キングスが障害に転向することを決意してから1週間。変わらずキングスは障害レース用のトレーニングを積んでいる。だが……状態はあまり芳しくない。
「ハードルを斜めに飛ぶな!それだと試験に合格できねぇぞ!」
いくら言っても、キングスは反抗し続ける。たまにまともに飛んだと思えば……。
「あれ?キングスポイントさん?」
「障害レースに転向するって話本当だったんだ」
「……ッ!」
周りの些細な声にも反応して、集中力が乱れる。そして、飛び越えも一向に上手くなる気配が見えなかった。
(……正直、キングスの周りの声が気になるという気持ちは凄く分かる。なんせ、世間では散々な評価を下されてるわけだからな)
数日前に公表したキングスの障害レース転向の報せ。それは瞬く間に報道機関に伝わっていった。そして下された評価が……まぁ予想していた通りのもので。
【流星の貴公子の妹障害レースに転向!最後の悪あがき?】
【キングスポイント障害レースに転向へ。トレーナーの胸中はいかに?】
……など。そんな記事ばかりだった。加えて、世間は全くと言っていいほどキングスに注目していなかった。分かりきっていたことではあるが。
そんなこともあって。最近のキングスはかなり酷い状態だ。
「つか胸中はいかにって。勝たせてやりてぇに決まってんだろ」
キングスだって頑張っている。だから、その頑張りが報われてほしい。俺はそうとしか考えていない。その頑張りが報われる舞台が……この障害レースかもしれないのだ。だからこそ、キングスには是非とも頑張ってほしいのだが……。
「だから斜めに飛ぶなって!それだと怪我しちまうぞ!」
「ごちゃごちゃうるさいし!黙ってみてろ!」
「そういうわけにもいくか!障害レースの転向試験までもう時間がないんだぞ!」
「~~っ!分かってるし!」
障害レースにも、ゲート試験のような転向するための試験が存在している。その試験がすぐそこに迫っているのだが……このままだと合格が危うい状態だ。
「なんとかしてやりたいんだが……」
アイツの気持ちの問題だ。だからこそ、障害レースを真面目に走る気になってもらわないとどうしようもない。
そう考えながら、今日も障害レース転向のための練習の時間が過ぎていった。
日付が変わって次の日。俺は昼食を食べながらキングスのことを考える。
(やっぱまだ気持ちの整理がつかねぇか……。憧れである姉、テンポイントのようになりたいってのと……アイツ自身気づているのかは分からねぇが)
テンポイントの妹であることにかなりのコンプレックスを抱いている可能性が高い。偉大過ぎる姉と比べて、自分は結果を残せていない。姉のようになりたいのに、自分には姉のような才能がない……そんなところだろうか?
「テンポイントはテンポイント、キングスはキングス……。誰もがそう割り切れるわけじゃねぇってのは分かってる。でも……」
「割り切らなければならない。出なければ、キングスポイントに先はない……そんなことを考えていますか?神藤トレーナー」
声がして、顔を上げる。そこには時田さんが立っていた。
「……何の用ですか?生憎と、こっちは忙しいもんで」
「大変ですね、分からない才能というものを相手にするのは」
時田さんは俺の目の前の席に座る。なんでこの人はわざわざ俺の前の席に座るのか?他に空いてるところはいくらでもあるだろうに。
時田トレーナー。トレーナーとしての腕はかなり高い人だ。天皇賞ウマ娘であるホクトボーイとエリモジョージが有名だ。特に、エリモジョージは相当な気性難なのでその担当をしているということはこの人自身の能力が高い証だろう。制御できているかは別として。……まぁ、個人的な感情で俺はこの人のことが気に食わないのだが。時田さんも俺のことが嫌いだと言っているしお互いどっちもどっちだろう。
「……ぶっちゃけ、才能は見いだせてます。だけど」
「当人がそれを望まない……ですか?」
「そんなところです。今のところは」
時田さんの溜息が聞こえる。
「あのまま燻らせるぐらいだったら……いっそ現実を叩きつけてあげるのも手だと思いますよ?もっとも、すでに現実を十分に叩きつけられているみたいですが」
「……もう十分すぎるぐらいに叩きつけた後ですよ。でも、そう簡単に割り切れないんです、アイツは」
「難儀なものですねぇ」
どうしたものか……。気づけば俺は昼食を食べ終わっていた。
「俺はもう行きます……時田さん、最後に1つ」
「なんです?額に地面を擦りつけてお願いするんだったら考えてあげなくもないですよ」
何を考えているのかは知らんが、俺が言いたいのは全く別なことだ。
「エリモジョージがウチの部室にしょっちゅうくるんでいい加減何とかしてくれませんか?」
「……私の忠告ぐらいで止まるんだったらエリモジョージはとっくの昔にあなたの部室に通うの止めてますよ」
「……ですよねぇ」
……この人もこの人で苦労人である。
障害レース転向試験のために、俺は出せる手は尽くしてきた。
「キングス!後もう少しだ!踏ん張れよ!」
「……ッ!」
キングスのトレーニングには付きっきりで対処したし。アイツのやる気を上げるために色んな手を尽くしてきたつもりだ。
できることは全部やった。尽くせる手は全部尽くした。これ以上、尽くすものはない。そんな状態で迎えた、キングスの障害レースの転向試験。
