ジャンケットバンク ——The Beginner——   作:上井オイ

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最終ラウンド

「それでは……第3ラウンドを開始いたします!」

 

 行員の声と共に、ディスプレイは移り変わる。

 

「記念すべき、すべての決着が付く第三ラウンド――「譜面」はこちらとなります!」

 

【第3ラウンド譜面】

「ド」「レ」「ミ」「ファ」「ソ」「ラ」「シ」

 

「なるほど……自分の勝利を祝う凱旋曲に相応しい。「全音演奏」、ですか」

 

 陸谷は微笑む。

 悪くない。というよりも――おおむね、勝ちだった。

 。敵は既に一音ずつしか演奏していくことができない。それに対して自分は一度に三音まで演奏することができる。

 しかも、そのうちの片方のターンは自分が矢を投げるターンだ。自分は、そのターンにどのハンマーを作動するか決めることが出来る。

 それに対し……安楽という男。

 まるでそれができていない。

 つまりこのゲームは……陸谷は、2ターンに一回、被弾を避けることができるのに、安楽は常にランダムだったのだ。

 ゲームは、常に平等ではない。

 それはこのゲームに限った話ではないし……むしろ、ギャンブルに限った話ですらない。

 現実でも、そうなのだ。

 自分は……地位。体力。頭脳。胆力。軍事力。技術。その全てにおいて、他者より多くの手札を持つ。

 

 とはいえ……その中の優位性のひとつは。

 簡単に、移り変わっていく。

 現実はともかく、勝負の世界ではそういうものなのだから。

 

 ダーツ盤に目を向けた陸谷は――目を見開いた。

 そこには……高速で、回転を始めたボードがあった。

 

「……また、第3ラウンドからは、ゲームのスパイスとして、ダーツ盤を高速回転させて頂きます!」

 

 行員の声と共に、ダーツボードはその回転の勢いを増し。ガガガガという音と共に軽い旋風が起こる。

 

「……ルールに、ダーツボードが常に一定の距離、一定の地点であるとは明記されておりませんでした。そこをもう少し考えるべきでしたか!」

 

 陸谷のいう通り。

 これではまるで――矢で任意の場所を狙う、などということはできないだろう。

 毎ターン、ランダムにハンマーが振り降ろされることになるのは明らかだった。

 しかし陸谷はすぐに元の余裕を取り戻す。

 

「これはこれは……行員殿! 自分への助力でしょうか!?」

「……銀行は、どちらかのプレイヤーに肩入れすることはございません」

「いえ、状況的に見れば……自分に有利になったことは明らかです」

 

 陸谷は行員に微笑む。

 

「単純な確率勝負になったということは……「数の優位」がより顕著に表れるということです。今だ三本指を保持している自分に対し……安楽殿は、指が「一本」しか残っていないのですよ!?」

 

 陸谷は、勝ち誇ったように続ける。

 

「しかも、この安楽という青年! ――まるで「運」がない! たまたま当たってしまった場所が、自分が指を置いていた場所なんてことが、今ゲームだけで何度あったか!」

「それは憐れむべき不運ですが……こと「賭場」においてはカモでしかない!」

「これで、安楽殿! 貴殿は、自分のターンに、自分の指を射抜いてしまう可能性まで出て来たわけです――それとも、「1/7」を「七回連続」で避けられることに賭けてみるのですか!? ろくに運もないあなたが! ――降参し、これ以上の傷を増やさないことを、是非お勧めします、が――」

 

 陸谷は。

 言葉を途中で止める。

 

 安楽は、高速で回転しだしたダーツ盤を、目を見開いて凝視しながら。

 唯一残った、負傷のない人差し指で。

 額をトントンと執拗に叩いていた。

 

「……どうされました? 安楽殿――それは降参の合図でしょうか!」

 

 煽る陸谷に。

 絶望のただ中にあるはずの――安楽は、返す。

 

「いや――続けよう」

「……はい?」

 

 

「このままで大丈夫だ。第3ラウンドを、始めよう」

 

 

 陸谷は目を細める。

 ――意図は分からないが。

 

「……いいでしょう! その意気ですよ、安楽殿! あなたもなかなかな大和男児だ

――」

「負けると分かっていても、勝負を投げないとは! 実に素晴らしい! おっと、矢はまともに投げられないようでしたが!」

 

 陸谷の毒にも。

 まるで聞こえない様子で――

 安楽は。こんな絶望的な状況に、以前も追い込まれていたことを思い出していた。

 猫崎。という、これもまた強かった男に、ボコボコにされていたとき――

 現れた、悪魔の様な青年に。

 「何」を教えて貰ったのかを。

 


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