三学級の合同戦闘訓練まであと五日。
授業を全て終え、これから騎士の間で鍛錬を積もうかと考えていた頃。ジークハルトはベレスに呼び出され、黒鷲の教室に戻ってきていた。
教室に残っていたのはエーデルガルト、ヒューベルト、そして水色の髪を短く切り揃えた級友、カスパルに、茶髪のロングヘアーにキャスケットを被った級友、ドロテアの四人だ。そこにベレスとジークハルトを足して六人になる。
「お、来たかジークハルト!」
「ジーク君、待っていたわ」
「……なんだ、この組み合わせは? おい先生、どういう集まりなんだよ」
「合同戦闘訓練に出場するメンバーを決める会議だよ」
そう言いながらベレスは教壇に向かう。集まっていた生徒達も教壇の周りに集まり始めたので、ジークハルトもそれに倣って教壇の方へ向かっていった。
「合同戦闘訓練に出場するメンバーって……確か先生も含めて五人だろ? 今ここにいるメンバー、六人じゃねえか」
「ここにいるメンバーで出場するわけじゃないからね。メンバーを決める為の会議だよ」
「ジークハルト、貴方よく訓練所や騎士の間で訓練しているでしょ? 他の学級のメンバーとも手合わせをしたことがあるでしょうし、他の学級が誰を選出してくるかを予想する判断材料になってくれるかと思ったの」
「俺も同じ理由で呼ばれたんだけどよ、難しいことあんま分かんねえからさ! ジークハルトも色んな奴と戦ってるだろ?」
「……なるほどな。ドロテアは顔の広さってわけか」
「そういうことです。カスパル君やジーク君の意見だけじゃ訓練好きの情報しか手に入らないもの」
ようやっと集められたメンバーの意図が判明し、少し安堵するジークハルト。もしやベレスが担任になる前の授業のサボり等の素行について何か言われるのではないかと、珍しく歳相応に少し身構えていたのだ。
「じゃあ、改めて現時点での黒鷲の学級の戦力からおさらいしていこうか。この前やった二人組での実戦訓練で評価が高かったのは、エーデルガルトとヒューベルト、フェルディナントとベルナデッタ、カスパルとリンハルト、ドロテアとペトラ……それと一対一だったけど、ジークハルト。この九人から四人を選出したいね」
まずベレスが挙げたのは先日行われた実戦訓練の結果、彼女が優秀だと思ったメンバーだ。終ぞ誰一人ベレスから一本を取ることは適わなかったが、特にエーデルガルトとヒューベルトのペアは最後までエーデルガルトがベレス相手に粘り、ヒューベルトの魔法さえ当たれば……という所まで善戦した。
「……ベルナデッタは今回は無いだろ。あいつなんならこの前の実戦訓練で一番やらかしてるぞ」
「……そうね。今度の訓練で万が一同じことをされてしまうとたまらないわ」
最初に候補から外れたのは黒鷲の学級問題児の一人、紫髪の引き篭り少女であるベルナデッタだ。彼女はフェルディナントとペアを組み、フェルディナントが前線で槍を振るい、彼女はロングレンジから弓でベレスを狙う戦法を取っていたのだが、ここぞのタイミングでなんとベルナデッタの放った矢はフェルディナントの肩に命中。訓練用の矢である為大事には至らなかったが、ベルナデッタはパニックを起こし戦闘中に絶叫しながらフェルディナントに怒涛の勢いで謝罪し、その隙にベレスに一本を奪われた。途中までは少しうるさいながらも的確な支援をしていただけに、非常に勿体無い大ポカと言える。
今度の訓練は前線に味方が二人以上いる場合も有り得る。そんな中再度誤射が発生すると戦況も、そしてベルナデッタのメンタルも悲惨なことになることは間違いないだろう。
「でもベルちゃんが外れるとなると、遠距離からのサポートは必要になりますよねぇ……魔法が使えるヒュー君かリン君、私の誰かは決まりかしら?」
「そうだね。私が教師をすることになった時に聞いたけど、黒鷲の学級は他の学級と比べて魔法が得意な生徒が多いって聞いてるし、強みは活かしていきたいね」
