心優しいヒットマン   作:田舎の異音

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第3話『迸る豪脚』

トレーナーを初めて5年目の頃だ。

当時僕はやっと助手を卒業して独り立ちしたばかりだった。恩師がトレーナーを引退し、いよいよフリーとなったのだ。

同期達はもっと早くに独り立ちしてG1レースを勝っており、先輩トレーナー達からは「腕はあるのにどうしてG1を勝てないんだ」と不思議がれらたりして、少しだけ焦っていた。

 

ドクタースパート担当の話があったのは、たしか9月くらいだったと思う。飯田トレーナー(当時)の知り合いの、鞘崎トレーナーから話があった。

 

鞘崎「なあ淀場、今度北海道から地方ウマ娘が来るらしいんだ。お前面倒見てやれるか?」

T「僕でよければ担当させて下さい!」

鞘「分かった、それじゃ任せるな。結構北海道では勝ってるみたいだから、あとはお前が中央のこと色々教えてあげてくれ」

T「はい!」

 

ウマ娘の所属は、大きく2つに分けられる。1つは中央と呼ばれるURA。もう1つは地方と呼ばれるNAUだ。ドクタースパートはNAUの北海道出身で、中央に来る前にはすでに4連勝している。しかも4勝目の北海道ジュニア優駿では、12年ぶりレコード更新での快勝だ。

 

彼女のようにNAUからURAへ移籍してくるウマ娘はそれほど珍しくないものの、しかしその殆どが高い壁にぶつかって思うように勝てていない。

彼女たちが中央でバ群に沈んでいく様を見ていると、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。しかしそれが何かは、まだ分からない。ちなみにURAとNAUでは、資格は明確に区別されている。

 

ドクター「北海道から来ました、ドクタースパートです!長所はどんなバ場でも気にせず走れることです!よろしくお願いします!」

T「僕は淀場。ここで君を支えることになった。こちらこそよろしくね」

 

ドクタースパートはとても美脚なウマ娘だ。他のウマ娘に比べ、かなり脚が長い。そしてただ長いだけではなく、北海道の荒れたレース場を走り抜いてきただけあって、筋肉もかなり発達していた。

 

T「初陣は...京成杯にしようか。」

ドクター「いいですね、芝1400mですか」

T「詳しいねぇ。芝は初めてだから、少し練習してみよっか」

ドクター「初芝...楽しみです」

T「もしかしてロッテファン?」

ドクター「私は日ハムファンです!」

T「あ、そりゃそっか...」

 

 

 

走り方を見てみても、やはり芝は問題ないようだった。走りが本当に力強い。彼女が走ったあとの芝を見てみると、見事に掘り返されている。

 

T「(一体どんなバ場で鍛えたらこんな脚力になるんだ...?)」

 

僕は心底驚いた。

 

 

 

 

 

京成杯(G2)を自慢の脚で一気に追い込んで勝利、続くスプリングステークス(G2)は3着。しかし1着とはほとんど差がなかったので、むしろ自信になった。

 

ドクター「いや~ホントにここは走りやすいですね~。脚がまったく筋肉痛になりませんよ」

 

彼女は脚をマッサージしながらそう言った。

 

T「(今日のレースは11Rだからかなりボコボコだったはずなんだけど...)」

ドクター「それよりトレーナーさん!ついにアレ、頼めますね!」

 

ドクタースパートが目をキラキラさせながら僕に詰め寄ってくる!

 

T「あれ...?あぁ、勝負服か!そうだね、頼みにいこう!」

ドクター「やったー!念願の勝負服だー!」

 

今日のレース結果で、応援バ券の数が皐月賞出走に達したのだ。皐月賞は格式あるG1レースで、その歴史は戦前にまで遡る。G1レースでは勝負服で出走することが望まれるため、トレーナーとその担当は各々にデザインして注文を行う。デザインに関しては綿密に話し合われ、時に保護者の意向を交えて決めていくこともある。

 

ドクター「やっぱりお医者さんっぽく白衣だよね!ネクタイはどうしよっかな?」

T「緑色に白星なんてどう?」

ドクター「それいいです!じゃぁここはこうしてと...」

 

瞬く間に勝負服がデザインされていく。ドクタースパートのお父さんは偶然にも小児科であり、彼女からとてもリスペクトされている。勝負服は、そんな意匠が散りばめられた素敵なものに完成した。

 

 

 

