孤独なドラムと蒼い惑星   作:なんJお嬢様部

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第二話です。


イングリッシュマン・イン・ニューヨーク

後藤さんがギターを背負ってきたその日、ついに僕は、彼女に声をかけることができなかった。なんと声をかけるか悩んでいるうちに放課後になって、気がついたときには、既に彼女はいなくなっていたからだ。

コミュ障な僕は、ちょっとした話をするにしても、念入りに言葉を選んでしまう。相手を傷つけないような表現は、そもそも何を話そうか、頭の中で言葉が堂々巡りする。

そうしている内に、気が付けばみんなの話題は変わっていて、僕一人だけが取り残されている。みんなにとって、僕の言葉はあってもなくてもどうでもよくて。僕の胸の中には、何時だって吐き出せなかった言葉の残骸ばかりが転がっている。

 

そんな僕を、理解(わか)ってくれるのはバンドのメンバーだけだ。彼らは、本当に大切なことを話すときには、僕の言葉を黙ってじっと待ってくれる。でも、普通の人の眼には、ゆっくりと答えを出す僕は、どうやら退屈な奴に映るようだ。

僕自身、自分は退屈な奴だって分かっている。話し出すまでに時間はかかるし、話したからといってムービースターのように、ウィットに富んだ小粋なジョークを飛ばせる訳でもない。

 

その分、僕は僕の思いの丈を、全て演奏に乗せて解き放ってきた。それが突き刺さる人間にだけ思いが伝わればいい、それで十分だと思っていた。

だから、自分が口下手なことでこんなにも頭を悩ます日が来ることは、僕にとっては想定外の事態だった。

 

(でも、ウジウジしてばかりもいられない。今日こそ、後藤さんに話しかけるんだ)

 

胸の内で決意を固めて、僕は朝の教室で後藤さんが来るのを待った。HRまでの時間は、今までずっと自分だけの世界に籠もっていたのに、誰かが来るのを待つというのは、なんだか不思議な気分だ。

 

結局、肝心の後藤さんが来たのはHRが始まる数分前で、僕はまたもや話すタイミングを逃してしまった。どうやら、後藤さんはかなり遠くから通学しているようで、始業のチャイムぎりぎりで、滑り込むように教室にやって来るらしい。影の薄さも相まって、いつも、気が付けばそこにいるみたいな感じだった。

でも、今日も彼女の背中にはギターケースが張り付いている。どうやら、()()()()()()()()()()()も無駄にならずに済みそうだ。

 

(……昼休みに話しかけよう。うん、そうしよう)

 

同じ日陰者同士、僕たちが話すには長い時間を必要とするだろう。

そう判断すると、僕は昼休みが来るのを海底に潜む深海魚のように、息を潜めて待つのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

そうして、昼休みがやってきた。終業の号令が終わると同時に、僕は後藤さんの席へと顔を向けた。

しかし、そこには既に彼女の姿はなく、教室のドアに付けられた磨りガラスの窓越しに、ピンク色の人影がするりと廊下をかけていくのが見えた。

 

「…………早っ」

 

思わずそう呟いてしまうほどの見事な早業だ。しかも、ギターケースまで持ち出してのこの動きである。

でも、そうまでして教室を抜け出したい気持ちは、僕にもよく分かる。昼休みの教室の団欒というものは、日陰者には眩し過ぎる。心の平衡を保つには、独りで静かで豊かである場所を求める必要がある。そして、そんな条件を満たす場所に、僕は心当たりがあった。

鞄から昼食のランチパックとお茶を取り出すと、足早に教室を後にする。

 

(僕の考えが後藤さんと同じなら、僕の向かう先に彼女はいるはずだ)

 

確信めいた予感を胸に抱いて、僕が辿り着いた先は学校の中庭だった。ここ、秀華高校は学校全体が凹の形をしていて、光の遮られる北の凹みの中にひっそりと中庭がつくられている。しかも、そこには教室棟である南館からは直接アクセスができない。一度西館か東館の北端にある裏口を経由して向わなければならないため、中庭は秀華高校屈指の不人気スポットとなっていた。

 

植えられてこの方、一度でも手入れされたのかどうかもわからない、鬱蒼と茂る木々を避けて進むと、そこには小さな園庭がある。園庭と言っても、節水のため水の涸れた小さな噴水のある池と、それを囲うように置かれた、4基の苔むしたベンチがあるだけだ。

 

おおよそ生徒が寄り付かない、陰性植物の棲家のような空間。しかし、僕の想像通りに、後藤さんはそこにいた。

 

後藤さんは、校舎に日光を僅かに遮られない北側のベンチに、僕に背を向けるように座っていた。彼女の横にはギターケースが並んでいて、後ろから見ると仲の良い二人組がベンチで他愛もない会話をしているように見えた。

 

(よかった、やっぱりここにいた)

 

後藤さんの存在を確認したとき、僕はやはり自分と彼女がご同類(ひかげもの)だと確信した。

 

青春は眩しいもの。生命力溢れる十代の若者は、何時だって、自分がスポットライトを浴びる物語の主人公で、何にだってなれてどこにでも行けると思っている。そんな無鉄砲さですら、青春を彩るアクセントに変わる。

でも、誰だって平等に燦めく青春を送れるわけじゃない。年中陽の光の差さない、湿った土でしか芽吹くことのできない花だってあるのだ。僕や後藤さんのように。

 

そんな彼女への親近感が、気が付かないうちに僕の気を大きくしてしまったらしい。僕は普段なら出さないような大きな声で――とはいっても、余人からすればまだ小さな部類だが――彼女に向けて「後藤さん」と呼びかけていた。

 

そして、それがいけなかった。

 

後ろから存在しないはずの人間に声をかけられた後藤さんは「うひゃう!?」と変な叫び声を上げて、体を大きく震わせた。それから一瞬遅れて、湿った物体が地面に落下する、耳障りな音が辺りに響いた。

 

「「あ……」」

 

僕と後藤さんは、マーフィーの法則をその身を以て体現している、ひっくり返って盛大に中身を地面にぶち撒けている弁当箱を見て、全く同じ声を上げていた。

 

日陰者(ぼっち)というものは、たとえ同類で集まってもお互いに噛み合うとは限らない。だから往々にして、ただ複数の日陰者が同じ場所にいるだけの不毛な空間が生まれてしまう。

 

昔、誰かの口から聞いた、日陰者の悲しい真理が頭を過ぎる。僕は思わず天を仰いで神に祈った。

 

(ああ、神様。願わくば、僕を後藤さんに声をかける数秒前に戻して、その上で助走をつけて僕を殴って正気に戻してください)

 

当然、そんな後ろ向きな願いが叶うはずもなく。中庭には相変わらず、無惨に飛び散った弁当を眺めてブルーになる、二人の日陰者がいるだけだった。

 

これが、僕と後藤さんのファーストコンタクトだった。




何だか噛み合わない二人。
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