メイとイースチナの事件簿 惨劇の廃館   作:ハセアキオ

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夢の少女の正体

「一体何だったのだ。わけがわからないのだ」

 

メイが机の上に頬を乗せた。

 

「ミステリーにも超常現象とやらはよく出てくるけど、ここまで露骨なのは知らないのだ」

「そうですね。事実は小説より奇なり、と言ったところでしょうか」

 

あの後は任務も終わったので無事にロドスに帰還した。意識を失っていたからか、ズィマーに医療部に行くよう強く言われて渋々検査を受けてきた。館の話を胸に秘めつつ、今はようやく解放されて部屋に戻ったのである。

 

「館の話なんかしたら医療部にCTスキャンでもされそうです」

「仕方ないのだ。ところで事件の資料の方は手に入れられたのだ?」

「はい。簡単なものではありますが」

 

バッグから薄いファイルを取り出す。医療部から帰る際、あの館の事件について知っている人物に話を聞き、資料を手に入れたのだ。

 

「適当な記事を印刷してきました」

「どれどれ……」

 

記事によると、館はリターニアから逃げた没落貴族のものらしく、国の外れに家を建てひっそりと暮らしていた。しかしある日、館がある方面に機材などが多く運ばれているのを近くの住人が見たようだ。どうも医療機器や科学機器といった資材が運ばれているようで、何やら研究しているのではと噂されていたらしい。街にいるアーツ研究者も館に向かっているとの話もあった。

そんなある日、研究者の家族がいつまでも夫が帰ってこないと警察に連絡をした。彼らが件の館に向かったところ、落盤事故で崩れた館があった。

何が起きたかは不明だったが、残されたホールに、鋭利な刃物で切り裂かれたような死体が数体あったらしい。

 

「骨がなかったのは回収されたからですね」

「うむ。ホール自体は本物だったはずなのだ。どこまで残ってるかは知らないけど、食堂に入ってからは確実に夢の中なのだ」

 

夢の中、という言い方が妙にしっくり来た。

 

「あるはずもない場所に行けたのも夢の中だからですか。ホールや食堂、一階部分は悲惨な状況でした。あれは事件が起こった後の景色なのでしょうか」

「傷があるならそれで間違いないのだ」

「途中、正確には二階を歩いているあたりから館がきれいになっていきました。まるで、どんどん過去に遡っていくような……」

 

彼女は記憶の世界と言っていた。進むごとに記憶は深化していき、より彼女の心に迫る過去の話に向かっていったのか。そして最後には、惨劇の直前にまで立ち会ったと。

 

「とりあえずこの話は際限ないから置いておくのだ。館にいたのはミネアじゃないと本人が言っていたのが気になるのだ。ふりをしていたとか何とか」

「はい。耳の形状が違うんですよ。あったのは耳がぴんと立っていて、本物のミネアは垂れている」

「つまりあれは偽物。彼女のふりをしていたのは、記録を見つけてもらいたかったから」

「一体彼女は何者なのでしょう」

 

うーんと、二人でうなる。

 

「今はミネアは居住区の方にいるそうですよ。行ってみますか?」

「いや、今は会わないのだ」

 

メイが勢いよく立ち上がる。

 

「記録を探してみるのだ」

「本気ですか」

「リターニアにはしばらく滞在するみたいだし、調査に出向くくらいの時間はあるはずなのだ」

「どこに独房があるかもわからないんですよ」

「彼女はホールの奥にあると言っていたのだ。一階の北側とか奥とか言わないあたり、残っている場所から近いのではないのだ?」

 

なるほど。これは鋭い。

 

「可能な限りやってみるのだ。本当は人をもっと集めたいけど、非現実すぎて説得するのは無理なのだ」

「なら二人で行きましょうか」

 

というわけで外出許可をもらい、日が明けてからまたあの森へと向かった。洞窟を通り過ぎ、小川を超えていくと前と同じように光があふれる草原に出た。

館は聞いた話の通り半壊していた。後ろにある山から落ちてきたであろう土砂や岩が館の左右をすりつぶしている。

 

「覚悟はしていましたが、本当に崩れているんですね」

「ここから夢は始まっていたのだ」

 

ホールに入ってみる。持参した懐中電灯を照らして見てみると、ホール自体はそれほど変わった様子はなかった。天井にある蜘蛛の巣だらけのシャンデリアも、変な部分で途切れた二階の通路も同じ。だが奥に続く通路は岩でふさがっていて、食堂や資料室あたりの扉はひしゃげてしまっている。

