山田さん……リョウと相談して後日、私はさっそく喜多さんと交流すべく、一人で昼食をとってから彼女の教室に向かうことにしました。後藤さんはやはりどこかへ行ってしまったので、お誘いすることは出来ませんでしたが。
いざ行動を起こす段になって少し緊張してきてしまったので、一度お手洗いに寄って心を落ち着けることにしました。……むしろ拍車がかかってきそうな気がしましたので、すぐに出て喜多さんの教室に向かうことにします。
「えっ、喜多ちゃん? ちょっと前に出ていっちゃったけど……」
私がまごついている間に喜多さんは教室を後にしたようです。詳しく話を聞いたところ、どうやら私と後藤さんの教室に向かったらしかったのですが、入れ違った上に喜多さんは自分の教室に戻らなかったようで、結局放課後まで彼女と接することは叶いませんでした。私がヘタレたばっかりに……。
そして一日の授業が終わると、私達の教室にはすぐに喜多さんがやってきました。もちろん一緒に
学校から
「喜多さんはボーカルだけでなくギターも担当されるんですよね? 練習はどうされるんですか?」
「後藤さんが先生になってくれたのっ。今日もお昼に教えてもらってたし。ねっ? 後藤さんっ」
「えっ、あっはい」
「
どうやらそういうことらしかったです。お昼に練習していたと聞いて、もしやここでも既に
「すみません、今気づきました。登録しましたので、今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ!
「えっ、あっはい」
ともすれば連絡を無視したようにも見える私に対し、喜多さんは気にした様子もなく……それどころか、ギター練習への前向きな姿勢を示してくれました。私と喜多さんの会話に遠慮して、一人話に加わらなかった後藤さんに対してのフォローも欠かしません。
私は複雑な気持ちになりました。
喜多さんが中学のバンドメンバーのような、その場のノリとテンションだけで物事を進めるタイプでは無かったことへの安心。既に後藤さんを先生として仰ぎギター上達へ向けて努力していることへの感心。
私と後藤さんという、人付き合いが苦手な人間に対しても円滑にコミュニケーションをとって見せることへの尊敬。……そして、少し接しただけで伝わる喜多さんの人の
しかし、ここでまたネガティブに、自分の考えに沈むのは非常に良くないでしょう。いよいよ喜多さんも場の雰囲気を支えられなくなるでしょうし、何より私の目的から遠のいてしまいます。リョウに宣言した通り、喜多さんのことを知り、可能なら友好関係を築かなければ。
「
私が話題を探して少し黙ると、それを察したのか喜多さんが先んじて話しかけてくれます。有り難いですね。
「喜多さんが調べたのはおそらくシンセサイザーですね。一応そちらも触りますが、基本的にはピアノと同じ様に思ってもらって構いません。キーボードを始めたのは中学1年生の時なので、今年で4年目になります」
「4年! 凄いのね……」
「それしかやることが無かったと言うのはありますが。お陰で演奏に関してはそれなりだと自負しています」
「カッコいい! 後藤さんは? ギター、何年くらい続けてるの?」
「あっ、えっ。えっと……わ、わたしもいちおう、よねんめくらい、です……」
喜多さんが水を向けると、後藤さんは小声ながらそう答えました。私と同じくらいギターされてるんですね。その割にと考えてしまうのは申し訳ないのですが、今までに音を合わせた所感としては意外な年数です。
いえ、確か後藤さんはバンドを組むのが初めてらしいですし、4年目と言っても私と同じく毎日何時間も練習していたという訳では無いのかも知れません。自分を基準として比較するのは私の悪い癖ですね。
「後藤さんも長いのね! 頼りにしてるねっ? 先生!」
「ハッ、ハヒィ……」
目を輝かせた喜多さんが後藤さんに近づくと、後藤さんは表情を溶けさせながら仰け反っていました。パーソナルスペースが広いのでしょう、分かります。喜多さんのような、人当たりが良い
「ところで今日はバイトが始まるまでにミーティングを挟むとのことですが。何を話し合うんでしょうね」
顔面が崩壊しかけている後藤さんに気づいていない様子の喜多さんに話を振ってみると、興味を惹かれたのか隣に戻ってきました。後ろから「ぜぇ……ぜぇ……まぶしかった……じょうはつしゅる……」と息を落ち着けるのが聞こえたので、助け舟を出したのは正しかったようです。こういうフォローを重ねて、どうにか後藤さんともお話できるようになりたいですね。
そうして恐る恐るながら3人で雑談しつつ、私たちは
「せっかくメンバーも集まったんだし、まずは5人でより一層バンドらしくなって行きたいなとっ」
リョウと
"より一層バンドらしくなるには?"
そう書かれたスケッチブックを手に
バンドグッズとして結束バンドが採用されたり、バンドのSNS総合アカウントの担当に喜多さんが
続いてファンクラブの話。ここまで行くとブレインストーミングと言うか、もう思いついたことを言っているだけなのだと分かりました。
なのでグッズのバンドにサインを入れて売るだとか、ファンクラブの年会費がどうのと守銭奴染みた発言ばかりしている先輩に横槍を入れてみることに。
「ファンクラブ会員特典として、握手会と年に一度メンバーとのたこ焼きパーティを──」
「その時は会員情報の管理やメール文書の作成を担当しますね。会員料金はバンドのノルマも管理してくれている
「そんなことしない。山田バンクが責任持ってお預かり」
「やめてください、実在したらどうするんですか。風評被害ですよ」
「言い過ぎでは??」
不服そうに口を尖らせるリョウに少し気が緩むのを感じました。こうしてバンドメンバーと朗らかに話せる日を夢見ていたこともありましたので、なかなかに感慨深い──おや。
「「「リョウ!?」」」
同時に叫びました。
「えっ、リョウいつの間に
「バイトで一緒に作業すること多いし」
「りょ、リョウ先輩! 私もっ、私もお仕事教えてほしいです!! 手取り足取りいろいろ教わりたいです~!!」
それからのミーティングはなかなか混沌としていました。私がメンバーそれぞれと仲良く出来ているか不安だったのか、気にかけてくれていたらしい
その横で喜多さんが、自分もリョウと一緒に作業して仲良くなりたいと身を乗り出しています。彼女、そういえばリョウに憧れてバンドに加わったらしいですね。道すがら
そして後藤さんはと言えば。
「じ、じ、じぶんが情けなくて
俯きながら肩を震わせて、なぜだかいつかの如くさめざめと涙していました。……もしや、後藤さんも実は、リョウに憧れていたのでしょうか? 彼女は
いえ、他の人に遠慮して、誰かと仲良く接することを辞めるというのはバンドの形として
こうして私の発言で場を混乱させてしまいましたが、やはり頼れるリーダーこと
「今日のミーティングは以上! では各自、お仕事がんばろー!!」
そんな
ちなみに喜多さんの希望は受け入れられ、これからしばらくはリョウの下に喜多さんと後藤さんが。
「
「…………善処します」
私は私で、人の心配をしている場合ではありませんでしたが。