ジャンケットバンク ——The Beginner—— 作:上伊
「100円玉を持ってた。これをまだ賭けるから、安楽くんはまだゲームを続行できるよ」
マフツのその言葉に。
会場は、先ほどまでの爆笑とはかなり雰囲気の異なる。
苦笑と、失笑に、包まれた。
「んだそりゃ……」
「ふざけすぎなんじゃねえの?」
「……マフツ様。申し訳ありませんが、40万ならまだしも、100円となると」
「あれ? でも、銀行って一円単位でお金を管理してくれるんでしょ?」
「はい。それは、そうですが」
「嫌だとは言わせねえぞ。猫崎」
押し黙っていた安楽が口を開く。
「お前さっき言ったよな。「このゲームにおいては100万よりも低い数字をBET額にしてもいい」って。間違いはねえか?」
「……あーはいはい。言ったな」
「それなら」
「ッ舐めんのも大概にしろ!」
猫崎は机をドンと叩く。
「テメぇ黙って言わせておけばよぉ。残高が0円になったんだから大人しく地下落ちしとけよ。いちいち100円だかなんだかで延命されても面倒くせえ」
「銀行としましては、それを避けるために最低賭け金を100万円からにしております」
「クソ、っるせえな! 行員は黙ってろ!」
「しかし、安楽様の残高がマイナスになっていない以上、即時差し押さえとはなりません。特別融資を理由とした差し押さえが発生するのはゲーム終了後であり、猫崎様にはこの6ラウンド目をプレイしていただく必要がございます」
「ああー、もう黙れ。マニュアル通りの行員がよ」
どかっ、と猫崎は、諦めた様に椅子に座った。
「で? もうどうでもいいからとっととカード配れよ。んでそのクソしょぼい100円を賭け金にしてみろ。そうだな、俺が敗けてやろうか? ジュース代くらい奢ってやるぞ? それでここから出られると思ってんならおめでてえが――」
「いいや? 賭け額は100じゃないよ?」
マフツが——口を開いた。
「……は? まさかまだケチるつもりなのかよ? 10円ってか? はは、マジでてめえクソつまんねえな。俺の目が節穴だっただけかよ————」
そのとき。猫崎は。
背筋に、虫が這ったような怖気を覚えた。
ば、っと顔を上げて……目の前の男の顔を見る。
マフツという男は……その言葉に答えるわけでもなく。しかし口ずさむように、それでいてなんでもない会話の様に、ただ、ひとつの数字を提示した。
「第6ラウンドの賭け額は……「マイナス6600万」だ」
安楽 希は、横にいるマフツという男を怖いと思った。
いつからだったか、といえば、この男が最初話かけてきたときからだったのだろう。
安楽。彼は不運から正常な危機管理能力が欠如しているが……その彼からしても、このマフツという男は危険すぎると。
しかし、それでいて——目を背けられない。
悪魔のような魅力がある男だ。
「……は? イカれたのか? お前。ガキか?」
猫崎は、本当に理解できない、気でも狂ったのかという顔でマフツに問いかける。
「んな子供みてえな話あるわけねえだろ。マイナスだから得できるってか? そんなふざけた額のBETが許されるかよ、てめ………ぇえ……?」
猫崎の、語尾がおかしな調子に上がる。
それは……スコアボードの【賭け金】を見てだった。
【賭け金】-66,000,000
「ちょ……何をバカ正直に入力してんだ、行員。アホか、お前ら」
「……賭け金、マイナス6600万円で、親の安楽&真経津ペアからスタートです」
「ちょちょちょちょ待てよ!? 何を、フツーの顔して進めてんだっ……て……」
猫崎はそこでやっと、自分の失言に気が付いたらしい。
「ま、待てよ……賭ける額が『100万より下の数』でも構わないって……いや、んなアホな」