 

さて、問題の独房はどこだろう。

 

「ホールの奥と言っていたから、階段の裏とかを探してみるのだ」

 

メイについていく。階段の裏はよりいっそう薄暗くて、足元を照らして瓦礫を避けながら扉を探してみる。

 

「入口らしき場所はないのだ。なら壁とかはどうなのだ?」

 

メイが壁を、位置的には遊戯室に面する辺りをこんこんと叩き始める。

 

「ん?」

 

ちょうど階段の中央に位置する場所を叩くと、そこから軽い音が返ってきた。

 

「ここが怪しいのだ」

 

私も軽く叩いてみると、向こうに空間があるのがわかる。隠し扉だろうか。

 

「仕掛けでもあるのかもしれないから探すのだ」

「いえ、面倒ですので」

 

後ろへ下がり、助走をつけて壁を思い切り蹴った。

壁はもろくも崩れ去り、ハリボテのように向こう側へと倒れる。下りる階段に沿って、ずりずりと欠片が落ちていく。

 

「絶対簡単な仕掛けがあったと思うのだ……」

「開いたからいいじゃないですか。さあ行きましょう」

 

地下へと続く階段は、人一人分しか通れない道だった。材質は全て鉄でできており、下りる毎にカンカンと軽い音が辺りに響き渡る。錆びてざらざらになった壁に手を伝い、慎重に下りていく。

位置的に言えば遊戯室の真下くらいだろうか、そこでようやく底まで着いた。二人がようやく立てるスペースの真ん前に、鉄製の扉が現れた。また蹴破るかとも思ったが、ドアノブを回すと簡単に開いた。

 

完全に開けると、中が立方体の小さな部屋だとわかる。例のごとく鉄製で辺りは錆だらけ……いや、この黒ずんだものは錆ではないかもしれない。

傷があるのも気になった。夢の中で見た大きな傷ではなく、引っ掻いたような傷。それが床、壁の至る所にある。それ以外には、家具も寝具も一切ない。

 

「さながら地下牢ですね……ん?」

 

奥の隅に何かを発見した。近づいて光を当ててみると、ぼろぼろになったノートだとわかる。

 

「これが記録でしょうか」

「本当にあったことに驚いているのだ」

「ですね……」

 

闇の中、得体の知れないノートに目を落とす。名前は記されていない。

 

「さて、これをミネアに渡さなければいけませんが、先に内容を読んでしまいましょうか」

 

メイも頷き、私がノートを持つ形となった。名前が記されていないから、誰なのかはわからない。

そういえば彼女は、ミネアをあの子と言っていたな。知り合いだったのかどうか、彼女とミネアの関係性は一体なんだろう。

 

……そうして気づいた。ふとした瞬間に思った疑問から、あることをひらめいた。

 

いや、どうだ。推理ではなくこじつけではあるし、確証もない。だがあの大人びた感じは説明がつく。現実的にはあり得ない推理だとしても、あの夢の中のみ成立してしまう。

 

どうなのだろう。そんなことが実際にあるのだろうか。答えを確認するため、ぼろぼろのページをめくった。

 

 

     ◆

 

 

ロドスに戻った私たちは、ミネアがいるという医療部に向かった。難民たちは等しく日をまたいでの検査を受けており、彼女もその対象になっているのだ。

 

食堂を抜け、昇降機を使って医療部へと向かう。廊下には検査を受け終わった難民だろう人だかりがあった。

 

「すみません」

 

近くにいた男に少女について尋ねてみると、すぐに情報を得た。どうやら今まさに検査を終えてあてがわれた病室に入っているらしい。

 

「病室? 隔離されているのだ?」

「どうなんでしょうね。行ってみましょう」

 

話を聞いた場所へと向かう。人だかりが遠ざかったところで廊下は突き当たり、そのすぐ左側に件の部屋はあった。

自動ドアが開くと、中には一つの病床が見える。その真ん前に医療オペレーターがいて、ベッドにはあの少女がいた。

 

フェリーンの子、耳が垂れている子がぐっすりと眠っている様子だった。

 

「あなた方は……」

 

おかっぱのオペレーターが振り返る。

 

「彼女に用があるんです」

「今は眠っていますので。話でしたら私が聞きましょうか」

 

