ジャンケットバンク ——The Beginner—— 作:上伊
安楽にとって、猫崎が自分の手札を公開してきたのははっきりいって僥倖だった。
先ほどから、手札のうち一枚でも裏が見えたりしないものかと凝視していたのだ。相手から教えてくれるなら、それに越すことはない。
安楽とて。自分は運がない無能であることは自覚していても……バカではない。猫崎の出したカードが「パー」以外。すなわち「グー」「チョキ」であることがはっきりした以上。「グー」を出そうとしていたの……だが。
(もし猫崎の手が「グー」ならどうなる?)
安楽は。「あいこ」という。普段なら、敗けよりもマシ、故に正解だとすら思っている選択肢を、「欲」を捨てきれず、「勝ち」にかえようとしていた。
つまり……猫崎の手がもし「グー」なら、自分は「パー」を出すべきなのだ。当然、賭け金の500万円は自分のものになり、1ラウンド目の醜態をカバーすることができる。
この賭場は、公平ではない。何故なら、安楽は「不利」なのだ。
その圧倒的な運の無さからではない……安楽の、「勝利条件」は、自らの負債分、1600万円を稼いだ上で、借金を返済できるためのまとまった金額を稼いで、地下からでなければどちらにしろ敗けなのだ。
それに対して、猫崎の勝利条件は、「収支を+にすること」……極端な話、100万円でも安楽に勝ちさえすれば、猫崎としては一応「得」なのだ。
なんなら、猫崎の手は「グー」の可能性が高いとまで考えられる。何故なら、「パー」を公開して、残った手札が「チョキ」と「グー」しかない以上、安楽は「グー」を出して、絶対に負けはしない状況にするのが明らかに最善であるはずだからだ。
故に……猫崎は。引き分け狙いの「グー」を出しているはずだ。でなければ、「パー」を公開するメリットがない。
(ここで俺も「パー」を出して……あいこなんかじゃない。「勝つ」んだ。眼前の猫崎にだけではない。これまでの、運に負け続けてきた俺自身を、ここで勝って変える……!)
安楽は、いわゆる興奮状態にあった。
とはいえ……仕方がないことなのだ。これまでちっぽけな規模の賭けしかしてこなかった、ただただ運が悪すぎるだけの一般人にとって……数千万という金が一挙に動き、そしてその上で命すらもかかっているかもしれないなどというこの状況は——あまりに、カゲキすぎた。
そして。「確実にあいこを取れる」という「グー」の利点を放棄して、「勝てる」「パー」を。安楽は伏せてしまう。
カードを置いたときの。その決意に溢れた表情を見て。猫崎が、これ以上なく光悦とした表情を浮かべたのを見て。
あれっ? これ
ミスった?
「カードを公開します」
【猫崎】「チョキ」
【安楽】「パー」
「なっ……なああああああああああ!?!???」
安楽は、魂がぽきりと折れる音を聞きながら叫んだ。
「じゃあっ……なんで……「パー」を公開なんかしてっ……それなら、「グー」ならっ」
「ココっ……ココココッ……」
その音が、何か安楽は分からなかった。
しかし、猫崎の歪んだ口元から出ているのを見て、
それが笑い声であることを理解した。
「兄ちゃんの金は……俺が大事に使ってやるよ……!」
【猫崎】57,000,000 +5,000,000
【安楽】5,000,000 -5,000,000
じゃらじゃらと、効果音を立てて記載される金額が増減する。
猫崎は、増えた金を見てせせら笑った。
(……さっきのターンは、お互い同じカードを持った、公平なラウンドだった。しかし、俺はあえて「不利」になることで、奴の考えを固定した。
公平なときにも勝てねえ奴が……ここから、俺に勝てるわけがない)
安楽は。一気に減っていく金を見て。
削られる命の残高を見て。
無。だった。
次回であらすじで触れているあの方出てきます。