親愛なるお隣さん   作:TrueLight

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ミーティング①

「ということで! 第一回"結束バンドメンバーミーティング"開催しまーす! 拍手っ!」

 

 放課後。声をかけてくれた後藤さんと二人でやってきたSTARRY(スターリー)で、合流した伊地知(いじち)さんがそのように音頭を取りました。もちろん山田さんも席を同じくしています。

 

 ちなみに後藤さんとは肩を並べて、とはいかず。先導する私の背後を彼女が追従(ついじゅう)する形での移動となりました。いずれは他愛無いお話をしながら隣を歩きたいものですね。

 

 さて、ミーティングです。今朝ネットで得た情報を参考に、皆さんと信頼関係を築くべく、積極的に発言していきたいと思います。ノリよくとはいかないでしょうが、まずは口を開くところから始めなければ慣れも何もありませんからね。頑張りましょう。

 

「それじゃあえぇと──思えば全然仲良くないから何話せばいいか分かんないや……」

 

 そう言って伊地知(いじち)さんはお茶目に頭を()きました。確かに、今後のバンド活動について話し合うという名目で集まりましたが、私もこういったライブハウスを拠点にする形で活動したことはありませんから、何を話したものか分かりませんね。

 

「身も蓋もない……!」

 

 (おのの)いたように声を上げたのは、意外なことに後藤さんでした。彼女も、私と同じく可能な限り話し合いに参加を、と考えているのかも知れませんね。

 

「バンド活動というものに、お互いが求めているものを話し合うのが良いのでは無いでしょうか? それぞれの熱量と言うか、どれだけ真剣に取り組むかの判断材料になるでしょうし。そのうえで、将来的にどういった形で活動していくかの理想像を擦り合わせるというのが円満な関係につながると思うのですが」

 

「真面目すぎるっ!? いやまずはね? 雑談してお互いを知りつつ、仲良くなってからそういう所を話したいと思うんだよね。ほら、ある程度親しくないと、本当に大事なことってちゃんと言葉で伝えられないし」

 

 とりあえず思いついたことを言ってみましたが、伊地知(いじち)さんが難しそうに腕を組みました。言われてみればそうですね、私は過去のバンド活動のこともあって、活動内容や音楽への向き合い方を偽る気はありませんが。普通であれば、どれくらいの熱量で取り組むか、どういった将来を思い描いているかなんて、多少なりメンバーとしての時間を共にしてから共有するものなのでしょう。

 

 例えばメジャーデビューしたいといったメンバーが居たとして、それがどれほど本気なのかだなんて、結局のところお互いのことを深く知らなければ判断できませんし。難しいですね、ミーティングというものは。

 

「そんな時のために、こんなものを……」

 

 テーブルの下に手を伸ばして山田さんが取り出したのは──なるほど、雑談のテーマが書かれたサイコロのようです。……なにやら"バンジージャンプ"なる文字が見えますが無視しましょう。あくまで話題であって実際にそれをするというような趣旨ではないでしょうし。……しませんよね?

 

「ほいっ。何が出るかな? 何が出るかな~?」

 

 伊地知(いじち)さんは気にした様子もなく(さい)を振りました。山田さんも無表情ながらBGMを口ずさんでいます。なるほど、表情やテンションでそうと分からずとも、まずは今の状況に不満はありませんよ、という姿勢を示し続けることが大事なのでしょう。どう見ても楽しくなさそうな人でも、拍手や鼻歌で場を盛り上げる姿勢だけでも見せていれば、少なくとも煙たがられることは無いでしょうし。山田さんの言動はもしかすると、私にとって最も参考になるサンプルかも知れませんね。

 

「学校の話っ。略してガコバナ~!」

 

「が、ガコバナ~」

「はいぼっち、どうぞ」

「えっ、えぇ……?」

 

 伊地知(いじち)さんの声に合わせてみると、それは彼女と山田さんのテンポに上手く合わせられたようで。結果的に乗り遅れた後藤さんへ水を向けられることになりました。ところで先日まで山田さんは"ぼっちちゃん"と呼んでいた気がするのですが、やはり距離を詰める速度が読めませんね……この点は参考にならなさそうです。

 

「えぇと……あっ。そういえば、ふたりとも同じ学校……」

 

 後藤さんにもあらかじめ聞きたいことはあったのか、こちらはすんなりと質問が出てきました。伊地知(いじち)さんと山田さんへ視線を往復させた後藤さんに、伊地知(いじち)さんも快活に答えてくれます。

 

「そう! 下北沢高校(しもこう)~」

「ふたりとも家が近いから選んだ」

「あぁ、下北沢にお住まいで……」

 

