「ったく……先生ももう少し人選を考えろって話だよな。市場への買い出し役だったらもっと適任がいるだろうに」
大修道院から出て、街道を通り街に出ていたジークハルトは、吐き捨てるように文句を零した。街にて既に買い出しは終わっており、両手に幾つかの荷物を抱えてこれから街道へ向かい、大修道院に戻るところである。
「ジークハルト、人付き合い、あまり上手くない、思います。ですが、店主とのやり取り、円滑でした」
「そりゃまだフォドラの言語を話すのに慣れてないお前に比べたらそうだろうよ。けどアンタの言う通り、俺はこういうのが得意じゃねえんだよ。フェルディナントとか、ドロテアとかに任せてくれりゃいいものを……」
隣で同じように荷物を抱えているのはペトラだ。二人はベレスに頼まれ街への買い出しに出向くこととなったのだが、そもそもペトラはブリギット出身でフォドラの言葉を話すことは不得手であり、ジークハルトも人と話すことは基本的に苦手としている。活気溢れ、人の往来も激しい街の市場で店主と言葉を交わしながら、必要なものを買い集めることは二人にとってはそれなりに難易度の高いお遣いだった──それでも引き篭もりのベルナデッタよりは、適任ではあっただろうが。
「折角街まで来たことだし、何か面白ぇ武具でも物色して帰るかと思ってたが……面倒になってきたな。さっさと帰るか」
「はい。変わった武具、興味ありますが、修道院の市場にも、きっとあります」
街まで下りずとも、ガルグ=マク大修道院の玄関口には、年中市場が開かれている。武具や一般的な食材、また紅茶等の簡単な嗜好品であれば外へ出ずとも手に入れることは可能であり、定期的に各地方からの行商人も足を運ぶ為、タイミングが良ければ希少な鉱石や食材も手に入れることが出来るのだ。
それでもやはり街まで下りねば手に入らないようなものも存在し、定期的に士官学校の生徒達も買い出しの為に街まで下りることがある。そんな時には折角街まで降りたのだからと、普段大修道院の市場では手に入れることが出来ないようなものを購入し、それを街まで下りたご褒美とする生徒も少なくない。
ジークハルトとペトラもその例に漏れず、変わった武具は無いだろうかと物色してから帰るつもりだったが……想像以上に疲労感を感じていた二人は「武具なら行商人が面白いものを大修道院まで持ってくるかもしれない」と結論づけ、真っ直ぐ帰路につくことを選んだ。
「わざわざ街まで降りて男と飯食べに行くドロテアの気が知れねえよ。こんな面倒くせえ街道、毎回往復してんのかアイツ」
「街道の往復、足腰鍛える訓練なります。ドロテア、きっと訓練兼ねてます」
「アイツがそんなこと考えて降りてるとは思えねえな。カスパルやレオニーならともかく」
ジークハルトが脳裏に浮かべたのは熱血漢のカスパルと、時間や金に厳しい
そんなとりとめのない思考の海へ繰り出そうとしていたジークハルトを現実に戻したのは、やはりペトラの声だった。
「ジークハルト。あそこ、見てください」
「んあ? あれは……シルヴァンだな」
ペトラの声に導かれて視線を動かすと、その先にいたのは青獅子の学級の生徒、シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエだった。彼の前には町娘と思しき女性が立っており、今にも怒り出しそうな雰囲気を纏っている。
「相手の女性、シルヴァンに攻撃する、思います。止めますか?」
「あー……放っとけ。十中八九シルヴァンが悪いだろ、あれ」
女性の雰囲気はペトラも感じていたのか、シルヴァンを守る為に走り出そうとしていた──が、ジークハルトは静観を選択すべきだと判断した。その理由は至極単純、シルヴァンの女癖の悪さは修道院内でも有名なのだ。恐らくこの場面に立ち会ったのがジークハルトで無かったとしても、士官学校の生徒であれば「多分シルヴァンが悪いんだろうな」という判断をほぼ全員が下しているだろう。間もなくしてシルヴァンは女性から頬を引っぱたかれ、女性はそれでも尚怒り収まらず、といった様相で明後日の方向へ駆けていった。
「痛ててて……こりゃひどくやられちまったなぁ」
「シルヴァン。怪我、ありませんか?」
叩かれた頬をさするシルヴァンを見て、ペトラが駆け足で声を掛けに行く。何故わざわざ面倒なことに首を突っ込むんだよ、とジークハルトは文句を言いたくなってしまったが、ここで先に一人帰るのも申し訳ない為、諦めてペトラの後を追った。
「おお、ペトラじゃないか! ……っと、ジークハルトも一緒か。珍しいな、お前達が修道院の外に出てるなんて。逢引か?」
「なわけねェだろ。先生に頼まれて買い出しだよ。アンタは見たところ、また女拐かしてしっぺ返しってとこか。懲りねえし飽きねえもんだな」
