心優しいヒットマン   作:田舎の異音

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第2話『鹿毛と黒鹿毛』

打倒ミホノブルボンを掲げ、僕らのトレーニングには熱が入っていた。

そんな厳しいトレーニングにおいても、ライスは弱音を吐かなかった。決してだ。

そして迎えた5月28日。日本ダービーは5月31日の開催なので、本日が最終調整日ということになる。

僕は冷やしておいた飲み物を片手に、クールダウンをするライスに話しかけた。

 

T「お疲れ、ライス。調子はいい感じで保ててるみたいだね」

ライス「うん、ライスいい感じだよ!」

T「それならよかったよ」

 

実際、ここ数日のライスはかなり調子がいい。しかしまだ絶対能力ではミホノブルボンには敵いそうにないのが現状だ。だからこそ僕は、ミホノブルボンに勝つための秘策!という程ではないけれど、ライスの着順を1つでもあげるための作戦を色々と考えていた。

一番奇抜な作戦は、あえてライスがブルボンの前を走る作戦だ。ブルボンがハイペースで逃げる、それをライスが交わす、ブルボンが焦ってスピードを上げる、抜かれまいとライスもスピードを上げる...最終コーナーを回った時にはもう2人はヘトヘトだろう。ブルボンには勝てても、レースで負けてしまう可能性の方が高い。

 

ライス「....ふふっ」

T「ん、どうかした?」

ライス「お兄さまが真剣に考えてるお顔、素敵だなって♪」

T「あぁ、ありがとう。僕もライス(が真剣に走ってる時の顔)が好きだよ」

ライス「え///そ、それって...///」

T「まだ顔が赤いじゃないか。もう少しクールダウンしておいで」

ライス「う、うん///行ってくるね///」

 

入学したばかりの頃に比べると、ライスはかなり明るくなったと感じる。感情表現もしてくれるようになった。もともと芯の強いウマ娘だと飯田さんから聞いていたが、最近はもっぱらそこを感じる事も多い。

 

T「ホントに成長したなぁ...僕は嬉しいよ。キミの担当でよかった」

 

芝生で身体を伸ばすライスを見ながら、つぶやいてみる。

やはりトレーナーをしていて何が嬉しいかと問われれば、僕は担当ウマ娘の成長が感じられたときと答える。

それは例え大きなレースで勝てなくとも、揺るがない。観客は結果で成長を見るが、トレーナ達(少なくとも僕自身)はそれ以外の部分でそれを感じ取るからだ。スカウトした頃と今日の彼女を比べ、精神的・肉体的な成長を一番に感じられる、それもトレーナーの特権だろう。

だからこそ僕は、担当するウマ娘が「一人前」になるために全力を尽くすのだ。

 

 

 

 

 

ダービー前日の5月30日に、雨が降った。

ミホノブルボンに、運気の風までもが向いてきている。

雨が降ると、レース場の芝生(バ場)が水分を含んでぬかるむ。ぬかるむと地面を蹴ったときの反発が減るため、脚力が余計に必要になる。すると最終直線で加速する先行・差し・追込より、ずっと同じスピードで走る逃げが有利になってしまう。

 

ライス「雨、止むといいね」

T「そうだな。ライスは雨嫌いか?」

ライス「ううん、雨音ってなんだか落ち着くの。だから好きかな」

T「僕と同じだね」

ライス「そうなの?あ、でもお洋服が汚れちゃうから、レースの時だけ止んで欲しいなぁ...」

T「ハハハ、綺麗な勝負服も泥だらけになっちゃうもんな~」

ライス「せっかくお母さまにあしらってもらったのに...」

 

ライスの勝負服は、黒を基調としたドレス風である。しかし肝心のライスが色白なので、顔についた泥なんかはよく目立つ。むしろそっちの方を嫌がる子の方が多かったりするんだけどな...

 

T「それはそうと明日はいよいよダービーだね。作戦は頭に入ってるかい?」

ライス「うん!ブルボンさんの後ろをついてくんだよね」

T「そうそう、2番手をキープするんだね。前の方に位置取るから、スタートには気を付けるんだよ」

ライス「わかったよお兄さま。ライス頑張るね」

 

ところで今日はゆっくり休むように言ったのに、どうしてライスはトレーナー室にいるのだろう...

 

ライス「~♪今日はどの絵本を読もうかな~♪」

 

そしていつの間にか本棚には、ライスが好きな絵本が並んでいる。上の段にはウマ娘のトレーニング関係の専門書、下の段には可愛らしい絵本が並ぶその光景は、部屋でかなり異質に感じられた。

 

ライス「どうしたのお兄さま?」

T「いや、なんだか僕の部屋にライスの物が増えてきたなーって思ってね」

ライス「...お兄さまは、自分のお部屋にライスの物が置いてあるのはイヤ...?」

 

ライスは耳を垂れて、上目遣いに僕にそう問いかける。

 

T「全然イヤじゃないよ。むしろ質素だったから、ライスの可愛らしい物で飾って欲しいくらいだよ」

ライス「!!」

 

ライスの耳と尻尾が元気よく立つ。

 

ライス「じ、じゃぁライスがおっきなレースで勝ったら、あの2人のウマ娘さんみたいに写真撮っても...いい?」

 

ライスは、机の上に飾ってある2つの写真立てを指さしてそう言った。

 

T「そうだな。ライスがそうしたいなら、新しく写真立てを買っておくよ」

ライス「ほんとに?!ライス、もっとがんばらなくちゃ...!」

T「別にG1を勝たなくたって、僕は全然かまわないぞ?」

ライス「だめだよ!ライスもG1を勝って、先輩ウマ娘さんに並べるように頑張らなきゃ...明日に備えて休んでくるね、お兄さま!」

T「お、おう...」

 

ライスはそう言うと自分の部屋に帰っていった。僕がああ言ったのは、ライスがG1を勝つには厳しいと思う部分があったからだ。とにかくライスには、無事に、長く、大好きなレースを楽しんで欲しい。あくまでそれを念頭に置いた上でブルボンを倒すのは、ひょっとすると覚悟が甘いと言われるかもしれない。しかし、これが今までのトレーナーキャリアの中で僕が学んだ事だ。

 

T「雨で重馬場...初めて勝ったG1もそんな感じだったな」

 

僕は机の写真立てを1つ手に取って、新人時代に思いをはせる。

茶色い髪のシニヨンスタイルに医者のような白衣の勝負服。皐月賞ウマ娘、『ドクタースパート』との思い出だ。

 

 

 

 

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