ジャンケットバンク ——The Beginner—— 作:上伊
安楽は苦々しく口を開く。
「……てめー、いまから矢投げるのは俺だぞ……」
「はい、理解しています!」
「じゃあ! なんで! 指五本も賭けてんだよ!?」
安楽は唾を飛ばして、ダーツボードを指さす。
「「ド」「ミ」「ファ」「ソ」「シ」……! 「ミ」「ファ」「ソ」の連続した三つともなりゃ、的のエリアも広い! そのどっかに当たればいいんだろ……!?」
「いえ、これは自分の戦略であります! 貴君は、どうぞお気になさらずお投げ下さい!」
クソ、イカレてんのか、と安楽は、右手にダーツを握ろうとする。
しかし、夥しい手汗で、矢はつるつると滑ってしまう。
はあ、はあ、と息が荒くなる。これを投げれば……狙えば、当たれば。目の前の人間の、「指」が潰れる。
なんだこのクソゲー!?? やってられっか!?
安楽は心内で激高した。
人間は皆……「やらなくちゃならないこと」も、嫌なこと全ても、先延ばしにする。
そして、ソレが目の前にきて始めて焦りだすのだ。
しかし、そういうときには大抵引くに引けなくなっていることが多い。
ましてや、人類最大級にツイていない彼にとっては……
「安楽様。あまりに長い「待ち」は遅延行為と見なされます。ダーツをお投げ下さい」
安楽は震える腕で矢を持ち上げる。
自分のこの矢で、人が苦痛を負う。そして下手をこけばそれは自分かもしれない。何にしろ……自分のせいで、どちらかがさっきの男と同じ目にあう。
動悸が止まらない。胸元が汗ばむ。首筋に髪が貼り付いて気持ち悪い。
しかし……投げなければならない。
安楽は、ぜえ、ぜえ、と息をつきながら……
ダーツを、投げようとした。
「んあっちょっ ミスった」
彼がぼたぼたと垂れ流す手汗と震えで、滑った彼の放った矢は、
彼をあざ笑うかのように、ダーツ盤に突き刺さる。
「ラ」
呆けた顔で安楽は、お互いが選択した鍵盤を確認する。
▼
【安楽】 「ラ」「シ」
【陸谷】「ド」 「ミ」「ファ」「ソ」 「シ」
安楽が指を置いており……そして、陸谷は指を置いていない唯一の場所。
「……いや、待ってくれよ。今の、ミスだわ。滑ったんだよ。矢が」
行員は今にも溜息をつきそうなあきれ顔で、マイクを取った。
「それでは、「ラ」ハンマーが作動します」
「待てって!! いやっそうだ! そもそもお前らの用意した矢が悪いんだって! 滑りやすいんだよこのクッッッ」
ダァン!
それがなんの音が分かるまで、安楽はしばらくの時間がかかった。
「……あ?」
鍵盤に目をやると、自分が薬指を置いていた、「ラ」の鍵盤は。
ハンマーによって、深く奏でられていた。
「いっいっ痛えええええええええェェェェェ!!!????」
かしゅ、と拘束具が外れ、安楽は溜まらず椅子から転げ落ちて、自らのひん曲がった右手薬指を抱え込む。
痛みに耐えかねて脚をばたつかせ、呼吸は酸素をうまく取り込めていないかのように荒い。
「っふ!」
涙に滲む安楽の視界。端に捉えたのは……無傷のまま五音を演奏してみせた陸谷が、ピアノ椅子で、無駄に長い足を組みなおし、耐えかねないという風に噴き出した所だった。
「いえ、失礼! 笑うつもりはありませんでした! ですが……少し圧をかけさせて頂いた、というそれだけで! 唯一、自分だけが損をする、そんなところに矢が刺さってしまうとは! ……く、ふふ!」
「貴君――――相当運がないと見えますね!」
第一ラウンド 第1ターン
選択 →【安楽】「ラ≪失敗≫」「シ(済)」
【陸谷】「ド(済)」「ミ(済)」「ファ(済)」「ソ(済)」「シ(済)」
未演奏→【安楽】「ド」「ミ」「ファ」「ソ」「ラ」「シ」
【陸谷】「ラ」「シ」