戦場の白鴉   作:亜梨亜

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白雲の章 青海の節
大司教暗殺計画


「よぉ、アッシュ。ちょっといいか」

 

 マグドレド街道での奇襲戦が終結し、青海の節。ガルグ=マク修道院の大聖堂で沈んだ顔をしていた青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)の生徒、アッシュに声を掛けたのはジークハルトだった。

 

「ジークハルト……珍しいね。君が大聖堂に来るなんて」

「女神に祈りを捧げるつもりなんて無えからな。アンタを探してなきゃ来る予定なんて無えよ」

 

 仮にもセイロス教の総本山とも言える大修道院の大聖堂の中で、凡そ言ってはいけないであろうことを平然とした顔で言い切ったジークハルトに、アッシュは思わず苦笑する。だが、その表情はすぐに曇りを見せ、瞳に陰が落ちる。

 

「今節の課題はどこの学級も同じらしいな。レア様の暗殺を仄めかす文書が見つかったから、修道院内の警備だとか」

「……そうみたいだね」

 

 ロナート討伐の後見つかった、大司教レアの暗殺計画が記された文書。セイロス教の大司教であるレアに刃を向けるという行為は、フォドラの大地を揺るがす程の事件であり、無論それは簡単に行えるものでは無いのだが、騎士団や士官学校の生徒が動員されるには十分すぎる事件である。

 

「……アンタが気持ちの整理がついてねえのは仕方がないことだと思うぜ。だけどどういう理由があるにせよ、ロナート卿は挙兵して、俺達に剣を向けたんだ。こうなるしかなかったと思うぞ」

「うん……わかってるよ」

 

 ジークハルトの言葉を聞いても、アッシュの顔が上がることは無い。沈んだ顔で、ただ俯き続けることしか出来なかった。ジークハルトを含め、黒鷲の学級(アドラークラッセ)の生徒達からすれば討つべき敵であったが、アッシュにとっては愛すべき養父だったのだ。

 

「……俺は慰めなんて出来ねえからな。立ち直れねえなら怒りなり復讐なりを糧にして立ち上がればいいんじゃねえのか。俺だって──アンタの知り合いだったかもしれねえガスパールの民兵を斬った。アンタに恨まれる筋合いはあるぜ」

「──そんな、仲間を恨んで復讐心なんかで立ち上がったりしない!」

 

 初めてアッシュの顔が上がった。真っ赤な顔で、ジークハルトを睨みつけていた。突然感情のままに吐き出された声は静謐な大聖堂に響き渡り、遅れてアッシュの荒い息遣いがジークハルトの耳に微かに届く。

 

「……ごめん、ジークハルト。でも、僕は仲間のことを恨んだりしたくないし、そんな心で立ち上がるような理由を与えたくないんだ。だから、その……ありがとう。まだ整理は出来ないけど、ジークハルトの不器用な気遣いも、ちゃんと伝わったから」

「別に気を遣った訳じゃねえんだが……まあいい。気が向いたらまた訓練所にも顔出せよ」

 

 ただそれだけを言い残し、ジークハルトは大聖堂を後にした。本当にアッシュを気遣いたかった訳ではない。だが、それでもアッシュの故郷の民を、そしてロナートを斬ったのは自分達であるということを、アッシュには明確に告げる必要があると。ジークハルトは、何故かそう思わざるを得なかった。

 

 大聖堂を出て、ロビーへ続く連絡橋を渡ろうとする──そこに立っていたのはヒューベルトだった。

 

「ククク……貴殿のその生き方、いつか大いに損をしますよ」

「んだよヒューベルト。見てたのか?」

「ええ、偶然見掛けたもので。貴殿が大聖堂に行く等珍しいと思い、少し後をつけさせていただきました」

 

 一切悪びれる様子もなく、不気味に笑うヒューベルト。同じ学級の仲間でありながら、実力こそ信頼すれど未だ心の底が読めない相手に対し、ジークハルトは小さな溜め息を吐いた。

 

「……アンタに言わせりゃ、一々殺した相手のことを考えていると潰れちまうってか? 俺だって一々覚えておくつもりもねえよ」

「どうでしょうか。貴殿は案外甘い一面もありますからな」

「言ってろ。()()()に迷惑はかけねえだろうよ」

「……どうやら勘違いしているようですな。私が言いたいのは──その甘さが禍いして、()()()に迷惑をかけるなら、貴殿を消すと言っているのです」

 

