メイとイースチナの事件簿 惨劇の廃館   作:ハセアキオ

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断たれた帰路

廊下に出て曲がり角を行くと、そこは先ほど瓦礫でふさがっていた場所だと知る。やはり資料室を通って抜けるのが早いか。

 

「真っ暗闇で怖くなかったのだ?」

 

燭台に再び火を灯し、先導するメイが聞いた。

 

「怖いけど、道がわからなくなっちゃって。気づいたらここにいたの」

「ずいぶん迷い込んだのだ。どういうルートを通ったのだ?」

「あっち」

 

指さしたのは廊下の奥だ。

 

「向こうに回るとこっちにつながる階段があるんだ」

「へえ、あっちにもあるんですね」

 

とは言え資料室の前に来たからには、ここを抜けた方が早い。さっそく片手でドアノブを回す

 

「ん?」

 

開かない。なぜかさっきまで開いていた扉の鍵が掛かっている。

 

「どうしたのだ?」

「鍵が掛かっています」

「何を言ってるのだ。さっき通った場所なのだ」

「わかってます。でも全然開かないです」

 

子供の手を離し、ドアノブを思い切り引っ張ってみる。するとドアノブが根元からバキッと折れてしまった。

 

「何をしてるのだ! 馬鹿力すぎるのだ!」

「ご、ごめんなさい」

 

すかさず手でぐっと押してみる。蹴破ればいけるだろうか……だが何だ? 感触がおかしい。ドアがぴくりとも動かないのがどうも気に掛かった。いくら鍵が掛かっていても、ロック部分に多少は遊びがあるからガタガタと鳴るはずなのだ。だがさっきドアノブが無事だった時も、一切聞こえなかった。鍵が掛かっている感覚とも違う。まるで壁に固定されているような感覚だった。

試しに軽く蹴ってみるとやはりおかしい。まるで向こうに空間がないように、重い音が響いてくる。

 

「ん? 何なのだ?」

「何か変です。向こうに重い物があるかもしれません」

「何を言ってるのだ。さっきは通れたのだ」

 

メイが扉に近づき、コンコンとノックする。明らかに重い音が返ってくる。

 

「なんだこりゃ。本当にふさがってる感じがするのだ」

「ちょっと本気を出してみます」

 

足をとんとんとし、短い助走で思い切り扉を蹴りつけた。瞬間、辺りに鉄球でもぶつけたかのような音がこだまする。

……だが扉の表面にひびが入っただけで、全く壊れる様子がない。

 

「い、今ので突き破れないのだ?」

「やっぱり何かふさがってますよ。これでは通るのは無理です」

 

さっきまで通れたのに、一体何があったんだ?

 

疑問に思っても仕方ないため、少女が言った廊下の奥に向かっていく。

 

別の扉があるかと進んでみたが、都合のいい場所は全くない。右手にはいくつか扉はあるが、中央に戻る部屋がない。念のため部屋を覗いてみたが、天蓋付きのベッドもあるのでおそらくは家族が住んでいた部屋だろうか。

 

「廊下を歩くしかありませんね」

 

諦めて扉を閉める。バタンと音をさせた時、ふと思い出す。

 

「そういえば、あなたはこの廊下を通ってあの部屋に行ったんですよね?」

「うん」

「ということは、ホール二階の扉は開けてない?」

「ホールの二階? 知らないよ」

 

メイも私も歩みを止める。

 

「どうしたの?」

「い、いや何でもありません」

「きっと風か何かで閉じたのだ。それ以外にないのだ」

 

とは言いつつ、銃に手を掛けている。

 

私たちがホールにいた時は風を感じなかった。なら他に誰かがいる? そちらの信憑性が強くなってきた。

 

私も警戒しながら廊下を歩いていく。左に続く扉がないか探したが、どうやら資料室以外に扉はなさそうだった。

まだ分かれ道も見えない進行方向から、思い立って後ろを見てみた。

 

光のある場所はもう遠くにある。私がひびを入れた扉も離れている。また目を戻し、廊下を歩いて行く。

 

分かれ道はまだ見えてこない。メイの燭台が照らす先はまだまだ通路が続きそうだ。だが、全く道も新たな扉も見えないのはおかしい。さっき覗いた部屋が最後で、後はただ通路が続いているのみだ。

 

廃墟にしてはやけにきれいな廊下だ。二階に上がってから思っていたが、ホールの朽ち具合と通路があまりにもかけ離れている。多少埃が被っているくらいで劣化はほとんどない。思い返してみれば、今まで見た部屋は最低でも蜘蛛の巣が掛かっているくらいで朽ちてはいなかった。外に繋がっていないからか?

 

また思い立ち後ろを振り返る。光のある場所はまた遠くなっていくが……。

 

「そんなに後ろを見てどうしたのだ?」

「気のせいかもしれないのですが」

「ん?」

「距離が離れすぎている気がします」

 

メイはぽかんとしている。

 

「何を言ってるのだ?」

「あくまで体感の話です。どうも歩いた距離が、あちらよりも長く感じて」

「きっと向こうとは構造が違うのだ。もうちょっと先に行けば曲がり角があるのだ」

 

その時、腕をつかむ手の力が強くなった。視線を下げると、フェリーンの子供は少し微笑んだ。

 

「もうちょっと行こうよ」

「え、ええ……」

 

視線を廊下の先に戻し、子供は歩みを進める。この廃墟に恐怖することなく、平然と前に進んでいる。

大人のような泰然自若とした姿。先ほどの微笑みも、まるで大人の女性が浮かべるようなものだった。ずいぶんと落ち着いているのも、年相応には見えない。

 

