「ジークハルト隊、前方三人の盗賊を目標にする! 数の優位で押し切るぞ、ついてこい!」
「了解!」
赤き谷ザナドでの盗賊追討戦。ベルナデッタ隊が放った矢を皮切りに、
騎士団が配備されたエーデルガルトとヒューベルトを除く、第一隊から第六隊までは隊長一人と隊員四人という小隊で構成されており、構成員は皆隊長の得意とする武器に対応した装備となっている。剣による近接戦闘を主とするジークハルトが率いる第三隊は、当然隊員全員が剣による戦いを得意としているのだ。
そしてジークハルトが標的と設定した盗賊達も、手に持っているのは皆剣である。武具の重さ、リーチに差がない場合、その勝敗を分けるのは戦闘の練度、或いは人数差だ。ジークハルト隊の人数は五人、圧倒的なアドバンテージがある。
「クソが、学生ごときにやられてたまるかよ!」
「こっちも盗賊ごときに遅れを取ってられねえんだ!」
先陣を切って盗賊の一人に剣を振り下ろし、一人の動きを止める。残りの二人に対して隊員の生徒が二人ずつ入り、二対一の構図を二つ、そしてジークハルトと盗賊の一対一の構図を完成させた。フェルディナントの言う通り、生徒の手に負えない強さではないと言うなら、二人がかりで挑めばまず負けることは無いだろう。ジークハルトは隊員達が決着をつけるまで、先の模擬戦のように「耐える」戦いをしていれば良い。
──だが、今回のベレスが出した作戦は「こちらから攻め込むこと」だ。
ジークハルトはすぐさま踏み込み、横薙ぎに剣を振る。盗賊はその一撃を剣で受け止めるも、ジークハルトの勢いに押され一歩後ろに下がる。それを見てジークハルトは更に踏み込み、今度は両手で剣を持ち、もう一撃を叩き込みにいく。盗賊は再度剣で受け止めようとする……が、先程と違いジークハルトは両手を使って剣を振っている。先程以上の圧に押され、盗賊は大きくよろめき、無防備な背中を晒した。ジークハルトは一気に右腕を引き、その背中目掛けて突きを繰り出す。
「あっ──がぁっ……!?」
鮮血が飛び散り、肉の壁を斬り破るかのように盗賊の背中は貫かれた。生命が手放されようとしているのか、剣先には一気に人間一人分の体重がのしかかり、一瞬ジークハルトは身体を前に持っていかれそうになる。文字通り人を殺めるという重みを改めて右腕に感じながら──ジークハルトは剣を引き抜いた。溢れ出す赤い液体、声にならない断末魔と共に崩れ落ちる盗賊。
「……悪いな」
実戦でも自分の剣術は通用するのだという自信、人を殺めたことに対する罪悪感と高揚感、殺めずとも何とか出来たのではないかという後悔、そして戦場なのだから仕方がないと正当化する感情。あらゆる感情が渦巻いたが、それら全てを一旦棚に上げることにした。戦場で迷えば、そのまま進めたはずの自らの人生という道からも転がり落ちることになる。況してや、今回は隊長なのだ。
「隊長! ペトラから伝令だ! 北西の方からしっかり隊列まで組まれた兵団が現れたらしい、エーデルガルト隊が応戦予定!」
「どうするよ、ジークハルト。俺達は勿論まだまだ動けるぜ」
「五人じゃ兵団に立ち向かったとしても邪魔になるだけだ、その兵団はエーデルガルトに任せる。ただ俺達も北西に向かうぞ、狙いはそれ以外の盗賊だ。エーデルガルト隊が兵団に集中出来るように、俺達は露払いだ」
「了解!」
二対一で戦闘していた隊員の生徒達も盗賊を討伐し、索敵を行っていたペトラからの報告を受けていたらしい。陣形まで組んだ兵団が現れたということは、間違いなくそこが主戦場になる上に、盗賊達の中でも訓練を受けた、精鋭達がそこに揃っているのだろう。その相手を一小隊でするのはあまりにも無謀と考えたジークハルトは、騎士団擁するエーデルガルト隊にその兵団を任せ、その他の盗賊を倒す選択肢をとった。剣についた血を払い、報告のあった北西へ向かって走り出す。視界の先でドォン、という轟音と共に雷が落ちるのが見えた。ドロテア隊の黒魔法──サンダーによる攻撃だろう。恐らくはあそこが主戦場だ。
──────────────────────
主戦場は混沌の様相を呈していた。
地面の至る所に刺さった矢の跡や焼け焦げた跡、そして赤黒い血が散乱しており、討たれた盗賊の亡骸もちらほらと転がっている。幸い士官学校の制服や騎士団の倒れている姿は見えない為、こちらに人的被害はまだ無いのだろう。
「チッ……思ったより数が多いな……! これがただの盗賊かよ、ちょっとした軍だろ」