 ヒューベルトの言葉に、ジークハルトは眉を動かした。思い返すのは、大樹の節にエーデルガルトの発言に対して怒りを覚え、敵意を見せた時のこと。いつの間にかジークハルトの背後にいたヒューベルトは、闇魔法を放つ準備を整え、そして級友であるはずのジークハルトに対して明確な殺意を放っていた。恐らくは、あのままエーデルガルトとジークハルトが一触即発の雰囲気を解かなければ、ヒューベルトは本気でジークハルトに魔法を放っていただろう。その事実が、今の言葉すらも本気であることを証明していた。

 

「……貴殿は案外甘い一面があり、それでいて──姉の事を第一に考えて行動する。エーデルガルト様の敵となる可能性も捨て切れないのですよ」

「おいヒューベルト。アンタ、大樹の節でエーデルガルトと俺の会話を聞いていたんなら──姉様の話を気安くするんじゃねえよってことも解ってんじゃねえのか? この距離ならアンタの黒魔法(ドーラ)が届く前に剣を抜いてぶった斬ることだって出来るんだぞ」

 

 数節前の張り詰めた空気が一気に蘇る。ジークハルトが一瞬で放った殺気に山がざわめき、風が連絡橋を吹き抜けた。

 

「ククク、失礼しました。貴殿とやり合うつもりは「今は」ありませんとも。少なくとも今は、我が主も貴殿のことを評価しているのだから」

 

 そう言い残すと、ヒューベルトはゆっくりと踵を返して士官学校の方へと消えていく。殺気を放ったままのジークハルトに対して背中を見せることが出来たのは、余裕の表れなのか──或いはジークハルトが「今は」斬りかかってこないという、彼の甘さに賭けたものだったのか。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 時は少し遡る。

 黒鷲の学級の面々はベレスに集められ、青海の節の課題の内容を聞かされていた。

 

「──という訳で、先の戦いで得た密書の中に、女神再誕の儀に合わせて大司教のレア様を暗殺する、という情報が記されていたらしい。今節の私達の……というより、士官学校の生徒達の課題は、再誕の儀の最中、修道院を警備することになったよ」

 

 相も変わらず淡々とした表情でそう言ったベレス。生徒達も彼女の無表情には慣れてきたのかもしれない、重大そうな雰囲気を一切感じないが、全員が真剣そうな表情で次の言葉を待った。

 

「……とは言っても、再誕の儀が行われる女神の塔は、セイロス騎士団が厳戒態勢で警備するだろうから、私達は修道院内の別の場所を警備することになるだろうね。一番危険な場所は騎士団に任せられるから、前節よりは楽だと思うよ」

「……本当にそうかしら?」

 

 ベレスの言葉に異を唱えたのは級長であるエーデルガルトだった。後ろに控えるヒューベルトも怪しい笑みを浮かべつつ、エーデルガルトに同意するように頷く。ベレスは少し意外そうな顔をし、エーデルガルトの方を向いた。

 

「ふむ……どういうことか教えてくれる? エーデルガルト」

「本当に大司教暗殺を狙っているなら、計画が外に漏れないよう、文書は処分するはずよ。丁度今の状況のように、計画が知られてしまった場合、事前に対策を取られる可能性があるのだから」

「何なら、その計画が書かれた文書は敢えて見つかるようにしていた可能性すらありますな。セイロス騎士団を女神の塔に集め、その隙に本当の目的を達成する……もっとも、この可能性が正しいなら、ロナート卿は囮だったということになりますが」

 

 エーデルガルトとヒューベルトの可能性の話を聞き、なるほどねと納得するベレス。頬に手を当てつつ、考え込む素振りを見せた。

 

「そういう考え方もあるのか……いや、確かにそうだね。気付かなかった私が馬鹿かもしれない」

「ガルグ=マク大修道院はセイロス教の総本山だからね。僕達が知らない部屋や隠し通路も沢山あるなんて話も聞くし、もし本当の目的がレア様の暗殺以外にあるなら……面倒だなぁ」

「英雄の遺産にも引けを取らない武具が収められているとも聞く。そんなものが奪われてしまっては一大事かもしれないな」

 

 一斉に思案を始める生徒達。大修道院は圧倒的に広く、三つの学級で手分けしたとしても全てを警備することは不可能だろう。そうなると、ある程度敵の狙いを決め打ちし、警備する場所を決めなければならない。

 

「よし、女神再誕の儀まで皆は何処を警備するべきか、各々見て回ることにしようか。私も勿論ある程度目星をつける為に修道院内を捜索する」

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

「なんだ? 随分物騒な顔をしているな、ジークハルト」

 