ジークハルトの言葉を聞いて、ペトラが少し首を傾げる。ブリギットの王女である彼女は、フォドラの言語に明るくない。彼女自身が優秀であることと勉強熱心であることもあり、読み書きはほぼ完璧に行えるが、ことわざや難しい熟語、言い回しまではフォドラに馴染めているわけではないのだ。
「かど、わかす……? シルヴァン、何か沸かしますか?」
「あー……拐かすが解んねえのか。どう表現すべきか……まぁ、女の敵ってことだ」
「おいおい、適当なことを吹き込むなよジークハルト!」
誑かしているって意味だよ、と解説を入れようとしたが、そもそも「誑かす」という概念も表現が難しいのではないかと感じたジークハルトは、一旦噛み砕いた説明を諦めた。おかげでペトラから見たシルヴァンのイメージは下がったかもしれないが、ジークハルトにとっては些細な問題である。
「てか随分余裕じゃねえかよシルヴァン。青獅子の学級はもう再誕の儀の時に何処を警備するか決め終わったのか?」
「ああ、ウチはもう決まってるぜ。正面の玄関ホールだ」
「玄関ホール、ですか?」
シルヴァンの答えに、ジークハルトもペトラも少なからず驚いた。再誕の儀の日は一般客も多く訪れる日であり、当然ながら玄関ホールは一般人も多く通る場所となるだろう。レアを暗殺しようとする輩がそんな正面入口を使用するとは考えにくく、警備の意味は薄いように感じられる──少なくとも、ジークハルトはそう考えた。
「勿論、ちゃんと理由があって玄関ホールの警備をするんだぜ。理由は二つある」
そんなジークハルトとペトラの疑問を読み取ったのか、シルヴァンは自信ありげに指を二本立てて見せた。先程叩かれた頬が腫れていなければ、非常に画になっていただろう。
「まず一つ目は、そもそもの玄関ホールの警備は平時と比べて薄くなる可能性が上がるってことだ」
「どういうことだよ?」
「そもそも、普段ガルグ=マク修道院を警備しているのは誰だ? セイロス騎士団だろ。その騎士団は再誕の儀が行われる間は、レア様の守護をする為に女神の塔へ集められる。そしたらその間、修道院の正面入口である玄関ホールの警備も手薄になるかもしれないだろ」
勿論、ゼロになることは無いだろうけどな、とシルヴァンは付け足した。確かに、修道院の入口には毎朝元気良く挨拶をしてくれる門番が立っており、そして玄関ホールの中も基本的にはセイロス騎士団の誰かが警備をするように見回りを行っている。門番がいなくなることは無いだろうが、中の見回りがいなくなることはあるだろう。
「奴さんの目的が本当に大司教暗殺だとするなら、正面入口である玄関ホールを突っ切るような無茶な突破は仕掛けてこないだろうが、万が一のこともある。ただでさえ一般人もよく使うだろう玄関ホールで、民草の血を流させる訳にはいかないって、うちの大将がな」
「なるほどな……ディミトリらしい理由だ」
青獅子の学級の級長であるディミトリは、そもそも侵入者が狙いをつけていそうな場所を警備するのではなく、より多くの人間を護れる可能性が高い場所を警備する、という発想だったらしい。思慮深く、かつ落ち着き払った姿を崩さない次期ファーガス国王の顔を思い浮かべ、彼の優しさに少し感心するジークハルト。
「二つ目の理由、まだあります。なんですか?」
「ああ、二つ目の理由は……敵の炙り出しだな」
「炙り出し? どういうことだよ」
シルヴァンの口から出た言葉は、凡そ二人が予想していたものとは大きく離れていた。
「順を追って想像してみろ、ジークハルト。暗殺を目論む輩が本当に現れたとするだろ、そしてレア様を護るセイロス騎士団と接敵したとする。セイロス騎士団が負けることはないだろうが……敵が敗走した後、その輩を一人残らず捕らえることが出来ると思うか?」
シルヴァンの問い掛けに、ジークハルトとペトラはその状況を想像する。暗殺者が単独なら不可能では無いだろうが、ガルグ=マク修道院内で暗殺を目論むなら、セイロス騎士団との戦闘も見越して部隊での行動となるだろう。そうなった場合──
「不可能です。防衛側、深追いする理由、ありません」
「そう、あくまでもセイロス騎士団の目的はレア様の守護だ。敵を追い掛け、殲滅することじゃない。じゃあ敗走した敵さんは何処を通って逃げる? 普通に考えたら玄関ホールを突っ切って逃げるだろ」
ジークハルトは状況をイメージし、凡そ納得しかけた。確かに、侵入時は人混みに紛れ、部隊を分散させて一般客を装い正面の玄関ホールから入ることは難しくないだろう。一般客を一人一人、入念にチェックをすることは現実的では無い。
だが作戦に失敗し、敗走した場合はどうだろうか。恐らく手傷を負い、血を滴らせながら自らの命を繋ぎ止める為に文字通り必死で逃げているはずだ。だが、そんな必死の形相で、傷を負った一般客がいるだろうか? そんなあからさまに怪しい退場客は、その時点でレアの暗殺に関わる人物で間違いなくなるのだ。
