──盗賊の残党を赤き谷ザナドに追い込んだ、という報告をセイロス騎士団から受け、黒鷲の学級は課題達成の為にザナドへ到着した。
初の実戦。サポートにセイロス騎士団も参加するという状況に、生徒達には少なからず緊張が走っている。先頭を行く教師のベレスだけは、眉一つ動かさない平然っぷりで、その実戦経験の多さをその姿勢で見せつけていた。
「……先生、聞いてもいいか」
「何? ジークハルト」
「アンタは、傭兵時代に人を殺したことはあるのか?」
表情一つ変えないベレスに対して質問したのはジークハルトだった。今回の課題は盗賊の「討伐」であるということ。それは即ち──対人戦闘であり、同時に敵を「殺す」ことで勝利を収める、ということである。当然ながらジークハルトをはじめ、生徒にそんな経験は一切ない。それは解っていたはずなのに、目を逸らそうとしていた事実。人を「殺す」という経験に対して、何か言葉が欲しかった。
「勿論あるよ。傭兵の仕事の中には今回みたいな、盗賊の討伐もあったからね」
それが当然と言わんばかりに、まるで普段と同じような授業をしているのと同じような声で、その経験を語ったベレス。それはつまりこれからの課題も同じようなことが起きるという宣言でもある。ベレスの声を聞いていた生徒達の顔が一気に強ばった。
「……だけど、必ず殺さないといけない訳じゃない。投降してきた者はセイロス騎士団が捕縛して、教会の下で処遇が決定されると思うよ。勿論、下手に情けをかけた結果、逆に皆が危険に晒されて命の危機に見舞われる可能性もあるから、割り切らないといけない瞬間も来るだろうけど」
そう続けるベレスの声は、相変わらず何も変わらない。緊張も不安も何もない、無感情にすら聞こえる声色。だが、確かにその言葉は生徒達を気遣うものであり、教師として生徒の不安を和らげようとしていることは伝わった。
「だから、前回の模擬戦と同じだね。皆は無理をする必要は無い。自分達の出来る範囲で最高の結果を出してくれたらいいよ、困ったら私や騎士団を頼ればいい……質問の答えはこれで十分かな、ジークハルト」
「…………ご丁寧にどうも。十二分だ」
表情に、声色に、一切の感情が見えないベレスではあるが、若くとも教師としての姿勢を見せ、生徒を気遣い、良き教師であろうとしていることは、もう生徒達も把握し始めていた。未だ生徒達の緊張は解けないが、少なくとも先程よりは空気は軽くなっただろう。
「……教団に明け渡したとしても、残らず処刑されるだけでしょうけど」
誰にも聞こえないように──或いは、従者であるヒューベルトにだけは聞こえるように、エーデルガルトが一人そう呟いた。
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「……さて、到着して早々で申し訳ないけど、今回の作戦を伝えようか」
赤き谷ザナドに到着し、騎士団の面々が仮拠点としてテントを設置している脇で、生徒達とベレスは作戦会議を始める。
「まずは今回の状況を改めておさらいしようか。戦場はこの赤き谷ザナド、敵は盗賊の残党達。セイロス騎士団がここまで追い込んでくれたおかげで、敵はこれ以上後ろに退がることが出来ない所にいるね。仮に敵が逃げようとするなら道は一つ──」
「──私達が今構えている拠点を突破しなければならない、ということだな!」
「フェルディナント、正解。そしてこの拠点しか道がない、ということは──」
「──なるほど。敵にとって補給経路はここしかない、ということですね」
「リンハルト、正解。うん、状況はしっかり理解出来ているみたいだね」
まるで課外授業のように進んでいく作戦会議。
「だったら、ここを防衛して消耗戦に持ちんで、敵の補給が切れるのを待ちます?」
「いや、今回はその作戦は使わない。「待ち」の戦術は君達が思っている以上に神経を使うからね。それに敵が「どうせ死ぬなら」と玉砕覚悟で攻め込んできたら厄介だ……ペトラに質問。狩猟に於いて、最も危険に備えて慎重にならなければいけないのはいつ?」