想像以上の盗賊の数にジークハルトは思わず舌打ちをせざるを得なかった。視界の先に少しだけ見えるのが、エーデルガルト隊と盗賊隊の正面衝突だろう。
「ジークハルト! お前もこっちに来たのか、百人力だぜ!」
「カスパル! 無事か?」
「当たり前だろ! だけどうちの隊は万全じゃないな。今二人後ろに退かせて、リンハルト隊の回復を待ってる」
カスパル隊と合流し、状況を確認するジークハルト。カスパルに目立った外傷は無かったが、成程確かに小隊の数が少なかった。負傷した生徒を一旦退かせ、白魔法による回復で体勢を建て直すところらしい。
「ジークハルト、頼みがあるんだ! この戦線の少し奥に敵の弓兵が何人か構えてる、あいつらを何とかしないと攻めきれないんだよ。俺が前線を切り拓くからよ、仕留めてくれねえか?」
「構わねえが……いいのか? アンタは武功を立てて成り上がりたいんじゃないのかよ」
カスパルはベルグリーズ家という六大貴族の生まれではあるものの、次男である為に家督継承権を持っていない。その為、自らの腕で武功を立てて成り上がろうとしていることは黒鷲の学級では周知の事実だ。
「そりゃ俺がやれるならやりてえよ。けどジークハルトの方が速いだろ」
カスパルは当然というようにそう言い返した。実際、カスパルが持っている武具は斧であり、ジークハルトと比べると一撃の重さはあるものの、機敏な動きは不得手としている。
「アンタがそう言うなら構わねえが……解った。任せろ」
「助かるぜ! じゃあ……カスパル隊! 喧嘩の時間だ! 前線をこじ開けてジークハルト隊が進む道を作るぞ!」
「ジークハルト隊、進軍するぞ! カスパル隊は人数が少ない、サポートしつつ一気に前に出る!」
カスパル隊とジークハルト隊は同時に駆け出し、正面にいる盗賊達に強襲を仕掛ける。カスパルの勢いの乗った凄まじい一撃を皮切りに、盗賊達との乱戦が始まった。
ジークハルトは盗賊達には目もくれず、隙間を縫うように乱戦の中を走り抜ける。目の前を立ち塞ぎそうな盗賊の胸ぐらを掴み、反応される前に勢い良く引き寄せて重心がズレたところを投げ飛ばし、カスパルのオーダー通り弓兵への道を作り出した。
その瞬間、ジークハルトの頭上を黒い塊が飛び抜ける。夜の闇より黒いその塊は真っ直ぐ弓兵の方へ飛んでいき──ドゴォン、という音と共に地面へ着弾、闇と土煙が弓兵達の視界を奪った。
「良いサポートだ、ヒューベルト……!」
飛来した闇の正体はヒューベルト隊が放った闇魔法、ドーラ。ジークハルトはこの混乱に乗じて一気に接近し、闇魔法が放たれた方向に反撃の矢をつがえようとしていた弓兵達に剣を滑らせることが出来る。
「なっ──!?」
「こいつっ、何処から!?」
中、遠距離に於いては一方的に攻撃が可能な弓の弱点は、こと近距離戦に於いては矢をつがえて弓を引き絞り、そして矢を放たなければいけないという攻撃までのプロセスが多すぎて対応、反撃が出来ないことにある。ヒューベルトの闇魔法で混乱した状態で、ジークハルトの速度に弓兵が対応出来るはずも無く、呆気なくその命を手放すこととなった。
「さて、次は……!」
直ぐに踵を返し、道を切り拓いてくれたカスパルのサポートに向かう。カスパルは元より一対一での対人戦闘に於いては無類の強さを誇る為、問題は無いと思っていたが……その予想は見事に当たり、敵の攻撃を躱し受け止め、斧での一撃で丁度敵を地に沈めたところだった。
「俺のサポートはいらなかったか?」
「お、ジークハルト! 弓兵を倒してくれたんだな、ありがとな! サポートはお前の隊のメンバーがしっかり果たしてくれたぜ」
斧を構え直したカスパル。小柄ながら好きなことを聞かれて「喧嘩」と答えるくらいには腕っぷしの強い彼にとって、戦場はある意味では最も向いているのかもしれない。
「にしてもさっきの魔法、ヒューベルトか? ジークハルトが弓兵を倒してなかったら弓で反撃を食らってたかもしれないのに……あいつって意外と俺達のこと、信用してるよな」
「実際あいつの魔法が無かったらまず矢を躱すところから始めないといけなかったから、そういう意味では助かったがな……」
前節の模擬戦でもヒューベルト個人の判断で戦況を動かすことがあったが、今回も恐らくはべレスの指示では無く、ヒューベルト個人の判断だろう。この課題が終わったら、ヒューベルトに礼を言わなければいけないかもしれない、と考えていたその時だった。
