親愛なるお隣さん   作:TrueLight

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遅れてやってくる

 放課後を迎え。私は高校デビューに失敗したと思しき後藤さんには目もくれず、メンバー募集の張り紙をさせてもらったライブハウスの一つ、"STARRY(スターリー)"さんへと足を運んでいました。

 

 出迎えてくれたのは、私のビラを見て連絡をくれた張本人である伊地知(いじち)虹夏(にじか)さん。ドラムを担当する方です。そしてもう一人、彼女と肩を並べていたのがベース担当の山田リョウさん。自己紹介を済ませた私たちは、最後のメンバーであるギターボーカル担当を待ちつつ談笑していました。

 

 談笑と言ってもほとんどが私への質問タイムだったのですが……さて、そんな中でテーブルの隅に置かれていた伊地知(いじち)さんのスマホが短く震えました。それを手に取って何らかの通知を確認した伊地知(いじち)さんは。

 

「どぇええーーっ!!??」

 

 立ち上がって叫びました。

 

喜多(きた)ちゃんが! ギターの子がバンド辞めるって!?」

「えぇ……?」

 

 ライブ当日に届けられた脱退メッセージの無責任さに私が引いていると。

 

「なんで? 死んだ?」

 

 山田さんが無表情にそんなことを言っていました。彼女の中で、バンドを辞めるというのは死と同義なのでしょうか。なかなかロックな生き様ですね。冷静に考えて、メッセージが届いた以上喜多(きた)さんとやらは生きていると思いますが。

 

「どっ、どうしよう……!? 最悪三人で……あっ、あたしギター弾ける人探してくるーー!!」

 

 私や山田さんが言葉を続ける暇もなく、頭の中で何かしらの答えを出したらしい伊地知(いじち)さんは入り口側の階段を駆け上がって外に出て行ってしまいました。

 

「……見つかるとは思えませんが」

「まるで猪のようだ」

 

 言外にこれからどうするのかと視線を向ければ、我ながら良い例えだと満足げに頷く山田さん。……二度あることは三度ある。このバンドももしかしたら外れだったかも知れません。

 

「オイ、バカ騒ぎしてるバカはどいつだ」

 

 私が内心で「今回もダメだったか」と項垂(うなだ)れていると、テーブルに近づいてくる人物が。どことなく伊地知(いじち)さんに似たお姉さんです。身内が店長をやっていると聞きましたが、この人がそうなんでしょう。

 

虹夏(にじか)なら抜けたギター探しに行った」

「はぁ!? もうすぐ()り時間だってのに……! チッ、帰ってきたら説教してやる……」

 

 見るからに不機嫌な顔で、肩を怒らせつつ去っていく店長さん。ステージで演奏する段階になって、私がとばっちりを食らわないよう願うばかりです。ちなみに()り時間というのは、ライブハウスに演者が集合する時間のことですね。最近ネットで調べました。

 

「……世代(じぇね)ちゃんは?」

「? 何がですか?」

 

 突然に疑問符を投げかけられ、私は戸惑いつつ聞き返しました。ところで山田さんも、出て行ってしまった伊地知(いじち)さんも最初から私を名前で呼んでくるのですが、これは女子高生的には普通のことなんでしょうか。もしくはバンド女子特有の文化なんでしょうかね。私はノリが悪いことを自覚しつつ改善する気がないので、普通に名字で呼ばせてもらいますが。

 

「ギター死んじゃったけど。抜けたりしないのかなって」

 

 なぜそんなに死んだことにしたがるんでしょうか。それはともかく、聞かれたことには答えましょう。

 

「まだ一緒に演奏すらしていませんから。当初予定していたメンバーが揃わなくとも。最悪、伊地知(いじち)さんすら帰ってこなくて、山田さんと二人でステージに立つことになったとしても。肩を並べて共に音を奏でるということは、とても希少で大切な機会だと思いますから」

 

 顔も知らず、壁を隔てての演奏だったとしても、私がキーボードに何よりの楽しさを見出したように。お隣さんへ深い親愛を感じたように。もしかしたら、伊地知(いじち)さんと山田さんお二人と演奏することで、バンドというものの本質を初めて知ることが叶う可能性もまたあると思うのです。今のところ望み薄ですけれど。

 

「──そっか。まぁ、期待してくれるといいよ。私、ベース上手いから」

「それは……楽しみですね。手前味噌ですが、私もキーボードに関しては、同年代で頭一つ抜けている自信がありますので」

 

「ふっ、抜かしおる」

「そちらこそ」

 

 山田さんは薄っすらと口元に笑みを浮かべていました。私は──どうでしょう。多分、そこまで愉快な表情はしていないでしょう。けれど、そこから暫くの間私たち二人に流れた沈黙の時間は、決して嫌なものではありませんでした。

 

「──む。虹夏(にじか)の気配……」

 

 数分後、またも突然に山田さん。言うやいなや、スタスタと店の外へ歩いて行きます。もちろん私はついていきません。一緒に過ごした時間は決して長くありませんが、それでもなんとなく山田さんの生態はわかった気がします。つまり、まともに相手をするだけ疲れそうだな、ということ。

 

 なんちゃって、とか言いながらUターンしてくる場合も大いに考えられましたので。釣られたと思われないようテーブルで水をすすって待機です。

 

「勝手に抜け出して店長怒ってたよ」

「ひぃっ。も~早く言ってよ……」

 

 と、思いきや本当に帰ってきました。あれが野生の勘というやつでしょうか、山田さんは計り知れない人ですね……いやただの偶然でしょうけど。

 

 しかし、私が山田さんと伊地知(いじち)さんの帰還を無表情で眺めていられたのはこの時まででした。なぜなら──。

 

「ひとりちゃんもっ。ほら!」

「アッ……ハィ」

 

 先導する山田さんと続く伊地知(いじち)さん。その後ろを追って、一人の女の子がSTARRY(スターリー)に足を踏み入れたのです。

 

「げぇ」

 

 思わず声が漏れたのは許してください。今朝関わるまいと誓ったばかりの同級生──隣の席の後藤ひとりさんが、ギターを担いで現れたのですから。


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