「危険な時、ですか? 獲物、手負いの時です。手負いの獣、生き残る為、死に物狂い、暴れます」
「正解。実戦慣れした部隊なら、この道を固めて相手の補給を切らし、玉砕覚悟で突撃してきた敵を一網打尽にしてしまう戦術でもいいけどね。神経がすり減った状態で死に物狂いの敵を相手にすると、君達が危険に晒される可能性が高まる」
「じゃあやっぱりこっち側から攻めるのか?」
「そういうことになるね。じゃあ今度はカスパルに質問。攻める側と守る側、戦いやすいのはどっちだと思う?」
「そりゃ攻める側に決まってるだろ! 敵から攻撃される前に倒しちまえば、こっちが防御の姿勢をとる必要はねえからな!」
「流石、よくわかってるね。つまり今回の作戦はこちらから攻めに行く、ということになる」
淡々と、だが確実に生徒達が自ら気付けるような形で今回の作戦の軸が説明されていく。べレスは更に説明を続けた。
「じゃあ次に部隊分けを発表しようか。基本的には実技、指揮の成績が良い生徒を隊長に任命しているから、戦場での判断は隊長に従うこと。まず前線で戦う第一隊、隊長はフェルディナント」
「任せてくれたまえ、先生! このフェルディナント=フォン=エーギル、必ず責務を果たそうじゃないか!」
「次に同じく前線での戦線維持がメインになる第二隊、隊長はカスパル」
「おっしゃ! しっかり武功を挙げてくるぜ」
「同じく基本は前線での戦いがメインだけど……第一、第二隊よりも柔軟に、遊撃隊として動く第三隊。隊長はジークハルト」
「任せろ」
「前線から少し後ろ、黒魔法で中距離戦を行う第四隊、隊長はドロテア」
「あら、私ですか? 了解です」
「同じく前線から少し後ろ、白魔法で前線部隊の回復を担当する第五隊、隊長はリンハルト」
「僕の隊の働き次第で前線の生存率が変わるんですね、わかりました」
「最後に後方から弓兵として支援する第六隊、隊長はベルナデッタ」
「……ふええええええ!? ベ、ベルが隊長ですか!? む、無理です! ベルには無理ですよぉ!」
指名された生徒は皆、その責務を全うすべく力強く頷いた──ただ一人、ベルナデッタを除いて。
ベルナデッタ=フォン=ヴァーリは六大貴族の血筋であり、インデッハの小紋章を宿している。授業にすら出たがらず寮の自室に引き篭る問題児ではあるが、意外にも弓の成績は飛び抜けて良いのだ。
とは言えど、その被害妄想とまで言えるような後ろ向き思考や、コミュニケーション能力を考えると隊長を任せるのは危険なのではないか? とジークハルトも少し考えてしまった。しかし、ベレスはいつも通りの無表情でベルナデッタに意図を説明する。
「弓兵の強みは遠距離から一方的に攻撃できる制圧力。逆に弱みは近付かれた時の対応力の低さにある。万が一、敵が前線の抜け道を見つけて第六隊に強襲を掛けてきたら、大打撃を受けることになるね」
「そのまま死ねと!? 先生はあたしに死ねって言ってるんですか!?」
「いや、ベルナデッタ。君のマイナス思考は言い換えれば常に最悪の可能性を考慮できるということでもある。接近されたら終わりの第六隊を君に任せたのは、引き際を必ず間違えないという信頼があってこそだよ。任せていいね?」
「うっ……ううっ……あたしが……隊長……?」
「そう。期待してるからね」
エーデルガルトやヒューベルト、ジークハルトですらベレスの説得を聞いて「物は言いようだなぁ」と感じてしまった。だが実際、追い込まれた時のベルナデッタの能力は非常に高く、彼女がフルでパフォーマンスを発揮できるのであれば、隊長という役目も果たせるかもしれない。
「前の節でも出撃していて、かつ戦術や指揮の成績が良かったエーデルガルトとヒューベルトには、サポートで入ってくれた騎士団の指揮を任せる。エーデルガルトは主に前線、ヒューベルトはドロテア隊と同じラインからサポートだ。いいね?」
