戦場の白鴉   作:亜梨亜

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白雲の章 竪琴の節
竪琴の節──士官学校にて


 節は変わり、竪琴の節。

 黒鷲の学級(アドラークラッセ)に与えられた今節の課題は、盗賊の討伐となった。

 前節、演習中にルミール村にて三人の級長を襲った盗賊達の生き残りらしく、ベレスが士官学校の教師となる切っ掛けにもなった事件の後始末、ということになる。

 

 課題にはセイロス騎士団も同行するが、生徒達は模擬戦や演習ではない、初めての実戦を経験することになる。前節での模擬戦の勝利に浮かれている暇はなく、何処か緊張が走る空気がクラスには漂っていた。

 

 ジークハルトも例外ではなく、騎士の間や訓練場で剣を振るう時間がいつにも増して長くなっていた。模擬戦ではない、実際の戦闘──それは敗北がそのまま死を意味することも少なくない。自らが生き残る為に勝ち続けなくてはならない。

 

 金色の髪を振り乱し、一心不乱に剣を振るう。そのキレは日が経つ毎に鋭く尖り、全ての一撃が必殺となるべく磨かれていく。

 

「精が出るのね、ジークハルト」

 

 突如掛けられた声。ジークハルトは手を止め、汗を拭いながら声のした方を振り返る。そこにいたのは黒鷲の学級の級長であるエーデルガルトだった。

 

「んだよ、何か用か?」

「もうすぐ紋章学の授業が始まるから呼びに来たのよ。貴方、またサボって一人で訓練をするつもりだったでしょう?」

「チッ……大きなお世話だ。前も言ったが俺は紋章学に興味は無ぇんだよ」

「前も言ったけれど、興味の有る無しで授業を選り好みしないで。貴方は優秀なのだから、どんな分野もしっかり学べば何れは帝国を背負う要職にだって就けると思うけど?」

 

 次期皇帝であるエーデルガルトがそう評価しているということは、それは即ち「自らが皇帝となった時に要職として迎え入れたい」というスカウトという意味でもある。だが、ジークハルトはそんな言葉に驚きや喜びを表すこともなく、訓練用の剣を台に収めながらエーデルガルトに向き直った。

 

「興味が無ぇな。アンタが俺の事をそこまで評価している理由も解らねえ」

「前節での武勇を一番近くで見ていたのは私よ。(せんせい)の作戦通り前線で時間を稼ぎ続けるだけでなく、金鹿の戦力を退けた実力を見て、評価するなという方が難しいわよ」

「そりゃどうも。皇女様も流石は次期皇帝、紋章の力も相まって凄まじい武勇だったと思うぜ」

 

 軽口半分、本気半分でジークハルトはそう口にした。実際、エーデルガルトは紋章の力で軽々と斧を振るい、そしてジークハルトに向かって放たれたハンネマンからの魔法攻撃を、間に入って防御したりとジークハルトを大きく助けている。

 

「……貴方は興味が無いのかもしれないけれど、私は本当に貴方を評価しているのよ」

 

 ジークハルトの言葉が完全に軽口に聞こえてしまったのか、エーデルガルトは少し不服そうな表情で言葉を続けた。

 

「評価してくれること自体は別に悪い気はしねえが、要職云々は本当に興味が無えな。第一俺は六大貴族じゃなけりゃ、紋章持ちでも無え。アドラステア帝国様のお偉いさんには向いてねえって訳だよ」

 

 対するジークハルトの声色は変わらない。ジークハルトの言う通り、黒鷲の学級の生徒たちの出身であるアドラステア帝国の要職は、六大貴族と呼ばれる有力貴族達がその席を占めている。更にフォドラの大地で大きな価値を見出され、持つだけで有力貴族の仲間入りを果たすことも、家督争いに決着をつけることも容易である紋章。ジークハルトは、そのどちらも持ち合わせていなかった。

 

