マグドレド街道を覆う霧は晴れ、閉じていた視界は一気に開けていく。カトリーヌ率いるセイロス騎士団は街道の中心を進み、ガスパール領の兵士達を斬り伏せ、とうとうロナート卿率いる本隊を眼前に捉えた。先陣を切るカトリーヌが英雄の遺産である雷霆を抜き、ゆっくりと正中に構える。柄に嵌められた石が赤く輝き、雷が迸った。
その雷を見てカトリーヌの存在を視認したのか、本隊奥に構えるロナートが血相を変え、そして怒りに満ちた声を絞り出す。
「カサンドラ……雷獄のカサンドラ! 我が息子を裏切った狂信者め!」
その声を聞き、カトリーヌも敵将の姿を目視した。怒りに満ちたロナートの表情とは真逆に、彼女は不敵に笑ってみせる。
「アタシの名はカトリーヌだ。女神の下僕たるセイロス騎士団の剣、その身で味わいな!」
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霧が晴れてすぐ、まず
「まずは状況確認だ。エーデルガルト隊、負傷者は?」
「近接戦闘を行った者は何人か負傷したものの、ドロテアをはじめとした魔法部隊の回復もあったから無事よ。あとは……ベルナデッタが物凄い活躍だったわ」
ベレスの問いに答えたエーデルガルトは、何処か疲れた表情をしていた。ベルナデッタの戦功を称える言葉に、何か哀愁のようなものが漂っていたのは気の所為だろうか。
「うう……霧の中なら引き篭ることだって出来たのに霧が晴れちゃいました……これは敵の陰謀なんですぅ……ベルの醜態を白日の元に晒して惨たらしく殺す気なんです……!」
「……おいドロテア、本当にコイツが活躍したのか?」
霧を晴らすのは寧ろ味方側の作戦だというのに、霧が晴れたことに対して涙目になって頭を抱えているベルナデッタを見て、思わずジークハルトは同隊だったドロテアに問いただしてしまう。
「ええ、霧の中から突然現れた敵に対して、それはもうすごい勢いで撃ち抜いてくれたのよ」
「……その分、叫び声もすごい勢いだったけれど。活躍したのは間違いないわ」
「ああ、なるほどな……」
エーデルガルトの言葉を聞き、ジークハルトは納得した。恐らく、敵の姿が見えないという恐怖心から、彼女がよく発生させてしまう被害妄想のようなものを発揮し、火事場の馬鹿力で破竹の勢いを見せたのだろう。案外、ベルナデッタは追い込まれた方がその実力を発揮出来るのかもしれない。
「フェルディナント隊は?」
「私達も大きく負傷した生徒はいない。強いて言うなら、リンハルトが一度血を見て気分を悪くした」
「その血も俺達の血じゃなくて、敵のだけどな!」
「しょうがないだろ、僕は血が苦手なんだから……」
血や争いごとを苦手とするリンハルトは、血を見ると最悪気絶してしまう程である。普段は後方に控え、魔法を使った支援や回復を行うことでその苦手を補っているが、今回は視界の悪さも相まって、前線の激しい戦闘に巻き込まれたのかもしれない。
「ヒューベルト隊……はさっき確認したね。一先ず撤退の必要がある生徒はいないってことかな、皆無事で良かった」
ふう、と一息つくベレス。いつも通りの無表情ではあるが、特殊な戦場の中で臨機応変な対応が求められる状況だった為、ベレスも少し心配だったらしい。
「さて、じゃあいよいよ大詰めだ。勝負を決めに行く作戦を説明するよ」
「びえ!? まだ戦うんですか!?」
ベルナデッタの悲痛な叫びが木霊する中、ベレスは淡々と説明を始めた。
「と言っても、もう後はセイロス騎士団に任せていても決着はつくだろう。私達がやるのは包囲だね。正面から本隊と衝突するであろうセイロス騎士団のサイドを固めて、敵が逃げられないように封殺する」
「霧の中で敵が取っていた作戦を、今度はこちら側が仕掛けるというわけだな!」
