大樹の節、30日。三学級の合同訓練は今にも始まろうとしていた。
黒鷲の学級から選出された四人とベレスは、戦場となる平原の、与えられたスタート地点で待機していた。
「もうすぐ訓練開始だね、改めて作戦を確認して、その後陣形を作ろうか」
ベレスが四人を集め、最後の作戦会議を始める。既に全員戦場となる地形は地図で把握しており、脳内に入れている。基本的には遮蔽物の少ない平原だが、所々に木々の生い茂る地帯が存在し、身を隠すポイントも用意されている。三つ巴の主戦場となるであろう中央部は遮蔽物がほぼ無く、足を止めて戦えば弓や魔法の餌食となるだろう。
「前衛はエーデルガルトとジークハルト。後ろにドロテアとヒューベルト。私は指揮が取りやすいよう、中衛って所かな。まず全員で中央に一番近い森地帯を目指して進軍して、一旦他学級の様子を見る。敵の姿を確認したら、前衛は戦闘準備。主戦場は中央の平原になるだろうけど、全然森地帯まで引いてきてもいいから、とにかく無理をしないこと。タイミングを見計らって、後衛の二人は魔法で戦況を一気に変えよう。敵の位置と狙いをつける観測者の役目は私がやる。それでいいね?」
ベレスの確認に全員が頷く。
「よし。戦場で作戦通りに進むことなんて殆ど無いから、臨機応変に対応することも忘れないで。敵を見つけたら報告を忘れないこと」
「わかったわ、先生。貴方の指揮と実力、期待しているわよ」
ベレスの指示した通りの陣形を組み、各々が武器を構える。ジークハルトも訓練用の剣を右手に握り、手から離れないよう馴染ませた。
そして間もなく──実戦訓練開始の合図が、セイロス騎士団元団長であり、ベレスの父親でもある男、ジェラルト=アイスナーから放たれる。
「それではこれより実戦訓練の模擬戦を始める! わかってると思うが、他学級の奴らを残らず敗走させたクラスが勝利だぞ!」
ジェラルトの声と共に、平原に信号弾が放たれる。三学級合同の実戦訓練──模擬戦の始まりだ。
「──
エーデルガルトの掛け声と共に、黒鷲の学級は勢い良く出陣した。まず目指すは作戦通り、中央部に最も近い森地帯。相手の索敵に引っ掛かりにくく、遮蔽物も多い為弓矢が通りにくい。その分移動には少し骨が折れるが、今回前線の早期決着を望んでいない黒鷲の学級からすると、弓矢の射線も切り易く戦いやすい地形となっている。
最短距離で全員で森を目指す。その最中──ジークハルトは敵が進軍してきていないかを確認するべく目を凝らすと、
「……っ! 青獅子の方向、人影視認した! あれは……アッシュか」
「ジークハルト、よく見つけたね。他に人影は?」
「いや……アッシュ一人だな」
「ありがとう。作戦に変更はないよ、目的地への到達が最優先」
「了解だ」
作戦通り、森に到着した五人。ジークハルトが遠目で視認したアッシュ以外に敵を見つけられることもなく、ほぼ予定通りの行軍と言えるだろう。
生徒達が息を整える時間を待ち、ベレスが次の指示に入った。
「ジークハルトがアッシュを視認出来たということは、アッシュも私達を見ていた可能性はある。アッシュが報告して、ディミトリ達が向かってくるなら……先に戦いになりそうなのは青獅子の学級かな。アッシュは弓兵の筈だから、ドロテアとヒューベルトは魔法を撃つ時以外はなるべく木の陰に隠れながら移動、索敵すること。前線はもうすぐ戦闘が始まるよ。矢に注意を払いながら、無茶はしないこと」
既に敵を見つけている──或いは敵に見られているという緊張感から、ベレスの指示に対して言葉は無く、全員が無言で頷いた。
「よし。じゃあ──作戦開始、前衛の二人は中央部まで進軍するよ」
「ええ。行くわよ、ジークハルト。貴方の剣の腕、実績で私に見せてみなさい」
「こっちのセリフだエーデルガルト。次期皇帝様が俺より先に敗走とかすんじゃねえぞ」
「エーデルガルト様、ご武運を」
「エーデルちゃん、ジーク君。気をつけてね」
ジークハルトとエーデルガルトは進軍を開始する。ベレスもその後ろからついて行き、ヒューベルトとドロテアは森地帯から出ないよう隠れながら前衛の戦闘開始を待つ。
前衛の二人がもうすぐ森地帯を抜け、主戦場となるであろう中央部にさし掛かろうとした時、後ろからベレスの声が響いた。
「青獅子からドゥドゥー、メルセデスが来ているよ! 金鹿のスタート地点の方向からはローレンツ、イグナーツ! メルセデスとイグナーツは弓を持ってる、射撃には気をつけて」
