名前 ミネア 種族 フェリーン
リターニア国境付近にて感染者難民を保護したところ、一人の子供が山の中で遭難したという情報を得た。目撃者の証言によれば近くの山に逃げたのを見たという。ロドスがこの地を離れるまでに、なんとしても見つけ出さないといけない。
そこでいくつかのチームを組んで捜索を行う。以下には彼女の特徴を――。
「予備探偵のイースチナ! こっちに来てみるのだ」
書類に落としていた目を、うるさい声の方に向ける。
「なんですか一体」
空っ風が吹く草原から少し先に、手で庇を作っている人がいる。
カーディガンを腰に巻き、短パンを穿いた足をがに股っぽくして深い森の中を見ていた。頭にはペンギンの人形が乗っていて、ピンクの三つ編みが特徴的なこの少女はメイという。
「こっちに道らしいのがあるのだ」
「ただの獣道じゃないですか? 地図ではこちらに道はないはずですよ」
「獣道にしては踏み荒らされた形跡はないのだ。探偵の直感が怪しいと言ってるのだ」
自称ヴィクトリア王室探偵。自称多くの事件を解決し、自称上司にその才能を買われ、ロドスに派遣された……らしい。なんともうさんくさい経歴である。
「何が怪しいんです?」
「予備探偵にしては勘が悪いのだ」
「だから私は予備探偵ではありませんよ」
はあっとため息を吐く。またよくわからない役職になっている。
「子供が遭難してどのくらいの時間が経ったのだ?」
「確か丸一日だったと思います」
「ならばどこか雨風をしのげる場所にいると思うのだ。そこで、あれ」
と、小さい指を森の奥に向ける。
「あそこの岩壁に穴があるのだ。近くに川もあるから、もしかしたら雨よけのために入ったかもしれないのだ」
なるほど、一理ある。
「ここらへんは燐獣もいませんし、少しくらいなら離れても大丈夫そうですが」
「行って確認してみるのだ」
ちらりと後ろを見る。チームリーダーたちはこの草原の真反対を捜索しているが、別に離れているわけではない。
「ほら穴を見るだけならいいでしょう」
「よし、念のため銃を構えておくのだ」
各々が装備を構え、森の中を突き進んでいく。
明るい場所から一転、折り重なった影に覆われた暗い場所となる。少し肌寒いくらいの空間で、露出した足に草の痛さを感じながら進んでいく。
木漏れ日を頼りに歩を進めると、岩肌に空いたほら穴が見えてきた。想像以上に縦に長い入口だった。
「おおーい! 誰かいないのだ!」
大声は、暗い闇の中に吸い込まれてこだまする。
しかしそれ以外の音はしない。空っ風やそれに揺れる草木の音、小川のせせらぎしかない。辺りにも人影はおろか動物の気配もなかった。
「誰もいないみたいなのだ」
「まあほら穴があるからといって人がいるとは限りません」
「もちろんわかってるのだ。ところで探し人の服装、身長は何センチくらいなのだ? もう一度確認したいのだ」
「ええと……」
事前に配られた書類を見る。
「身長は140センチですね。おかっぱ頭で、白いワンピースを着ている」
「紛れもない子供だし、服装も簡素で危ないのだ。一日すら野宿は厳しいと思うのだ」
確かにそうだろう。森深い山の中を生き延びられる装備も体力もないはずだ。
「その通りです。一刻も早く見つけないと」
「ここら辺をもう少し探してみるのだ。川が大事なのは子供でも直感でわかるし、いる可能性はあるのだ」
「気持ちはわかりますが、持ち場を離れるのは危険です。早くみんなのところに戻りましょう」
そうして振り返ると、
「あ!」
メイが唐突に叫び、思わずびくっとする。
「いるのだ!」
「え?」
「探し人があそこにいるのだ!」
大声とともに指した指の先には二つの木がある。その間から体を覗かせているのは小さな女の子だった。おかっぱに、白いワンピースがかすかな木漏れ日で見えている。
見つけた。そう思い手を振ろうとした瞬間、彼女はぱっと木から手を離して奥に走って行った。
「あ! ま、待つのだ!」
慌てて後を追いかける。
「君を保護しに来たのだ! 怪しいやつではないのだ!」
「おもちゃの銃をしまってください! 怖がるでしょう!」
ご丁寧に銃を持った手を振ったら怖がるに決まっているだろう。
「安心してください! ロドスからミネアさんの保護を依頼されました!」
名前を呼んでも、彼女は振り返らずに奥へと進んでいく。
闇と木漏れ日の光、草と木々が交互に視界を過ぎ去っていく。彼女の姿も消えたりふと現れたりしている。
戻って応援を要請しようと思ったが、ここで見逃したらまた見つけられる保証はない。そう思い、小川をジャンプした。
「ああもう! なんで逃げるのだ!」
「怒らないでくださいよ。きっと怖いのでしょう」
と言いつつ、見え隠れする背中を見る。
……メイには言ったが、怖がっているようには見えない。まるで目的地が定まっているように、こちらを一切見ずに走り去っていく。
それに、私たちの足でどうしてこうも距離を詰められないのか。
やがて光が森の奥から差し込んできた。走る毎に光は近づくが、ちょうど逆光となり彼女は吸い込まれるように消えていった。私たちも数秒遅れて駆けつける。
「ここは……」
暗闇から解放されて光に入る。一瞬目をやられ、ゆっくりと開くと目の前に廃墟が現れた。
滅びた大きな館だ。館は三階建てほどあり、リターニアの建物と同じ石造りだ。小さなお城と言われても不思議ではない。窓という窓は全て割れており、枠だけが闇を外に出させまいと踏ん張っているように見えた。
岩壁に背を預け、陽光を一身に浴びて入口をこちらに向けている。いや、入口と言っていいのだろうか。扉は外れてわずかに傾き、先ほど見たほら穴のような闇が広がっている。
「いないのだ……」
辺りは背の短い草が生えているくらいで、隠れられる場所はない。向こう側は左右を覆うように岩山があり、また森に入り直したらさすがにわかるはずだ。
「あの建物に入っていったのだ?」
「そうとしか考えられないですね。ですが……」
再度館を見る。遠目から見ると小綺麗な外壁も、近づいてみれば所々剥げている。まるでビスケットを食べた時のように、地面にぽろぽろと壁の欠片が落ちている。
不気味な外観は、まさしくお化け屋敷と形容できる。
「こんな怖いところに一人で入るとは」
「え、まさか怖いのだ?」
「違いますよ。子供側で考えてです」
別段怖いわけではないが、近づいてみると圧巻の大きさに気圧される気分にはなった。巨人が居座り、真上から見下ろしているような……。
「ん?」
ぱっと二階の角を見る。
視線を感じたのだ。正確に言えば、何かが視界の端に映った。しかし壊れた窓があるばかりで、何かがあるわけではない。窓の中は暗いままだし、鳥が屋根に留まっていたわけでもない。
気のせいか?