「ちょっと待て、敵が馬鹿正直に正面玄関を使うとは限らねえだろ。大修道院は俺達ですら知らねえ隠し通路が幾つもあるって話だろ、侵入も退却もそこを使われたらアンタらの警備は意味が無くならないか?」
シルヴァンの話の中で納得出来なかった部分。それはガルグ=マク修道院に数多く存在するとされる隠し通路の想定が入っていないことだった。だがシルヴァンはその質問も予想通りと言わんばかりに片目を閉じてみせ、説明を続ける。
「俺達も知らない隠し通路を使われた場合、確かに青獅子の学級の警備は無駄になる。だけどな、「俺達は接敵しなかった」という結果と「修道院内で襲撃は確かに起きた」という両方の結果が発生した場合、さっき俺が言った二つ目の理由が活きてくるんだぜ」
「……どういうことだよ? 今度こそマジで意味が解んねえぞ」
眉間に皺を寄せるジークハルト。しかしその隣でペトラはシルヴァンの意図に気付いたらしく、なるほどという表情を見せていた。
「……! シルヴァン、賢いです。隠し通路知る敵、セイロス教、詳しいはずです」
「ご名答。俺達も知らない隠し通路を使って退却が出来るってことは、その時点で大修道院の生徒である俺達よりも大修道院の内部に詳しいことになる。だけどそんな奴、大修道院の外側にいると思うか?」
そこまで説明されて、初めて理解できたジークハルト。表情には出さないよう努力したが、内心ではかなり感心していた。確かに、シルヴァンの言う「青獅子の学級は接敵しなかった」という結果と「襲撃は起きた」という結果が重なった場合、襲撃者は少なくとも隠し通路を知っていることとなり、その事実はガルグ=マク修道院、或いはセイロス教団に非常に詳しいということを裏付ける。そして大修道院の生徒であるジークハルト達よりもそれらに詳しいとなると、敵はセイロス教団内部に根を張っている可能性が非常に高いのだ。
「…………だから、「炙り出し」って訳か。これ、ディミトリが考えたのか?」
「い〜や、二つ目の理由は俺が進言した。まあ、この理由が無かったとしても、うちの大将は玄関ホールを警備していただろうけどな」
その言葉を聞いて、ジークハルトはシルヴァンが兵法の授業や理学の授業といった、座学の成績がどれも好成績であったことを思い出した。女好きであるというマイナスイメージが先行し、軽薄で適当な印象を持ちやすいが、彼は立派な貴族出身であり、紋章持ちであり、そして本人の素質も非常に高い。大凡のことはさらりとこなしてみせる天才肌なのだ。
「で、おたくの学級はどこを警備するか決めたのか?」
「まだだよ。幾つか候補は出てるが……エーデルガルトの性格上、敵が現れる可能性が一番高いところを張って、確実に叩ける場所を狙うだろうな」
「敵、目的を達成する直前、一番油断します。狩る瞬間、そこしかありません」
「なるほどな。ベレス先生も傭兵出身だし、敵を見つけて捕らえたっていう結果を求めそうだもんな。それにしてもいいよな〜、
教師相手でもしっかり「女」として見るのかよ、というツッコミを飲み込むジークハルト。風の噂では女装した男を本気で女性と間違え口説いただとか、老婆が相手でもお構い無しに口説くという話まで聞いたことがある為、ベレスは余裕で圏内なのだろう。
「あとは金鹿の学級が何処を警備するかだが……正直クロードの考えなんて想像するだけ無駄だな」
「そうだな〜。俺よりもよっぽど色々なことを考えて警備する場所を決めるんじゃないか? ……っと、悪い。買い出しの帰りだって言ってたのに長話しちまったな」
「問題ありません。話し掛けた方、私たちです」
「じゃあペトラ、君はこのまま夜まで俺と一緒にお茶でも──」
「帰るぞ、ペトラ。コイツに付き合うと朝まで帰されねえぞ」
ペトラを口説こうとしたシルヴァンを無視し、先にずんずんと歩き始めるジークハルト。ペトラもシルヴァンに一礼をした後、急いで彼の後に続く。シルヴァンはペトラに振られたことはあまり気にしておらず、ヒラヒラと手を振って二人を見送った。
「青獅子の学級、玄関ホールの警備、理にかなってます。私達、どうしますか?」
「……俺は考えるのは得意じゃねえからな。エーデルガルトとヒューベルト、先生の結論に従うよ」
ペトラの問いにはそう答えつつ、ジークハルトは女神再誕の儀の際に公開されるという、聖廟のことが気になっていた。セイロス騎士団であり、敵の目的は暗殺でないと想定しているシャミアが怪しいと言っていたことがずっと引っかかっているのだ。
「……俺でもそこに引っかかるってくらいだから、先生やエーデルガルトも引っかかってくれりゃいいんだが」