ジャンケットバンク ——The Beginner——   作:上伊

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笑みと焦燥

「ふ、ふふ」

 

 陸谷は思わず笑みを溢した。

 

「それでは……安楽様は、「ミ」鍵盤の一音で決定されました」

 

 行員の音声を聞き、陸谷は足を組みなおす。

 

「一体どういうおつもりですか? 安楽殿」

「どういうって何がだよ」

「いえ……まあもう少し分かりやすく言うならば、「それは事実上の降参ですか?」と聞いているんですよ」

 

 陸谷は鍵盤を、健康な方の五指で撫でる。

 

「なにせ私は安全に「3音」賭けられる……そして、あなたが安全に賭けられる音数は「1音」しかない」

「なら俺が「ミ」の一音だけ抑えててもなんもおかしくねえじゃねえか。問題ねえよ」

「残念ながら大有りですよ。あなたは本気で、それを「7回連続で」通すつもりなんですか?」

 

 安楽は答えない。それに対して、陸谷ははあ、とため息をついて首を振る。

 

「私は「運」などというものは信じていません。ああいや、もちろん「確率」については理解していますよ。7分の6より、7分の1の方が、当たる確率が低い。これは当然よく分かります」

「しかし「運」というものはこの世界には存在しないのです。例えば……『ここまで悪かったのだから、ここからは良くなるだろう』とか……『流石に6回連続で敗けはしないだろうから、次は勝つ』だとか。そういったものは全て弱者の妄言なのです」

「安楽殿。現実を見せるようで申し訳ないのですが、もしもあなたが『ここまで運悪く負けてきたから、ここからツキが回ってくるはず』などと考えているなら今すぐ降参することをおすすめします。これはあなたの最後の指だけでも無傷のまま持って帰らせてやりたいという自分の温情でもあるのですよ——」

 

「ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ軍人サマは流石演説が長えなあ」

「……何?」

 

 安楽が精いっぱいのドスをきかせた声で陸谷に答えた。

 

「分かるぜ、お前の気持ち。お前、確かにマジで素直だよな。落ち着いて見りゃお前の考えもよーく分かるぜ。実はちょっと不安になったんだろ? 『オレが自爆覚悟の「五指」賭けてこないか』って。そんで、俺がそれをしなかったから安心して急に喋り出した。ああ? 違えかあぁ?」

「…………」

 

 陸谷は不愉快そうに口を閉じた。それに追い打ちをかけるように、安楽は言葉を続ける。

 

「ならそんな陸谷サン、あんたに朗報だ。『オレはここから先、指一本ずつしか賭けねえ』」

「……何?」

「言ってる意味わかんねえか? オレがこっから指を「二本」置くことはもうねえってことだ。賭けてやってもいいぜ? 行員に言って独自に賭けでも始めるか? オレはそれに——」

 

 指五本賭けれるぜ。と。

 にへら、と唇を引きつらせながら言った。

 

 陸谷は確かに素直だ。考えたことは体に出る。わりと一般人相手にも、陸谷自身の動揺は読まれやすいことは感じている。

 ではどうやって彼がここまで勝ち抜いたかというと……その逆。「読まれ」の逆、「読み」だ。

 陸谷は自らの読みは中級者レベルだと自負している。それは尋問によって鍛えられたものであり、人質の嘘が自分の生死にかかわる戦場で磨かれた独特の読みだった。

 故にブラフが前提となるギャンブルでは中級程度の能力しか発揮できないが……眼前の相手が、「どこまで本気でものを言っているのか」についての読みは、実はハーフライフでも充分通用するレベルにまで達していた。

 そしてその冴えた目故に、陸谷は理解する……

 この安楽という男、本当にここから一音ずつを賭け続けるつもりだ。

 

 不気味だ。

 不気味すぎる。

 陸谷には理解ができない。

 

 眼前の男はこれから一音だけを賭け続けるらしい。そのこと自体は理解もできる。こいつが負傷無しで賭けられるのは「一音」だけだからだ。しかし、だとすれば、考えられる選択肢としては「降参」しかないはずなのだ。一音ずつしか賭けないということは、指を負傷したくないということであり、指を負傷したくないということは、もう一音だって演奏を失敗できないのだ。それを、七回連続で成功させる? しかも、安全に一ターン三音を演奏できる私と競いながら、回転を始めたダーツボードで?

 

 分からない。

 不気味すぎる。

 不気味な相手には……「速く」勝つに限る。

 陸谷は今ゲーム始まって以降の最大の長考を見せてから……

 

 指を『4』本、鍵盤に置いた。

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