孤独なドラムと蒼い惑星   作:なんJお嬢様部

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続きました。
時系列的には、原作でぼっちちゃんがスターリーで3人のライブをした次の日になります。


ウィーウィルロックユー

後藤さんの弁当が地面の養分になってから数分後。

僕と後藤さんは同じベンチに座って、中庭の噴水を眺めていた。

並んで座っているとはいうものの、僕たちの間で交わされる言葉は、目の前の噴水の如く涸れ果てていた。後藤さんは積極的に話すタイプではないだろうし、僕も弁当の件で何だか出鼻を挫かれたので、まだまともに話せる心境にはなっていなかった。

それでも、僕のコンディションなどお構いなしに、昼休みは刻一刻とすり減っていく。何かアクションを起こさなければならない。このままでは、後藤さんの中で僕の印象は、弁当を地面に落としただけのゴミ虫にしかならないだろう。何とかしなくてはいけない。

手の中にあった昼食のランチパック、その最後の一欠を飲み込むと、僕は意を決して口を開いた。

 

「えっと……ごめんね、お弁当落としちゃって」

 

とりあえず、まずは弁当についての謝罪から入ることにした。流石にあれだけのことをしておいて何も言わないのはクズの所業だと思ったからだ。

僕の言葉に、後藤さんは少し目を丸くしてから、残像が残るレベルで首を左右に振った。

 

「い、いいっい、いえいえ! ぜ、全然気にしてないですよ! 」

「いや、でも……」

「む、むしろ、私に食べられるよりも、地面に養分を与えられて、弁当も幸せだったのではないでしょうか……」

「えぇ〜……」

 

(ご、後藤さん、自己肯定感があまりにも低い……)

 

後藤さんの口から溢れるあまりにも卑屈な言葉に、僕は思わずたじろいでしまった。恐らく、僕に気を使ってくれているのだろうが、気の使い方が「自分を下げて相手を上げる」スタイルなので、なんとも言えない居たたまれない空気が漂った。後藤さんも、それを感じ取ったようで、アワアワしながら次に発する言葉を考えているようだった。

こんなとき、僕は必ず相手の言葉をゆっくり待つようにしている。急かして出させた言葉には想いがこもらないし、何より僕自身が口下手なのもあって、言葉を急されることの苦痛は誰よりも分かっているからだ。

後藤さんは、そのまましばらくアワアワしていたが、何やら妙案が思いついたようで、ハッと目を見開いた。

後藤さんは、きっとポーカーなんかをしたら、オケラも裸足で逃げ出すレベルで負けてしまうんだろうなと、そんな失礼な考えが頭を過ぎった。

 

「あっ、え~と、本当にお弁当は大丈夫です。これも、いただきましたから……」

 

後藤さんの手には、数口噛じったランチパックが握られている。それは、弁当を落とした後藤さんに、僕が持ってきたランチパックを一つあげたものだ。

 

「いや、でも、それだけじゃお弁当の代わりにならないよね」

「だ、大丈夫ですよ。私、ハイブリットカー並みに燃費がいいので」

「流石にそれは過言なのでは……」

「ほ、本当ですよ。そっ、それに、私卵味も好きですから、ほら……」

 

そう言って、後藤さんは残ったランチパックを勢いよく頬張り始めた。呆気に取られる僕の前で、後藤さんはランチパックを一息で口に入れると、喉の動きが分かるくらいの勢いで飲み込んだ。

 

「あ、あ〜。美味しかったな~、満腹だな~」

 

ランチパックを食べ終えた後藤さんは、恐らく精一杯作った明るい声色でそう言うと、お腹をさすって満腹をアピールした。それは、小学生でも分かるような、あまりにもわざとらしい演技だった。あるいは、コミュニケーション下手な彼女にとっては、これが素の反応なのかもしれない。

でも、彼女のその不器用な気遣いが、飾らない優しさが、何だか僕の胸にはじわりと沁みた。

 

「……ありがとうね、後藤さん」

 

だからだろうか、後藤さんへのお礼の言葉は何も考えることもなく、自然に僕の口から溢れていた。

 

「……! いえいえ、私なんか何もしてませんから! あっ、ラ、ランチパックは食べましたけど!」

 

お礼を言われたことに驚いたのか、後藤さんはまたアワアワしながら、両腕を難解なポーズで振り回していた。でも、しばらくするとそれも落ち着いたようで、両手を膝の上で握って伏し目がちに俯いた。

そして、ちらちらこちらを横目で窺いながら、彼女は遠慮がちに口を開いた。

 

「あの、ですね……勘違いじゃなければ、その……さっき、私に話しかけてくれまし……た?」

 

後藤さんが恐る恐る質問してきたのは、多分「もし勘違いだったら、私はただの自意識過剰な痛い奴」だと思われてしまうから、それを避けるために予防線を張ったのだろう。日陰者特有の回りくどい会話に、僕はシンパシーを感じずにはいられなかった。

そして、僕が声をかけたのは事実だったので、後藤さんは間違っていないことを伝えるために、殊の外大きく頷いてみせた。

 

「うん、そうだよ。ちょっと聞きたいことがあってさ」

「き、聞きたいことですか……?」

「後藤さんって、ギターやってるんだよね?」

「うぇっ!?」

 

