親愛なるお隣さん   作:TrueLight

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その涙に嘘はないだろう

「あと一曲ずつ歌ったら出よっかー」

 

 以前のミーティングから一週間が経ち、私と虹夏(にじか)さんは二人でカラオケに来ていました。そう、虹夏(にじか)さん。彼女の下で仕事をする日が続くと、自然にそう呼べるようになっていました。まぁ私が頑張ったという訳ではなく、虹夏(にじか)さんの親しみやすさがそうさせたのですが。おかげさまで仲良くなれた、と思います。

 

 今日は結束バンドのアーティスト写真を撮るべく集まったのですが、それが終わるとすぐに離脱したリョウをきっかけに解散という運びに。書店に寄ってから帰宅しようとした私に、時間が空いたからと虹夏(にじか)さんがロインで誘ってくれたのでした。

 

 ちなみに喜多さんは同級生と予定があるらしく来られず。後藤さんとリョウはお二人でカフェに行っているそう。虹夏(にじか)さんから聞いただけなので、お二人がどういう経緯でそうなったのかは知らないのですが。彼女たちもバイトを通して仲を深めていたのでしょうか。

 

「へへっ、最近この曲ハマってるんだー♪」

 

 虹夏(にじか)さんと交互に曲を歌って数時間、カラオケの退室時間が迫って最後の一曲にと彼女が選んだのは「ベテルギウス」という楽曲でした。私も聞いたことがある有名な曲です。

 

「空にある何かを 見つめてたら

 それは星だって君が おしえてくれた

 まるでそれは僕らみたいに 寄り添ってる

 それを泣いたり笑ったり 繋いでいく──」

 

 今まではテンションが高めというか、場を盛り上げるような選曲が多かったのですが。虹夏(にじか)さんが最後にと歌うには、少し意外な曲に思えました。

 

 そんなことを考えつつ虹夏(にじか)さんの顔にチラリと視線を向けると──虹夏(にじか)さんは優しい表情で、情感を込めて歌っていました。

 

「僕ら肩並べ 手取り合って進んでく

 辛い時だって 泣かないって 誓っただろう

 遥か遠く終わらない ベテルギウス

 君にも見えるだろう 祈りが──」

 

 虹夏(にじか)さんから目を離せなくなります。この歌に特別な気持ちを抱いていることが、彼女の様子から簡単に見て取れました。私の視線に気づいたのでしょう、少し照れくさそうに笑みをこぼして、けれど気が散った風でもなく歌い続けます。

 

「記憶を辿るたび 蘇るよ

 君がいつだってそこに 居てくれること

 まるでそれは星の光と 同じように

 今日に泣いたり笑ったり繋いでいく──」

 

 聞いていて、ふと脳裏に浮かんだのは店長の名前でした。伊地知(いじち)星歌(せいか)。名前に星が入ってて可愛いでしょ、なんて虹夏(にじか)さんがバイト中に教えてくれました。顔に似合わず、なんて毒も入っていましたが。

 

「何十回何百回 ぶつかりあって

 何十年何百年 昔の光が

 僕自身も忘れたころに

 僕らを照らしてる──」

 

 虹夏(にじか)さんは、この曲の歌詞に、ご自身と店長の関係を見出したのでしょうか。両手でマイクを握って、どこか祈るような歌い方に、そんな推考をしてしまいます。

 

「どこまでいつまで 生きられるか

 君が不安になるたびに 強がるんだ

 大丈夫僕が 横にいるよ

 見えない線を繋ごう──」

 

 ────。

 

 そこで思考が、止まります。歌いながら。一瞬声を震わせて。たしかに虹夏(にじか)さんは──頬に一筋の光を零したのです。

 

「僕ら肩並べ 手取り合って進んでく

 辛い時だって 二人だって誓っただろう

 遥か遠く終わらない ベテルギウス

 君にも見えるだろう 祈りが──」

 

 どんな想いからくるのか。私には分かりませんでしたし、そもそも考えませんでした。けれど、この曲が。虹夏(にじか)さんにとってこの歌に、とても大切な何かが込められているのだと、それだけは間違いありませんでした。

 

「空にある何かを 見つめてたら

 それは星だって君が おしえてくれた……」

 

 微笑みながら、虹夏(にじか)さんはそう締めくくります。

 

 私はその時になって初めて、自分が左手で。胸元を強く握りしめていることに気が付きました。

 

「ふぅーっ。歌った歌ったー! それじゃあ世代(じぇね)ちゃんで最後……あれっ? もー世代(じぇね)ちゃん入れてないじゃん! 早く早くーっ」

 

「えっ、あっ。はい、えぇと……」

 

 虹夏(にじか)さんは、歌い終えるとすぐにいつも通りに快活な笑みを浮かべます。そして彼女の言葉に、私は歌に夢中で選曲していないことに思い至ります。

 

 ……私はアニメが好きなので、今日も歌う曲は大半がアニメの主題歌でした。その中でも良く知られていると思われるものを選んでいました。

 

 ついさっきまではその延長で、無難に有名な曲を入れようかと思ったのですが……虹夏(にじか)さんが最後に歌った「ベテルギウス」。そこになんとなく彼女の気持ちを見出して、少しだけ虹夏(にじか)さんのことが分かったような気持ちになりました。