ベレスが頷く。民兵の数が大きく減った今の戦力状況なら、本隊を包囲することも不可能では無いだろう。
「恐らくはロナート卿を討てば戦いは終わる。必要以上の殺生は避けたいから、セイロス騎士団が本隊とぶつかり合っていて、包囲している私達の方がロナート卿に近付けそうなら積極的に狙おう。但し無茶はしないこと、いいね?」
全員が頷いた。それを見てベレスは振り返り、良好な視界の更に先を見据える。
「じゃあ、黒鷲の学級。この戦いを終わらせにいこうか」
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「流石に本隊は訓練された兵士で揃ってる分、そう簡単にはいってねえらしいな……!」
黒鷲の学級が戦場に到着し、包囲を開始する。セイロス騎士団とガスパール本隊の戦いを視界で捉えたが、意外にもその戦いは拮抗していた。否、間違いなくセイロス騎士団が押してはいるのだが、ガスパール本隊が粘っているというべきだろうか。
ジークハルトをはじめとした黒鷲の学級の面々はそれぞれ広く布陣し、万が一ガスパール兵達が分隊のようなものを作り、脇から抜け出そうとするのを咎めるような形をとる。だがそれと同時に、ジークハルトは作戦会議時にベレスの言っていたことを思い出していた。
包囲している私達の方が近付けそうなら、早期決着を狙う為に積極的に狙っていってもいい、という指示。今速攻で向かえば、間違いなく本隊よりも先にロナートの所まで辿り着けるだろう。だがそれは危険も孕んでいる。一人飛び出し浮いた駒は囲まれて叩かれるのがオチだ。
「待ち」か「攻め」か、どちらを取るか逡巡するジークハルト。そんな彼の葛藤に答えを提示するかのように、彼に声をかける者がいた。
「ジークハルト! 先生から伝言だ、聞くよな!?」
自らの持ち場を離れてまでやってきたのはカスパルだ。その表情は何処か嬉しそうにすら感じる。
「カスパルか。聞かせてくれ」
「おうよ! 敵の本隊は粘ってるけど、カトリーヌさんを止める為に集中せざるを得ない。攻め込むなら今しかねえってよ!」
その伝言は、言い換えるならジークハルトとカスパルの二人で、「攻め」に移行しろ、という指示である。
「黒鷲の学級は魔法が得意な学級だって言われてるけどよ、武器を使った白兵戦だって強みになることを見せてこいってよ!」
「んだよ、先生も解ってんじゃねえか。じゃあ望み通り見せてやるか、カスパル!」
カスパルと二人で勢いよく飛び出し、騎士団同士のぶつかり合いを避けるように奥へと向かう。それでも当然ガスパール兵には飛び出していることを気付かれはするが、ジークハルトとカスパルに人員を割けば正面のカトリーヌに突破されてしまう為、最低限の人員のみしかその進軍を止める動きに向かうことが出来ない。そしてその最低限の人数では──ジークハルトとカスパルを押し返すことは出来ない。
「うおおおおおおおお!!」
特にカスパルの勢いは凄まじく、雄叫びと共に斧を大きく振り下ろし、ガスパール兵の槍を叩き折り、そのまま小柄な身体の全てをぶつけるように体当たりを決める。鎧の薄い部分にカスパルの肩が突き刺さり、鈍い音と痛みによろめく兵士に追撃の斧を浴びせ、ガスパール兵を地に沈めた。
先手を仕掛けたカスパルに文字通り横槍を入れるべく踏み込んだガスパール兵には、ジークハルトが対応する。剣を使って槍の軌道を逸らし、左手で槍を掴んで思いきり引っ張り、踏み込んでいたガスパール兵の重心を一気に前に動かす。前につんのめったガスパール兵はそのまま地面を転がり、その隙にジークハルトはロナートの元へ向かうべく駆け出す。カスパルもそれに続き、ガスパール本隊が二人に対応せざるを得ない状況を無理矢理作り出した。
「くっ……まずい! あの二人を止めろ!」
「ロナート様の所まで行かせるな!」
