戦場の白鴉   作:亜梨亜

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鷲と獅子と鹿の戦い──2

 

「無事か、ドゥドゥー? 金鹿に動きがあった。俺たちもそろそろ反撃に出るぞ」

「殿下……! 無論です」

 

 主戦場に現れた青獅子の学級の級長、ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッド。白兵戦に於いて最強の駒である彼は自分の背丈ほどもある槍を片手で軽々と振り、ドゥドゥーと打ち合っていたエーデルガルトに対して文字通り横槍を入れた。

 

「っ、ディミトリ……!」

「流石だな、エーデルガルト。二学級から同時に攻められても戦いの主導権は黒鷲の学級が握っている」

「戦場で相手を褒めるなんて、随分余裕なのね」

「余裕なんてないさ、だから俺が前線にいるんだ」

 

 突き出された槍を斧で払いながら、エーデルガルトは大きく後ろに飛び退く。先端の刃の部分に重心が乗っている斧であれば、長物の槍を強引に打ち払って相手のバランスを崩し、距離を詰めることはそう難しくはない。だが、幾らエーデルガルトが紋章の力で斧を軽々しく振るうことが出来るとは言えど、単純な膂力だけで槍をあれ程までに軽々しく振るうディミトリ相手に正面から打ち合って勝てるとは微塵も思っていなかった。更に相手にはドゥドゥーもメルセデスも控えている。勝てるわけが無い。

 

「エーデルガルト、森まで退いて! 森林地帯での戦闘に切り替えるよ!」

 

 背後から聞こえる、ベレスの指示の声。エーデルガルトは声を聞くと同時に踵を返して駆け出し、森の中へ逃げる。

 

「追うぞ、ドゥドゥー、メルセデス!」

「御意」

「わかったわ〜」

 

 その背中を追う青獅子の三人。森の中では開けた場所よりも視界が悪く、そして木々や葉に阻まれて武器を振ったり移動することすら普段通りには出来なくなる。身のこなしが軽い者や、普段から森林で狩りを行ったりする者であれば、或いはその限りではないが──。

 

 ディミトリはひとつの可能性に辿り着いた。

 

「ドゥドゥー、メルセデス! ペトラの奇襲に気を付けろ! メルセデスは常に索敵を怠らないでくれ!」

 

 ひとつの可能性──それは先刻ローレンツも辿り着いた思考。森の中で身軽に動け、索敵や奇襲に優れた黒鷲の生徒、ペトラが出撃しているという可能性だ。森林地帯での追いかけっこや奇襲──実戦なら或いは暗殺といった分野に於いて、恐らく彼女を上回る者はいないだろう。わざわざ黒鷲の学級が森林地帯を背に戦い、今こうして戦場を森林地帯に変更した理由、それは間違いなく「戦場でアドバンテージを稼ぐため」に他ならない。そして森林地帯での黒鷲の学級のみが持つアドバンテージ、それはペトラの存在だろう。

 

「あっ、ディミトリ──」

「ああ、見えている!」

 

 ──メルセデスとディミトリが目の端に人影を捉えたのは、殆ど同時のタイミングだった。メルセデスはすぐさま矢を放つが影はこれを容易く躱し、灰色の風となってディミトリに刃を振るう。正確に首を狙った剣撃。すんでのところで槍で受け止めたディミトリは、その相手が誰なのかすぐに理解した。

 

「……なるほど、ベレス先生か。強敵だな……!」

 

 不意打ちを狙っての一撃であり、攻撃速度も傭兵時代の経験も相まって凄まじいものだった。それを止めたディミトリの反応速度と瞬発力も恐ろしいが、何より怖いのはその渾身の一撃を止められても眉一つ動かさず、無表情のままでいるベレスである。

 ベレスはそのまま少し剣で槍を押し、ディミトリの体勢を崩そうとしたが彼の筋力には到底敵わないことをすぐさま理解し、押していた力を一気に抜き、その場で回転して回し蹴りを放った。ディミトリはそれも同じように槍の柄で受け止め、今度は逆にベレスの姿勢を崩すべく槍の柄でベレスの足を思い切り押し返す。