「私は紋章の有無だけで人の価値や才能を判断しないわ。ジークハルト、貴方が紋章を持たない子爵家の人間だとしても、私が優秀だと認めているの」

「アンタ一人がそう思っていても、帝国全体はそうは思わねえ」

「いいえ。私が次期皇帝になったら──そんな世界に変えてみせるわ。貴方のような、紋章社会のせいで才能を認められない人間を、紋章主義の被害者を増やさない為に」

 

 エーデルガルトの表情が、声色が、その言葉に説得力を持たせていた。ジークハルトは初めて、苛立った表情から少し驚いた表情へと変化する。

 

「エーデルガルト.……アンタ何言ってんのか解ってるのか? 今の紋章社会はセイロス教団の教えでもあるんだ、アンタの言う世界変革は──フォドラで最も勢力が強い信仰とかち合うことになるんだぜ」

「……ええ、そうなるでしょうね。だけど、幾らでもやりようはあるはずよ。その中の一つとして、貴方をいつか要職に招き入れたいの」

 

 驚くジークハルトに対して、エーデルガルトの声色は変わらない。まるでずっとその信念があったかのような、誰に言われたとしても揺るがないような芯の強さ。何処か恐怖すら覚えたくなるような凛とした姿勢に、ジークハルトは最愛の人物のことを考えてしまった。

 

 

「……もしそうなったとすれば、姉様も或いは──」

 

 

「……? どうしたの、ジークハルト?」

「────なんでも無えよ。アンタが思っていたよりも夢想家で、お人好しのバカであることが解った。じゃあな」

「ちょっとジークハルト! 何処に行くつもり?」

「教室だよ。先に釘を刺されちゃ仕方ねえ、授業受けんだよ。文句あるのか?」

 

 取り繕ったように苛立った声色で、ぶっきらぼうに返すジークハルト。その背中を眺めたエーデルガルトは一つ大きな溜め息を吐き、額に手を当てた。

 

「……つくづく、何を考えているのか解らない人ね。優秀なのは間違いない筈なのだけど」

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

「ジークハルト、少しいいだろうか」

 

 エーデルガルトに言われ、退屈極まりない紋章学の授業を終えた後。ジークハルトを呼び止めたのはフェルディナントだった。

 

「んだよ、何か用か?」

「ああ。君はこの後訓練に励むつもりなのだろう? よければ一緒にどうか、と思ってね」

「構わねえが……珍しいな。アンタが俺を誘うとは」

 

 ジークハルトは少し驚いていた。深く関わることが無かった為想像の範囲でしかなかったが、ジークハルトはフェルディナントにはあまり好ましく思われていないと思っていたからだ。

 

「先の模擬戦でも活躍したと聞いている上に、メンバー選考でも唯一、一人で先生と手合わせをしていたからね。子爵家とは言え貴族に生まれておきながら、貴族らしからぬ振る舞いをする君に思う所は勿論あるが、次の課題で訪れるであろう実戦を前に、君から学ぶことは多いだろう」

「六大貴族の末裔らしいクソ真面目な回答ありがとよ。じゃあさっさと訓練場に行こうぜ」

 

 そう言いながら教室を出て訓練場へ向かおうとしたその時、新たな声がジークハルトを呼び止めた。

 

「ジークハルト、フェルディナント、訓練する、ですか? 私、ご一緒する、お願いします」

「んだよ、ペトラ。お前もか?」

 

 片言の言葉で話す女性はペトラ=マクネアリー。フォドラ西方のブリギット諸島出身の留学生である彼女は、フォドラの言葉を読み書きすることはほぼ完璧に出来るものの、話すことは苦手らしい。

 

「ジークハルト、課題、戦果挙げました。フェルディナント、優秀。学ぶこと、多いです」

「熱心なのは良いことだ。訓練も人が多くて困ることはない、勿論歓迎しよう」

「勝手に決めやがって……好きにしろよ」

「感謝です!」

 