「……それでは、始め!」
係員の合図のもと、キングスは走り出す。そして、アイツは第一障害を……飛ばずに、躱した。
「あ~……」
「これは……うん」
「……誠司、これって」
「……何も言うな、テンポイント」
障害を飛ばずに躱した。それは障害レースではご法度である。いうなれば一発レッドカードみたいなもの。それが意味することは……。
「キングスポイント、失格」
キングスが障害レースの転向試験に、落ちたということだ。
転向試験から一夜明けて。空はあいにくの雨模様。しかも結構降っている。
「……ハァ」
思わず大きなため息が漏れる。それを聞いた同僚達が、何事かと俺のところに集まってきた。
「どうしたよ神藤?大きな溜息だな」
「何かあった……って、そういや昨日キングスポイントの転向試験だったよな?結果どうだったんだ?」
「……空気読めよお前。神藤のこの状態から見て、大体察せるだろ?」
「「「あっ……」」」
「……まぁ、ご明察の通りだ」
キングスは障害レースの転向試験に落ちた。そのことをみんなに教える。
「キングスがねぇ……。何やらかしたんだ?」
「飛び越えがスムーズにいかなかったとか?その辺厳しいよな?」
「タイムが足りなかった……は、キングスちゃんを考えたらあり得ねぇしな」
「何があったんですか?神藤さん」
キングスが転向試験に落ちた原因が気になるのか、みんな聞いてくる。俺は、沈んだ気持ちのまま答えた。
「……飛び越え拒否からの逸走だ。障害からの逃避。そりゃ一発アウトだよ」
「「「あ~……」」」
全員が納得したような表情になる。まぁ、キングスが転向試験に落ちるとしたらそれぐらいしか理由が見当たらなかったのかもしれない。
「で、でもよ!まだ試験はあるわけだし、まだ1回落ちただけじゃねぇか!」
「そ、そうだそうだ!まだまだチャンスはあるって!」
「年内じゃなくても年明けがあるしな!」
「そ、そうですよ!次が……」
「ねぇよ。キングスがこのままの状態で行くなら……結果は何度やったって同じだ」
「ど、どういう意味だよ?」
呆けた表情をしている彼らに、俺は説明する。何故このままだとキングスは転向試験に合格できないのか、その理由を。
「アイツ自身、まだ平地への未練を完全に捨てきれていない。障害レースに転向することを割り切れていないんだ。加えて、姉であるテンポイントに強烈なコンプレックスを抱いている現状……アイツは何度受けても同じことを繰り返すだろうな」
「こ、コンプレックス?キングスポイントがか?」
「そうだ。本人が気づいているかは分からねぇが……」
「にわかには信じがたいな……。でもまぁ、確かに同じ立場になったらコンプレックスを抱くな……」
優秀な姉と落ちこぼれの妹。世間的に見ればそういうレッテルが貼られている。こんなもの、コンプレックスを抱かない方が無理だろう。
「……っつーか、キングスちゃんってテンポイントちゃんが大好きだよな?じゃあ」
「そのコンプレックスを吐き出せず……自分の中に抱え込んでいる可能性があるんじゃないですか?」
「しかも、キングスポイントの友人は全員テンポイントを尊敬している。アイツ自身がそういう関りしか持ってこなかったからな。余計に言い出せねぇだろうよ」
「つまり……キングスちゃんの感情は、いつ爆発してもおかしくねぇってこと?」
俺は無言で頷く。
……今のアイツは、いつ感情が爆発してもおかしくない。それこそ、大好きな姉であるテンポイントにさえも牙を向けかねない。そうなったらどうなるか?容易に想像がつく。
(もしテンポイントに爆発が向いた場合……アイツは自己嫌悪に陥る。それこそ、学園を辞めちまうことを覚悟するレベルで)
ただでさえアイツの評価はどん底だ。そこにテンポイントに対して不平不満をぶちまけたとなると……アイツのことだ。学園を辞めて実家に帰るかもしれない。だが……絶対にそんなことはさせない。
(アイツは輝けるはずなんだ……それだけの才能はある。それが障害レースの才能なのかは分からねぇ……でも、諦めるのだけは絶対にゴメンだ!)
元より諦めるのは嫌いな性分だ。なんとしてでもアイツを説得する。……まぁ、アイツがテンポイントに不満を爆発させるかどうかも分からないのだが。
「……ま、そんなところだ。悪いな、心配かけさせて」
「いや、まぁいいけどよ……」
「あんま気を落とすなよ神藤?辛い時は相談しな?」
「そうだぞ。ただでさえお前抱え込みそうだし」
「僕達のこと、遠慮なく頼ってくださいね!」
そいつらの言葉に俺は笑顔で答える。
「バーカ、頼らねぇってのはテンポイントの時の一件で懲りたよ。本当にダメそうな時はまた頼むわ」
「「「おう!」」」
同僚達の元気の良い返事を背に俺はトレーナー室へと向かう。
トレーナー室へ着いた俺を待っていたのは……ソファに寝転がって落ち込んでいるテンポイントと、沈痛な面もちをしているシービー達だった。……あぁ。
「……なにがあった?」
想像はついている。でも、そう聞かずにはいられなかった。俺の言葉に、オフトラが答える。
「と、トレーナーさん……キングス先輩が……」
考えうる限り最悪の言葉を、オフトラの口から聞くことになる。
「テンポイント先輩と口論になって、この雨の中飛び出していきました……」
……こうなってしまったか。
事態は最悪の状態へ。