 ヒューベルトの背中を見送ったジークハルトに声を掛けたのは──セイロス騎士団の一員にして元々はダグザ出身の傭兵だった弓兵、シャミア=ネーヴラントだった。その特殊な経歴からか騎士団の中でも少し変わった存在ではあるが、隠密行動や弓の腕に関しては騎士団の中でもトップクラスらしく、大司教であるレアからの信頼も厚い。

 

「シャミアさんか。アンタは確かセイロス教徒って訳じゃ無かっただろ、大聖堂の方にいるのは珍しいな」

「女神の塔があるのがこっちの方だからな。再誕の儀に先立って、警備の為の下見に来ているだけだ。君達も修道院内を警備することになっているんだったな」

「大司教様を暗殺するってなら、俺達が出張る必要は無えとは思うがな。エーデルガルトに言わせりゃ、他の目的があるかもしれねえってよ」

「へえ、エーデルガルトが。あのお姫様も中々に頭が回るな」

 

 少し驚いた顔をするシャミア。エーデルガルトのことを「お姫様」と呼べるのは、恐らく彼女くらいのものだろうと、ジークハルトも内心少し驚く。ヒューベルトがこの場に残っていたら、殺気が発せられていたかもしれない。

 

「だが賢い判断だな。私も正直、敵がレアさんを狙っているとは思わない。本当にレアさんを狙うつもりなら、あんな文書は燃やしておくべきだからな」

「エーデルガルトも似たようなことを言ってたな。……じゃあなんでアンタは女神の塔の視察を? 狙いが別にあるって考えてるなら、そっちを警備するべきだろ」

「そうしたい所だがな。私はセイロス騎士団の一員だ、騎士団として警備を行わなければならない。それに万が一、本当にレアさんが狙われる可能性だってある」

 

 シャミアは肩をすくめてみせた。どうやらエーデルガルトやヒューベルトと同じく、ほぼほぼ間違いなく敵の目的は別にあると睨んでいるらしい。

 

「なるほどな。で、シャミアさんは何が目的だと思うんだ?」

「さあな、そこまでは解らん。だが、レアさんの暗殺を仄めかしてまで騎士団を動かすような真似をしているんだ、食料や金品の確保なんてレベルでは無いだろうな。私はダグザ出身でセイロス教にはあまり明るくないが、この修道院はセイロス教の総本山だ。その手の物で欲しがるようなものはごまんとあるだろうさ」

 

 冷静に、或いはまるで興味が無いのかと思わんばかりにぶっきらぼうに答えてみせるシャミア。だがその直後、何かを思い出したかのように顔を上げた。

 

「そういえば、女神再誕の儀の日には、セイロス様の棺が置かれている聖廟も公開されるそうだ。公開されるタイミング、教団としての重要度としても、そこに狙いがある可能性は高いかもな」

 

 女神再誕の儀にはガルグ=マク大修道院は一般公開され、そしてその日には聖者であり、預言者であったともされるセイロスが眠る、普段立ち入り禁止とされている聖廟も開放されるらしい。無論、聖廟には棺以外には何も無いと言われているが──或いは、セイロスの遺骨を狙う、という可能性はゼロではないだろう。

 

「なるほどな、聖廟……シャミアさん、ありがとな。候補としてはかなり有力になりそうだ」

「礼ならいい。君達の無事を願っているよ」

「そりゃどうも。アンタの情報を学級に共有してくるよ」

 

 シャミアに礼を言い、連絡橋を渡って士官学校の方へと向かうジークハルト。シャミアはその背中を見送りつつ、少しだけ表情を引き締めた。

 

「全く、恐ろしいな。物騒な顔を指摘した時、一瞬だけ凄まじい敵意を感じた。よっぽど触れられたくない逆鱗があったのか、虫の居所が悪かったのか……」

 

 思い返すのは、偶然見掛けたジークハルトが物々しい表情をしていた為、何かあったのだろうかと興味本位で声を掛けた時の、彼の纏った敵意──或いは殺意。シャミアの顔を認識した途端、その敵意は鳴りを潜めたが、その苛烈な炎は戦場に立つ者なら皆理解出来る、獣の雰囲気と何ら変わりが無かった。その敵意にあてられ、シャミアは条件反射的に思わず暗器を手に取ろうとした程である。

 

「……誰があいつの逆鱗に触れたのかは知らんが、あの敵意を味方にも向けられるとは。若いからなのか、生来そうなのか……私には関係がないが、黒鷲の学級の先生は大変そうだな」

 

 そう独りごちたシャミア。山脈から吹き抜ける風が、彼女の短い髪を撫でた。

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