント、カスパル、リンハルトを中心に。第三隊はヒューベルト、ジークハルト、ペトラを中心に動いて欲しい。各部隊の隊長は指揮能力や戦術の成績が良いエーデルガルト、フェルディナント、ヒューベルトに任せる」

 

「分かったわ、師」

「任せたまえ!」

「仰せのままに」

 

「どの隊にも必ず魔法兵を配備しているはずだから、少しでも霧の中に気配を感じたら魔法での攻撃準備はしておくこと。そしてもう一つ、敵の数は騎士団の予想していた戦力より多いらしい。これが何を意味するか、わかるね?」

 

 べレスの問いに、生徒達の緊張感は一気に跳ね上がった。その答えは至極単純──ほぼ間違いなく、民兵が動員されている、ということだろう。

 

「斬らなきゃ君達が殺される、辛いかもしれないが誰も君達を責めることなんてない。だけど絶対に無理はしないこと、いいね?」

「……ああ」

 

 言葉で返したジークハルト以外の生徒も、各々が頷いたり、両手で拳を握り締めたりと、気合を入れることでその問いに対して回答してみせる。べレスは再度良し、一言頷いた後、腰から提げた剣をすらりと引き抜き、霧の中へ向かうように歩き始めた。

 

「今回、私は皆とは別行動を取る。近くにいるであろう、この霧を生み出している魔法兵団を索敵、見つけ次第討伐するよ。そしたら霧が晴れるはずだから、霧が晴れたことを確認出来たら全部隊は一度合流することを最重要目的とすること。その後の作戦はその時に説明するよ」

「ちょっと待って、師。流石に一人は危険すぎるわ」

 

 そのまま霧の中へ消えていきそうだったべレスを呼び止めるエーデルガルト。実際、ジークハルトも同じ感想を抱いていた。カトリーヌも最前線に向かうらしいが、彼女程の実力者だとしてもあくまでも騎士団として小隊を組み進軍するはずだ。幾らべレスが凄まじい実力の持ち主だとしても危険は極まりないだろう。

 

「それに魔法兵団が本当に存在するかも解りません。あくまでも霧を発生させることは可能だというだけで、この霧が自然発生である可能性も同様に存在しているのですよ」

「いや、これは意図的に発生させられた霧だよ。自然発生じゃない」

「……そこまで言い切れる根拠が?」

「勘だよ。傭兵時代のね」

 

 カトリーヌに向けて放った回答を、ここでも使用したべレス。無表情で淡々と、だが自信満々に答えた彼女の姿を見て、エーデルガルトは小さな溜め息を吐いて、そして凛とした表情に戻った。

 

「信じていいのね?」

「勿論。私は強いし──今は教師だからね。生徒に信じて貰えたなら、それを裏切ることは絶対にしないよ」

 

 そう言ったべレスの表情は、いつもの無表情と何ら変わらないように見えたが……何処か、いつもよりも強い意志を持って発言したように見えた。

 

「解ったわ、師。気を付けてね」

「ありがとう。皆も気を付けてね。改めて言うけど、絶対に無茶はしないこと」

 

 そう言い残すとべレスは凄まじい速度で駆け出し、あっという間に霧の中へ消えていく。或いはあの霧の向こうで敵と斬り合い、そして圧倒的な強さで屍の山を築くのだろう。

 生徒達はその背中を見送り、すぐさまべレスに言われた通りの部隊に分かれる。ジークハルトが参加する第三隊は、ペトラとジークハルトがいることから剣を使う生徒が多く、そしてヒューベルトをはじめとした魔法での支援兵も揃っている。

 

「よろしくな、ヒューベルト」

「ええ、こちらこそ。貴殿等の剣の腕は味方なら頼もしいですから」

「ヒューベルト、指示、従います」

 

 部隊分けも完了し、黒鷲の学級の出撃準備が整った。第一隊の隊長であり、級長でもあるエーデルガルトが先頭に立ち、得物である斧を掲げて全員に聞こえるように大きく叫ぶ。

 

「黒鷲の学級! この課題は我等にとって大きな試練よ。八方を取り囲む深い霧、突然の敵襲、任務の変更による前節ぶりの実戦! 然れど恐れることなど何も無いわ、前節の実戦経験をはじめ、私達は新たな知識、経験、技術を身に付けてきた! この先の見えない霧中の道を、我等の誇り高き黒鷲の翼で切り開きなさい!」

 

 高らかな宣言と共に、生徒達の士気が一気に上がる。エーデルガルトは掲げた斧をゆっくり正面に構え、そして再度、声高らかに叫んだ。

 

「準備はいいわね──黒鷲の学級、出撃するわよ!!」

 

 

 

 ──斯くして、ロナート卿率いるガスパール軍と、セイロス騎士団と黒鷲の学級による戦い……マグドレド奇襲戦が、幕を開けた。

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