「エーデルガルト! 状況を教えろ!」
「ジークハルト!? 貴方がこっちに来たということは……向こうの戦場は私達の勝利ってことでいいのかしら?」
「いや、まだわかんねえ。ディミトリとドゥドゥーは落としたが、ヒルダとマヌエラ先生が向こうにいる。べレス先生が一人で二人の足止めをして、俺達二人でこっちの戦線を決めちまえってさ」
「ありがとう、向こうの状況は理解したわ。此方はクロード、メルセデス、そしてハンネマン先生がいる状態。木々を使って魔法や矢の射線は切れるけど、代わりに接近も許してくれなくて硬直状態ね」
「ドロテアは?」
「なんとか生きてますよ、ジーク君。ただサンダーは使い切っちゃったので……私も剣で戦うしかなさそうね」
べレスとの中央戦線から離脱し、エーデルガルトが先に向かっていた魔法兵達の戦線に合流したジークハルト。前線で暴れられるような駒は、
「おっと、ジークハルトまでこっちに参加してきたとなると厄介だな。だけどいいのか? ウチのヒルダはあー見えて強いぜ? 幾らべレス先生でもマヌエラ先生のサポートも考えたら一人で任せるのは悪手だったんじゃねえのかい」
飄々としつつ爽やかな声と共に、木々の上からジークハルトの腕を狙った弓の射撃が放たれる。ジークハルトは剣でその矢を払いながら、恐らくその矢を射り、声をかけた主を睨みつける。
「そこか、クロード!」
勢い良く駆け出すジークハルト。その出鼻を挫くべく、ハンネマンが魔法の詠唱を開始するが、その詠唱を挫くべくエーデルガルトが動く。流石に黒鷲の級長に接近を許せば教員と言えど魔法兵であるハンネマンに為す術は無い為、詠唱を中断して距離を取る選択をする。
ジークハルトの接近に気付き、木から飛び降りた黒髪の異国風な少年──
「チッ……なるほどな、エーデルガルトもこうやっていなされていた訳かよ」
「おたくの皇女様と正面から殴り合いが出来るのなんて、ディミトリか先生くらいだろ? 俺なんて非力だから逃げ回ることしか出来ないワケよ」
「よく言うぜ、ウチの皇女を足止め出来てたクセに」
今接近しようとしても、その前にクロードの矢に阻まれる。恐らく先刻ジークハルトを襲った曲射もクロードの仕業であると考えるなら、今ここで狙いを定めたクロードが接近してくる獲物を前に射撃を外すとは到底思えない。一旦矢を余裕を持って躱すことが出来る範囲まで下がるのが得策だろう。エーデルガルトもメルセデスのサポートを前に攻め切れなかったのか、ジークハルトと同様に一旦後ろに下がる判断を取っていた。
「……貴方が来てくれたのはかなり大きいけれど、それでも二つの学級が協力してこちらを攻める判断をしている以上、苦しいわね……」
「悪かったな、戦力になれなくて」
「そういうことを言ってるんじゃないわ。もう……」
思わず出たジークハルトの悪態に溜め息をつきながら、エーデルガルトは斧を構え直す。
「クロード、貴方はジークハルトがこちらに来た時点でこのまま戦場を硬直させて、ヒルダの助太刀が来るのを待ち続けるつもりでしょう? でもそれは無駄よ。私達の師は敗走しないし、それに此方も戦場が硬直すれば得をする。それは──」
「──それは「隠れているペトラが俺達を奇襲するチャンスが増えるから」ってか? でも俺の読みじゃあんた達黒鷲の学級からペトラは出陣してないはずだ」
──三学級の中で最も思慮深く、そして頭が切れる軍師は誰かと聞かれたら、ほぼ全ての生徒がクロード=フォン=リーガンの名前を挙げるだろう。彼はエーデルガルトがかけようとしたブラフを完全に読み切り、その上で戦場の硬直を選んでいた。
「最初の戦闘で離脱したイグナーツから状況を聞いて、確かに俺も最初はペトラが出陣していると思っていたさ。でも今の状況を考えればそれは有り得ない。だってジークハルト、お前がさっきエーデルガルトに報告してただろ? ディミトリとドゥドゥーは落としたって。あの王子様を落とすなんて正攻法じゃ無理だ。幾らペトラが奇襲に長けていたとしても多分近接戦になればディミトリが勝つだろ。だったらあの王子様を倒す方法は一つ。黒鷲お得意の魔法攻撃しかないだろ? さしずめヒューベルトだろうな。ドロテアはこっちの戦場にいるし、リンハルトの白魔法じゃ決め手には欠ける。何より俺がお前らの立場でペトラを出陣させているなら、今姿が見えてないイグナーツを倒す為に索敵をさせているからな」
クロードの演説に、思わずエーデルガルトは唇を噛んでしまいたくなった。ほぼほぼ完璧な推理、読まれていた戦術。クロードを相手に頭脳戦は分が悪いと思ってしまった自分にすら、少し苛立っていた。