 続く山田さんに、私もなるほどと頷きます。しかし口ぶりからするに、お二人は高校で意気投合したというより元々幼馴染だったのでしょうか? だとしたら少し羨ましいですね。

 

「あれ? 世代(じぇね)ちゃんもぼっちちゃんも秀華高校(しゅうかこう)でしょ? 家ここら(へん)じゃないの?」

「私はこの(あた)りですが」

 

 私も応じつつ後藤さんに視線を向けると。

 

「あっいや県外で片道2時間です……」

「2時間……?」

「なんでっ!?」

 

 山田さんが(いぶか)しげに、伊地知(いじち)さんも声を大にして驚きますが同じ気持ちです。と同時に、今朝教室に来るのが遅かった理由も分かりましたね。移動時間が長ければ必然、登校時刻も遅くなりましょう。

 

「高校は誰も自分の過去を知らないところに行きたくて……」

「はいガコバナ終了ーっ!!」

 

 一人納得していると後藤さんが闇を垣間見せていました。瞬時に話題を打ち切った伊地知(いじち)さんはさすがの仕切りですね、見習いたいものです。

 

「すっ、すみません。高校でも基本ひとりなもので、そのっ。楽しい浮かれたお話の一つもてっ、提供できなくて……」

 

 しかし後藤さんから噴出したネガティブなオーラを払拭(ふっしょく)することは出来ず。彼女が自嘲(じちょう)するように口にした言葉を伊地知(いじち)さんと山田さんがフォローします。

 

「だっ、だいじょぶだいじょぶ。りょ、リョウもねっ。そんな友達居ないし……」

「ん……虹夏(にじか)だけ」

 

 となれば私も乗らないわけにはいきませんね。後藤さんの言葉には共感できる部分もありますし。

 

「私も恥ずかしながらお友達と呼べる存在が居ませんので、後藤さんと同じですね」

「えっ──」

 

 親しい相手が少ないとカミングアウトした私と山田さんに、少しだけ後藤さんの表情が明るくなりました。気持ちは痛いほどわかります。バンドメンバーで自分だけ孤立していて、他の仲間は友達がたくさんいるだなんて凄まじく劣等感を刺激されるでしょうから。というか過去の私がそうでした。今思い返せばの話で、当時はそれほど気にしていないつもりだったんですけどね。

 

「リョウはね~。休みの日は一人で廃墟探索したり、古着屋さん巡ったりしてるんだよ~」

 

 伊地知(いじち)さんが補足するように言うと、山田さんはジュースを飲みながらコクリと頷きました。なかなかお洒落な時間の使い方をしてるんですね、山田さん。私は買い出しくらいでしか外出しないので、そういった過ごし方を考えたことすらありませんでした。今度おすすめを(うかが)って真似てみるのも手ですね。共通の話題作りにもなりますし。

 

信じられるのは亜細(あさい)さんだけ……

「ぼっちちゃん、会話を楽しもうよ……?」

 

 少し目を離したところで、何故かというか、やはりというか。後藤さんが打ちひしがれたようにプルプルと震えていました。どうやら山田さんの休日の過ごし方を聞いて心の距離が広がってしまったようです。そのおかげか、私に対する印象は良くなったようですが。いや良くなったと言えるのでしょうか? これは。

 

 そうして所々に後藤さんの闇を発露させつつも、サイコロに従って私たちはミーティングを続けました。お互いの好きな音楽ジャンルを知れたのが一番大きな収穫だったかも知れませんね、そこが食い違えばバンド活動を続けるのは困難でしょうから。後藤さんの"青春コンプレックスを刺激しない歌"はなかなか理解が難しいところでしたが。その時の彼女の百面相はかなり心配になりましたし。

 

 その後は、いよいよ明確にバンドとしての問題点が話題に上がりました。ボーカルをどうするか、という点ですね。

 

「初ライブはインストだったけど、次はボーカル入れたいんだ。ホントは逃げたギターの子が歌うはずだったんだけど……あの子どこ行ったんだろう?」

 

 私も伊地知(いじち)さんのスマホに通知が入った際に同席していたので覚えています。ライブが行われる直前に脱退メッセージを送ってきた方ですね。どういう事情があったか分かりませんが、無責任過ぎて引いてしまいます。

 

「ボーカルまた探さなきゃ──」

 

 自分は歌が下手だし、と。そう言って伊地知(いじち)さんは私と後藤さんに歌えないかと視線で問いかけてきました。私たちはふたりとも首を横に振りましたが、山田さんはどうなんでしょう?