さて、勝負服が完成したのだから次は戦術だ。今回気を付けるべきライバルはやはりサクラホクトオーだろう。彼女はデビューから3連勝し、しかも3勝目を朝日杯フーチュリティステークス(G1)で飾っている強敵だ。姉のサクラチヨノオーとの同レース連覇の速報を聞いた時は、彼女らの恐ろしい結束力を感じた。

 

しかし!サクラホクトオーには明確な弱点がある。

 

T「(それは...)」チラ

ドクター「北のバ場は常に不良~♪」

 

ドクタースパートと違って、不良バ場がかなり苦手なのである。

実はデビュー3連勝の後の弥生賞、バ場が悪く12着と大敗してしまっている。

もし...もしも前日か当日に雨が降れば、勝ち目は十分にある.....!

 

T「(あとは...)」

ドクター「広い北の大地をば~♪この長脚で一跨ぎ~♪」

 

トントンッ

 

たづな「失礼します。皐月賞の枠順が決まりましたので」

T「待ってました!どうでしたか?」

たづな「20番中...19番目です。かなり外側ですね。で、でも!不利かもしれませんけど頑張ってください!」

T「あはは、そりゃ参りましたねー...人バ一体で頑張ります...」

たづな「そ、そんなに気を落とさないでください!今年こそG1タイトルゲットですよ!」

T「は、はい...ありがとうございます」

たづな「それでは失礼します。ご健闘を祈ります!!」

 

ドクター「あちゃー大外引いちゃいましたねー」

T「マイッタナー大外カー」

ドクター「....ははは!ホントはそんな事微塵も思ってないんですよねー?」

T「あれま、やっぱりバレてたか。そうだよ、19番目って聞いた時正直めちゃくちゃ嬉しかったよ」

 

そう、枠順は外側が欲しかったのだ。普通なら走る距離が増えてしまうため避けられているが、ドクタースパートにいたってはその限りではない。

脚の長いドクタースパートは、スタート直後のバ群で窮屈な思いをすることがよくある。しかも皐月賞は中山レース場。ここは直線が短いので体勢を立て直す前にコーナーに差し掛かってしまう。しかもレースは開催の最後の方にあるため、内側のコースはかなり荒れているはずだ。そうなると不良バ場に足をとられたウマ娘と一緒にスピードダウンを強いられてしまうだろう。

 

しかし外からスタートする場合、バ群に包まれる心配はないため、かなり自由にレースを運べる。

 

ドクター「なんでたづなさんにあんな事言ったんですか?」

T「たづなさんは色々情報をくれるけど、こちらの情報を他にも伝えているかもしれないからね。キミを有力視するウマ娘にさっきの言葉が伝われば、マークが薄れて走りやすくなるかもしれないんだ」

ドクター「なるほど...トレーナーさんは策士ですね~」

T「ま、伊達にトレーナーを5年やってないからね」

ドクター「でもG1はまだなんでしょ?」

T「そ、そんなに気にしてないよ」

ドクター「嘘だーホントは同期達と比べて焦ってるクセに~?」

T「ど、どうして分かるんだ?」

 

ドクタースパートは眼鏡をクイっと上げて得意げに

 

ドクター「私はドクター(医者)ですよ?よって心理学にも精通しているのです!」

T「これは一本取られたな...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月15日皐月賞前夜。

 

ドクター「トレーナーさん!外見てくださいよ!」

T「うわぁ!?びっくりした!もうそろそろ寝る時間だぞー」

 

寝るのでクラシック音楽を止めようとした時、いきなりドクタースパートが入ってきた。

 

ドクター「いいから窓の外を見てくださいっ!」

T「外がどうかしたのかって.....うそだろ...?」

 

バケツをひっくり返したような土砂降りの雨が、激しく地面を打ち付けている!

そうか、クラシックをかけていたから雨音に気が付かなかったんだ!

 

ドクター「降ってくれましたね...今頃中山はもう...」

T「あぁ、最高の〝良バ場〟になってるだろうね」

ドクター「いいぞ、いいぞ、もっと降れーっ」

T「よし、明日に備えてもう寝ようか」

ドクター「そうですね!」

 

僕が間接照明を点けた時、ドクタースパートはなぜか僕のベッドに横になっていた。

 

T「おいおい、ここに泊まるのか?寮長に叱られるぞー?」

ドクター「外泊届出しときました」

 

G1レース前日に許可って貰えるのか...

 

T「それならいいか」

ドクター「いいんですー」

 

僕たちは心地よい雨音に癒されながら、深い眠りに落ちた。

 

 

 

 

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