 その反動で大きく無理矢理飛び退き、ディミトリと距離を取ったベレス。一瞬の仕切り直しが生まれ──

 

 ──森林地帯の奥で、雷音が鳴り響いた。

 

「エーデルガルト、魔法兵のカバーに回って!」

「わかったわ、師!」

 

 その音を聞いた瞬間、まず動き出したのはエーデルガルトだ。森林地帯は葉に覆われ空が暗く見えるが、今日は晴天である。こんな日に雷音が鳴るとするなら、それは黒魔法「サンダー」だ。味方の攻撃であることがわかっている黒鷲と、敵からの攻撃が何処に行われたかわからない青獅子では、初動に差が生まれる。

 

「ドゥドゥー、エーデルガルトを追え! 魔法兵──ドロテアのいる場所がわかるはずだ!」

 

 森林地帯の奥へと走り出したエーデルガルトを、遅れてドゥドゥーが追う──ことは叶わなかった。ドゥドゥーの行く手を阻むように、森の中を金色の風が吹き抜けたからである。

 

 

「よぉ、ドゥドゥー。ちょっと俺とケンカしていけよ……!」

「……ジークハルト、そこをどいてもらう」

 

 

 足の痛みは傷薬によって引き、万全とは言い難いが戦闘は問題なく行えるくらいに回復して現れたジークハルト。その鋭い剣先はドゥドゥーの行く手を阻み、エーデルガルトを離脱させることに成功していた。

 

「メルセデス。俺の代わりに、殿下の命令を果たしてくれ」

「勿論よ〜。ドゥドゥーもディミトリも、無理しないでね」

 

 止められたドゥドゥーの代わりに、メルセデスがエーデルガルトを追う。もうエーデルガルトの姿は見えないが、跡を辿ることくらいは出来るだろう。ジークハルトはそれも止めようとしたが、今度はドゥドゥーがジークハルトの狙いを阻む番である。

 

「いいよ、ジークハルト。両方を望んでも良いことにはならない。私達はここでディミトリとドゥドゥーを敗走させることを考えたらいい」

「大きく出たな、先生。だけどここで敗走するのは先生たちだ」

 

 ディミトリとベレス、ドゥドゥーとジークハルトの一対一が二つ生まれる構図となった。森林地帯で武器同士が打ち合う音が鳴り響く。

 

 ベレスとディミトリの戦いは拮抗していた。得物のリーチの長さと、桁外れな膂力で果敢に攻め立てるディミトリを、剣で受け流し、木や葉、時には自分の羽織っている衣服すら目眩しに使って躱し続けるベレス。時に繰り出す剣での反撃も鋭く、ディミトリはその度に槍で受け止め、一度後ろに下がらざるを得なくなる。圧倒的な「武」を、傭兵として培った戦場での「経験」で受け止めている、といった様相だ。

 

 逆に、ジークハルトとドゥドゥーの戦いは早々に一方的になっていた。互いに先の平原での戦いで負傷はしていたものの、ジークハルトは左足に矢を、ドゥドゥーは左腕を中心とした上半身にサンダーを受けている。お互い傷薬とライブで回復はしているものの、受けたダメージはドゥドゥーの方が大きい。更にジークハルトの俊敏さは、身体が大きく動きが素早いとは言えないドゥドゥーにとっては捉え切れない速度だ。一方的にジークハルトが打ち込み、ドゥドゥーはそれをなんとか凌ぐという形になっていた。それでもドゥドゥーが耐えているのは、元々彼はディミトリの従者として、最前線で戦線を長時間維持するような、盾となる戦いを最も得意としているからだろう。

 

「ぐっ……フンッ!」

 