後藤さんは盛大に驚いたあと「そっ、そそそそうですけれど」とDJがスクラッチしたかのごとく吃りながら返事をしてくれた。

 

「実は僕も楽器やってるんだ」

「えっ、そうなんですか……!」

 

僕の言葉に後藤さんは目を丸くした。

どうやら、後藤さんにとっても僕がバンドをしているのは意外だったようだ。

 

「うん、でも僕がやってるのはギターじゃなくてドラムなんだけどね」

「へぇ〜、そうなんですね……」

 

後藤さんは、凄く興味深そうに僕の方に視線を向けてくるけど、僕と目が合うとすぐに視線を逸してしまう。好奇心と人見知りがせめぎ合って振り子のようになっているみたいだ。

 

「だからね、ちょっと後藤さんの演奏に興味があるんだ。後藤さんはギター上手いの?」

 

僕はいよいよ、核心となる質問を後藤さんにぶつけた。

実は、僕は高校で僕たちのバンドに加入してくれるギタリストを探していたのだ。軽音部に顔を出したのもそのためだったのだが、ここの軽音部はどちらかというと和気藹々としたコピーバンドが中心で毛色が合わなかったのだ。他のメンバーの通う高校でも、目ぼしい人物は居なかったようで、新規加入は半ば諦めかけていた。

そんなときに、後藤さんがギターを背負って僕の前に現れたのだった。

僕の所属するバンドはゴリゴリのプロ志向。もし、後藤さんが上手くてフリーのギタリストなら、是非うちのバンドに入って欲しかった。

そんな一縷の望みを託したのが、今の僕の質問だった。

 

「え、えーっと……そう、ですね。結構弾けると思いますよ、私……フヘヘ……」

 

後藤さんの口から溢れた言葉に、僕の期待値は高まった。

 

(さっきみたいに、自分を卑下するような発言をする後藤さんが「弾ける」なんて言葉を使うくらいだ。きっと、余程自信があるに違いない……!)

 

「本当に?……それなら是非聞いてみたいなぁ……!」

 

気が付けば、僕は期待から、少し前のめり気味になりながら後藤さんに話しかけていたらしい。後藤さんが「ひゃっ!?」と言いながら仰け反ったので、僕も「ご、ごめんね」と言って彼女から離れた。

 

「い、いいですけど、今はギターしか持っていないので……」

「それなら大丈夫。僕、小型のアンプ持ってきてるから」

 

そう言って僕は、ベンチにおいてあった携帯用のアンプを差し出してみせた。電池で駆動するこのアンプは電源が取れない屋外でも演奏を聞くことができる。念のために電池も新しいものを入れて、準備万端だ。

 

「そ、そこまで演奏が聴きたいなら仕方ないですねぇ〜」

 

アンプを見た後藤さんは、「仕方ない」と言いながらも、顔には満更でもないニヤついた笑みを浮かべていた。もしかすると、彼女はずっと人前で演奏を披露してみたかったのかもしれない。

 

「じゃ、じゃあギターの準備をしますね」

「うん、よろしくね、後藤さん」

 

僕が頷くと、後藤さんの手がギターケースに伸びる。ファスナーを開けたケースの中から姿を現したのは、ピアノのような艷やかな黒のボディをもつ、Gibsonレスポールスペシャルだった。

 

(Gibsonのレスポールスペシャル……! 凄いのが出てきたぞ。……少なくとも、普通の高校生が持つレベルのギターじゃない。これは、ひょっとすると本当に掘り出し物かもしれない……)

 

思いがけず登場した名器に、僕の期待は最高潮になった。もちろん、陰キャである僕は「うおー!」なんて叫んだりはしない。けれど、よく観察する人がいたとしたら、体を少し揺らしてソワソワしていることがわかったはずだ。ドラムを演奏しているとき以外は、文鎮や置物のような自分からすれば、ありえないようなことだ。

 

「あっ、その、セッティングできました……」

「もうできたんだ、早いね」

「い、家では何度もやってますから……」

 

僕が頭の中で色んなことを考えている内に、後藤さんはチューニングなどを済ませていたらしい。その手慣れた早さにも否応なしに期待が高まってしまう。

 

「じゃあ、早速演奏してもらおうかな」

「な、何を弾きましょうか……?」

「後藤さんはなにか得意な曲はあるの?」

「と、得意という訳では無いないですけれど、最近の売れ線なら大概弾けます……」

「……本当に? じゃあ『HAKO-BOON』とかは……」

 

売れ線の曲が大概弾けるというので、僕は最近話題のバンドを適当に挙げてみた。すると、後藤さんは力強く首を縦に振った。

 

「あっ、『HAKO-BOON』、だ、大丈夫です……。『ないものほしがり』とか、得意です……」

「なら、それでお願いします」

「わ、わかりました……」

 

後藤さんは返事をすると、大きく息を吸い込んだ。少し俯きがちな姿勢で、ギターのフレットに落とす彼女の視線の意外な鋭さに、僕は思わず息を呑んだ。

静けさの中で、電源が入ったアンプから出力端子される僅かな駆動音が、やけに大きく聞こえた。

 

(もうすぐだ、もうすぐ後藤さんの演奏が聴ける……)

 

そんな、今にも何かが起こりそうに張り詰めた静寂の中で、それを破るように、後藤さんの持ったピックが6本の弦に向かって振り下ろされた。




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