「中に入ってみるのだ」
「暗いですが大丈夫ですかね」
「それなら心配ご無用!」
そう言ってポーチから取り出したのはヘッドライトだった。
「これがあれば暗いところにも入っていけるのだ」
ベルトを頭に取り付ける。さながら鉱山作業員みたいな格好になり、似合わないなと思っているともう一本を取りだした。
「予備探偵もつけるのだ」
「あ……はい」
耳に注意しながらしぶしぶ付ける。
「よし、さっそく中に入ってみるのだ!」
「あ、待ってください」
言いながら扉だったものに近づく。
「邪魔ですので取り外しましょう」
材質は鉄だが、おそらくは問題はない。ちょっと腰を入れれば容易く持ち上がる。ベニヤ板くらいあるそれを取り外し、えいやと外に投げ捨てる。
「す、すごいのだ。さすがウルサス人」
続けてもう片方も取り外す。こちらは接合部分がまだ生きていたが、ちょっとひねればすぐに外せた。それを運んでいる途中も、絶えず森の方に目配せをする。やはり人の影も気配もない。
「終わりましたよ」
作業が終わり入口に戻る。
「……」
彼女は玄関の前に立ち尽くし、中を見ている。そういえば作業中はやけに静かだなと思った。
「どうかしたんですか?」
「……」
明らかに様子がおかしい。中を見つめて石像のように固まっている。一体何があったのだろうと、私も中を見た。
開け放たれた玄関からの光で、目の前がホールなのがわかる。少し奥に階段があり、石造りの床に敷かれた絨毯の道がある。絨毯はなぜか裂かれたようにぱっくりとした切り口があり、もはや道として機能はしていない。
おそらくメイが黙っているのは、白い床部分が原因だ。
至る所に、黒く飛び散った液体の痕があるのだ。
人がいた頃は真っ白だっただろう場所には、絵筆で払ったような擦れた痕、点々と小さな痕、バケツをひっくり返したような目立った痕がある。階段の手すりにも、また赤い絨毯にも等しく黒い液体が広がっているのだ。
「な、なんなのだここは! まるで殺人現場みたいなのだ」
「そんなわけ……」
ヘッドライトを点け、ひときわ目立った痕を照らす。年期が経っていて血かどうかは判別がつかないが、絵の具や着色料をここまで盛大に飛び散らせているのもおかしい。
観察していくうちに、絨毯と同じく床にもいくつか切り傷があるのを発見した。石の床に切り傷?
「やっぱり変なのだ。美術品も切りつけられているのだ」
メイが照らした壁を見てぎょっとする。おそらく老紳士の自画像と思われる絵画が引き裂かれていた。額縁は右側が欠損しており、中の絵画は鼻から上が大きな傷がある。そこからめくれて下地があらわになっていて、まるで目にぼかしでも入っているかのようだった。老紳士とわかったのは、立派な髭とスーツ姿の体が胸部分まで見えていたからだ。その体部分も、まるでわざとかのように切り傷がいくつもある。
「獣でも入ってきたんですかね」
「だ、だけど骨がないのだ。獣に食われたとか、誰かに殺されたとかではないはずなのだ」
「詮索するのは止めにしましょう。今は遭難者を捜すのが優先です」
と、言いながらも内心は恐怖があった。血と思しき痕や傷跡もそうだが、何か近寄りがたい雰囲気を中に感じる。
「おーい! 誰かいないのだ!」
うるさい声が反響する。声の跳ね返りを聞くと、奥に広いのかもしれないと思った。だが返事はない。足音なども聞こえてこない。しばらく耳を澄ましてみると、
バタン!
扉が勢いよく閉まる音が、上階の方から聞こえた。思わず体が硬直した。
「……行きますか?」
「……うーん」
彼女が頭を振ると同時に、ライトがぶんぶんと揺れる。
「こうなったら行くしかないのだ。子供がいるのに帰れないのだ」
「同感です。では覚悟を決めて、行きましょうか」
言いながら、ふと疑問が頭をよぎった。
果たして今の音は子供が発した音なのか。だいぶ大きな音だったし、上の階から聞こえた。おそらく、私が先ほど視線を感じた……。
「わ! 急にライトをふりふりさせないでほしいのだ。びっくりするのだ」
「あ、すいません。つい頭を振ってしまいました」
「予備探偵としてしっかりするのだ」
私らしくもない想像をしてしまった。その不安を振り払い、暗がりのホールをさらに進んだ。