「どうにかしてキングスを勝たせることができないものか……」
ある日の休日。俺はプロキオンのメンバーに休みを言い渡して俺自身も休日を謳歌している。普段はトレーナー業が休みなら用務員としての仕事が入ることも多いが、今日は珍しく用務員の仕事もなかったので1日中休みなのは本当に久しぶりだ。
ただ、休みであっても考えるのはキングスのこと。今度の未勝利戦は、なんとしても勝ち星をもぎ取りたい。そのために色々と試行錯誤しているのだが……。
「結局はキングス次第だからなぁ……。どんな作戦を考えても、キングスが聞き入れるかは分からんし……」
トレーナーとして情けない限りだが、アイツ自身に才能はある。だが、その才能が分からない。才能が分からないから伸ばし方が分からない……というのが現状だ。
後は、作戦を立てたところでキングス自身がそれを素直に聞き入れるかはまた違う問題な訳で。別に全部が全部聞き入れろ、とは言わないがもう少しこっちの話を聞いてくれるとありがたいのだが……。
「……気づいたらレース場に来ちまったな。丁度休日だし、レースも何かやってるだろ。見てみるか」
考え事をしていたらレース場に来ていた。せっかくなので、俺はレース場へと足を運ぶことにする。今はどんなレースをやっているのだろうか?少し期待しながら。
レース場へと足を踏み入れると、今から始まろうとしていたのは障害レースと呼ばれるものだった。俺は列の最前列へと足を運んでレースを観戦することにする。
しかし、障害レースか……。一応、どんなレースなのかは知っている。平地のレースとの大きな違いは、コースに障害物が設置されているという点だろう。障害物を飛び越えて、ゴールまでの速さを競う、トゥインクル・シリーズのレースの一種だ。無論、ドリームトロフィーにも障害部門がある。ただ。
「見たことねぇんだよな。障害レース」
そう呟くと、隣から声を掛けられた。
「兄ちゃん、障害レースを観るのは初めてかい?」
「あ、はい。恥ずかしながら……あまり目を向けてこなかったもので……」
声を掛けられた方へと視線を向けると、そこには初老の男性が立っていた。俺と同じようにレースを観に来たらしい。彼は俺の言葉に豪快に笑った。
「ハハハッ!そりゃそうだな!人気があるのは平地のレースばっかりで、障害レースにゃほとんど目を向けられんねぇからな!」
「あ、アハハ……」
俺は曖昧な笑みだけ浮かべることにする。少しめんどくさい輩に絡まれた、なんて思いながら。
ひとしきり豪快に笑った後、彼は俺に尋ねてきた。
「なぁ兄ちゃん、アンタ……障害レースのことについてどう認識してる?」
「障害レースについて……ですか?」
「あぁそうだ。遠慮なんかしなくていい、思ったままのことを言ってくれい」
……正直、初対面の人に、しかも障害レースが好きそうな方にこういうのは申し訳ないんだが。
「平地で結果を出せなかった子達が、地方に行く前の最後の砦……って印象ですかね?」
正直なままに言った。すると、彼は呆けたような表情をした後……。
「ガーッハッハッハッハ!あ、兄ちゃん確かに正直に言えとは言ったけどよ!いくら何でもバカ正直に言いすぎだろ!」
豪快に笑いだした。俺は、いまだに引き攣った笑顔になっているだろう。正直、この初老の男性に押されていた。
「いや、悪い悪い。でも、久方ぶりに笑わせてもらったぜ兄ちゃん。そうだな、兄ちゃんの言っている通りだ。間違っちゃいねぇよ。一度も障害レースを観たことがねぇんだったら……そう思ってても仕方がねぇさ」
「ハァ……」
「ただな」
彼はそう前置きして続けた。
「兄ちゃんのその常識は……この後の障害レースを観たらひっくり返るさ」
「な、成程」
彼から有無を言わさない圧を感じる。なので、何も言うまでもなく俺は頷くことにした。
《……まもなく障害レースのメイクデビューが発走となります!果たしてここから未来のスターは生まれるのでしょうか!全ウマ娘がゲートへと入りました。さぁ障害レースメイクデビュー……スタートです!》
レースが始まる。
障害レースを観ている、のだが……。
「いけー!粘れー!もう少しだぞー!」
気づけば、俺は障害レースを大声で応援していた。先程の初老の男性も声が枯れんばかりの勢いで声を出している。
《さぁメイクデビューもいよいよ大詰め!先頭を走るのは3番人気の2番!しかし後ろから猛烈な勢いで追い上げてきたのは1番人気の7番です!2番が粘るか7番が差し切るか!粘るか!差すか!残り200mを切ったところで残りは3バ身程!》
俺も周りの人達に負けないぐらいの声で応援する。やべぇ……、障害レースのことを侮っていたけど……ッ!
(滅茶苦茶面白れぇ!)