 苦し紛れにドゥドゥーが反撃の一撃を振るう。しかし大振りの斧が森林地帯でのジークハルトに命中することはなく、ひらりと体をひねってそれを避けて見せた。空を切る斧はその先端が勢いと重力に逆らうことは出来ず、大きく地面にぶつかりドゥドゥーの体勢が崩れる。明確な隙だ。ジークハルトはここが好機とみて剣を握りなおし、一気に踏み込もうと──

 

 

「させん!!」

 

 

 ディミトリの叫び声が聞こえ、ほぼ反射的にジークハルトは鋭くバックステップしてその場から退いた。その数瞬後、バビュン! という恐ろしい風切り音と共に目の前を何かが通過する──それはディミトリが投擲した槍だということに気が付いたのは、ドォン、という音を立てて木に深々と突き刺さった「それ」を視認した時だった。

 

「っぶねぇー……! てか木にあんな刺さり方するってどんな投げ方したらそうなるんだよ」

 

 柄が短めに作られ、武器同士で打ち合うことよりも投擲することをメインに想定された手槍という武器も存在するが、今ディミトリが投げたのは投擲を想定して作られていない、訓練用のただの槍だ。無論、投擲には不向きであるし、何より訓練で使うものなので殺傷能力を無くす為に刃は潰してある筈だ。それでも木を抉り、深々と突き刺さる槍を見ると、改めてディミトリの膂力の規格外さにジークハルトは冷や汗をかいた。

 

 ──しかし、それはつまり今ディミトリは「得物を持っていない」ということになる。そしてディミトリはベレスと斬り結んでいたはずだ。

 

 灰色の風が、これ以上無いチャンスを逃す筈がない。ベレスは最速でディミトリに肉薄し、地面スレスレの低さから剣を振り上げ、ディミトリの胴を狙う──が、ディミトリは驚異的な反射神経で身体をひねり、足の裏で剣の腹を蹴り払い、そのまま着地と同時に槍に向かって全速力で走り出した。ジークハルトは得物を取らせまいとほぼ同時に走り出そうとする──その出鼻を飛来した矢が挫いた。足を止めて矢を剣で払う。今このタイミングでディミトリのサポートをする射手など一人しかいない。最初の斥候以降、ずっと身を隠していた──

 

「アッシュか……!!」

「よくやった、アッシュ! いいサポートだ!」

 

 森林の視界の悪さで、矢を放ったアッシュが何処にいるかも解らない。命中こそしなかったものの、ディミトリはその隙に槍を取りなおすことが出来、ほぼ百点のタイミングのサポートと言えるだろう。ディミトリは槍を片手でクルクルと振り回し、近くにいるジークハルトにターゲットを変更する。ジークハルトはすぐに思考を切り替え、自分とディミトリの間に大きな木が挟まれるように後ろに退いた。これで槍を振るわれたとしても、槍は木に阻まれることとなる──

 

 

 ──思い返すのは、投擲で深々と木に刺さった槍。

 

 

 もし、槍を大きく横一文字に振り切られたとして。本当にディミトリの槍は「木に阻まれる」だろうか……? 

 

 

「ジークハルト、しゃがんで!!」

 

 

 ベレスの指示と、ジークハルトは身体を低く縮めたのはほぼ同時だった。そしてディミトリは槍を勢いよく振り切り──ジークハルトの頭上を風圧が通り過ぎ、ミシミシ、メキメキという音を耳が拾う。

 すぐさま姿勢を戻し、目の前の木を確認する。そこにあったのは雄大な生命を物語りながら、悠々と直立する大木ではなく……嵐と暴風に曝され、今にも重力に従って倒れ込んでしまいそうな巨大な質量だった。

 

 ──どうやらディミトリの槍は、木諸共全てを薙ぎ倒していくらしい。

 

「ふざけんなよマジで……!!」

 

 思わずそう口に出してしまいながら、木の下敷きにならないようその場から離れる。根元だけ残り、切り株のようになった木の先には、不敵な笑みを浮かべて槍を構える獅子王の姿があった。あんな人間離れした力を見せつけられて、彼に向かっていける人間などいる筈がない──

 

