アイツから提示された、あたしがこれからも平地で走るために出された条件。年内に1勝でもあげること。それぐらい、あたしにだってきっとできる。だからこれまで以上に努力を続けた。
6月末の条件戦。芝2000m不良バ場。中京レース場。
《今オンリーテムジンが1着でゴールイン!キングスポイントは2着!キングスポイントは惜しくもハナ差の2着に敗れました!》
「ハァ……ハァ……」
(ま、まだ大丈夫!まだ、いける!今日は惜しかった、だから……まだやれる!)
みんな、手伝ってくれた。お姉のこと大好きな友達も、あたしのために一生懸命頑張ってくれた。
「キングスちゃんが平地で頑張りたいなら、ウチらも手伝うよ!」
「そーそー!頑張ろうね、キングスちゃん!」
「……うん。ありがとう」
胸にもやもやを抱えたままあたしは努力を続けた。
9月の条件戦。阪神レース場芝2000m。芝は稍重。
《1着はフジグランド!1着はフジグランドです!キングスポイントは大惨敗12着に沈みました!》
負ける度に、あたしに焦りが生まれる。
「キングスポイントー!次は頑張ってー!次こそ勝利だよー!」
あたしにもいる数少ないファンの声に答えながら、あたしは努力を重ねた。
「ほら、キングス!お姉が併走したる!レースを勝って、誠司を見返したろうやないか!」
「……うん、ありがとうお姉」
お姉だってドリームトロフィーがある。なのにあたしの練習に付きっきりになってくれた。正直、嬉しいけど……自分が余計に惨めに見えてきて……素直に喜べなかった。
お姉だってあたしが心配だからやってくれてるんだ。本当に……
(ゴメンお姉……こんな、こんな出来損ないの妹でゴメン……。お姉に心配かけさせるようなダメな妹で……本当にごめんなさい……)
「ほらほら。下向いとったら気分もサゲサゲになるで?テンションアゲアゲでいこうや!」
「……なにそれ」
「あり?マルから教えてもろうたんやけど……ナウい言葉やって」
「……フフ」
お姉も一生懸命付き合ってくれて、オフトラも一緒に練習頑張ってくれて。アイツも……表立ってこっちには来なかったけど陰ながら応援してくれてた。あたしのために色々とメニューを組んでくれたし、お弁当だって毎日作ってくれた。
「余計なお世話だし!フン!」
「しっかり食えよー」
……まぁ、素直に受け取れなかったけど。でも、頑張ろうって気持ちにはなれた。アイツも、あんなことは言ったけどあたしを応援している。あたしが勝てるように、必死に頑張ってくれている。
10月の条件戦。阪神レース場芝2000m。不良バ場。
《1着はヒカリタロー!1着はヒカリタローです!キングスポイントは8着、キングスポイントは8着です!》
でも……でも……。
「あーあ、もうキングスポイントも終わりだろ」
「テンポイント様と違いすぎ。まさに賢姉愚妹ね」
「さっさと地方にでも行けばいいのに。なんで中央に拘るかね?」
「ッ!」
悔しくて歯噛みする。そんな時、小さな女の子の声がした。
「こらー!きんぐすぽいんとだって、がんばってるんだよ!そんなにいうことないじゃん!」
「うわっ!?な、なんだこのガキ!」
「きんぐすぽいんとだって……きんぐすぽいんとだってっ、がんばってるんだもんっ!だから、きんぐすぽいんとのことわるくいわないでよっ!」
女の子は、泣いていた。その姿を見て、みんなバツが悪そうにしている。あぁ……。
(本当……ダメダメだし、あたし……)
本当に、嫌になる。
部室にはあたしと、アイツしかいない。アイツは、難しい表情を浮かべていた。
「……まだやるか?」
「当たり前だし……!まだ、まだ年内だし……ッ!」
「……そうか。なら次のレースだが」
口ではそう言った。でも……本当はもう、分かってた。
「き、キングス!まだ年内には時間あるで!やからお姉と一緒に頑張ろうや!」
「……やめてよ。よけい惨めになるから」
「き、キングス?」
「……ううん!なんでもない!お姉マジ神だし!」
頑張って、頑張って……。でも、心のどこかでは気づいてた……。
11月、条件戦。京都レース場ダート1800m。良バ場。
《勝ったのはハイプレッシャー!勝ったのはハイプレッシャーだ!1着はハイプレッシャーです!キングスポイントは……》
天を仰ぐ。空は、憎たらしいぐらいに晴れていた。あたしの心とは……真逆。
(あぁ……あたしは……)
「この程度のウマ娘なんだ……ッ」
あたしは……中央ではもう勝てないんだってことを。中央で通用するようなウマ娘なんかじゃなかったってことを。
京都レース場の条件戦が終わって。どれくらいの日が経っただろう?アイツは、あたしを部室に呼び出した。もう勘当でもされるのだろうか?……まぁ、それも仕方ないか。
(あたしはお姉みたいにはなれない……。お姉みたいに素直じゃないし、お姉みたいに強くない。ワガママばっかで、迷惑を掛けてばかりで……評判を下げるだけのお荷物、いらないもんね)
気分が沈み込んでいるあたしに、目の前の椅子に座るアイツは言い放った。
「……まだ、やるか?」
……あぁ、優しいなぁ。あんなにキツく当たったのに、あんなにワガママ言ったのに……トレーナーはまだ、あたしのやりたいようにやらせてくれるんだ……。
「……もう、いいし。十分分かったし」
「……そうか。なら、障害レースの練習をしよう」
あたしは頷く。でも……気乗りはしなかった。
キングスは障害レースの練習することを承諾した。承諾した……の、だが。
「さて、とりあえずハードルを越える練習をしていくぞー」
「……」
「いつまでぶー垂れてんだお前。早いとこ練習始めるぞ」
キングスはいつまでたっても練習を始めない。不機嫌そうな表情のままだ。
(どうしたものかねぇ……)
気持ちは分からないでもない。俺が出した平地で走り続ける条件……年内に1勝でもあげる。これを諦めたようなものだ。キングスとしては、気持ちの整理がつかないだろう。
だが、最低でも年内には障害レースでのデビュー戦を迎えたい。そう考えているので1日でも多く練習を積んでもらわなければ困る。それに……障害レースならば、キングスは輝けるかもしれない。そうでなくとも、走るのを嫌いになんてならないはずだ。走ること自体を嫌いになってしまう……それだけはなんとしても避けたい。
「……ッ!」
……ん?キングスがようやく動いてハードルの方へと走った!かと思えば
「フンッ!」
「ハードルを蹴るんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!?」
あ、アイツ!ハードルを思いっきり蹴り上げやがった!?