木に登り、高所から中央部付近の平原を広く索敵していたらしいベレスが、前衛の二人に接近してくる敵の情報を伝える。明確に敵の存在が近くにあることを知り、二人に緊張が走る。
「アッシュがいねえってことは……あいつは斥候ってとこか」
「もしくは囮ね。私達が乗ってこなかったから、大人しく中央部で乱戦に持ち込もうってことかしら」
森を抜け、主戦場となる平原に到達する。二人の視界にもベレスの報告にあった敵はしっかりと映り、そしてそれは他学級の面々からも二人が敵兵力として視界に映っていることを意味した。
「おや、いきなり三つ巴の戦いになるとはね! だがこの僕とイグナーツ君でこの戦場の主導権は握らせて貰おう」
「……負けん」
紫色の髪を特徴的に切り揃えた長身の男、ローレンツ=ヘルマン=グロスタール。褐色の肌を持った、銀髪の屈強な男、ドゥドゥー=モリナロ。槍と斧といった近接武器を構えていることから、彼等が最前線を任されているのは間違いない。イグナーツとメルセデスは最前線のサポートといったところだろうか。
中央部は三学級が二人ずつ相対する盤面となった。サポート役が見えない代わりに最前線で近接武器を振るう役割が一人多い黒鷲。裏のサポートが近くに見えていない以上、残りの二学級が狙う相手は決まっていた。
「ジークハルト君、まずは君からだ!」
槍を大きく振りかぶりながら、ローレンツがジークハルトに突進する。ジークハルトは剣を前に構え、どう攻撃されても受け止められるように姿勢を低く取った。
突き出される槍を剣の腹で払い、ステップを踏みながら一歩後ろに後退する。本来は剣で槍と戦う場合は間合いを外すよりも間合いを詰めに行く方が正攻法にはなるが、今は攻撃を当てに行くよりも時間を使う方が優先だ。
ジークハルトの後ろから武器と武器が打ち合う音が聞こえる。どうやらドゥドゥーも最初の狙いは黒鷲に決めたらしく、エーデルガルトに斬りかかっていたらしい。振り返って彼女の無事を確認したいが、敵の前でよそ見をした時点でまた間合いを詰められて攻撃を受けざるを得なくなるか、或いは後ろに控えているイグナーツの射撃の餌食となるだろう。エーデルガルトなら問題ないと判断し、しっかり自分の目の前の敵──ローレンツに集中する。
「同情するよジークハルト君。いきなり二つの学級から同時に標的にされるなんてね」
「そう思うなら今から青獅子を狙ってくれてもいいんだぜ、ローレンツ。貴族たるもの、正々堂々とじゃねえのかよ?」
「それは出来ない相談だ。これが本当の戦で、君に情けをかけた結果、平民に危害が及ぶかもしれないからね!」
再度踏み込むローレンツ。ジークハルトは再度剣でその一撃を受け、今度は反撃に出ようとしたが……ローレンツは槍が届き、剣が届かないギリギリの間合いまでしか踏み込んでいなかった為、剣は空を切る。ならばとジークハルトはもう一歩踏み込もうとして──すぐさまその場を飛び退いた。
その一瞬後、さっきまでジークハルトがいた場所を高速で何かが通り抜ける。それは一本の矢。もしジークハルトがあのままもう一歩踏み込んでいたら、間違いなく命中していただろう。
「くっ、外した……!」
「チッ、いい腕してやがるな!」
矢を放ったのは眼鏡を掛けた少年、イグナーツ=ヴィクター。ジークハルトが剣の間合いに持ち込む為に踏み込むことを予想した上で、その間合いだと誤射した場合ローレンツに矢が命中する可能性もあったというのに、初撃をほぼ満点の位置に入れることが出来たのは、幸運故か、或いは類まれなる観察眼がなせる技だったか。結果としてジークハルトに矢は命中こそしなかったものの、次からのローレンツとの打ち合いで踏み込みに躊躇いが生じるのは当然の摂理であり、同時に矢への意識が大きくなっていることは間違いない。ほぼ満点のサポートと言えるだろう。ジークハルトも矢が放たれたことを察知したのはほぼ偶然目の端に光るものを捉えたからであり、後ろに飛び退いたのも殆ど反射である。運が良かったと言わざるを得なかった。
ここまで正確な射撃が来るのであれば、一度射線が通りにくい森地帯まで引き、そこでローレンツで迎え撃つことも考えたが、そうした場合ローレンツがジークハルトを無視し、エーデルガルトを獲りに行く可能性も捨て切れない。どちらにせよ、この平原でローレンツとイグナーツを止め続ける他無いのだ。