 

「フロントマンまでしたら、私のワンマンになってバンドを潰してしまう……」

 

 とのことでした。さすがに冗談でしょうけどね、演奏中はベースに集中したいというのが本意でしょう。おそらく。もし本音なら狂人過ぎてどうしようもありません。

 

 ひとまずボーカルの話を横において、作詞・作曲の話に。作曲は山田さん、作詞は後藤さんがそれぞれ担当されることになりました。私はどちらも経験がありますが、過去にバンドメンバーの要望を形にしていただけでそこに拘りがあった訳では無いので辞退しました。と言っても、それぞれをそれぞれが主立って担当するというだけなので、私もお二人のサポートとして関わらせてもらいます。

 

 伊地知(いじち)さんはどちらもからっきしらしく、涙目ながらバンドの潤滑油として努力すると自己PRしていました。山田さんが「就活生か」と突っ込んでいましたが、個人的に伊地知(いじち)さんの役割こそ最も重要視されると考えますので、本当に頼りにさせていただこうと思います。このメンバー内で唯一の常識人として(あお)がせていただきましょう。

 

「次はノルマの(はなし)~」

 

 次いで振られた(さい)は、ライブハウスで活動する上で当面問題となる事柄でした。伊地知(いじち)さんが懇切丁寧に説明してくれた結果、

 

「つまり売れるまで滅茶苦茶お金いる」

 

 と山田さんがざっくりまとめてくれました。先日のライブは伊地知(いじち)さんのご友人が来てくださったらしいのですが、その伝手も二度は使えないだろうということで。話の終着点としては。

 

「ライブのノルマ代稼ぐためにバイトしよう!」

 

 ということになったのでした。

バイト!?

 

 叫んだのは後藤さんです。間違いなく今までで一番大きな声でしたね。そんなに嫌なのでしょうか? ……とっても嫌そうですね、両目が大きく開いて口はわぐわぐと声にならない苦悶を漏らしています。

 

 そして消沈した様子で、後藤さんは鞄から何かを取り出して伊地知(いじち)さんに差し出しました。

 

「なにこれ?」

おっ、お母さんが、私の結婚費用に貯めてくれててぇ……ぐすっ。こっ、これでどうか、バイトだけはぁ……

 

「あたし達を鬼にする気!?」

「ありがとう、大事に使わせて──」

「いただかないいただかないっ! そんな大事なお金使えないから~っ」

 

 涙ながらに豚の貯金箱を見せた後藤さんを、伊地知(いじち)さんがどうどうと落ち着かせようとします。山田さんは躊躇(ちゅうちょ)なく貰おうとしましたね、人の心は無いのでしょうか。

 

あうぅ……でもぉ……だってぇ……

 

 ガクガクと震える姿に、さすがに後藤さんが可哀想で見ていられなくなってきました。他人に言えた口ではありませんが、私の知る限り、学校でも誰とも会話をしない後藤さんです。急にバイトだなんて言われても、困るを通り越して死刑宣告に等しいのではないでしょうか。

 

「一口にバイトと言っても難しいのでは? 仮に今から探したとして、お仕事できるのは来月初め、早くて週明けですよね。そこからお給料をいただけるのはさらに先です。次のライブをいつまでにと想定しているか分かりませんが、それまでにバイトでお金を貯めておくようにと言われても簡単にお約束できません」

 

 同意を求めるように後藤さんを見やると。

 

「──! ──!!」

 

 さながらヘッドバンギングの如く頭を上下にブンブン振っていました。と、そこで考えが足りなかったことに気づき、そのまま口にしました。

 

「というか、もしかしなくともお二人はバイトされてるってことですよね? そこにご紹介いただけるとか、そういうお話ですか?」

「ふっふっふ、そのとーり! ぼっちちゃんも世代(じぇね)ちゃんも、一緒にここでバイトしようよ!!」

 

「私も虹夏(にじか)も、ここで働いてる」

「なんだ、そうだったんですね。すみません、先走ってしまって」

 

「いやこちらこそ、不安にさせちゃってごめんね~?」

 

 そういうことらしかったです。伊地知(いじち)さんのご家族が経営してるお店ですし、お給料についても日払いや週払いで融通も利くのでしょう。であれば急にライブとなっても、ある程度お金を用意するのは難しくないのかも知れません。

 

「だそうですよ、後藤さん。見知った顔ばかりであれば初めてのバイトでも多少やりやすい筈です。私も初めてですから、こちらのほうが足を引っ張ってしまう可能性がありますが……一緒に、がんばりましょうね」

 

 ライブのノルマということですから、それはメンバー内で均等に振り分けられるものでしょう。そのお金を同じ場所でみんな稼げるのであれば、それほど都合の良い話もありません。この期に及んで断る選択肢はなく、私はバイトという単語に恐怖していた後藤さんに語りかけました。さすがに後藤さんも、ここまで好条件であれば納得するだろうなと思ったのです。

 

……がんばりましゅ……

 

 蚊の鳴くような声に、私は頑張ってサポートしようと決意したのでした。


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