「解ったわ、師」
「仰せのままに」
「唯一どの隊にも入らず、隊長指名もしていないペトラは私といてほしい。後で重要な役割を果たして貰いたいんだ。いいね?」
「はい! 私、重要な役割、必ず果たします!」
各生徒の役割が明確になり、全員の表情が一気に引き締まる。
「よし。今回は基本に忠実な戦術を取ればまず敗北することは無い。何せこちらが追い込んでいる側、敵も訓練を受けた兵隊ではなく盗賊だからね。だから最初はエーデルガルト隊が正面から攻め込む。実戦経験のある騎士団が先陣を切ってくれるから、フェルディナント隊とカスパル隊はそれに続いてほしい。前線が上がったらベルナデッタ隊も進軍開始、狙撃のポイントに向かうこと。ジークハルト隊はベルナデッタ隊の進軍のサポートに入り、その後は前線に合流すること。魔法で支援する部隊は火力をまとめて相手の戦列を崩すことを意識してね。特にヒューベルト、相手が無理に攻めてくる気配があれば君の判断で計略を使っても構わない」
流れるように作戦の確認を行うベレス。彼女の言う通り基本に忠実で、それでいて先の模擬戦で既に対人戦闘を経験した生徒には少し多めのタスクを、今回が初めての課題出撃となる生徒には初手から厳しい状態にならないような配慮まで加えられた布陣となっている。
「師はどうするの?」
「勿論、エーデルガルト隊と同じタイミングで前線に出るよ。同行するペトラには戦闘じゃなくて敵戦力の確認をお願いする。数、配置、武装状態まで把握出来れば完璧だ。ただし──これはペトラに限らずだけど、深追いしないこと。孤立してしまったところを敵に無茶に攻められると、命を落とすからね」
ベレスはそうまとめるとパン、と大きく手を叩き、改めて生徒達の顔を見回した。
「繰り返すようだけど、無理はしないこと。深追いもしないこと。落ち着いて戦えば負けることは無いよ、頑張って行こう」
相変わらず表情を一切変えずそう宣言するベレス。生徒達は緊張した面持ちで固く頷いた。その隣でエーデルガルトが少しだけ小さな溜め息をついてみせる。
「……師は戦闘能力や指揮能力は高いけれど、士気を上げるのは得意じゃないのね」
「え? ああ、うん。傭兵時代に必要とされなかったスキルだからね」
「……まあいいわ。
エーデルガルトは自らの得物である斧を振りかざし、高らかに生徒達に向かって声を張り上げる。緊張していた生徒達の表情は一斉に輝き、握り拳を作って天に掲げ始める。
「準備はいいわね──黒鷲の学級、出撃するわよ!!」
オオオオオオオ、という歓声と共に、竪琴の節に於ける課題出撃──赤き谷ザナドでの盗賊の討伐戦が始まった。
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リンハルト隊から前線が少し上がり、敵が一旦撤退したという報告を受け、ジークハルト隊は作戦通りベルナデッタ隊を狙撃ポイントまで護衛し、そのまま前線まで移動をすることになった。
「エーデルガルト達は上手くやってるみてえだな」
「ひっ、ひいいいいい……どんどん戦場が近づいていく……引き篭りたい……」
「アンタなぁ……安心しろよベルナデッタ、アンタが今から行くのは前線から少し離れた東の狙撃ポイントだ。俺達が崩れない限りアンタの方まで敵は寄ってこねえよ」
本当にベルナデッタが隊長で良かったのだろうか、とジークハルトは少し考えてしまった。エーデルガルトの開戦前の鼓舞は一体なんだったのかと問い詰めたくなるほどに後ろ向き思考のベルナデッタに少し苛つきすら覚えつつ、作戦通りベルナデッタ隊を狙撃ポイントまで連れて行く。
「ほら、この先が先生に言われたポイントだ。支援頼むぜ、俺達は前線に向かうからな」
「びええええええ!? ジークハルトさん、本当に行っちゃうんですかああ!?」
「当たり前だろ、そういう作戦だ。じゃあ後は任せるからな」
