ジャンケットバンク ——The Beginner——   作:上井オイ

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窮鼠猫を噛む

「それでは、陸谷様が「ラ」「シ」「ド」を選択されたため、鍵盤をロック致します」

 

 行員の声と共に、陸谷の人差し指が「ド」に、中指が「ラ」に、薬指が「シ」に拘束される。

 

「それでは、第1ターン、投手権は親の安楽様にございます。安楽様、矢をお投げ下さい」

「……」

 

 押し黙ったままダーツを見つめる安楽をよそに。

 陸谷は定石通り……残った安全な指で賭けられる最大の音数、三音を押さえた鍵盤を改めて見やる。

 三音、三音、一音。で、計7音。

 3ターンはかかってしまうが、それでもこのターンに陸谷が出来る最善の選択だった。

 もしこのターン、ないし次ターンで『運悪く』ハンマーが指を叩いたとしても、その次ターンでも指は二本残る。「指が二本残っている」というのはこのゲームにおいて最大のアドバンテージだ。なぜなら……「二音」抑えた場合、1ターンに一本しか矢が投げられず、したがって一ターンに振り降ろされるハンマーがひとつである都合上、「二音」中「一音」は必ず演奏できるからだ。

 もっとも、指が二本以上残っているのにも関わらず「一音」も演奏できない場合も存在する。存在はするが……それは、「自分がラスト一音のみを残し、その一音に矢が刺さってしまった状況」にのみ起こりうる、既に勝利を目前にした状況だけだ。そこまで進んでいればおおむね勝ちな以上、考慮する必要はないと言える。

 

「……俺はここまで、ずっと不運だった」

 

 と——突然。矢を見つめていた安楽がぽつりと呟いた。

 

「……どうされましたか? ここにきて自分語りとは。残念ながら、よく知っていますよ。あなた自身の矢があなたの指を射抜いた所を、自分も何度拝見させていただいたことか——」

「陸谷。あんたさっき言ってたな。

『「ここまで運悪く負けてきたから、ここからツキが回ってくるはず」というのは弱者の妄言』

だったか?」

「……はい。そうですね」

「悪いが、オレもそんなことはちっとも思っちゃいねえ。」

 

 ここまで運悪く負け続けてきたオレは、これからもずっとツかないままだ。

 

「そんなことは誰よりもよく知っている。運命の神様ってのは誰よりも平等で、そして何より不平等なんだ」

「……新手の時間稼ぎでしたら、無意味だとお伝えしておきますよ。ここの行員は遅延行為には厳しいんです」

「オレが何言ってるか分かんねえみてえだな? 陸谷」

「……理解できるはずがないでしょう。追い込まれたネズミの戯言など」

「そうかよ。でも窮鼠は「猫」を噛んだんだぜ?」

「ですからあなたはずっと、一体何を仰っているんです……!」

 

 初めて声を荒げかけた陸谷をよそに、安楽は高速で回り続けるボードに向き直った。

 そして矢を強く握りしめる。

 

「だから試すんだよ。これで、どうなるかを」

 

 そして安楽は、左手を強く振って矢を高速回転するボードに真っすぐ投げた。その矢は迷いなく、吸い込まれるようにまっすぐボードの「どこか」に突き刺さり、ダン、と強い音が鳴る。

 

 だんだんと回転が弱まっていくボードを、安楽も、陸谷も、行員も、ただ無言のまま見守っていた。

 そして完全に回転が止まった時、安楽の放った矢の刺さっていたのは——

 

「……安楽様が最後の指で選択されていた、「ミ」鍵盤になります」

 


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