士官学校の三つの学級はそれぞれ出身によって所属が分かれており、学級によって得意分野も分かれている。歴史あるアドラステア帝国出身が集まる黒鷲の学級は魔法が得意な生徒が多く、騎士の国ファーガス神聖王国出身の生徒が集まる青獅子の学級は槍と騎馬が得意な生徒が多い。有力貴族達の共同体であるレスター諸侯同盟出身の生徒が集まる金鹿の学級は、弓を得意とする生徒が多数所属しているのだ。
「
「グリットちゃんも剣や槍の扱いが上手いですしねぇ」
「遠距離攻撃はアッシュが担当するんじゃねえか? あいつもよく訓練所で弓の練習してるぜ!」
「…………問題はディミトリね。魔法で遠距離から攻撃するのが一番いいとは思うけど、その為には前線で彼の槍を受け止めないといけない」
エーデルガルトが挙げた「問題」。それは青獅子の学級の級長であるディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッドの存在だ。次期ファーガス神聖王国の王になる男であり、戦いにおけるその実力はほぼ間違いなく士官学校で一番だろう。
「前線を張るのは最低二人必要でしょうな。先生が最前線に出る、という選択肢もあるにはありますが……」
「私達の実戦訓練である以上、先生に頼り切るような作戦はとりたくないわ。級長である私は出場することになるでしょうから……」
「俺かジークハルトか、フェルディナントかペトラから一人は確定だな!」
「そうなるな。エーデルガルトが外れる理由もねえだろ」
級長であることを除いても、エーデルガルトは戦いにおける駒としての有用性は非常に高い。ジークハルトの剣捌きに匹敵する斧の心得を持っており、性格上、戦場に於いて躊躇いが無い。指揮能力も高く、斧使いの弱点である「他の武器と比べて先端が重くなっているので動きが鈍重になりやすく、攻撃が当たりづらい」というポイントも、彼女の身体に宿している紋章の力で軽々と斧を振れる為、ほぼウィークポイントにならない。彼女が選出されるのは確定だろう。
「──前線に投入するなら、ペトラは入れづらいかな。彼女の強みは最前線で打ち合うよりも、自身の身軽さと素早さを活かした遊撃、奇襲にあると思う。今回は出撃人数も少ない分、彼女が奇襲の為に別行動を取った場合、前線の人数が足りなくなってこちらが崩される」
「フェルディナント殿も今回は外すべきでしょうな。当人のミスでは無いにしろ、先日の実戦訓練で自分の実力を発揮しきれないままに終わっています。今回前線に投入すれば、今回こそはエーデルガルト様より活躍してみせると息巻いて先走り……ククク、手痛いしっぺ返しを受ける様が目に浮かびます」
ベレスとヒューベルトの意見により、前線を守る駒の選択肢はジークハルトか、カスパルの二択に絞られた。或いはその両方か。
「
「つっても前線張れるのはラファエルとローレンツくらいだろ。どっちかっつーと弓で前線を無視して魔法役が狙われる方が危ないと思うが」
「クロード殿に加えて、レオニー殿、イグナーツ殿……弓での攻撃を主軸に据えられてこちらの後衛を狙われたら、魔法での支援は難しいかもしれませんね」
「有り得るね。私達が魔法を主軸にしようとしているように、金鹿の学級も得意な弓を軸にする可能性は高い」
「なら、なるべく早めに金鹿の学級を狙ってこちらの魔法が撃ちやすい状況を作るのはどうかしら? どうせ青獅子の学級はディミトリを相手に早期決着なんて有り得ないわ」
前線ではなるべく金鹿の生徒と交戦し、弓兵が前線のサポートをせざるを得ない状況を作り出す。そうなれば矢のちょっかいがかからない魔法兵は動きがフリーとなり、的確に強みを活かしにいくことが出来るだろう。前線は交戦しつつ弓の攻撃にも気を配らざるを得なくなる上、討ち取られると結局次は魔法兵に矛先が向く為に生き残ることは最低条件というかなりハードなオーダーを受けることになるが。
更に言うなら、金鹿の学級の級長であるクロード=フォン=リーガンは弓の名手でありつつ、三人の級長の中で最も頭が切れる。エーデルガルトが挙げた通り、こちらの作戦を読んで奇策を仕掛けてくる可能性も捨て切れない。
「……魔法、という強みを最大限に活かすなら魔法兵は二人欲しい。ヒューベルトと……ドロテアかな」
「あら先生、私ですか?」
