ジャンケットバンク ——The Beginner—— 作:上伊
白手袋の銀行員が、椅子に座った安楽の身体を一通り調べ終わると、彼は手袋を脱ぎ、いくつかのメモをまとめながら言う。
「安楽希様。あなたに1600万円の特別融資を行います。掛け金がマイナスになった時点で、あなた自身を差し押さえます」
安楽希は、びくびくとしながらその言葉を聞き終える。
「あ、あなた自身を差し押さえるって……」
「先ほどサインしていただいた書類に、必要な事項はまとめております。お好きなときに確認していただければ。何はともあれ、ゲームに参加することをお勧めします、安楽様」
その言葉に、安楽はおそるおそる目を上げる。
飛び込んでくるのは、歓声に怨嗟の声。カードを投げ髪を掻きむしる男がいれば、冷静に牌を打つ中年の男もいる。
その中で……彼は。どういうわけか、中央のテーブルに目を止めてしまう。
「銀行員さん……あれ、なんですか?」
「中央で行われているゲームですか?」
そこでは何枚かのカードを片手に、周囲を眺める一人の男と、それを見物する幾人かの姿があった。
「あれはこの銀行独自のゲームです。ポーカーや麻雀といったゲームもご用意しておりますが、あちらは当銀行でもおすすめのゲームになっております。特に掛け金のシステム上、一度で数千万を得ることも」
「ほ、ほんとですか!?」
安楽があげた声に、中央のテーブルの男は、口角を上げて立ち上がる。
びくつく安楽に、近寄ってきた彼は、非常に毒気無く笑って見せた。
「兄ちゃん! あんた新参か?」
「は、はい?」
「ここは初めてだろ? 見ねえ顔だぜ」
——安楽 希は、運は悪くとも、決して頭が悪いわけではない。
故に、この状況がどれだけ「マズい」かは理解している。
しているにも関わらず……彼は、非常に運が悪いことにただの一般人だった。
数千万という金を返済しなければならない。掛け金がマイナスになれば、どうやらヤバそうだ。勝たずにここを出たとしても、もう闇金が迫っている。
最悪の状況である故に——非常に合理的に。彼は考える。
「うまく勝ちゃあ数千万ってゲームだ。ま、そううまくはいかねえが……なに、一回ノーレートで試させてやるから一発ゲームしてみねえか?」
安楽は相手をちらりと観察する。
かなりいい身なりに、高そうな時計を身に付けた彼を、おそらくは金を持て余した富豪だろうと考える。
そしてまた運が悪いことに……彼は無能ではなく、こんな状況でも思考停止せず必死に考える。
周囲で行われているポーカーや麻雀なんかは、「プロ」もいるほど洗練されたゲームだ。熟練しているであろう彼ら相手に、ただでさえ運が悪い自分が勝てるわけがない。
しかし、ここ独自のルールで、金を持て余していそうなこの男相手なら、あるいは——?
「よ、よろしく、お願いします……」
「おう。じゃあ卓につけ。ルールから教えてやるよ——
——「ビギナー」には優しくしてやんなきゃなあ」
安楽希は、アンラッキーだ。
彼の、死地に活路を見出そうとする合理性が。
彼を、最も勝率の低いテーブルにつかせてしまう。
安楽に背を向けて、男は今度はその邪悪な顔を隠さずにやけた。