「ジークハルト、カスパル。無事?」
「先生! 安心しろよ、俺達の部隊は平気だ!」
べレスが合流し、状況の確認を行う。後ろにはべレスと共に行動していたペトラと──第四隊の隊長を任命されていたはずのドロテアがいる。
「うん、こっちにいるメンバーは目立った外傷も無し……さっきリンハルト隊の状況も見てきたけど、カスパル隊の残りのメンバーももうすぐこっちに帰ってくるはずだよ。そろそろ戦況を一気に動かしたい、新しい作戦を伝えに来たんだ」
新しい作戦、と聞いて生徒達の顔が一気に引き締まる。
「エーデルガルト隊がもう一度相手の前線を押し返したタイミングで、ペトラ、ドロテア、ジークハルトの三人には別行動を取ってもらう。私達が陣取ったキャンプ地点からすぐ西に、敵陣に回り込める裏道が存在している、そこから少数精鋭で強襲をかけ、迅速に敵将を倒すんだ。いいね?」
べレスが打ち出した作戦は裏道を使用した背後からの奇襲攻撃。今まで「基本に忠実に戦えば負けることは無い」と言っていたところから考えると、少し危険な策に思えた。その疑問点を解決するべく、ジークハルトはその場で質問を投げかける。
「構わねえが……大丈夫なのか? ここで戦力を分けるのは危ない気がするが」
「最前線は二度の打ち合いで両軍消耗こそしているものの、こちら側は人的被害はゼロだ。リンハルト隊の回復に、ベルナデッタ隊の支援射撃があったからね。対して敵はかなり消耗している、恐らく三度目の打ち合いはほぼ全戦力を前線に送らないと、こちら側の前線に張り合うことも出来ない。まだ戦力も整っていた時ならまだしも、このタイミングなら少数での強襲であれば、ほぼ間違いなく敵を混乱させられるはずだよ」
「なるほどな……了解だ、先生」
べレスの説明は一応筋が通っており、このタイミングで強襲をかけることの根拠もはっきりと示されている。実際強襲をかける別働隊としては、少数精鋭として身軽さを活かした奇襲能力の高いペトラに、剣術のアドリブ力が高いジークハルト、そしてそのサポート役として黒魔法が使え、自衛策として剣も扱えるドロテア。最低限の人数で最大限のパフォーマンスが期待出来るメンバー選定と言えるだろう。
「ドロテア隊のメンバーはリンハルト隊と合流済み、ジークハルト隊のメンバーはカスパル隊と合流、各隊長の指示に従うこと。私も前線に参加し、全体の指揮を取りながら戦うよ……さあ、一気に勝負をつけにいこう。準備はいいね?」
「解った」
「ええ。しっかり役目を果たしてくるわ」
「重要な役割、拝命します」
「おっしゃあ、燃えてきたぜ! ジークハルト隊の皆もよろしくな!」
その場にいる隊長格の生徒が作戦を了解し、次の作戦に備えた準備を始める。
「ああそうだ、ドロテア。二人がピンチになったら、新しく学んだことを試すチャンスだと思って、遠慮なく試してくるんだ。期待してるよ」
「お任せあれ。でもペトラちゃんもジーク君も、きっとピンチになるようなことはないと思うわよ」
「なんだ、ドロテア。お前そんな隠し玉みたいなものでもあったのか?」
「そんな大層なものじゃないわよ? ちょっと白魔法のライブを覚えられたのよ」
「白魔法、ですか!ドロテア、頼もしいです!」
ドロテアはふふん、と得意げに笑ってみせた。ジークハルトの記憶が正しければ、女神への信仰ありきで始まる白魔法は苦手であったはずだが……どうやらべレスの指導でその才能が開花したらしい。今の状況を考えればその白魔法は非常に有難かった。
「行きましょ、ジーク君、ペトラちゃん」
「ああ。カスパル、ヘマすんじゃねえぞ」
「任せとけって! お前こそ失敗するんじゃねえぜ、ジークハルト!」
「別働隊、進軍します!」
「行ってらっしゃい。前線部隊は戦闘区域を少しだけ下げるよ、少しでも敵を前に引っ張り出して別働隊が動きやすくするんだ。同時にベルナデッタ隊の援護射撃がより通りやすくなる。代わりに戦線が崩れると一気に雪崩込まれるから、気をつけるんだよ」
ジークハルト達別働隊が駆け出すと同時に、背中からべレスが前線部隊に指示を出す声が聞こえてきた。その声を聞きながら、ジークハルトは苦笑する。
「……ベルナデッタの奴、敵が近付くとなりゃすげえ声で叫びそうだな」
それを聞いたドロテアも思わず苦笑する。ベルナデッタという女性は、意外と追い込まれている時の方が最大限のパフォーマンスを発揮する為、その方が戦果は挙げられるのかもしれないが。