背中から悲痛かつ愉快な叫び声が追いすがるように届いているのを感じつつ、それを完全に無視して、隊を前進させる。向かうは最前線、腰から提げていた剣の柄を握る。
「……ベルナデッタ、あれだけ叫んだら敵に狙撃手の場所がバレてもおかしくないんじゃないの?」
「言えてるな……」
隊員の生徒の冗談を冗談として受け流し切れない程には、ベルナデッタの叫び声は遠くまで届いていた。
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「無事か? フェルディナント。ジークハルト隊、前線に合流した」
「ああ、よく来てくれたジークハルト。第一陣を押し返し、今は膠着状態といったところだ。先程ペトラから聞いた情報だと、次に来るであろう第二陣の方が敵の数が多いと聞いているので、君の隊が到着するのを待っていた、という訳だ」
「成程な。了解した」
最前線に到着したジークハルト隊はフェルディナント隊と合流する。生徒達は所々負傷している者も見受けられるが、少なくとも最初の打ち合いで大きなダメージを負った者はいなかったらしい。隊長であるフェルディナントの槍には赤黒い血が付着しており、戦闘の激しさを物語っていた。
「敵の強さは?」
「実戦故に緊張もあったが、私達が通用しない相手ではない。先生の言った通り、落ち着いて戦えば深手を負うことはないだろう。リンハルト隊の回復もあることだしね」
「そうか。……その槍の血、殺したんだな」
「ああ。赦しはいらない。敵も盗賊という「奪う」ことを生業とした時点でこうなることは覚悟していた筈だ。私達も士官学校に入学し、騎士団や軍人を目指す以上、それを避けては通れないだろうからな」
人の命を奪っても尚、冷静を保っているフェルディナントに対してジークハルトは少し驚いていた。開戦前、べレスに対して「人を殺したことがあるのか」と問い掛けたのはジークハルトであり、正直ジークハルトは人を殺めることに対して少なからず抵抗があった。或いは覚悟が足りていなかった。しかし目の前にいる級友は既にその覚悟を固め、盗賊を殺め、既に戦果を挙げている。目の前の級友は先日共に訓練をして、悔しがっていたはずなのに。
「ジークハルト。君も貴族なら、何れ国を支える者となるなら……帝国の臣民達を導くべく、常に前を向き続けなければならない。この盗賊を野放しにしておけば、彼等の狼藉によって護るべき臣民が危険に晒される場合だって有り得るんだ。私達はそうさせない為に、自らの手を汚してでも護らなければいけないのだよ」
「……ああ、解ってるよ」
「なら良い。それにこんな所で迷ってくれるな。私はこの戦場にて君よりも、そしてエーデルガルトよりも戦果を挙げてみせる。だが君が実力を発揮できないまま終わってしまえば……それはリベンジとは言えないだろう!」
それがフェルディナントなりの叱責であり、そして彼なりの励ましであると気付いたジークハルトは、ゆっくりと息を吐いて気合いを入れ直した。腰に提げた剣を鞘から抜き、いつでも戦闘に入れるよう全身の力を一瞬抜き──駆け出す用意をする。
「たった今、私の隊の者がエーデルガルトに君の到着を報告に向かった。ベルナデッタの矢が放たれるか、或いはエーデルガルト隊の進軍と同時に私達も進軍し、一気に交戦に入るだろう」
「解った。……ジークハルト隊、待たせたな。俺達が暴れて武功を立てる時間がきたぜ」
「我が名は、フェルディナント=フォン=エーギル! 誉れ高きフェルディナント隊の諸君よ、共に勝利の栄光を手にしようではないか!」
「──ジークハルト、狙撃ポイントから敵陣に向かって矢が飛んだ! 合図だ!」
ジークハルト隊の生徒が空を指さし叫ぶ。多数の矢が敵陣目掛けて降り注ぐ姿がジークハルトも目視出来た。同時に自陣から雄叫びのような声が聞こえ始める。恐らくはエーデルガルト隊、カスパル隊も進軍を開始したのだろう。
「遅れを取るんじゃねえぞ……ジークハルト隊、戦闘開始だっ!!」