少し迷いつつ、話を切り出す。

 

「彼女は重い病気ですか?」

「軽度ではありますが鉱石病に掛かっています」

「だから一人だけ離しているのだ?」

「そうですね。鉱石病なので、仕方なく」

 

と、彼女は目をそらす。

 

「彼女はアーツを使える?」

「え?」

「アーツを使えるからこのように隔離している?」

「……アーツを使えるかどうかはまだ検査をしていないのでわかりませんが、不思議な力があるとか他の人から聞いたようで、念のためです。他の人の話だと、何でもこの子の周りだけ強い風が吹く時があるとか」

 

やはりそうか。

 

「どうして知ってるんです? 今の話は誰にも話をしてないはずですが」

「難民たちが言ってるのを聞きましてね。で、彼女に会おうとしたのは渡したいものがあったからで」

 

バッグからノートを取り出す。

 

「このノートを預かってくれませんか?」

「これは?」

 

どう言おうかと思ったが、私はここではっきりと言った。

 

「彼女の母親の書記です」

「母親?」

「ええ、ミネアさんの母親のものです」

 

そう。私たちを案内していたのは彼女の母親だ。顔立ちが似ているのはそれで説明がつくし、耳が若干違うのは父親の遺伝があるからだろう。色合い自体はほぼ同じだ。

 

「おかしいですね。彼女の母親はすでに亡くなっていると聞いていたのですが」

「あくまで人づてに聞いただけです。ノートもその人から預かっただけで」

「日記か何かですか?」

「いえ、自分のアーツについての研究が主ですね。彼女の母親もアーツを使えたらしいので、この子の能力の参考になるかもしれません」

「アーツの研究?」

 

このあたりは下手な言い訳をするより直球がいいだろう。

 

「……そうですか。では、私が預かっておきます」

 

若干怪訝そうな目をした彼女にそれを渡し、私たちは部屋を後にした。

 

「これでアーツの研究を勝手にやってくれるでしょう」

「想った以上に事細かに書いていたから間違いないのだ」

「データだけを抜き取ってくれるのを期待しましょう。正直、あまり子供に見せる内容でもなかったので」

 

メイも思い出したのか、口を噤んだ。

 

地下の暗闇でノートを見た時はぞっとした。

まず始めに、父親に対する呪詛がいくつも書いてあった。それと同時にぐるぐるとボールペンで塗りつぶした痕も付け加えられ、死という文字がいくつも見え隠れしていた。

読み進めるとようやく日記とも呼べる箇所も出てくる。病に掛かって手に入れた得体の知れない力を、父親はギフトと呼んで研究をしていた。目に余る非人道的な実験を行っていたらしい。ノートの最後まで恨み辛みが書かれており、反対に己のアーツを熟知しようという気概も見て取れた。それは学びや殊勝なものではなく、復讐心から来るだったのだろう。

だからこそ、館の惨劇を引き起こせた。

 

凄惨さを感じさせる激情的な文章と、かたや自分のアーツについての理性的な分析がないまぜになったノート。子供に見せるには刺激が強すぎる。

 

「あの館が彼女の母親の生家だというのは確定しているのだ?」

「調べれば繋がりが出てくるでしょうね」

「調べるのだ?」

「いえ」

 

足を止める。

 

「もし調べたら余計な過去が出てしまいます。彼女の母親は亡くなっているのだし、今更掘り返すつもりもありません」

「そうなのだ。別にあそこが何だったのかなんて気にする必要はないのだ。私たちはただ夢を見ていて、それを見たらたまたま彼女の役に立ちそうなノートを見つけたってだけなのだ」

 

えっへんと言わんばかりに彼女は胸を張る。

 

彼女の言うとおり、真実は胸に秘めておけばいい。

彼女の母親が幽霊となって現れ、自分の娘の身を案じて私たちを館へと導き、アーツのノートを娘に送り出す。

 

……なんて真実だ。まるでファンタジー小説みたいな中身じゃないか。

 

「どっと疲れましたね。こうなったら何か論理的な、現実的な推理小説でも読みふけっていたいですね」

「それなら気になってる本があるのだ。ジョン・ディクスン・カーの『火刑法廷』という推理小説があって――」

「よりにもよってその作品ですか」

 

はあ、とため息を吐いた。

 

「もう非科学的な話はこりごりです……」

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