「それに、ヒルダは来るさ。幾らべレス先生が強いって言ったって──三人がかりなら勝てないだろ」
「なっ……まさか」
クロードの言葉にジークハルトは目を見開き、一つの可能性に辿り着いた。今この戦いで、唯一黒鷲の学級から見て居場所を特定出来ていない駒がいる──それはイグナーツ。クロードの言葉が真実なら、今イグナーツはヒルダとマヌエラのサポートに向かっていることになる。流石のべレスも三人を相手に生き残ることは難しいだろう。もしべレスが落ちた場合、戦況は一気に金鹿有利となる。そうなれば恐らく勝者はクロード率いる金鹿の学級だ。
「……と、いうわけで。俺はこのまま逃げ続ければいいと思うんだが、どうする? 皇女様。追いかけてくるかい?」
「甘いわねクロード。それでも勝つのは私達よ」
「へぇ、そりゃ随分な自信だ。何か根拠があるのかな?」
「勿論。この膠着状態が続けば有利になるのは私達なのよ」
エーデルガルトが不敵に口端を吊り上げる。その瞬間に勢いよく地面を蹴り、クロードに向かって駆け出すジークハルト。すぐさまクロードは弓を引き絞り、対応の構えを取る。
「あんたの助太刀は厄介だけど、青獅子の学級との戦いでもう体力は万全じゃないだろ。流石の俺でも見切れる動き──」
「あら、本当にそうかしら? クロード君」
「今度は射線が見えてるから当たんねえぞ、クロードっ!」
放たれたクロードの矢を跳んで躱し、さらに距離を詰めるジークハルト。その動きはとても連戦や曲射により体力を消耗したものとは思えない程に機敏で、聡いクロードの予想を上回っていた。
「なっ──」
「この距離まで詰めたら俺の勝ちだぜ、クロード!」
クロードが次の矢の準備をするよりも速く、ジークハルトが剣の間合いに入った。そうなれば、矢をつがえる間を与えることなどある筈もなく。ジークハルトの一閃で、クロードは即戦闘不能へ持ち込まれた。
──しかし、その一瞬の隙を士官学校の教師が見逃す筈も無い。
「アロー!」
気を伺っていたのは青獅子の学級の教師であるハンネマン=フォン=エッサー。紋章学者でありつつ、理学にも明るい彼が放った光の矢は真っ直ぐにジークハルトの方へ飛んでいき──
「させないわ!」
その光の矢は、アドラステア帝国次期皇帝の斧によって阻まれた。エーデルガルトがジークハルトの盾となり、アローは目標に到達することなく霧散する。
「次期皇帝様に護ってもらえるとはいいご身分になれたもんだな! 助かったぜ」
軽口を叩きつつ、踵を返して再度駆け出すジークハルト。狙いはアローを放ったばかりのハンネマンだ。エーデルガルトも斧を構え直し、二人がかりでハンネマンを狙う動きを見せる。
「あらあら……援護するわ、ハンネマン先生」
「ごめんなさいね、メルセデスちゃん。貴女の相手は私です」
矢を構えてハンネマンのサポートに入ろうとするメルセデスは、剣を持ったドロテアが止める。魔法の扱いに長けたドロテアだが、歌姫時代に護身術として身に付けたか、或いは演目の中で戦乙女を演じる機会があったのか。剣術も人並み以上に得意という多芸っぷりである。
「侮ったつもりは無かったが……実戦を積んだ者の指揮は流石に違うな。吾輩が手も足も出ないとは……青獅子の学級は降参させてもらう。これ以上やっても勝ちの目が見えないのでね」
ジークハルトとエーデルガルトの二人に狙われたとあっては流石の教師と言えども勝機は無い。ハンネマンは降参を宣言し、青獅子の学級の敗走が、そしてこちら側の戦場の勝者が確定した。
「いやー参った参った! あとは向こうサイドでヒルダとマヌエラ先生、イグナーツがベレス先生を倒してくれた後にあんたらを倒してくれたらウチの勝ちなんだがな。見誤ったのはジークハルトの体力ってとこか?」
敗走となったクロードがあまり悔しくなさそうにその場に倒れ込む。そんなクロードを見て、クスクスと笑ってみせたのはドロテアだった。
「あら、見誤ったのはジーク君の体力ではなくて、私の底力なんじゃないかしら?」
「なんだって?」
クロードが初めて目を丸くする。それは本当に一杯食わされたかのような、予想外の返答に驚いた表情だった。
「これでもミッテルフランク歌劇団の歌姫をしていたのよ? 勿論魔法みたいに傷を治すことは出来ないけど、歌声で元気を取り戻すくらい、なんてことありません」
「……はは、こりゃ参った。鷲獅子戦ではアンタの歌声も頭に入れて作戦を練ることにするよ」