更に立ち塞がる兵達。ジークハルトとカスパルは足を止めず、勢いそのままに武器を振るい、姿勢を崩して追撃を放つ。ジークハルトも勿論だが、勢いに乗っている時のカスパルの突破力は凄まじく、兵士、騎士として経験を積んでいるはずのガスパール兵も止めきれず、押されっぱなしとなってしまっている程だ。
そして、ジークハルトとカスパルに意識を向けすぎてしまえば──
「アタシのことは構ってくれないのかい? つれないねえ!」
──正面突破を狙うカトリーヌが止まらない。雷霆の力で迫り来る兵士を薙ぎ倒し、一歩一歩確実に前進するその姿は、敵からすればさながら死神のようにすら見えるだろう。何よりも恐ろしいのは、彼女が身に纏っている白銀の甲冑に、一滴たりとも赤い血が付着していないことだ。数多の兵士を斬り倒して尚、返り血すら浴びていないということだ。
粘っていたガスパール本隊も、少しずつではあるが、カトリーヌの攻勢を受け切れずに瓦解を始める。その隙を見逃さないジークハルト、カスパルではない。
「ここだ、カスパル!」
「ああ! 行くぜっ!」
一歩で全速力に到達し、道を塞ごうとしていたガスパール兵を置き去りにして更に進軍する二人。先陣を切ったジークハルトは剣を振るい、まだ戦闘態勢に入ることが出来ていないガスパール兵を押し退ける。そしてとうとう眼前に──敵将、ロナート卿を捉えた。
「見つけたぜ、ロナート卿……!」
ロナートの周りを固める近衛兵達が一斉に得物を構え、ジークハルトを迎え撃とうとする。流石に敵将を守る兵達だ、人数差も相まって勢いだけではどうにもならないだろう。一瞬遅れてジークハルトの隣にやってきたカスパルと共に一旦足を止め、様子を伺い始めた……だが、時間をかけてはいられない。強行突破でここまで進軍出来たが、目の前に立ち塞がってきた兵達は皆殺しにはせず、ただ隙を作ってその間を抜けてきていることも多かった為、もたもたしていると挟み撃ちの形を取られてしまうのだ──或いは、その前にカトリーヌが前線を崩壊させてくれる可能性もあるのだが。
「カスパル、数秒一人で稼げるか? ブリザーをあと一発は撃てる。黒魔法で陣形を崩して一気にやるぞ」
「わかった、任せとけ!」
カスパルが飛び出し、ジークハルトは魔法陣を展開し、冷気の魔力を集中させる。黒鷲の学級に於ける戦術の常套手段、魔法による攻撃で敵を崩し、一気に攻め立てる戦法だ。
「うおおおおお!!」
そしてこういった場合、雄叫びをあげて派手に立ち回るカスパルの動きは、ジークハルトから少しでも意識を逸らすのに非常に役に立つ。その騒がしさが故にペトラのような斥候や奇襲には向かないカスパルだが、前線で士気を保つ、強襲に於けるヘイトコントロールは黒鷲随一と言っていいだろう。それでいて小柄ながらエーデルガルトに次ぐ斧術の使い手であり、喧嘩好きである性格も相まって身のこなしや素手での格闘技術も高い。黒鷲の学級を代表する近接兵の駒だ。
そしてカスパルが稼いだ数秒で、ジークハルトの魔力は氷の刃となって敵を狙う準備は完全に整っていた。
「ブリザーっ!!」
氷の刃はカスパルの脇を通り抜け、近衛兵達の周りに勢いよく突き刺さる。ジークハルトの想定通り、敵の陣形は一度崩れ、一気に攻め込むチャンスとなる。ジークハルトはすぐに剣を構え直し、カスパルと共に一気に飛び込む──そこに、もう一つ同時に飛び込もうとする人影があった。
「君達だけに良いところを取られる訳にはいかないからな! 助太刀しようじゃないか!」
旋風のように振り回された槍が近衛兵を吹き飛ばし、颯爽と現れたのはフェルディナントだ。近接戦闘の技術に於いてはエーデルガルトに負けずとも劣らない彼もまた、黒鷲の学級を代表する近接兵としての大駒である。
「フェルディナント、お前よくこの奥まで来れたな」