そう思いながら必死に応援する。
「粘れ2ばーん!もう少しだぞー!」
「差せ!差せー!」
2人のたたき合いの結果は……。
《今2番が先頭ゴールイン!これは2番の粘り勝ち!7番の猛追を振り切っての逃げ切り勝利!お見事です!2着はアタマ差で7番、7番です!》
俺が応援していた2番の子が勝った。
「よっしゃー!おめでとーう!良い走りだったぞー!」
俺は2番の子に応援の声を届ける。それは周りの観客達も同様だ。2番の子は観客の応援の声に照れ臭そうに笑っていた。
そんな俺の様子を見て先程の初老の男性は楽しそうに笑っていた。
「ガハハッ!どうだい兄ちゃん!障害レースも……中々面白れぇだろ!」
「はいッ!今まで見てこなかったですけど……これは確かに凄いですね!平地のレースにも全然負けてません!」
俺は興奮気味に答える。すると、彼は満足そうに頷いた。
「で?で?兄ちゃん的にはどういうところが魅力に感じたよ?」
「障害レースの……ですか?」
「そうさ!あんなに楽しそうに観てたんだ!気になるだろ?」
(まぁ確かにな。俺自身、かなり熱中して観てたし)
俺は、思ったままの感想を彼に伝える。
「まず、みんな気迫が凄いですね。平地の子に負けず劣らず……下手したら、平地の子達以上に絶対に負けられないっていう気持ちで勝負に臨んでいるのが観客席からも分かりました」
「ほうほう。それで?」
「障害を飛び越える度にハラハラしましたね。大丈夫か?大丈夫か?飛べるか?飛んだ!みたいな気持ちでずっと見てましたよ」
「他には?他には何があんだい?」
「何より……障害を飛び越えるのに手間取ったり、飛び越えに失敗していても誰一人諦めてないのが凄く印象的でしたね。競争中止になった子なんか、前を走る子達をずっと睨みつけてましたし」
俺の言葉に、彼は満足そうに頷いていた。
「分かってるねぇ兄ちゃんは!レースは最後まで分からねぇ……なんて言われているが、障害レースはそれが特に顕著だ。例え一番前を走っていても……1番人気であろうとも関係ねぇ。障害の飛び越えに失敗する可能性だってある。だからこそ面白れぇんだ、障害レースはな」
「そうですね。現に、2番人気の子は競争中止になりましたし」
「そうさ。世間じゃあ障害レースのことを平地で結果を残せなかった落伍者が集まる場所……なんて言われているが、俺に言わせりゃテメェらの目ん玉節穴か?って言いたくなるね!」
彼はそのまま大声で続ける。それは楽しそうに。障害レースの素晴らしさを語ってくれた。
「障害レースは平地の子達にも負けず劣らずのレースをしてくれる子達がいる!落伍者だなんてとんでもねぇ!障害レースを走る彼女達も……ッ、命を懸けて!誇りを持ってレースをしてんだ!その思いは平地を走る子達にも負けちゃいねぇ!だからこそ面白いのさ!障害レースはな!」
「おぉ……ッ!」
俺はわけもなく感動していた。多分、この会場の熱気にやられたのもあるだろう。だが、この人の言っていることは凄く分かる。
実際、障害レースは平地のレース以上に最後まで何が起こるのか分からない。たとえぶっちぎっていても最後の障害で飛び越え失敗になるかもしれないし、飛び越えに手間取って後ろに追いつかれる可能性だってあるのだ。本当に、最後まで何が起こるのか分からない。
俺は彼に頭を下げる。
「今日はありがとうございました。障害レース……帰ってから色んなものを見ようと思います」
「おう!アンタも気に入ってくれたか!俺のオススメは……やっぱフジノオーだな!最近だとグランドマーチスやバローネターフなんかも熱いが……やっぱ障害レースを語る上でフジノオーのレースは欠かせねぇよ!」
その他オススメのレースを教えてもらい、俺はレース場を後にした。
家……というよりはプレハブ小屋を改造した第二の自宅に帰ってきた俺は早速障害レースの過去の記録映像を見ることにした。
「さて、あのお爺さんが言っていたのはフジノオーだったな……。早速見てみるか」
記録映像の中からフジノオーのものを選ぶ。
「おぉ……こりゃ確かにスゲェ!あのお爺さんがお勧めするのも分かるぜ!さて次は……グランドマーチスか。確か今もドリームトロフィーにいるんだったな……嫌こっちもスゲェな!?まさに絶対王者じゃねぇか!しかも平地でも勝ってるし!こんなウマ娘もいるんだなぁ……」
結局、俺は日が昇るまで障害レースの映像を見ていた。正直、朝の掃除は眠い目を擦りながらやることになったが後悔はしていない。それほどまでに、俺は障害レースの面白さに当てられてしまったのだろう。
「神藤さ~ん。体調が悪いなら休んでも大丈夫ですよ?ただでさえ普段から働きづめなんですから」
「あぁいや、大丈夫ですよたづなさん。ちょっと障害レースの面白さに目覚めまして。日が昇るまで主要な障害レースの重賞の記録映像を見てました」
「あら。そうなんですね。でも、翌日の仕事に影響が出るほど見るのはいけませんよ?節度を持って、見てくださいね?」
「分かってますよ。次からは気をつけます」
朝の仕事をしながら、俺はたづなさんとそんな会話をしていた。しかし障害レースか……。
(いつかは障害レースの子も見ることになるんだろうか?……それに備えて勉強しておくのも悪くねぇな)
そんな気持ちを抱いていた。
トレーナー、新たな道を開拓する。