キングスの未勝利戦が終わった次の日のトレーナー室。俺とキングスは机越しに話し合っている。議題は勿論、先日の未勝利戦のことだ。
「さて、昨日の未勝利戦の反省会だが……」
「……あたし悪くないし」
「まだなんも言ってねぇだろ」
そしてその言い方だと、まるで心当たりがあるようにしか聞こえないぞ。
「これで何回目だ?道中我慢できずに飛び出して、最後にスタミナが切れて落ちていくのは」
「うっ……」
「作戦無視に、他のウマ娘に無理に競り合って落ちていく……お前の負けパターンは全部これだ」
「……」
キングスは震えている。これ以上言うとまたいつものようになるかもしれないが、俺は構わず続ける。
「メイクデビューの時から言ってるだろ。我慢することを覚えろって。じゃないといつまで経っても……」
勝てないぞ。そう言い終わる前に、キングスの感情が爆発した。
「うっさいし!そんなの分かってるし!余計なお世話だし!」
「……ただ光るモノもある。とりあえず次のレースだが」
「勝手に決めろし!」
溜息を吐きそうになるがグッと堪える。扉に手を掛けるキングスに俺は尋ねた。
「どこ行く気だ?」
「練習!」
「昨日レースだったのにか?」
「余計なお世話だし!」
そう言って、扉を乱暴に閉めてキングスは出ていった。机に備え付けてある椅子に座りながら、俺は背もたれに身体を預ける。
「やーやー。今日もご苦労様だねミスター」
ソファから身体を起こして、シービーが俺に話しかけてくる。慰めるような言葉を俺に投げかけているが、どちらかと言えばからかうようなそれだ。
「いつものことだし、これが俺の仕事だ。大変なことでもない」
「その受け答えもいつもだね。キングスに何か思ったりしないの?もっと言う事聞けー……とかさ」
「思わんことはないが……負けて一番歯がゆい思いをしているのはキングスだからな。言葉には出さない」
確かにねー、と言ってシービーはまたソファに寝っ転がる。気ままなものだ。シービーらしいともいえるが。
「実際さ、ミスターはどう思ってるの?キングスのこと」
「どう思ってる……ってのは?」
「才能の話。キングスに才能はあると思ってる?」
キングスの才能……か。俺は確信をもって答える。
「ある。というか、さっきキングスがいるところで光るモノはあるって俺言ってただろ」
「そうだったね。じゃあさ、テンポイントさんみたいな才能はある?」
そう言いながら、シービーは新聞を俺に投げてきた。俺はそれを受け取る。その見出しには……。
【賢姉愚妹。貴公子の妹は期待外れ】
要約すれば、キングスを愚妹と罵っている記事が書かれていた。俺は嘆息する。
「勝手なもんだ。デビュー前はあんなに持て囃してたくせにな」
「そうだねー。おかげでキングスの記者嫌いは加速する一方だし。取材拒否してるんだっけ?今」
「……記者の命が危ないからな。だから取材拒否にしてる」
俺がそう言うと、シービーは愉快そうに言い放った。俺が取材拒否を決めた、ある事件の話を。
「キングス、記者の1人に蹴りかかろうとしてたもんね。必死に止めようとして逆にミスターが蹴られそうになったのには笑ったよ」
「笑ってんじゃねぇよ。いい性格してんなお前」
「それほどでも」
「褒めてない」
そんな軽口を言い合いながら、シービーは真面目な口調で俺に尋ねる。
「実際、このままだとまずいんじゃない?もうクラシックには間に合わないし、そうなるとまた世間から非難が集中するよ。キングスだけじゃなくて、ミスターにも非難されてるんだからさ」
「正直、俺に対する非難はどうでもいいんだ。別に気にしないからな。ただ……心配なのはキングスだ」
シービーは黙って俺の話を聞いている。俺はそのまま続けた。
「負けて一番悔しい思いをしているのはアイツだ。自分に一番苛ついているのもな」
「だろうね。キングスは負けず嫌いだし。誰かさんみたいに」
テンポイントのことだろう。テンポイントも相当負けず嫌いな性格をしているので、おそらく彼女達の母親譲りなのかもしれない。
「話は戻すけどさ、キングスにはテンポイントさんみたいな才能はあると思ってる?」
その言葉に俺は詰まるが、嘘を言うわけにもいかないので正直に答える。
「……テンポイントみたいな才能がキングスにあるかと言われたら、ない。ただ、アイツと比べるのは酷な話だ」
「……ま、そうだね。忘れて」
シービーもその辺は分かっているのだろう。それ以上は何も言わなかった。
テンポイントの才能はここトレセン学園においてもトップレベルの才能だ。トウショウボーイ・テンポイント・グリーングラスを筆頭としたTTG世代において、その実力をいかんなく発揮し続けたことからもそれは明らかである。そんなテンポイントと比べるのは、キングスにとっても酷な話だろう。
「そもそもの話だが、テンポイントはテンポイント、キングスはキングスだ。2人を比べるのは失礼ってもんだろ。テンポイントにはテンポイントの道が、キングスにはキングスの道がある。それを示してやるのが、俺の仕事だ」
「ヒューヒュー、トレーナーの鑑だね」
「からかうな」
しかし、本当にどうしたものか。
キングスは確かにテンポイント同様負けず嫌いだ。だが、テンポイントとは違ってキングスはその負けず嫌いをダメな方向に働かせている。