 ──ベレスが倒れた木を踏み越え、ディミトリの頭上から斬り掛かる。その表情に感情は見えず、先程の木を薙ぎ払った行為に対しても恐怖も萎縮も一切存在しないかのように武器を振るう。ジークハルトはその瞬間に自分の役割を思い出した──ベレスが変わらずディミトリと斬り結ぶのであれば、自分の相手は変わらずドゥドゥーだ。すぐさま思考を切り替え、ディミトリのサポートに入ろうとしていたドゥドゥーに向かって走り出す。ドゥドゥーも接近しているジークハルトを無視することは出来ず、再度一対一が二つ作られる形となった。しかし先程とは違い、ディミトリがベレスを押しており、ジークハルトもドゥドゥー相手に攻め切れない状況となってしまった。理由は至極単純──何処から飛んでくるかわからない、アッシュの援護射撃にも気を遣わなければならなくなったからだ。

 

「ドロテアからの魔法援護は望めねえのか、先生!」

「多分無理だね。ドロテアには二発目のサンダーはこっちの戦場の決定機か、金鹿が進軍してきた時の牽制用に使って欲しいと指示している。こっちに二発目のサンダーが飛んできていないってことは、向こうは金鹿と交戦中の可能性が高い」

 

 三本目の木を薙ぎ倒したディミトリの槍を躱しつつ、ジークハルトと背中合わせになりながら彼の問いに答えるベレス。そう、この演習は三つ巴の戦い。今この戦いに金鹿の学級が絡んでいないということは、他の場所で戦闘が発生している可能性が高いのだ。

 

「どうするんだ先生? このままディミトリに木を倒され続けりゃ、アッシュの射線がどんどん通るぞ」

 

 立ち並ぶ木々を使って弓や魔法の射線を切ることが出来るというのが森林地帯の特徴でもある。だが、今戦場となっているこの場だけに限って言うならば──ディミトリの剛腕により木が薙ぎ倒され、木々を盾に射線を切ることが出来なくなっているのだ。戦いが長引き、ディミトリが木を倒せば倒すほど、アッシュの射撃の精度は上がるだろう。

 

 だが、それでも尚ベレスは冷静沈着だった。

 

 

「大丈夫だよジークハルト。アッシュは、()()()()()()()()。ジークハルトに対する一射しか矢が来ないのが証拠だね」

 

「なっ──!? そうか、ここまでこちらの戦場にペトラが奇襲を掛けてこなかったのは、伏兵の射手を索敵、撃破するためか!」

 

 

 ──このタイミングで、ベレスはディミトリに「ブラフ」をかけた。

 ベレスは、ディミトリが「黒鷲はペトラを出陣させている」と想定していることは、この森林での戦闘が始まった時のドゥドゥーとメルセデスに対する指示で把握している。そしてペトラの強みといえば奇襲、暗殺であることは当然ベレスも把握しており、ディミトリはベレスと一対一で打ち合っている時ですら常に木の陰や葉の中に意識を少し向けており、相当ペトラのことを警戒していることがわかっていた。

 

 実際のところペトラは出撃していない上に、アッシュが敗走したかどうかなどベレスの知る由もないのだが、青獅子の学級の級長を務め、次期ファーガス神聖王国の国王であるディミトリはその聡明さから深読みをしてしまい、自分の予想が確定事項でないことを忘れ、「アッシュはペトラに取られた」と結論づけてしまったのだ。

 

 戦場にて生き残る為に、ただ剣術だけでなく駆け引きや兵法、ブラフやトラップまで学んだベレスでの「戦場での経験」。彼女のそれが、ディミトリを一瞬思考の中へ誘い、そして戦力誤認を生ませ、更に思考中の隙、そして不安すら作り出す。

 

 

 

 

 

 

 ──そしてその思考の隙……或いは、ありもしない「突然の味方の敗走」に驚いてしまった一瞬の隙。白兵戦に於いて無敵の男であるディミトリに生まれた一瞬の隙を逃さない一撃が放たれた。