「あ! 曲がり角なのだ」

 

その子供よりも子供らしいテンションでメイは先を行った。しかしドタドタと走っていったはいいものの、左に折れる道を見た途端にぴたりと足を止めた。

 

「ここもふさがっているのだ!」

 

私も曲がり角に走り見てみると、そこは袋小路だった。数メートルほどの通路があり、突き当たりに壁があるだけのスペースだ。

 

「期待させて行き止まりとは残念すぎるのだ」

「一体何のスペースなんでしょうね」

 

扉もない、花瓶や絵画も飾られていない謎のスペースだ。一体何だろうとみていると、燭台が照らす床に目を取られた。

 

ここも他の廊下と同じく絨毯、複雑な模様をしたカーペットがあるのだが、それが突き当たりまで延びている。私はふと思い立ち、子供の手を離して端まで向かった。

 

「どうしたのだ?」

「見てください」

 

切れ端の前でしゃがみ、ぐいっと引っ張る。すると切れ端は床に張り付いたように動かず、ぴんと張る形となった。壁の下に押さえつけられているように、絨毯の端が固定されている。

 

「おかしいですよ。壁の下にめり込んでいるようです」

「何を言ってるのだ……これではまるで壁が下りてきたみたいなのだ」

 

メイの言うとおりだ。可動式の壁が上から下りなければこうはならない。しかし壁の下に隙間らしい隙間はなく、元からつながっているようにも見える。

 

まるでこの壁だけが、急にここに現れたようにも見えた。

 

「こっちじゃないよ」

 

後ろから子供に声を掛けられる。一瞬大人のものと錯覚するような声色だった。

 

「あなたは一体どこからあの部屋に行ったんです?」

「こっちだよ。こっち」

 

手招きをする少女は、そのまま後ろへ下がっていく。それに釣られ、私たちも彼女を追う。そうして元の通路に戻った時に、とたとたと左側へと走っていく。

 

「あ、待って!」

 

私たちも慌てて後を追った。先の見えない通路なのに、なぜか少女は迷いなく走って行く。メイが燭台を持っているため速く走れず、光ぎりぎりのところに彼女がいる状態のまま走って行く。

 

「どこに行くのだ!」

「こっちだよ」

 

彼女はそれだけ言って走って行く。

 

揺らめくろうそくの光が映し出すのは、後方に流れていく代わり映えしない壁と床だけだった。扉もなく、装飾品もない。ただただ廊下のみがあるだけだ。

こんな廊下のみがあるスペースなどおかしいのではないか。一個人の家にしてはおかしい。入口から建物の全貌を思い出してみる。少なくとも正面から見た限り、ここまで奥があるとは思いもしなかった。

それに、やはり廃墟にしては絨毯や壁がこぎれいすぎる。埃もほとんどなく、ただ風が通らない場所だからという説明だけでは足りない。先ほど触った絨毯も年期を感じなかった。

 

廊下は続く。どこまでも続く。そろそろ息が切れそうな時に、先の少女にようやく動きがあった。まっすぐから急にカーブを作り、右にあった階段を上がっていった。

 

「三階!?」

「どうして上に行くのだ! 待つのだ!」

 

すぐさま階段を上る。踊り場をくるりと回り、メイが上に燭台をかざした。すると少女は私たちと同じく身を翻し、上にある階段を駆け上っていった。

 

……また階段?

 

「ここの館は三階しかなかったはずですが」

「おかしいのだ」

 

また階段を上る。躊躇してしまったせいか少女の姿が見えなくなった。それでも足音を頼りに階段を上っていく。階段を上り、似たような通路を見てまた上る。

 

そうしてようやく着いたのは、真っ暗な部屋だった。窓はなく、一面に絨毯が敷かれていてどこまで広がっているのかわからない。メイが燭台をかざしてみても、向こうの壁は全く見えなかった。

 

「おおい、どこにいるのだ……」

 

弱々しいメイの声は闇へと吸い込まれていく。どこからも反響はなく、限りなく向こうに続いているようにも錯覚した。

 

その中で音がした。さっと左へ向くと、少女が壁の方を向いて立っていた。いや、壁ではない。両開きのドアの前にいる。

 

まるで美術絵画を見ているように、凜として立っていた。子供離れした雰囲気を持つ少女は今一度見る。

報告書とは違う、白いシャツにクリーム色のスカートの服装。おかっぱ頭にピンと立った耳。

 

……耳?

 

ここであることを思い出し、バッグからファイルを取り出す。そこには少女、ミネアのプロファイルがある。記述されたプロフィールの文章とともに、一緒にいた難民から提供された写真があった。

載っているのは間違いなく彼女だ。顔の輪郭、目鼻立ちは彼女と言って間違いない。しかしただ一つ違うところがある。

 

写真の少女は、耳が垂れているのだ。

 

今まで気づかなかった。いや、違うとは頭の片隅で思ったかも知れないが、ただ単に見間違えたのだと無意識に処理していた。

だが今までの違和感、今までの行動を見てそれが唐突に表に出たのだ。よくよく見てみれば、耳の厚さも若干違う。何かの拍子で曲がったなどではなく、生まれから耳が垂れ下がっている形状なのがわかる。

つまり、ミネアとは別人。

 

「あなたは一体……」

 

言い切る前に、彼女はこちらを見た。ろうそくの明かりにぼうっと照らされた表情は、どこか達観しているような表情だった。

ふっと笑うと、彼女は扉を開けて中に入っていった。


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