「リンハルトが得意なのは白魔法だからね。今回はどちらかというと黒魔法が欲しい。勿論リンハルトがいると前線が耐える動きはやりやすくなるけど、今回勝負を決める役割はあくまでも魔法兵になる。ドロテアのサンダーは火力も申し分ない、ヒューベルトとドロテアがキーマンだよ」
これにて選出メンバーは教師であるベレス、魔法兵であるヒューベルトにドロテア、そして前線にエーデルガルト。
「これで四人だな! あとは前線に立つ俺かジークハルトってことか! どうする先生? 俺は準備万端だぜ!」
「そうだね……今回はジークハルトにしようか」
「俺か。構わねえが……一応理由を聞いていいか?」
ベレスが最後の一人に指名したのはジークハルト。会議に参加していた全員が「あとの一人は正直どちらでも変わらない」と考えていた為、ベレスが割と早くにジークハルトを選出することを決断したのには少し驚いた。
「勿論カスパルでもいいんだけど……この前の実戦訓練でジークハルトの剣術は、帝国貴族の使うそれだと思っていたけど、一撃目は明らかに帝国貴族の剣術じゃなかった。恐らく独学で身に付けたんだろうけど……あれは傭兵が少しでも生き残る可能性を上げるために身に付ける剣術のそれに近い。今回前線の一番大きな役割が「突破」ではなく「耐え」であるなら、そういった剣術も使えるジークハルトの方が適任かな、と思った」
思い返すのは、一対一で行われたジークハルトとベレスの実戦訓練。ジークハルトは最初の攻撃がなるべく太刀筋が読まれにくいように、右腕をギリギリまで後ろに隠し、左腕を大きく前に突き出すことでベレスの視界を大きく遮った。確かにあの攻撃は、幼い頃からジークハルトが貴族の教養の一環として教わった帝国騎士の剣術ではなく、独学の訓練で身に付けた剣術だ。そしてあの実戦訓練にて、ベレスがジークハルトの攻撃を受けずに躱したのは、あの最初の一撃だけである。
「思った以上に考えてるのね、先生」
「なるほどな、確かにそれならジークハルトの方がいいかもな! 俺だと調子乗って突っ込んでいくかもしんねえしな。今回はジークハルトに任せるぜ」
「となると、参加者はエーデルちゃん、ヒュー君、ジーク君、私に先生ですか。緊張するわね……」
「じゃあ、メンバーはこれで決まりにしようか。明日私から皆の前で発表する。細かい作戦や連携の相談は明日以降にしよう。今日は集まってくれてありがとう、解散で」
メンバーが確定し、一先ず選定の会議は解散となる。会議に参加していたものの、唯一選ばれなかったカスパルのことをほんの少し案じたジークハルトだったが、彼の性格の問題だろうか、解散してからも思いの外ケロッとしており、次の課題出撃では武功を上げるぜ〜! と息巻いていた。そんなカスパルの姿を見ると、彼の分まで「耐え」という大仕事を達成せねばなるまい、と少し力が入る。
「……おい、カスパル。このあと暇か?」
「なんだよジークハルト。腹が減ったから食堂に行こうと思ってたけど」
「食堂、あとで俺も付き合うからさ。訓練付き合えよ」
「お、なんだなんだ? お前実戦訓練に対してかなりやる気じゃねえか! 勿論いいぜ!」
「助かる。……まあ、選ばれた以上、勝つ為に全力を尽くさねえといけねえだろ」
「ジークハルトは不良ぶってるけど、優しくて良い奴だよな!」
「……どういうことだよ」
実際、ジークハルトがカスパルを訓練相手に選んだのは、最後まで選出候補に入っていながら、最後に外れてしまった級友に対する感情があったからに違いはない。あまりにも俗な理由ではあるが、そうやって共に訓練してくれたなら、彼の協力、思いと共に実践訓練に出撃出来ると考えていた。或いは相手の性格によってはそれは相手を惨めにさせたり、場合によっては煽りとすら受け取られてもおかしくない行為ではあるが、カスパルはそれをジークハルトの思いやりと受け取った。ジークハルトもそうした方がカスパルのケアになると考えての提案だった為、カスパルの見立て通り、ジークハルトは周りの想像よりも優しさを持ち合わせていた。
もうすぐ初めての、課題出撃が始まる。