「イグナーツ君の射撃が厄介だろう。当然だが、君にイグナーツ君は狙わせない。貴族たるもの、平民を守るのは当然の責務だからね」
「チッ……ローレンツ、てめぇも立派で十分厄介だよ」
迫り来る槍を受け止め、流し、矢を躱し、払う。ローレンツも同盟の有力貴族の子であり、幼少の頃から武器の扱いを教養として仕込まれていたのだろう。シンプルに槍の扱いが上手く、ジークハルトは想像以上の苦戦を強いられていた。捌けない攻撃が来ることは無いが、単純に武器の相性が悪い。剣よりも槍の方が間合いが長いという至極単純な理由で懐に飛び込めず、防戦一方で攻撃のチャンスが来ないのだ。今回の作戦が「耐え」だったとしても、反撃しなければこちらのターンは来ない。相手が「受ける」時間を作らねば、一方的に消耗するだけだ。
その相手が「受ける」時間。ここまで一方的に数の有利と間合いの有利を活かされているなら、それは劇的な戦場の変化が訪れなければやってこないだろう。戦場の劇的な変化、それは例えば──
──例えば、突然平原に雷が落ちる瞬間。
ドォン、という耳を裂くような音と共に、辺りを閃光が包み込んだ。あまりに突然の出来事に、ローレンツとジークハルト、イグナーツも音のした方へ振り向く。
そこには──焼け焦げた地面と、片膝をつき、左腕を大きく負傷したドゥドゥーの姿があった。
閃光の正体は、黒魔法「サンダー」だ。ジークハルトとローレンツは同時にその答えに辿り着いた。そしてローレンツはすぐさま頭を回転させ、槍を握り直して森地帯へ足を踏み入れるべく走り出す。
「イグナーツ君、森だ! 黒鷲の学級は森の中からサポートしている!」
ローレンツの視点からみれば、サンダーを放ったのは黒鷲の学級以外に有り得ない。攻撃されたのはドゥドゥーであり、金鹿の学級は今回魔法を得意とする生徒は出撃していない。青獅子の学級がドゥドゥーを攻撃する筈が無く、黒鷲の学級は魔法が得意な生徒が多いことも考えると、黒鷲の学級で間違いは無い。では、黒鷲の学級は何処からサンダーを撃ったのか?
森の中なら、身を隠しながら魔法の間合いに入ることはそう難しくない。問題があるとするならば、木々が邪魔で恐らくドゥドゥーの姿はかなり視認しづらいはず、ということだ。だが、この問題は木に登り、高所からこの平原を見下ろして魔法兵に敵の位置を知らせる優秀な観測者がいるなら、この問題は解決する。そして黒鷲の学級には身軽に木に登り、敵の位置をいち早く見つけられる、狩人のような生徒が存在する──ペトラだ。
ローレンツは森の中に、魔法兵──ドロテア、そして観測者にペトラがいると判断した。仮に観測者がこちらの動きも把握しているとなると、こちらから森の中の動きが把握出来ないのに向こうからは魔法で狙い放題という最悪の状況が生まれる。そうなる前に危険を犯してでも森地帯に入り、魔法兵を倒すことが最善と判断した。
──が、ローレンツは森の中に意識を割きすぎて一つ判断ミスを犯した。それは不用意に踏み込んだせいで、剣の間合いに入ってしまっているということ。
「やっと来たなぁ!」
「んなっ……!?」
ギリギリでそのことに気が付いたローレンツはなんとか身を捻ってジークハルトの一撃を躱そうと努めたが、ジークハルトの剣はローレンツの肩口を掠めた。クリーンヒットではないが、確かな一撃。そして剣の強みは片手で振り回せる軽さと取り回しの良さだ。間合い内なら、追撃も容易に行うことが出来る。そう、今度はローレンツが「受ける」ターンだ。ただ、ローレンツはイグナーツの援護を受ければこの時間を簡単に逆転させることも出来る。だが──イグナーツは「他の場所」をサポートせざるを得なかった。
「ローレンツくん、ごめんなさい! 耐えてください!」
イグナーツが弓を引き絞り、矢を放った先は……サンダーを受け、大ダメージを受けたドゥドゥーに止めの一撃を見舞わんとするエーデルガルト。エーデルガルトは攻撃を一旦中断し、斧で矢を打ち払う。そしてその隙にドゥドゥーの後ろにいたメルセデスの魔法の準備が整っていた。
「それっ、ライブ!」
メルセデスが放った魔法は、白魔法「ライブ」。先程放たれたサンダーとは違い、敵を攻撃する為の魔法ではなく、味方の傷を癒す魔法だ。ドゥドゥーの左腕のダメージは瞬く間に消え去り、立ち上がってエーデルガルトに武器を振るう。