 ペトラの参加には、内心ジークハルトは少し感謝していた。彼女は対人戦闘も勿論だが、元々狩猟等を行ってきている為に対魔獣の戦闘にも長けており、自身の身軽さを活かした戦闘スタイルや、ブリギットで使われている異文化の武具等はジークハルトにとっても興味深い。実戦で戦う敵が自分の想像出来る範囲だけの戦法を使ってくるはずは無い為、ペトラとの訓練は自分にとってもプラスになると見込んだのだ。

 

「では、訓練場に向かうとしようか!」

「勝手に仕切ってんじゃねえよ。……で? 一緒に訓練っつっても何するつもりなんだよ。俺、一人でやる時は剣振ってるだけだぞ。手合わせでもする気か?」

「折角三人になったんだ、一人は休憩で手合わせを回すのも悪くないと思うが」

「私、ジークハルトと手合わせ、願います」

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 

「おい、どうすんだよフェルディナント。もう夜だぞ」

「くっ……あと一度だけ、手合わせを願いたい……!」

 

 日が沈み切るまでジークハルト、フェルディナント、ペトラの三人で相手を入れ替え手合わせを続けた結果、最も勝ち星を挙げたのはジークハルトだった。フェルディナントは自身がリーチに優れる槍を使ったというのにジークハルトに負け越したことが悔しかったらしく、最後に泣きの一回を頼み込んでいるのである。

 

「フェルディナント、ジークハルト、どちらも強いです。これ以上、明日に響きます」

「解っている。解っているのだが……どうも悔しいのだ……!」

「フェルディナント……アンタ意外と負けず嫌いよな……」

 

 勝ち星こそジークハルトの方が多かったものの、正直ジークハルトはフェルディナントのことを舐めていた。槍と剣というリーチの差があったものの、全ての手合わせに於いて楽に一本を取った試合は一度も無く、見せた手の内は次の打ち合いから即対応してくる。終盤の手合わせはほぼ五分だっただろう。キッホルの紋章を持ち、アドラステア帝国の時期宰相として期待される才能は伊達ではない。普段から座学でも実技でも級長であるエーデルガルトを目の敵のように張り合おうとするだけのことはあるのだ。

 

「実戦だと俺達の強さも勿論だが、騎士団を率いる指揮能力も必要になるだろ。アンタは俺と違って個人の戦闘能力だけじゃなくて戦術や指揮能力もあるんだし、今これだけやれるなら節末の課題は平気なんじゃねえのか?」

「私も、そう思います。フェルディナント、とても優秀です」

 

 そう褒めるペトラも自身の速さを活かした剣術でフェルディナントにもジークハルトにも張り合うレベルである。元々は一人で行う予定だった訓練だが、ジークハルトにとっても大きく実りのある訓練となったと言えるだろう。

 

「……今日のところは私が遅れを取っている、ということで手を引こう、ジークハルト。だが見ているがいい! 節末の課題では前節の君も、エーデルガルトも霞むような戦果を挙げ、このフェルディナント=フォン=エーギルの真の実力をお目にかけようじゃないか!」

 

 ジークハルトとペトラの言葉が効いたのか、泣きの一回はいつの間にか忘れ去られ、フェルディナントは元気と自信を大いに取り戻した。その声の大きさと図々しさに、ジークハルトは思わず「元気にさせたのは失敗だったかもしれない」と後悔してしまったほどである。

 

「今日はもう遅い、食堂で食事を済ませてから休むとしよう。ジークハルト、ペトラ。今日はとても有意義な訓練になった、礼を言うよ。また是非手合わせさせてくれ! 特にジークハルト! 君にはいつかリベンジをさせて貰うとするよ」

「……俺もまあ、手合わせの相手がいてそれなりに有意義な訓練だったと思うぜ。また気が向いたらな」

「ジークハルト、フェルディナント、感謝です。私、帝国貴族の戦い方、たくさん学びました」

 

