挨拶をすればさめざめと涙し、なぜか謝罪してきた後藤さんに呼びかけること1分ほど。どうにか意識を持ち直した彼女はか細い声ながら「おはようございましゅ……」と返してくれました。一応は有言実行したと言えるでしょう、後藤さんは立派です。
それ以降は、昨日までとは違いお互いをただのクラスメイトではなくバンドメンバーとして認識しているのですから、いろいろ変わることもあるだろうと淡い期待がありました。
具体的には移動教室で肩を並べたりとか、お昼を一緒に食べたりだとか。私は今までそれらを一人で過ごしてきましたし、特に寂しく思った記憶もありませんが、仲良くなれる可能性がある、あるいは最低限親しくすべき間柄にある人に対しては積極的に行動すべきだと考えています。今では、の話ですが。
簡単に言えば、学校生活で後藤さんと友人関係を築けるのではないかと考えたのです。
しかし残念ながら、放課後を迎えるまでにそれらは叶いませんでした。休み時間になれば後藤さんはすぐに寝てしまうので話しかけられず。夜遅くまでギターの練習や勉強をしているのでしょう、邪魔できるはずもありません。
昼休みに食事を一緒にとらないか誘おうと隣を見れば、いつの間にか姿は掻き消え。お手洗いか、それとも買い出しに行ったのかと思い戻るのを待ちましたが、残り時間を半分過ぎても帰って来なかったので、結局一人で食べることになりました。
そんなこんなで親交を深めることは出来ませんでしたが、
と言うのも、今日は
これ幸いと私は後藤さんに声をかけようとしましたが、ここで頭を過った考えがそれに待ったをかけました。
──私が誘って、
今朝のことも、私は少なからず善意というか親切心から、後藤さんが返してくれるまで挨拶を投げかけてみましたが。普通に
……なんだか急に申し訳なくなってきましたね。私は後藤さんのギターを聞いて、一度ライブで演奏を共にして、それなりに尊敬の念と言うか、親しみと言うか、そういうものを抱いて接していたのですが。
後藤さんにとってはただ一度協奏しただけのメンバーであり、ただの他人という枠組みから
我ながら情けなくなり、後藤さんに声をかけるのも申し訳なくなりました。今この場で、二人だけで会話を試みてもバンドメンバーとして関係を築ける自信がありません。
私は席を立って、後藤さんの後ろを通って教室を出ていこうと
「あっ!」
したところで、すぐそこからひっくり返った声が教室に響きました。視線を向ければ、椅子から半端に身を乗り出した後藤さんが、私に向かって手を伸ばしていました。
「ぁの……」
続ける言葉を探すように、後藤さんの視線は私と彼女の足元を往復しているようでした。もどかしそうに、伸ばした手も宙をさ迷っています。
きっと、教室に残っているクラスメイト達の目には、私たち二人の様子が意味不明に映ったでしょう。どちらも人づきあいが、ノリが悪く、常に一人で行動している協調性のない同級生。
けれど私には、後藤さんの言動で。ただ一度の声と、差し出してくれた震える手のひらだけで、とても救われたような気持ちになったのです。
──期待して、良いのでしょうか?
そんな疑問を抱くより先に。私たち二人の間を
「一緒に、行ってくれますか?」
言葉足らずでも伝わってくれたのでしょう、後藤さんは──。
「ハッ、はひ……っ」
震えながらもコクコクと、私の誘いに頷いてくれたのでした。