 

 だから、私もそんな曲を。自分が心を込めて歌えるような曲を選ぶのが良いのかなと、なんとなしに考えたのです。

 

 そして私は──小さな頃から好きな。あるアニメの主題歌を歌うことにしました。

 

Wild(ワイルド) Flowers(フラワーズ)……?」

 

 虹夏(にじか)さんが室内の大型モニターに表示された曲名を口に出し、首を傾げました。そうでしょうね、知る人ぞ知る、というタイプの名曲だと思います。

 

「急に泣き出した空に

 声を上げ はしゃぐ無垢な子供達

 慌てふためく大人を

 よそに遠い瞳で 虹の橋描いてる──」

 

 大好きだったアニメ、大好きだった曲。この歌を知った当時から何度も歌って、ピアノで弾けるようになった時は踊りだすほど嬉しかったことを覚えています。

 

「押し迫る世紀末(とき)を超えて

 僕達はゆく 力強く旗を掲げながら

 遥かなる歴史(とき)に名を馳せた

 英雄みたいに誇り高く

 信じること誰かに伝えたい この唄に乗せて」

 

 小さな頃は難しい漢字が多いなと感じて。その読み方や意味を調べて。世紀末や歴史と書いて"とき"と読むなんておかしい、習ってないと──何の非もない父に文句を言った覚えがあります。

 

「やがては君も知るだろう

 人生は映画みたいに甘くはない

 厳しいものと覚悟して腹括って──」

 

 仲の良い同級生が(ろく)に出来ないことを、諦観(ていかん)していたのは。出来てしまっていたのは、もしかしたらこの曲のせいなんじゃないか、なんて今では思ってしまいます。それほどに、私はこの歌に。その時々に様々な想いをのせて歌ってきたのです。

 

「信頼寄せられる友ならば

 生涯に一人、二人出会えりゃ幸せ

 この地球上の何処かで

 君を必要とする者が待ってる──」

 

 でもだからこそ、やっぱりこの歌に救われてきたのでした。

 

 ──友達。孤独だった私にとって特別な称号。長い人生でたった一人でも見つけられたなら、それで幸せなんだと。必死に、急いで作る必要はないのだと、この歌が慰めてくれたから。私は折れずに学校に通い続けられたのだと、そう思い返すのです。

 

「闇を超えて僕達はゆく

 力強く旗を掲げながら

 今、来たる21世紀(とき)に名を馳せろ

 英雄みたいに誇り高く

 信じること誰かに伝えたい この唄に乗せて──」

 

 そして今、新しくこの曲に。歌にのせられる想いがあります。

 

 結束バンドと言う旗を掲げ、その下に集った一人として。いずれメジャーバンドとして名を馳せられればと。

 

 それ以上に、仲間たちと。生涯にまたとない友達となれますようにと、そんな願いを込めるのです。

 

 ──亡き父が教えてくれた、この唄に。

 

「……ふぅ。では出ましょうか、虹夏(にじか)さん。……? 虹夏(にじか)さん?」

 

 気持ちよく歌い終えて、マイクを置きつつ虹夏(にじか)さんに声をかけると、ぼぅっとして液晶を見つめる姿が。もう一度呼びかけると、びくりと肩を震わせつつ、どこか焦ったように笑いかけてきました。

 

「ごっ、ゴメンゴメン! すごく良い曲だったから聞き入っちゃって! ね、ねっ。これもアニメの曲なの?」

 

「えっ、は。はい。結構昔なんですけど──」

 

 もしかしたら、私が虹夏(にじか)さんの「ベテルギウス」に彼女の心を見たように。虹夏(にじか)さんも私の「Wild(ワイルド) Flowers(フラワーズ)」に私の気持ちを描いたのかも知れません。もちろんお互いに、それを直接口にだすことはありませんが。

 

 虹夏(にじか)さんがどういう感情だったかは定かではありませんが、私が彼女の選曲に言及できなかった理由は明白です。聞けば、自分も言わなければいけませんよね。

 

 結束バンドのみんなと……あなたと。これからの人生で数えられるほどの友だちになりたいです──なんて。そんな恥ずかしいこと、面と向かって言えるわけありませんから。

 

「楽しかったぁーっ。また行こうね、世代(じぇね)ちゃん! 結束バンドのみんなとも──二人でもっ!!」

 

「──はい、是非」

 

 なので、その次を約束するくらいが関の山でした。見つけ出し、足を踏み入れたばかりの虹の橋。その向こう側へ渡り切るまでに、私と彼女の間に確かな結びつきを見つけられたなら。

 

 またいつか、この曲を聞いて欲しい。どうせなら結束バンドの皆さんと。演奏できる日がくればいいなと、そう期待するのでした。

 

「ところで虹夏(にじか)さん、前に歌が下手だからボーカルは出来ないと言っていた気がしますが。別に下手ではないですよね」

 

「えー? そりゃー音痴ではないと思うけど、でもバンドのボーカルはちょっと無理かなー」

 

 そんな他愛もない会話を重ねて。いつの日か、と。


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