 

 

 それは陽の射さない森の中よりも更に暗く、夜の帷を押し固め、質量を与えたような──闇魔法、ドーラ。暗闇の化身となった一撃は薙ぎ倒された木々の隙間を通り、ほんの一瞬思考が内に入り込んだディミトリの意識がその一撃が近づいていることに気が付いた数瞬後に、彼の胸に命中した。

 

 

 

 

 

「ぐぅっ……はっ……!?」

 

 

 

 

 

「いけませんなディミトリ殿。貴殿ともあろう方が「出撃している生徒の可能性」を狭め、闇魔法の攻撃を意識から外すとは」

 

 

 

 

 

 その一撃を放ったのはエーデルガルトの従者にして、黒鷲の学級随一の黒魔法、闇魔法の使い手──ヒューベルト。このタイミングが──ディミトリに確実に闇魔法を当てられるタイミングが訪れるまで、機を伺い続けていたのだ。このタイミングまで一切戦況に関わらず、潜伏を続けていたのは「魔法によるサポートはドロテアだけで、出撃している生徒のラスト一人はペトラ」と勘違いさせる為でもある。そしてこの判断は指揮官であるベレスではなく、級長であるエーデルガルトでもなく、ヒューベルト本人のものである。

 

 ディミトリの一瞬の隙が、魔法攻撃を直で受けた為に「大きな隙」へと変貌する。そこを逃すほど、傭兵上がりのベレスは甘くはない。流れるようにディミトリに訓練用の剣を滑らせ、ディミトリの戦闘続行を不可にしてみせた──青獅子の級長、敗走である。

 

 

「殿下っ──!」

「行かせねえよ、ドゥドゥー!」

 

 

 意識が逸れたドゥドゥーに対して、渾身の突きを叩き込むジークハルト。ドゥドゥーはなんとかその突きを斧で受け止め──

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱあたしってか弱いし〜? 漁夫の利掴むのがかしこい戦い方よね」

 

 

 

 

 

 

 全員の意識外から突如現れた、桃色のツインテールと可憐な声、そしてそれに似合わぬ豪快な斧の一振り──金鹿の学級の生徒、ヒルダ=ヴァレンティン=ゴネリル。か弱いから掛け離れた斧の一撃はドゥドゥーにクリーンヒットし、膝をつかせることに成功した。

 

「なっ──!?」

「ヒ、ヒルダ!?」

 

 完全な不意打ち、意識外の攻撃。それでもドゥドゥーは意識を保ち、片膝をついてでも斧を構え直してヒルダに向き直ろうとしたのは、ひとえに彼の頑丈さと精神力の高さが成せる技だ。三学級全ての生徒を見ても、あの不意打ちを受けて敗走にならないのは、ドゥドゥー以外にはいないだろう。

 

 だが、膝をついた時点で勝敗は決していた。

 

 

 

 

「リザイア!!」

 

「がっ──!?」

 

 

 

 ドゥドゥーに放たれたのは小さな光の束。誰かを癒す為の力となることが多い白魔法の中で、数少ない攻撃用の魔法、リザイア。片膝をついたドゥドゥーにそれを躱す術はなく、輝く洗礼をその身に受け、今度こそ敗走となってしまった。

 

 黒鷲の学級に、今回出撃しているメンバーの中でリザイアを使える生徒はいない。金鹿の生徒で出撃しているのはジークハルトが把握している範囲でクロード、ローレンツ、イグナーツ、そしてヒルダ。あと一人は教師の出撃のみである為、このリザイアを放ったのは──

 

「マヌエラ先生か……!」

 

 医務室の主であり、金鹿の学級の担当教師でもあるマヌエラ=カザグランダ。かつて帝都の歌姫とも呼ばれた彼女もガルグ=マクの士官学校の教師である以上、相応の力を持っているのだ。

 