「話をしている余裕はないわよ、ドロテア。ジークハルトも、向こう側の戦場に加勢に行くわ。この勝負、黒鷲の学級の完勝で終わらせるわよ」
そう言ってエーデルガルトがべレスのもとへ向かおうとしたその時……上空に信号弾の煙が高々と上げられた。その意味はこの戦いの終わりを──勝者が確定したことを示している。
「戦いが終わった……!?」
「こちら側の勝者は私達、向こうの決着もついたということね」
「もし先生が負けていたら、まだヒルダちゃん達と私達が戦わないといけないわよね? ということは……」
「俺達の勝ちか!?」
「なんと……! マヌエラ君も含めた三人を相手にして、べレス君が勝利を収めたというのか! 実戦経験とは、そこまで差を生むものか……これは鷲獅子戦も恐るべき強敵になりそうだ」
思わずハンネマンも驚きの声をあげる。実際、黒鷲の学級の全ての生徒を二対一で連戦で相手をしておいて一太刀も受けることがなかったことを目にしているエーデルガルトやジークハルトですら、流石にヒルダとマヌエラ、そして恐らくサポートに入っていたであろうイグナーツをまとめて相手にして、消耗戦に持ち込んで耐えることはあれど勝利を収めるとは思ってもいなかった。
そして程なくして、この模擬戦の審判を務めることになっていたベレスの父、ジェラルトの声が戦場に響き渡る。
「そこまでだ! 今回の模擬戦の勝者は……黒鷲の学級とする!」
こうして、新たな教師を迎え初めての模擬戦は幕を閉じた。
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「お疲れ様。みんな頑張ったね」
「先生こそお疲れ様です。でもまさか三対一の局面を一人でひっくり返しちゃうなんて……元傭兵は伊達じゃないのね」
「……? いや、三対二だよ。イグナーツは──」
「イグナーツ殿は私が仕留めました。矢の出処さえ目視できれば、私の闇魔法で落とせますからね」
模擬戦が終わり、出撃した面々で集まりお互いを労いつつ、感想戦を始める。ディミトリを闇魔法で落としたヒューベルトは、そのまますぐに再度身を隠し、ベレスのサポートが出来るタイミングをずっと伺っていたらしい。その結果、イグナーツを敗走させる戦果を挙げたということである。
「なるほどな、だったらそっちの戦場も勝てたのは納得はいく。納得はいくが……」
「それって、師は何処から飛んでくるか分からないイグナーツの矢を二人相手にしながら一発は躱しているってことよね……?」
高い観察眼と集中力で正確な矢を射るイグナーツの攻撃を、ベレスは攻撃の方向も解らないのに対応してみせたことになる。実際ベレスの身体に目立った傷は見当たらない為、ほぼ確実に躱してみせたのだろう。同じ前線で戦っていた駒として、エーデルガルトとジークハルトは自分に同じ芸当が出来るか思案したが、とてもでは無いが出来るとは思えなかった。
「……ともかく。ディミトリにイグナーツ。重要な駒を二つも落としたのは大きな戦果よ、ヒューベルト。ありがとう」
「光栄です、エーデルガルト様」
「ジークハルトも。常に前線を維持し、ローレンツにクロードと金鹿の学級の戦力を大きく削いでくれたわね。素晴らしい戦果よ」
「それが俺の役目だったからな。ハンネマン先生からの魔法を止めてくれたりと俺も助かったぜ、エーデルガルト」
「ドロテアは当初の作戦通り、魔法で戦況を動かす役割をしっかり果たしてくれたね。最初のサンダーがドゥドゥーに決まってくれたから、青獅子の学級の勢いを一気に削げたと思うよ」
「あら。先生に褒められるなんて、嬉しいですよ。先生も的確で素敵な指示、ありがとうございます」
「さて、じゃあ教室に戻ろうか。他の皆も待ってるんじゃないかな」
勝利を収めた後とは思えない程に淡々とした口調のベレスが踵を返し、まるでいつも通りと言わんばかりに歩を進める。それは或いは、これくらいの演習は勝利して当然だと思っているのか、或いは命がかかった実戦では無い為、喜ぶ必要は無いと感じているのか。連戦に次ぐ連戦で流石に疲れを感じていたジークハルトは、そんなベレスの背中を頼もしいと感じつつも……少し恐怖を感じてしまった。
「さて、私達も戻りましょう。皆きっと待っているわ」
「……そうだな。訓練に付き合ってくれたカスパルにも礼を言わねえと」
エーデルガルトに促され、四人も歩を進める。
斯くして、大樹の節に於ける学級課題、学級対抗戦は黒鷲の学級の勝利で幕を閉じることとなった。