今ドゥドゥーが倒れた場合、エーデルガルトが次に標的にするのは間違いなくローレンツとイグナーツの二人だ。黒鷲随一の剣術の使い手と、黒鷲の学級の級長二人を相手にして、ローレンツと姿を晒した弓兵であるイグナーツの勝率は限りなく低いだろう。メルセデスは白魔法こそ三学級合わせた全ての生徒の中でもトップクラスの使い手だが、戦闘能力が高い訳では無い。ドゥドゥーが倒れてメルセデス一人になれば、エーデルガルトを止められる者は今この瞬間この戦場においてはいなくなるのだ。そうなるくらいなら、例え敵であったとしてもドゥドゥーを助け、エーデルガルトの足止めをしてもらった方が、ローレンツのサポートに入るよりも勝利に繋がる道は大きいとイグナーツは判断した。そして恐らくその判断は正しい。
しかし、その結果としてローレンツは防戦一方、かすり傷が増えてきた。完全に剣の間合いで戦うなら、軍配は間違いなくジークハルトに上がる。
「くっ……! 急がなければ、またドロテアさんのサンダーが来る可能性が……!」
「させねえよ、ローレンツ。貴族たるもの、平民を守るのが責務なんだろ? 俺も一応貴族だからな」
「くっ、イグナーツ君、引きたまえ!」
ローレンツはここで自らの敗走を悟り、後ろにいるイグナーツに退却を命じる。ここで二人分の駒を失うことと、一人分の駒で済むことの違いは非常に大きい。イグナーツは一瞬躊躇いはしたものの、状況を判断してすぐに踵を返して自陣の方へと引いていった。
しかしイグナーツのサポートがない状態で、ジークハルトを相手にローレンツが受けに回った時点で決着はもう見えている。数度の打ち合いの後、とうとうジークハルトの一撃がローレンツを捉え──
「俺の勝ちだ、ローレンツ」
「くっ……ここは退却させて貰うよ……!」
ローレンツは敗走となり、脱落。三学級合わせて最初の脱落者となった。ジークハルトは息を整え、すぐさまエーデルガルトの援護に向かおうとして……遠くから風を切る音が聞こえることに気が付き、咄嗟にその場を飛び退いた──その瞬間、左足に鋭い痛みが走る。
「痛ってぇ……!?」
一瞬、何が起きたか解らなかった。が、恐らく飛び退いていなければ……たった今地面に刺さっている矢を諸に受け、敗走は免れなかっただろう。かなりの遠距離からジークハルトを狙った矢が、左足を掠めて今地面に突き刺さったのだ。
──矢を一直線に放つのではなく、弓を非常に強く引き絞り、山なりに放つことで障害物を越えたり、普通よりも更に遠い距離への射撃を可能とする弓の戦技、「曲射」。普通の射撃よりも風向き等に左右され、照準がブレやすいというのに、ローレンツが敗走して一瞬ジークハルトの気が緩む瞬間を正確に狙って、しかも着弾点もほぼ完璧という狙撃の上手さ。そんな芸当が出来る生徒は、姿が見えずとも一人しかいない。
「クロードか……!」
してやられた。ジークハルトは唇を噛んでしまいたくなるほどの屈辱と、一瞬でも気を緩ませた自分に対する苛立ちと反省の心が同時に込み上げた。まだ全然動けるが、それでも踏み込む瞬間に少し痛みは感じる。
エーデルガルトのサポートに向かう予定だったが、一旦森の中へ引き、痛む足を固定することを優先する。森の中まで入ってしまえば、流石のクロードも曲射でジークハルトを狙うことは出来ないだろう。念の為と持たされた傷薬を飲み干し、同じく念の為と持たされた布を使って傷口を縛る。そしてエーデルガルトの方へ向かおうと木陰から立ち上がると、奥からベレスの声が響いた。
「ジークハルト、エーデルガルトの援護に向かえる? 私もすぐに前線に向かう」
「先生か!? ああ、行けるが……エーデルガルトに何かあったか!?」
「いや、青獅子の方から援軍が見えた。あれは──多分、ディミトリだね」
「とうとう来やがったか……!」
戦術や作戦を抜きにして、ただただ一対一で戦うとするなら、この士官学校で最も強い生徒は誰か。恐らくこの問いをどの生徒に投げかけたとしても、返ってくる答えは全員同じだろう。
答えは──ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッド。その相手はジークハルトであっても、エーデルガルトであっても、或いは……ベレスであっても務まらないかもしれない。
──三学級の級長達が、動き始める。