テンポイントは自分でレースを組み立てることができる。仕掛けどころを分かっているともいえるだろう。だからこそ我慢する時は我慢するし、ここぞという場面でため込んでいた気持ちを一気に爆発させることができる。それをジュニア級でもできていたのがテンポイントだ。
だが、対称的にキングスは自制することができない。競りかけられてたら負けじと競り合ってしまう。例えそれが道中であっても。だから最後には思うような加速ができずに1着を逃し続けている。光る末脚はあるのだが、それを発揮することができずにいる……といったところだろうか。
けど、致命的な問題として浮かび上がっているものがある。それは、キングスにはテンポイントのような天性のスピードがないということだ。
それ自体は作戦次第でどうとでもなることだ。しかしキングスは作戦を無視するからあってないようなもの。こちらの指示なんてお構いなしに自分のレースをする。もうちょっと自制してくれればこっちとしても助かるのだが。
……ダメだな。また無意識のうちにテンポイントとキングスを比べてしまった。いくら姉妹と言えども、比べられるのはやはり嫌だろう。姉のことが大好きなキングスとはいえ、いい気はしないはずだ。考えを改める。
それからしばらく考えて。いい結論が出ずに嘆息をする。
「はてさて、どうしたものか……」
一応、次の未勝利戦の日程は決めてある。だが、それまでにキングスが考えを改める可能性は限りなく低い。それは、今後も同じことだ。
なら、発想を逆転させてみるか?キングスを抑えるのではなく、逆に好きなように走らせてみるとか。……いや、確かそうやって失敗したな。
「キングスももうちょっと自制できればいいのにねー。せっかく才能はあるのに、もったいない」
「……まぁ、何もキングスも悪いとこばかりじゃない。負けず嫌いってのはレースを走る上では重要な要素ではあるしな。末脚も、中々のモノではある」
「ま、それも発揮できなきゃ意味がないんだけどね」
「そうなんだよなぁ……」
だからこそ、惜しい。中央でも勝てる才能はあるのに、勝たせてやることができない。そのことに、歯がゆさを感じてしまう。きっと何かいい方法があるはずなのに、キングスが輝けるいい方法があるはずなのにそれを見つけられない。そのことがたまらなく悔しい。
……だからといって、キングスのトレーナーを投げ出す気はないが。これで投げ出すのであれば、それこそ彼女に申し訳が立たないだろう。
「ま、頑張ってねミスター。私も練習に行ってくるよ」
「あぁ。先にミラクル達の練習をテンポイントが見ているはずだ。書類仕事が終わったら俺もすぐに向かう」
「はいはーい」
そう言ってシービーは練習へと向かった。さて、俺も自分の仕事を終わらせるとしよう。
練習場にて、ボク達プロキオンのメンバーは練習に励んでいる。ボクも練習はしているが、基本的には他のメンバーの練習を見ている。というのも、この場には誠司がいないためボクが代わりに見ているのだ。
(ま、ボクのやること言うたらドリームトロフィーに向けての調整ぐらいやからな。余裕あるし問題はあらへん)
それに、誠司に褒められるので悪い気はしない。そんなことを考えていると、シービーがボクの方へと近づいてきた。
「テンポイントさん、ちょっといい?」
「ん?どしたんシービー。なんか問題でもあるんか?」
「いやね、ちょっとキングスのことで」
「キングスがどうかしたんか?」
シービーは苦笑いを浮かべながら続ける。
「いやぁ、キングスから相談受けてたりしないかなーって思って。ほら、キングスのレース結果」
「あぁ~……」
シービーの言葉に、ボクは何とも言えない気持ちになる。
確かに、キングスからレースの話は何度も聞いている。というか、負ける度にボクのところに来てボクが慰めている……という感じだ。
「一応受け取るで」
「その時キングスはなんて言ってるの?」
「大半は自虐やな。お姉みたいに強くなれへん自分に嫌気がさすいうとるで」
その度にそんなことはないと慰めているのだが。
そんなキングスは今オフトラと一緒に練習をしている。
「キングスせんぱーい!ファイトでーす!」
「分かってるし!」
人見知りの激しいキングスも、ボクに憧れてるというオフトラには比較的心を開いている。ミラクルに心を開くのは……まだ時間がかかりそうだが。
「キングスも才能はあると思うんよ。やけど……」
「その才能が何か、分からない感じ?」
「……ま、そんなとこや」
誠司も言っていたが、キングスは確かに才能がある。ただ、その才能が何か分からないというのが現状だ。少なくとも、これまでのレースはどこか勝ちきれないレースが続いているのでその内勝てそうではある。
……まあ、それ以上の問題があるのだが。その原因は、世間での評価である。
「にしても……ホンマ許さへんからな。ボクの可愛い可愛いキングスを愚妹扱いしおった記者連中は絶対に許さへん」
「ワァオ、めっちゃ怒ってる」
「テンポイント先輩、走り込み終わ……ど、どうかしたんですか?」
「気にしなくていいよミラクル。とりあえず記者の人達はご愁傷様ってことで」
「は、はぁ……」
どうでもいいことだが、さすがに腹が立つ。いつか結果で見直せる日が来ることを祈ることしかできないが。
「ファイトやでー!キングスー!」
遠くでキングスの元気のいい返事が聞こえる。頑張ってほしいものだ。
姉が姉だけにかけられる期待は大きく。