「カトリーヌ殿が前線を一気に上げてくれたからな。私に追いすがる兵は、エーデルガルトが止めてくれている」
「エーデルガルトが?」
「ああ」
紋章の力で軽々と斧を振るうエーデルガルトは、その紋章の力で肉体も頑丈らしく、一対多の戦闘に於いて敵の攻撃を受け止めることを得意としている。見た目からは想像もつかないが、突破だけでなく耐久戦も得手とするのだ。恐らく戦闘に於ける駒の有用性を考え、エーデルガルトが意図的にフェルディナントを先に行かせたのだろうとジークハルトは予想した。そして恐らくその方が、フェルディナントは力を発揮出来る。
「じゃ、この野郎三人で勝負を決めにいくか」
「おう! しっかり武功を立ててやろうぜ!」
「勿論だとも!」
剣、斧、槍。異なる武器を持った大駒三人が一気に近衛兵を押し込み、陣形が崩れた隙に確実に一人ずつ倒していく。耐久戦を得手とするエーデルガルトとは違い、フェルディナントもカスパルと同じように勢いのままに戦うことを得意とするタイプだ。自信家である彼は、その自信のままに動いていられる間は無類の強さを発揮する。近衛兵達はその勢いを止めることは出来ず、瞬く間に崩壊してしまった。
そしてそうなれば三人の前に残る敵はロナートのみとなる。馬に乗り、槍を構えるロナートに対して、フェルディナントはゆっくりと近付き、静かな口調で話し掛けた。
「ロナート卿。民兵達は皆、貴方を殺させはしないと勇猛に戦い、そして散っていった。領民に好かれている、素晴らしい領主だったのだろう……だが、私はそんな領民すら動員して勝てる見込みのない戦を引き起こし、徒に平民を死なせた貴方を、貴族とは思えない」
「黙れ、あの女狐の手先共が! わしは……もう引けんのだ……!」
貴族として何を成すか。ジークハルトにも常々小言を言うフェルディナントだからこそ、或いはロナートの挙兵に怒りを感じていたのかもしれない。そんな静かな怒りを放つフェルディナントに対して、純然たる怒りで対抗するロナート。その返しを聞いたフェルディナントは、ならもう話すことはないと言わんばかりに首を小さく振り、槍を両手で握り直した。
「ジークハルト、カスパル。終わらせるとしよう、この不毛な戦いを」
先陣を切ったのはフェルディナントだ。駆け出して槍を振りかぶるフェルディナントに対して、馬を走らせて迎え撃とうとするロナート。フェルディナントは馬の突撃を転がって躱し、背面から槍を突き出した。その一撃はロナートの鎧に阻まれ、ダメージとなる一撃にはならない。ロナートは振り返り、返しの一撃を見舞おうとするが、飛び出したジークハルトの剣撃にそれは中断させられてしまう。更に追撃で繰り出されたのはカスパルの斧だ。重みの乗った一撃は鎧があった箇所ではあるが馬に直撃し、馬は大きな嘶きをあげながら体勢を崩す。ロナートは鞍から投げ出され、ゴロゴロと地面を転がり落ち──フェルディナントが繰り出した槍の追撃を躱すことが出来ない。
「うぐぅっ……!?」
肩を貫かれたロナートは顔を顰め、槍を持つ手が緩む──が、すぐに槍を持ち直し、勢いをつけてそれを振り回し、フェルディナントを押し返す。後には引けぬと言い放っただけのことはある、不退転の覚悟。肩から血はどくどくと流れ続けるが、それでも目にはギラギラとした輝きが灯り続けていた。
だが──フェルディナントに意識を向けた時点で、決着は着いていた。
「ここだぁぁぁっ!!!」
ロナートの死角から放たれた、力強い斧の一撃。カスパルの放った一閃は、ロナートの背中を大きく斬り裂き──それが、ロナートの命を奪う最後の決め手となった。
「かっは……あの、女狐、め……。ああ、クリストフ……許せよ……」
──敵将の撃破。ここに、マグドレド奇襲戦はセイロス教団側の勝利で幕を閉じた。