 使っていた訓練用の武具を元あった場所に戻し、フェルディナントとペトラは食堂へ向かう。ジークハルトは「飯まで喧しい奴と食べるのは御免だ」と断り、そのまま寮に戻る気分でも無かった為、散歩がてら大広間と北の別棟を繋ぐ連絡橋まで歩くことにした。

 

 まだそこまで遅い時間では無い為、昼間程では無いが騎士団や教団の者だけでなく、ちらほらと生徒達が歩いている姿も見掛ける。静謐とは言えないが落ち着いた空気の大広間を抜け、連絡橋に出ると、夜の帳が降りた暗闇の中を、少し冷たい夜風が石の橋脚の間を吹き抜けていく音が聞こえた。

 頬を撫でる風を感じつつ、橋から山脈の風景を眺める。そういえばそろそろ姉に手紙を書いてもいい頃合いだな、というようなことを考え始めた頃、北の別棟の方からコツコツと足音が一つ近付いてきていることを感じた。

 

「あらあら? そこにいるのは……ジークハルトかしら」

「その声……メルセデスか」

「そうよ〜、こんばんは。前節の模擬戦は大活躍だったわね〜。負けちゃったのは悔しかったけど、楽しかったわ」

 

 やってきたのはメルセデス=フォン=マルトリッツ。青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)の生徒であり、敬虔なセイロス教徒でもある。北の別棟には礼拝堂がある為、恐らく祈りを捧げていたのだろう。

 

「うちの先生の作戦勝ちだな。おたくのディミトリに正攻法では勝てねえから、魔法で早々に撃退するってのがハマっただけだ」

「だとしても、作戦をしっかり遂行出来たのが凄いのよ。私なんて、出撃したけど大した活躍も出来なかったわ〜」

「ドゥドゥーをライブで回復させたのは十分な活躍じゃねえのかよ? あそこで俺達がドゥドゥーをすぐ落としてたら、もっと楽に勝ってたと思うぜ」

「あら、褒めてくれるの? お世辞でも嬉しいわ〜、ありがとう。ジークハルトは優しいのね」

「そんなんじゃねえよ」

 

 穏やかで柔らかいメルセデスの空気が、連絡橋を包む。ジークハルトは何処かやりにくさを感じつつも、その空気感自体に不快感は感じていなかった。

 

「次の黒鷲の学級の課題は盗賊の討伐だったかしら? ジークハルトはきっと大丈夫だと思うけど、無理はしないでね」

「他学級の心配なんてしてていいのかよ?」

「勿論よ〜。学級は違うかもしれないけど、私達は同じ士官学校で学ぶ仲間でしょう? それに……どうしてかしら。ジークハルトは弟みたいで放っておけないのよね〜」

 

 メルセデスのその一言で、ジークハルトがやりにくさと、それと同時にこの空気に対して不快感を抱いていない理由を理解した。この柔らかな雰囲気は──ジークハルトの姉である、エリザベート=フォン=バーデンに近しいものを感じるのである。

 

「……余計なお世話だ。姉弟ごっこがしたいなら他を当たれ、俺には別に実の姉がいる」

「あら? そうだったのね、知らなかったわ。気を悪くしたならごめんなさい。でもね、心配なのは本当なのよ?」

「……ああ、解ってるよ。先生も騎士団もいる、滅多なことにはならねえだろ」

 

 ジークハルトはゆっくり踵を返し、寮の方向へ足を進める。

 

「あら、帰るの?」

「ああ。別に用があってここにいた訳じゃねえからな」

「そう。気をつけてね」

 

 ──気をつけてね、ジーク。

 

 士官学校に入学する前、姉からそう言われて送り出されたことをふと思い出した。

 

「…………ああ」

 

 振り返ることもせず、ぶっきらぼうに一言だけ返したジークハルト。その背中を、柔らかな空気のままメルセデスは見送った。

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