「おぉ、ホームランだよミスター。これは良い飛距離いったんじゃない?」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよシービー先輩!?」
「大丈夫だってオフトラ。今日の練習場はアタシ達しかいないから」
「そ、そういう問題じゃないと思いますが……」
ちなみにテンポイントは現在ここにいない。所用で外している。もう少しで戻ると連絡を受けているが。だがテンポイントがいない現在……キングスを宥める相手がいないに等しい。
キングスが蹴り飛ばしたハードルを何とか回収して同じ位置に戻す。
「ほら、早く練習しろ。今のプランだと年内には障害レースでデビューする予定なんだ。一日でも多く練習を積んでおかないとな」
「……チッ」
「お前今舌打ちしなかった?」
「気のせいだし」
……まぁいい。真面目に飛んでさえくれれば俺は満足だ。
アイツはスタート位置について……勢いよく走りだす!そしてハードルを……躱した!
「……ッて!ハードルを躱すなぁぁぁぁぁぁ!?飛び越えなきゃ意味ねぇだろぉぉぉぉぉぉ!」
「魂の叫びだねミスター。ま、こっちはこっちで頑張ろうか」
「で、でも大丈夫なんでしょうか?神藤トレーナー」
「大丈夫だよミラクル。ミスターは担当を絶対に見放さないから」
シービー達は個別の練習に入る。キングスがハードルを飛ばない間にテンポイントも戻ってきた。テンポイントに宥められたことでキングスは渋々ながらも練習するようになったのだが……。
「斜めに飛ぶな!真っ直ぐ飛べ!」
「……ッ」
「外によれるな!それで障害を飛び越えられると思ったら大間違いだぞ!」
「~~ッ」
「ハードルを躱すな!ちゃんと飛び越えろ!」
「フンッ!」
「だからハードルを蹴り上げるんじゃねぇぇぇぇぇ!?」
……なんというか、前途多難な道のりになりそうだ。
色々とあったが、キングスの障害レース転向のための練習一日目はひとまず終わった。すでに全員寮ないしは自宅に帰っている。現在トレーナー室には俺1人である。
片付けるべき仕事をしながら、今日のキングスの様子を考えていた。
(まぁ一日目だから不慣れってのもあるだろうが……それにしても障害飛び越えるの下手だなアイツ)
正直これに関しては慣れだ。根気強く練習を続けていくしかない。
ひとまず仕事をしながら今後のトレーニングプランを考えていく。キングスのやる気を出させるためにあれこれ試行錯誤をして……ひとまずは完成したといってもいいだろう。後はこれをキングスが実行してくれるかだ。
「さて……後は世間様がどう動くかね?」
キングスの障害レース転向についてはその内発表するつもりだ。別に隠すようなことでもないし、次の動向が気になるファンだっているだろう。……まぁ、俺の読みが当たっているのであれば。
「大部分は気にしないだろうな……。全く、あんなに持て囃しといて結果を出せなかったら見放す、か」
別に悪いとは言わない。そう言うもんだと割り切れる……少なくとも俺は。
だが、担当ウマ娘達が同じように割り切れるかと言われたら話は別だ。気にする子もいるだろうし、調子を落としてしまうことだってある。だからこそ、細心の注意を払う必要があるだろう。
それに、キングス自身もかなり堪えているはずだ。それは、今のアイツの状態からも分かっている。
「……アイツの耳にだって入っているはずだ。アイツ自身の評判が。表面上は取り繕うことができても、気にしていないはずがねぇ」
……まぁ、周りからなんて言われようとアイツの担当を降りるつもりはない。それにアイツ自身俺がテンポイントの妹だからって理由でスカウトしたと思っているんだろうが……そんなことはない。そんな無責任なことはしない。俺だって、アイツ自身に才能があると思ってチームに入れたのだから。
「……さて!もうひと頑張りしますかね!」
アイツらのためにも、まずは仕事を終わらせよう。そう考えた。
全ては担当のために。