「生徒達が頑張っているんですもの、あたくしだって本気よ? それにいくら傭兵上がりとは言え、新米のベレス先生に遅れをとるわけにはいきませんもの」

「ディミトリ君、ドゥドゥー君と正面から戦ってたベレス先生もジークハルト君もかなり消耗してるハズだしね、マヌエラ先生のサポートありならか弱いあたしでもなんとかなるかもなー、なんて」

「さっきの斧ブン回してるの見てか弱いなんてよく言えたなテメェ……!」

 

 ジークハルトは正直驚いていた。彼の予想では金鹿の残りの出撃生徒は、レオニーだろうと予想していたからだ。傭兵を目指し日々特訓をしている彼女は、弓術、槍術、そして馬術にも長けているオールラウンダーだ。それがまさかものぐさで甘えたがりなヒルダが出撃しており──そしてあんな風に斧を振るうことが出来るとは。訓練でもサボっているところしか見たことが無かった為、あまりにも想定外だったのだ。

 そして先程の斧の扱いを見るに、連戦で消耗した今のジークハルトでは、ヒルダに勝つことは──難しい。

 

「ジークハルト、魔法兵と合流してもう片方の戦場に入って。ここは私が一人で引き受ける」

「ハァ!? おい先生、幾らアンタでもディミトリと戦って消耗してる今、二人相手に勝負が出来るとは──」

「大丈夫。私はディミトリの攻撃を一度も受けていないから」

 

 そう言い切ったベレスの身体は、なるほど確かに目立った傷が一つたりとも見当たらなかった。あの一撃食らえば大ダメージ必至の滅茶苦茶な攻撃を高い精度で何度も繰り出してくるディミトリを相手に、並々ならぬ集中力を保ち続けながらかすり傷の一つすら受けなかったのだ。全ては「自分が決める」のではなく、「ヒューベルトに決めさせる」為。自分がクリーンヒットを狙う必要が無かった為、恐らく回避に専念していたのだろう。

 

「だとしても、さっきアンタがブラフで言っただけでまだアッシュが近くに潜んでるだろ。なら俺の仕事はせめてアッシュの索敵じゃねえのか?」

「いや、多分アッシュは本当に落ちてる。本当に射撃が中々来なかったから薄々予想はしてたんだけど……多分ヒルダとマヌエラ先生が倒したんだろうね」

 

 じゃなきゃ、流石にこのタイミングまで撃ってこない理由がないよ、とベレスは続ける。

 

「当たりです〜、アッシュ君には悪いけど、ジークハルト君に撃った矢が見えて場所がわかっちゃったので。不意打ちで倒しちゃいました! 代わりに一発矢はかすり傷で貰っちゃいましたけど」

 

 ベレスの予想を、ヒルダが肯定する。受けたらしい矢のかすり傷が見えないのは、恐らくマヌエラの白魔法で回復させたのだろう。

 

「ここで二対二を仕掛けて、消耗している君が狙われて落ちてしまったら駒損だ。だけど君が落としてくれたローレンツも含めて、今前線を張れる駒は黒鷲以外だとヒルダしかいない。向こうの戦場でエーデルガルトと一緒に前線を押し上げることが出来たら、私達の勝ちは殆ど確実になる。任せていい?」

「……アンタが早々に落ちたら、俺も追撃で落とされて二駒損するが?」

「大丈夫、私は君達の先生だからね。絶対ジークハルトに追手はよこさないよ」

 

 相変わらず、無表情で淡々と言葉を紡ぐベレス。だが、最後の言葉は、何処か少し感情が乗っているような、少しだけ暖かいような、そんな感覚をジークハルトは覚えた。

 

「……わかった。先生、この場は頼むぜ」

「勿論」

 

 ジークハルトは背中を見せないようにバックステップで大きく距離を取り、一息で詰められないだけの間合いを作ってから踵を返して走り出した。

 

 

「ジークハルト君が離脱します! マヌエラ先生、どうしましょう?」

「放っておいていいわ! まずはベレス先生を二人がかりで倒して、その後追いましょう!」

 

 

 三つ巴の演習は、最終局面へと向かっていく。

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